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ダミアンとバルボラ 2(バルボラ)
しおりを挟む私の何がいけなかったのだろう?
久々に王城から使いがやってきた。何の用かと思えば、孫の一人である王太子が婚約者を得たという話だった。
「そう」
私はそれだけしか言えなかった。
使者も別に私の言葉が欲しいわけではないので、それだけ告げるとさっさと離宮から去っていた。
孫に婚約者。もう婚約者を得るような年になったのかと思った。だが、一度も会ったことのない孫だから、実感が湧かない。そもそも息子でさえ、長い間会っていない。誰もこの離宮を訪れることはないのだから。この離宮は世間から隔絶された場所だ。穏やかでとても退屈。
私は死ぬまでここにいなくてはいけない。ダミアン様がそう決めたから。誰も私の味方はいない。本当にどうしてこうなったんだろう?
私は、ある伯爵家の娘に生まれた。でも伯爵とは名ばかりで、いつも金に困っていた貴族の家だった。裕福な子爵家の令嬢だった私の母と結婚したことで、母の実家からの援助を受けて少し持ち直したらしいが、それでも父はいつも金のことしか考えていない人だった。
父と母は政略結婚でお互いに無関心だった。それぞれ愛人がいた。そんな間に生まれた子供である私のことも無関心だった。別に食事を抜かれたとか暴力を振るわれたとかはなかったが、家の中ではほぼいないものとして扱われた。外で社交をする時だけ二人は夫婦として振る舞い、私を子供として扱った。
母はいつまでも無関心だったが、父は違った。父は、私が成長するにつれ美しい容姿を持っていることに気づくと、美しいドレスや宝石などの装飾品を買ってきて、私を着飾らせるようになった。私は構ってもらえることが嬉しかった。私のこの容姿は、父の関心をひけるのだと知り、私は自分を着飾ることに熱心になった。
父はよく言っていた。
「お前の美貌で、爵位の高い男を捕まえておいで。お前の美しさならできるよ」と。
父にとって、私の価値はそれなのだろう。
美しさで父のためになる男を捕まえる。そうすれば、私を愛してくれるのだと理解した。
私は大きくなり、王立学園に入学した。ここで男を捕まえることが私の役割だと思った。だから、爵位の高い男をチェックし、彼らの関心を引くように振舞った。私の見た目はとても美しく、多くの男達と交流することができた。彼らは褒めるとすぐ有頂天になり、私に夢中になってくれた。とても簡単だった。
多くの男達の中で誰が父のためになるのか考えていた時、ダミアン様と偶然出会った。
それは、私が女生徒達から逃げている時だった。以前、見知らぬ女生徒達に声をかけられ、囲まれて私の男性の対する振る舞いについて糾弾されたことがあった。今回も同じような匂いを感じ取り、捕まらないように逃げていたのだ。
後ろを気にして急いで歩いていたために、角のところで人がいるのに気づかず、人にぶつかってしまったのだ。
「きゃっ」
「おっと」
私がぶつかったのが、ダミアン様だった。
自分の国の王太子なので、お顔と名前ぐらいは知っていたが、話したことはなかった。
「お、王太子殿下!?し、失礼しました」
「いや……危ないから気を付けるように」
「は、はい」
「そんなに急いでどうしたんだ?」
「いえ……」
何でもなりませんと答えようと思ったが、そう言う前に、女生徒達の足音が聞こえてきて、私は焦って挙動不審になってしまった。
そんな私の様子に、何を思ったのかダミアン様は私の手をひき、柱の陰に隠れた。
「で、殿下!?」
「シッ!静かに」
二人で柱の陰に隠れたところで、女生徒達がやってきた。
「おかしいですわね。こちらにいらっしゃると思ったのですが……」
「本当に……逃げ足が速いですわ」
「今日こそは捕まえて、アリーナ様に忠告していただこうと思いましたのに」
「もう少し探してみましょう」
そう言って女生徒達は、私達がいる場所から去って行った。
それを確認して、私達は柱の陰から抜け出した。
殿下のとっさの判断で、助かった。
「あ、あの殿下。……助けていただきありがとうございました」
「……ああ。気にするな。では失礼する」
