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【番外編】20年後の話・2
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王族が所有している静かな森の中を、俺は1人で進んでいる。
森を10分ほど入った所に、小さな泉がある。
その泉は、アーリアが俺の瞳の色に似ていると言って気に入り、
時々訪れていた場所だ。
その泉のほとりに持ってきた花を置き、
俺はアーリアに祈りをささげる。
本来ならアーリアの墓の前でするべきことなのだが、
それは不可能だった。
アーリアの墓は、公爵家の領地にあるのだが、
俺は公爵家の領地への立ち入りを禁止されているため
訪れることができない。
まぁ、公爵の気持ちを考えれば、当然の処置なのだが。
だから、俺はアーリアが好きだったこの場所で
祈りをささげることにした。
アーリアが死んでから20年、
アーリアの命日と誕生日は必ず、あとは暇ができた時には、
ここを訪れるようにしていた。
今日も急に仕事の予定がなくなったので訪れることにしたのだ。
この20年間は、いろいろなことがあった。
オーグスの砦では、屈強な騎士達に混じり厳しい訓練を受け、
国防に努めた。
都ではそこそこの腕だったが、
実戦ではまるで役に立たないレベルだったので、一から鍛え直された。
それこそ、毎日のように血反吐を吐いたほどに。
そうしてオーグスの砦で5年過ごした後、
今度は、外交官の護衛として近隣諸国を周る任についた。
丁度その頃、女神の娘が我が国からいなくなったことが、
近隣諸国に知られてしまった。
そのことで、予想していたように、
西の国が我が国に侵攻しようとする動きがあった。
武力で対抗しても良かったのだが、
まずは、西の国を挟むような位置にいる国々と同盟を結ぶことで、
西の国の動きを止めようとする政策が採られた。
その政策を実現するために、死にそうな目に何度か遭いながらも奔走した。
1年かけて各国と同盟を結び、
西の国に牽制をかけることに成功し、
とりあえず、戦争は行わずに済んだ。
その後も外交官に同行して近隣諸国を周る
という生活をして4年過ごした。
26歳になった時に、
父である王が退位し、兄が新国王となった。
その時に俺は臣下に下り、一代限りの公爵となった。
もともと王位継承権はアーリアの件の後で失っているから、
第2王子といっても名ばかりだった。
このまま王族として居続けるよりは
臣下となって働いた方が国のためになるから、
俺としてもこのことを歓迎した。
こうして俺は公爵となり、
領地を治めることに身を粉にして10年過ごした。
最初の頃は領民の生活がぎりぎりな状態の貧乏な領地だったが、
名産品を開発したことで、
今は、ある程度の生活ができるようにまでになった。
20年。
長い年月だと思うが、
俺はまだアーリアのことを忘れられなかった。
こうしてアーリアを想い、祈りをささげるほどに。
きっと死ぬまでこうしている気がする。
つくづく、未練がましい男だと思う。
いつもと同じように祈りを終え帰ろうと、泉に背を向け歩き出した。
だがしばらくして、泉の方から、もう聞くことができないはずの声が聞こえた。
「デーヴィット」
ハっとして、振り返ると、
泉の上に、半透明の女性の姿があった。
その不思議な姿や神々しさから、彼女が人でないのは明らかだ。
彼女は、白いドレスを着ていて、
水色の長い髪に、美しい顔をしている。
そして、その瞳は紫だった。
紫?もしや……
「アーリア?」
アーリアと顔は微妙に違っていたが、
紫の瞳は同じだったし、声も同じだ。
でも信じられなくて、ぽつりとアーリアの名を呟けば、
半透明の女性が嬉しそうに笑った。
「そうよ。私、人間だった時はアーリアと呼ばれていたわ」
ああ、これは白昼夢だろうか。
アーリアが目の前にいて笑っている。
「よかった。この姿で私がアーリアと同じだと気づかれなかったら
どうしようかと思っていたの。ちょっと地上でいた時と顔が違うから」
安堵したように言っている。
「デーヴィット、お久しぶりね」
「……あぁ」
「えっと……」
「……」
俺は未だに夢を見ている気分で言葉が出てこない。
胸がいっぱいになってしまっている。
アーリアが女神の娘だとは知っていたが、
もう一度会えるなんて思っていなかったから。
あぁ、何を話したらいいのだろう。
いや、その前に。
「まず、俺の言葉を聞いていただきたいのだが」
「ええ、いいわよ。何?」
「君が人間だった時のことについて。
俺が君にしたことは謝っても許されるものではないが、
あの時は申し訳なかった」
きっちりと頭を下げる。
許してもらえるとは思わないが、
これだけは伝えたかった。
自分が間違っていたことを、
そしてアーリアにしたことを後悔していることを。
「……うん。デーヴィットがあのことをとても悔いているのは知っているよ。
20年間ずっと、その贖罪のために生きてきたことも」
当たり前だろう。
俺は許されないことをしたのだから。
「今まで頑張っていたの知っているから……
だから、デーヴィットの謝罪は受け入れるよ。あなたを許す」
アーリアが優しく微笑む。
「これからは、贖罪のために生きるのは止めて、自分自身の幸せを考えて」
謝罪を受け取ってもらえたのは嬉しいが、
俺の中には、罪の意識がある。
自分自身の幸せなんて、求められない。
「君が許してくれても、俺はまだ……」
自分自身を許すことはできないと続けようとしたが、
それよりも先に、アーリアが口を挟んだ。
「もう!被害に遭った私がもういいと言っているんだからいいのよ」
やや怒り気味で言い出す。
「そのままそうやって死ぬまで生きていくつもり?
