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レオポルトとアンジェリカ 2(アンジェリカ)
しおりを挟む私の夫候補はお人好しだと思う。
「……私が、王太子の婚約者ですか?」
ある日、「家族会議をする」と父から言われた。
その議題がこれである。
家族会議なので、全員が部屋に集まっている。私の家族は、祖父母と両親と二人の兄だ。母と兄達は驚いていて、祖母は困ったような笑みを浮かべていて、祖父は怒っていた。
「アンジェリカ!!」
祖父が大声で私の名を呼ぶ。祖父はこの辺境の地を治める元侯爵であり、その名に相応しい武闘派である。そしてその見た目は、端的に言って厳つい。年齢を経ていても未だ肉体的に衰えをみせていない、ムキムキマッチョな男性だ。そんな人が大声をあげたので、迫力がすごい。私は慣れているから平気だけど、普通の淑女は倒れちゃうわね。
「お茶会で目立っちゃダメだと言っただろう?なんで目を付けられているんだ!?」
祖父がわなわなと震えながら、私に言ってきた。
そう、なぜか王家主催のお茶会に出る前に言われたのだ。
「アンジェ。目立っちゃダメだぞ。大人しくしてさっさと帰っておいで」と。
私も別に王太子妃に興味なんてなかったから、「わかりました」と返事をしたんだけど。
あの日の自分の行いを振り返り、ちょっと後ろめたい気持ちになって目を彷徨わせていたら、祖母が祖父を宥めようとしてくれた。
「あなた、落ち着いてくださいな」
「しかし、アンジェが!俺達の可愛い孫が!あの王家に目を付けられたんだぞ!!」
「とりあえず、落ち着いて話を続けましょう?」
「だが!……」
祖父の手を取り、祖母が微笑んでいるが、祖父はまだブチブチと言っている。
まだ落ち着かないようだ。話を続けるには、もう少し時間がかかりそう。
祖父はどうも王家が嫌いのようだ。何故なのか私は知らない。祖母が関わりがあるようだけど、詳しいことは教えてもらえてない。兄達は知っているかな?
そう思って、私を挟むように座っている兄二人を見上げると、二人ともその視線に気づいたようで、私を見下ろした。
すぐ上のボリス兄様がにやりと笑いながら、私をからかってきた。
「本当にアンジェが選ばれたの?このお転婆が?」
「お茶会で騒いだりはしてないわ」
たぶん、あれは騒いだとは言わない……はず。
「じゃあ、アンジェの猫被った姿が気に入られたってことか?やばいな。お前ずっと猫かぶれないじゃん。すぐお転婆だとばれるぞ」
「ボリス兄様、うるさいです」
私が嫌そうに返事をすると、ボリス兄様は嬉しそうに私の頬を小突いてきた。
「だって、アンジェだよ?スカートで木登りしちゃうような女の子だよ?」
「幾つの時の話よ!」
「男に口で勝っちゃう気の強い女の子だよ?」
「それの何が悪いのよ!」
ボリス兄様は基本意地悪だ。この兄に応戦しているうちに、随分気が強くなったものだと自分でも思う。つまり、気が強いのは兄のせいよ!
「こら、ボリス。アンジェをあんまりからかうんじゃないよ」
ボリス兄様に応戦していると、もう一人の兄、エゴール兄様が私の頭を撫でた。
「アンジェは魅力的な女の子だよ」
優しく頭を撫でながらそんなことを言う。エゴール兄様は、基本優しい。いつもにこにこと笑い、私を可愛がってくれる。
この兄のことがあったから、あんな行動しちゃったんだよね、とあのお茶会での振る舞いを思い出す。
一番上のこの兄は、とても優しくお人好しなのだ。人に対してあまり強く出られない。特に自分より小さいものー女子供に対してはより顕著だと思う。
兄はモテた。侯爵家嫡男という身分で、見た目は整っていて中身も優しいとなると、女の子が集まってくるのは必然。学園に通っていた時も、たくさんの女の子に言い寄られて断るのが大変そうだったと、兄付きの従者から聞いていた。
あのお茶会の時、明らかに礼儀をかいて押しかけていた令嬢達に、強く出られず微笑みを浮かべながら対応していた王太子を見ていたら、兄の姿に被って見えてしまった。だから、祖父の言いつけは覚えていたけれど、ついつい口を出してしまったのよ。
まさか、それで王太子に気に入られるとは思わなかったけど。
あははと乾いた笑いを心の中で浮かべていると、ようやく祖父の気分が落ち着いたようだ。その様子を見た父がこほんと一つ咳をして話し出した。
「さっきも言ったように、王家からアンジェを仮の婚約者にと打診された。みんなの意見を聞きたい」
「良いお話なのでは?」
父の隣で母が言う。
「王太子は十四歳だから、アンジェより一つ年上ね。評判も王妃に似て素晴らしい方だと言われていますよ」
母は肯定的のようだ。
「わしは反対だ」
「あなた」
「あの王家になんて嫁がせたくない」
祖父の頑なな態度に、祖母が困ったような顔をしている。
「ヴィタリー。あなたが私のことを想ってくれて嬉しいわ」
「アリーナ」
「でも、それはもう過去のことだわ。今の王太子は、きちんとした方のようよ?私も良い評判をお聞きしているわ。だから、私の件だけで判断して断るのは早計だと思うの」
「……」
言っている内容にわからない点もあるけれど、取りあえず、祖父は反対だが祖母はそうではないようだ。
「私も、検討する価値はあると思います」
「俺も反対はしないよ」
二人の兄も肯定派らしい。
「アンジェリカ、君はどうなんだい?」
家族全員の意見が出たところで、私に聞かれた。
王太子妃に元々興味はなかった。王太子自身については、まだよくわからない。兄のように優しいというかお人好しの面があるところは親近感が湧いたし、どこか気になると言えば気になる。それに、これは王命ではないにせよ、王家からの打診を何の理由もなく断ることはできない。避けられないのなら前向きに検討してもいい気もする。ただ、正直、自分が王太子妃になる器かどうか微妙だと思う。
「王太子は良い方のように思ったわ。でも私の相手となるとよくわからない。それに私が王太子妃に向いているかどうかもわからないわ」
自分の気持ちを正直に話すと、父が頷いた。
「まぁ、一回会っただけだからな。悪印象はなかったんだね?」
「はい」
「じゃあ、大丈夫かな」
そして、祖父の方を向いて言った。
「父上は反対のようだけど、侯爵家としては断る理由もないから前向きに答えたいと思います」
「しかし……」
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その言葉に祖父は苦虫を噛みつぶしたような顔をし、祖母がその手を取って宥めていた。
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父の言葉にみんなが頷く。祖父はそっぽを向いていたが、もう反対はしなかった。
こうして、我が家の方針が決まり、家族会議は終わった。
それにしても、仮とはいえ王太子の婚約者か。
私でいいんだろうか?
現王妃様のような、特に秀でたところ無いんだけど……
あの人は何を思って私を選んだんだろう?
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