そう言って、ダミアン様も去って行った。
私もせっかく逃げられたのに再び女生徒達に会うと嫌だったので、足早にその場から離れた。
その日学園の寮に帰った私は、ダミアン様のことを考えた。私と一緒に隠れている時、女生徒の一人が「アリーナ様」と言った時にダミアン様の瞳が昏くなったことが気になったのだ。
アリーナ様。
王太子であるダミアン様の婚約者。
何をやらせても完璧な淑女の鏡と言われる令嬢だ。
あの昏い瞳は、とても好きな人に向ける目だとは思えない。ダミアン様はアリーナ様がお嫌いなのかしら?まあ、貴族の結婚に気持ちなんてないから、不思議でもないか。その時はそんな風に思った。
その日を境に、なぜかダミアン様と会うことが多くなった。最初は挨拶程度だったが、徐々に話をするようになった。その中で、ダミアン様はアリーナ様を嫌っていることを知った。
自分よりも出来のいい女が嫌い。男ならよくあることだろうと私は思った。
アリーナ様は、世間では非の打ち所のない淑女と言われているけど、そんなことはない。アリーナ様は馬鹿な女だわ。男がどんな生き物なのか知らないんだから。そんなんだからダミアン様に嫌われるのよ。
だから、私はダミアン様が欲しい言葉を告げた。ダミアン様が嬉しくなるように。
その効果か、ダミアン様も、他の男と同じように私のことを好きになってくれた。最終的に、アリーナ様との婚約を破棄して、私を選んでくれた。
父は私が王太子に選ばれたことを喜んでくれて、私のことも褒めてくれた。
私は父の願いを叶えたと満足していた。
でも、ダミアン様と婚約した時、父が言った。
「お前は今以上に美しくなって、王太子の隣で微笑、子を生むんだ。王子を必ず生むんだぞ。それ以外はしなくていいからな」
これが今後の私の役割なのだと理解した。
だから、私はそのように振舞った。
王妃教育は、教師達が出来ない私を叱りアリーナ様と比べてきて嫌だったから、ダミアン様に泣きついて彼らを辞めさせた。王妃教育もこれ以上受けなくていいようにしてもらった。
結婚してしばらくして、ダミアン様の子供も生んだ。王子だったから、父が殊の外喜んでいて、私も嬉しかった。
私は幸せだと思った。
でも、その幸せはそんなに長く続かなかった。
だんだんダミアン様との間がおかしくなっていった。王族として公務をしろって言ってくるようになった。なぜそんなことを?今までは、ダミアン様が私のために用意した部下達がしてくれていて、何の問題もなかったのに……。
ダミアン様の言い分が理解できなくて、無視していたら、今度は彼の方が私を放置するようになった。これには怒りが湧いて、執務室に言って抗議しても、理解してもらえなかったし、更に私の買い物まで止められてしまった。
何で?どうして?
私にはまったくわからなかった。
ダミアン様との間を修復する手立てが思いつかないまま、月日が経った。
そして、ある日、唐突に終わりを迎えた。
「バルボラ。君の振る舞いをもうこれ以上庇うことはできない。君にはこれから離宮で過ごしてもらう」
「ダミアン様?一体何を?」
「君は王妃失格だと言っているんだ。できれば離縁してほしいのだが」
「そ、そんな!」
離縁だなんて、父に知れたらどうなるか……あの父が、私が帰ってくることなど許してくれるはずがない。離縁したら私の居場所はどこにもない。
「嫌です。離縁はしたくありません」
「……まぁそれでもいい」
「ダミアン様!」
「勘違いするな。私はもう君と夫婦でいる気はない。離宮で大人しくしていてくれ」
今まで見たことのない冷たいまなざしで彼はそう言い、私の返事も聞かず部屋を出ていってしまった。
こうして私は離宮で過ごすことになった。
少ない使用人達しかいない、誰も訪れることないこの場所で私は生きている。
ここでは着飾ることも意味をなさない。
私、何か間違えた?
父の願いを叶えたじゃない?
ダミアン様の願いどおり、あなたより劣っている女だったでしょう?
なのに、どうして私はこんなところにいるの?
私を愛してくれないの?
いくら考えても私にはわからなかった。
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