私は、デーヴィットがそんな風になってもまったく嬉しくないわ」
「しかし……」
「すぐに気持ちを切り替えろなんて言わないわ。
でもね、本当にもういいの。あなたの罪は贖われているから。
ちょっとずつでいいの、自分のことを考えてよ」
本当にいいのだろうか?
あんなことをした俺は許されていいのだろうか?
「女神の娘である私が許すって言っているんだからいいのよ」
じっとまっすぐに俺の顔を見て自信満々に言うアーリアに、
何だか出会った頃のアーリアを思い出す。
あの頃も、俺が弱っていると、
俺の顔をじっと見つめては自信満々な顔をして俺を励ましてくれたな。
「ははっ」
俺はそれを思い出して小さく噴き出した。
いつも一生懸命で俺のことを想ってくれるアーリアの存在が俺にとって救いだった。
そんなアーリアにもう一度会えたことに喜びを感じた。
「デーヴィットが笑った」
思い出し笑いをした俺を見てアーリアが嬉しそうに言う。
「ねえ、そうやって笑って生きていてよ。その方が私も嬉しいわ」
零れた笑いは、本当にかすかなものだったが、
そんな笑みでも、随分としていなかったと思う。
この20年、笑うことなどなかったから。
「……君がそう望むなら、善処しよう」
これから笑えるかどうかはわからないが、
アーリアがそう望んでくれるのなら、叶えたいと思う。
「うん。そうして」
本当に嬉しそうに笑っている。
この笑顔を見ることができてよかった。
アーリアは、そんな俺のことを満足そうに見てから
「じゃあ、用事も済んだし帰るね」とあっさりと言った。
もう行ってしまうのか?
……もう会えないのだろうか?
「君とは、その……もう会えないのだろうか?」
「え?」
思わず口にしてしまった。
アーリアは、不思議そうに首を傾げている。
「いや、俺はできるならまた君に会いたいのだが……」
こんな風に何気ない会話ができれば十分なのだが、
よくよく考えれば、それは過ぎた願いなのかもしれない。
今は普通に話しているが、アーリアは女神の娘なのだから。
「え?……えぇ?」
俺の言葉がよほど意外だったのか、アーリアは首を捻っている。
やはり不敬だったか。
「申し訳ない。忘れてください。
人間の身で女神の娘に会いたいだなんて大それた願いだった」
「い、いや、そんな……ちがっ、あれ?そういえばそうなのかしら?
……いやいや、そうじゃなくて。これは一体どういうこと?え?」
アーリアは混乱しているようで、
ぶつぶつ独り言を言いながら考え込んでいる。
一体どうしたのだろう?
「えっと、大丈夫か?」
とりあえず声をかけてみたのだが、
その声にかぶさるようにアーリアが問いかけてきた。
「デーヴィットはこれからも私に会いたいの?どうして?」
その言葉に今度は俺の方が首を傾げた。
俺の願いはそんなに変だっただろうか?
好きな人に会いたいというのは人間だけなのか?
「どうしてって……」
「だって、デーヴィット、私のこと嫌いよね?」
「はぁ!?」
思わず立場も忘れて声をあげると、アーリアがその声に負けじと言う。
「だって、アーリアだった時、私が傍にいるのを嫌がっていたし、
私以外の女の子と仲良くしていたじゃない?
だから私のことを嫌いになって、婚約破棄したんじゃないの?」
ああ、そうか。
この件については、誤解されたままなのか。
幼すぎて自分勝手な俺の行動は、アーリアには意味不明だったのだろう。
つくづく申し訳ないと思う。
本当にあの頃の俺はどうしようもない男だ。
「いや、違うんだ。あの時の俺は本当に愚かで
勝手に卑屈になって逆恨みして、アーリアに酷いことばかりしていた。
でも、本当はずっとアーリアのことが……好きだったんだ」
「え!?そ、そうだったの?」
「ああ、信じてもらえないかもしれないが」
「じゃあ、私に会いたいのは……」
「今でも俺はアーリアが好きだからだ」
若干、恥ずかしくて顔が赤くなるが、それでも言わなくてはならない。
アーリアに会えるのは、これが最後かもしれないのだから。
もう後悔はしたくない。
「そっか……私、この気持ちを無くさないのね」
俺の言葉にしばらく衝撃を受けていたアーリアがぽつりと言った。
アーリアの気持ち?
「嬉しい、デーヴィット。私もあなたが生まれた時からあなたのこと愛してるの。」
「俺が生まれた時から?」
「ええ、たまたま地上を見た時に、赤子のデーヴィットを見かけたの。
あなたの瞳がとてもきれいで一目ぼれして、お母さまに頼んで下界に降りたのよ。
アーリアだった時はそのことを忘れていたけど、それでもあなたを好きになったわ。
そして、今もあなたのこと愛しているのよ」
アーリアの告白に俺の顔はさらに真っ赤になった。
そんな理由で、女神の娘であるアーリアが地上に降りてきただなんて。
「瞳を気にいってくれたのか」
「あのね、人間の魂の輝きって瞳に反映されるの。私はあなたの魂を愛しているの」
人間は見た目とか性格で好きになったりするが、
神族はそうではないのかもしれない。
俺を好いてくれるのなら、なんでもいいか。
「えっと、時間がかかるかもしれないけど、また会いに来るわ」
「時間がかかる?」
地上に降りてくるのは、何か問題があるのだろうか?
「うーん、お母さまを説得しないといけないから……でもちゃんと頼めば、大丈夫だと思うの」
「そうか」
「うん、だから待っていて」
「……ここで待っていればいいのか?」
人間の俺は天界に行けないから、待つことに不満はない。
だが、この場所に頻繁に来られるわけでもないので
ここでなければいけないとなると会えるかどうか不安がある。
「ううん、ある程度の量の水があればどこでも大丈夫よ」
「水?」
「うん。私の神としての性質は水なの。今も水を媒体としてここにいるのよ」
ホラッと言って俺の方に手を差し出したので、その手に触れようとしてみた。
だが、その手を掴むことはできず、水の中に手を入れたような感覚しかなかった。
なるほど、実体ではないのだな。
「わかった。水を用意しておく」
「うん」
俺の部屋と執務室に大きな盥を置いておこう。
いつでもアーリアが来ても大丈夫なように。
「じゃあ、またね」
そう言った後、アーリアはふわりと体を浮かせ俺に近寄り、
俺の口に口づけを落とすように顔を寄せてからにこっと笑って、その姿を消した。
水がぱしゃりと地面に落ちる音がした。
「……」
実際の感覚は水だったが、
俺はアーリアがした行動に顔が赤くなるのを止められなかった。
最後の最後になんてことするんだ!?
恥ずかしいような嬉しいような、
もういい年なのに少年のような自分に呆れるわで
しばらく動けなかった。
「あはは」
そんな自分がおかしくて、笑いがこみあげてくる。
アーリアにはいつも心を動かされる。
きっとアーリアが時々会いに来て傍にいてくれるのなら、
俺は、これからも笑うことができるだろう。
「そういえば、名前聞いてなかったな」
アーリアとは人間の時の名だと言っていた。
それならば、神としての名があるのだろう。
今度会えた時、聞いてみよう。
そう、幸運なことに今度があるのだ。
これからたくさん話そう。
今までのことも、これからのことも。
俺は来た時とは打って変わって、
晴れやかな気持ちで泉を後にした。
……………………………………………………………
最後まで読んでくださってありがとうございます。
はじめての投稿でいろいろ不安だったのですが、
自分が思っていた以上の方々に読んでもらえたようで、
とても驚いています。
お気に入りに入れていただいた皆様、ありがとうございました。
森を10分ほど入った所に、小さな泉がある。
その泉は、アーリアが俺の瞳の色に似ていると言って気に入り、
時々訪れていた場所だ。
その泉のほとりに持ってきた花を置き、
俺はアーリアに祈りをささげる。
本来ならアーリアの墓の前でするべきことなのだが、
それは不可能だった。
アーリアの墓は、公爵家の領地にあるのだが、
俺は公爵家の領地への立ち入りを禁止されているため
訪れることができない。
まぁ、公爵の気持ちを考えれば、当然の処置なのだが。
だから、俺はアーリアが好きだったこの場所で
祈りをささげることにした。
アーリアが死んでから20年、
アーリアの命日と誕生日は必ず、あとは暇ができた時には、
ここを訪れるようにしていた。
今日も急に仕事の予定がなくなったので訪れることにしたのだ。
この20年間は、いろいろなことがあった。
オーグスの砦では、屈強な騎士達に混じり厳しい訓練を受け、
国防に努めた。
都ではそこそこの腕だったが、
実戦ではまるで役に立たないレベルだったので、一から鍛え直された。
それこそ、毎日のように血反吐を吐いたほどに。
そうしてオーグスの砦で5年過ごした後、
今度は、外交官の護衛として近隣諸国を周る任についた。
丁度その頃、女神の娘が我が国からいなくなったことが、
近隣諸国に知られてしまった。
そのことで、予想していたように、
西の国が我が国に侵攻しようとする動きがあった。
武力で対抗しても良かったのだが、
まずは、西の国を挟むような位置にいる国々と同盟を結ぶことで、
西の国の動きを止めようとする政策が採られた。
その政策を実現するために、死にそうな目に何度か遭いながらも奔走した。
1年かけて各国と同盟を結び、
西の国に牽制をかけることに成功し、
とりあえず、戦争は行わずに済んだ。
その後も外交官に同行して近隣諸国を周る
という生活をして4年過ごした。
26歳になった時に、
父である王が退位し、兄が新国王となった。
その時に俺は臣下に下り、一代限りの公爵となった。
もともと王位継承権はアーリアの件の後で失っているから、
第2王子といっても名ばかりだった。
このまま王族として居続けるよりは
臣下となって働いた方が国のためになるから、
俺としてもこのことを歓迎した。
こうして俺は公爵となり、
領地を治めることに身を粉にして10年過ごした。
最初の頃は領民の生活がぎりぎりな状態の貧乏な領地だったが、
名産品を開発したことで、
今は、ある程度の生活ができるようにまでになった。
20年。
長い年月だと思うが、
俺はまだアーリアのことを忘れられなかった。
こうしてアーリアを想い、祈りをささげるほどに。
きっと死ぬまでこうしている気がする。
つくづく、未練がましい男だと思う。
いつもと同じように祈りを終え帰ろうと、泉に背を向け歩き出した。
だがしばらくして、泉の方から、もう聞くことができないはずの声が聞こえた。
「デーヴィット」
ハっとして、振り返ると、
泉の上に、半透明の女性の姿があった。
その不思議な姿や神々しさから、彼女が人でないのは明らかだ。
彼女は、白いドレスを着ていて、
水色の長い髪に、美しい顔をしている。
そして、その瞳は紫だった。
紫?もしや……
「アーリア?」
アーリアと顔は微妙に違っていたが、
紫の瞳は同じだったし、声も同じだ。
でも信じられなくて、ぽつりとアーリアの名を呟けば、
半透明の女性が嬉しそうに笑った。
「そうよ。私、人間だった時はアーリアと呼ばれていたわ」
ああ、これは白昼夢だろうか。
アーリアが目の前にいて笑っている。
「よかった。この姿で私がアーリアと同じだと気づかれなかったら
どうしようかと思っていたの。ちょっと地上でいた時と顔が違うから」
安堵したように言っている。
「デーヴィット、お久しぶりね」
「……あぁ」
「えっと……」
「……」
俺は未だに夢を見ている気分で言葉が出てこない。
胸がいっぱいになってしまっている。
アーリアが女神の娘だとは知っていたが、
もう一度会えるなんて思っていなかったから。
あぁ、何を話したらいいのだろう。
いや、その前に。
「まず、俺の言葉を聞いていただきたいのだが」
「ええ、いいわよ。何?」
「君が人間だった時のことについて。
俺が君にしたことは謝っても許されるものではないが、
あの時は申し訳なかった」
きっちりと頭を下げる。
許してもらえるとは思わないが、
これだけは伝えたかった。
自分が間違っていたことを、
そしてアーリアにしたことを後悔していることを。
「……うん。デーヴィットがあのことをとても悔いているのは知っているよ。
20年間ずっと、その贖罪のために生きてきたことも」
当たり前だろう。
俺は許されないことをしたのだから。
「今まで頑張っていたの知っているから……
だから、デーヴィットの謝罪は受け入れるよ。あなたを許す」
アーリアが優しく微笑む。
「これからは、贖罪のために生きるのは止めて、自分自身の幸せを考えて」
謝罪を受け取ってもらえたのは嬉しいが、
俺の中には、罪の意識がある。
自分自身の幸せなんて、求められない。
「君が許してくれても、俺はまだ……」
自分自身を許すことはできないと続けようとしたが、
それよりも先に、アーリアが口を挟んだ。
「もう!被害に遭った私がもういいと言っているんだからいいのよ」
やや怒り気味で言い出す。
「そのままそうやって死ぬまで生きていくつもり?
私は、デーヴィットがそんな風になってもまったく嬉しくないわ」
「しかし……」
「すぐに気持ちを切り替えろなんて言わないわ。
でもね、本当にもういいの。あなたの罪は贖われているから。
ちょっとずつでいいの、自分のことを考えてよ」
本当にいいのだろうか?
あんなことをした俺は許されていいのだろうか?
「女神の娘である私が許すって言っているんだからいいのよ」
じっとまっすぐに俺の顔を見て自信満々に言うアーリアに、
何だか出会った頃のアーリアを思い出す。
あの頃も、俺が弱っていると、
俺の顔をじっと見つめては自信満々な顔をして俺を励ましてくれたな。
「ははっ」
俺はそれを思い出して小さく噴き出した。
いつも一生懸命で俺のことを想ってくれるアーリアの存在が俺にとって救いだった。
そんなアーリアにもう一度会えたことに喜びを感じた。
「デーヴィットが笑った」
思い出し笑いをした俺を見てアーリアが嬉しそうに言う。
「ねえ、そうやって笑って生きていてよ。その方が私も嬉しいわ」
零れた笑いは、本当にかすかなものだったが、
そんな笑みでも、随分としていなかったと思う。
この20年、笑うことなどなかったから。
「……君がそう望むなら、善処しよう」
これから笑えるかどうかはわからないが、
アーリアがそう望んでくれるのなら、叶えたいと思う。
「うん。そうして」
本当に嬉しそうに笑っている。
この笑顔を見ることができてよかった。
アーリアは、そんな俺のことを満足そうに見てから
「じゃあ、用事も済んだし帰るね」とあっさりと言った。
もう行ってしまうのか?
……もう会えないのだろうか?
「君とは、その……もう会えないのだろうか?」
「え?」
思わず口にしてしまった。
アーリアは、不思議そうに首を傾げている。
「いや、俺はできるならまた君に会いたいのだが……」
こんな風に何気ない会話ができれば十分なのだが、
よくよく考えれば、それは過ぎた願いなのかもしれない。
今は普通に話しているが、アーリアは女神の娘なのだから。
「え?……えぇ?」
俺の言葉がよほど意外だったのか、アーリアは首を捻っている。
やはり不敬だったか。
「申し訳ない。忘れてください。
人間の身で女神の娘に会いたいだなんて大それた願いだった」
「い、いや、そんな……ちがっ、あれ?そういえばそうなのかしら?
……いやいや、そうじゃなくて。これは一体どういうこと?え?」
アーリアは混乱しているようで、
ぶつぶつ独り言を言いながら考え込んでいる。
一体どうしたのだろう?
「えっと、大丈夫か?」
とりあえず声をかけてみたのだが、
その声にかぶさるようにアーリアが問いかけてきた。
「デーヴィットはこれからも私に会いたいの?どうして?」
その言葉に今度は俺の方が首を傾げた。
俺の願いはそんなに変だっただろうか?
好きな人に会いたいというのは人間だけなのか?
「どうしてって……」
「だって、デーヴィット、私のこと嫌いよね?」
「はぁ!?」
思わず立場も忘れて声をあげると、アーリアがその声に負けじと言う。
「だって、アーリアだった時、私が傍にいるのを嫌がっていたし、
私以外の女の子と仲良くしていたじゃない?
だから私のことを嫌いになって、婚約破棄したんじゃないの?」
ああ、そうか。
この件については、誤解されたままなのか。
幼すぎて自分勝手な俺の行動は、アーリアには意味不明だったのだろう。
つくづく申し訳ないと思う。
本当にあの頃の俺はどうしようもない男だ。
「いや、違うんだ。あの時の俺は本当に愚かで
勝手に卑屈になって逆恨みして、アーリアに酷いことばかりしていた。
でも、本当はずっとアーリアのことが……好きだったんだ」
「え!?そ、そうだったの?」
「ああ、信じてもらえないかもしれないが」
「じゃあ、私に会いたいのは……」
「今でも俺はアーリアが好きだからだ」
若干、恥ずかしくて顔が赤くなるが、それでも言わなくてはならない。
アーリアに会えるのは、これが最後かもしれないのだから。
もう後悔はしたくない。
「そっか……私、この気持ちを無くさないのね」
俺の言葉にしばらく衝撃を受けていたアーリアがぽつりと言った。
アーリアの気持ち?
「嬉しい、デーヴィット。私もあなたが生まれた時からあなたのこと愛してるの。」
「俺が生まれた時から?」
「ええ、たまたま地上を見た時に、赤子のデーヴィットを見かけたの。
あなたの瞳がとてもきれいで一目ぼれして、お母さまに頼んで下界に降りたのよ。
アーリアだった時はそのことを忘れていたけど、それでもあなたを好きになったわ。
そして、今もあなたのこと愛しているのよ」
アーリアの告白に俺の顔はさらに真っ赤になった。
そんな理由で、女神の娘であるアーリアが地上に降りてきただなんて。
「瞳を気にいってくれたのか」
「あのね、人間の魂の輝きって瞳に反映されるの。私はあなたの魂を愛しているの」
人間は見た目とか性格で好きになったりするが、
神族はそうではないのかもしれない。
俺を好いてくれるのなら、なんでもいいか。
「えっと、時間がかかるかもしれないけど、また会いに来るわ」
「時間がかかる?」
地上に降りてくるのは、何か問題があるのだろうか?
「うーん、お母さまを説得しないといけないから……でもちゃんと頼めば、大丈夫だと思うの」
「そうか」
「うん、だから待っていて」
「……ここで待っていればいいのか?」
人間の俺は天界に行けないから、待つことに不満はない。
だが、この場所に頻繁に来られるわけでもないので
ここでなければいけないとなると会えるかどうか不安がある。
「ううん、ある程度の量の水があればどこでも大丈夫よ」
「水?」
「うん。私の神としての性質は水なの。今も水を媒体としてここにいるのよ」
ホラッと言って俺の方に手を差し出したので、その手に触れようとしてみた。
だが、その手を掴むことはできず、水の中に手を入れたような感覚しかなかった。
なるほど、実体ではないのだな。
「わかった。水を用意しておく」
「うん」
俺の部屋と執務室に大きな盥を置いておこう。
いつでもアーリアが来ても大丈夫なように。
「じゃあ、またね」
そう言った後、アーリアはふわりと体を浮かせ俺に近寄り、
俺の口に口づけを落とすように顔を寄せてからにこっと笑って、その姿を消した。
水がぱしゃりと地面に落ちる音がした。
「……」
実際の感覚は水だったが、
俺はアーリアがした行動に顔が赤くなるのを止められなかった。
最後の最後になんてことするんだ!?
恥ずかしいような嬉しいような、
もういい年なのに少年のような自分に呆れるわで
しばらく動けなかった。
「あはは」
そんな自分がおかしくて、笑いがこみあげてくる。
アーリアにはいつも心を動かされる。
きっとアーリアが時々会いに来て傍にいてくれるのなら、
俺は、これからも笑うことができるだろう。
「そういえば、名前聞いてなかったな」
アーリアとは人間の時の名だと言っていた。
それならば、神としての名があるのだろう。
今度会えた時、聞いてみよう。
そう、幸運なことに今度があるのだ。
これからたくさん話そう。
今までのことも、これからのことも。
俺は来た時とは打って変わって、
晴れやかな気持ちで泉を後にした。
……………………………………………………………
最後まで読んでくださってありがとうございます。
はじめての投稿でいろいろ不安だったのですが、
自分が思っていた以上の方々に読んでもらえたようで、
とても驚いています。
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