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第一章【親亡き復讐者】~Who is betrayal parents~

4,α:疑惑の回収  ──オリヴィア編──

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─《マホ村》 入り口─

 道中出会った兄妹、リチャードとエマを連れて休憩地に選んだ《マホ村》に到着した。
 ここは《マホ村》の入り口だが、同時に地獄への入り口でもあった。姉妹は表情のある絶望に、兄妹は表情が消え失せた計り知れないほどの絶望へ……

「どういう……こと……?」

 疑問を呟いてみる。それは現実を受け入れられず誰かに、左横にいるお姉さまに、苦だが私の手にしがみつくエマに、教えてもらいたい。むしろ受け入れるのを私の心が拒否しているかもしれない。

「自然災害とか竜巻とかさ──いや、芝生か黒焦げなのか……すると何者かに襲撃されたのかも」

 口調が話言葉から独り言に変化するお姉さま。
 何で冷静になれるの? そんな疑念が私を取り巻くのと同時に、現実から目を背けさせてくれる。

「いいリヴィア、生存者の救出をするわよ……希望は薄いけど……それと先やってて、四龍鍛しりゅうたんに応援をよこすように言って──」

 お姉さまの台詞せりふはここで途切れた。
 というのもきっとお姉さまは全部言い切っただろうが声量を上回る轟音により掻き消されてしまった。
 その轟音の発生源は左前方、半分近くが倒壊している二階建ての民家。
 しかし、轟音の直後、それは完全に構造物ではなくなった、その代わりといってはなんだが黒い影がアレクシスを狙い飛び掛かる。

「なっ……」

 横にいるお姉さまが、なにやら良くないことを言っている。
 しかし人間は非情にも突発的な事に対応するのは困難なようだ。私に出来たのはこんなことを考えるだけでお姉さまを庇うだとか、脅威に立ち向かうだとか、何一つ出来なかった。
 反射神経によってしゃがみ、瞼を閉じた。つまりことの顛末てんまつを見届けられなかったことだ。でもその最中、肉が咬まれる不快な音は知覚した。もしそれが、咬まれたのがアレクシスだったら…そう思うと鳩尾みぞおちがすぅと冷たくなる。

「アレクシス、ちょっと耳を貸してくれ」

 ──!? 今のは…ジン様の声。そうだお姉さまを守る役目は他に居たじゃないか……それとあいつ! 『フェンリル』じゃない!

 安堵の気持ちがオリヴィアを包む。だがその安堵が膨大過ぎるが故に、悔しいという思いが紛れているのに気が付かなかった。

「ありがと……痛くないの?」

 あぁなるほど、咬まれたのはジン様だったの……まぁ大精霊ならそんなことぐらい余裕だよね。

「こいつに咬まれる瞬間──それは後だ。それより耳を」

 動けないジンに代わりお姉さまが近づく。身長差があり、お姉さまが背伸びする。

「──────いかい?」

 この距離だとジンの声がはっきり聞き取れない。多分最後は「良いかい?」で終わったと思うから何か……許可を求めたのかな?
 お姉さまの顔がジン様の口元から離れる。そして首を横に振り、長い髪が左右にバサバサと揺れる。

Nodethhiteノーデスハイトtoトゥー putプット onオン fireファイア ・brasaブローラmyマイ rightライト armアームZinジン!」

 ジン様の後ろ姿からでも辛うじてわかる。『フェンリル』の咥内(こうない)が赤く燃えている。
 今の五法句は……『炎纏えんてんかいな』だったはず、でもあれは確かどっかの武術の型だったような……

 『炎纏えんてんかいな』。腕に炎を纏う魔法で対象句を変えれば両手にも左腕にも纏わせることが可能だ。
 オリヴィアの記憶は正しく、主に使われているのは北西帝都とは真逆に位置する南東帝都で、武術の実用性よりも形式を重視している。
  でもそこで培った技術で悪事に手を染める困ったヤツもいる。

「『フェンリル』か、まさか1日に2頭も出会(でくわ)すとは……ツイてないな僕たち」

 と、現時点の私たちをジン様はこう評したらしい。
 そして体の内側から焼かれ死んだ『フェンリル』を地面に叩きつけておろす。当然なのか咬まれていた右腕は傷一つすら無かった。
 そうだ! リチャードとエマは!

「大丈夫! 二人とも!?」

 いつぞやの時よろしくの放心っぷりだった。まぁ無理もないかな。

 マニュアルならここで兄妹を村の外へ避難させる手筈だが、ちょっと状況が悪過ぎたらしい。

「みんな一ヶ所に固まって」

 ジン様が私たちを誘導する
 いつの間にか『フェンリル』がオリヴィア達を包囲していた。数、20体弱。先の戦いは一対一で善戦は出来ても、瞬殺はいくらなんでも不可能だった。
 さらに、実際の戦力差も考えるとアレクシスは後方援助として、前に立てるのはオリヴィアとジンしかいない。2対20の不公平極まる戦いがこうして始まった。
 ちょっと魂が抜けかけている兄妹を中心にオリヴィア、アレクシス、したジンが背中合わせの陣形を組んだ。
 ジンはしていると謂ったが、これをオリヴィアが知るのはもう少し先のお話だった。

「もしかして最初の『フェンリル』って、この群れのはぐれたやつなんじゃない?」
「そんなことを議論している時間はない、アレクシス」

 確かに道中で全く人とすれ違わなかったのも頷ける……いや、頷いちゃダメだ。それを認めるとこの村の人達はもう……あー! もう《マホ村》の皆さん、一旦あなた達のこと忘れる。ごめんね──

「多すぎる……」
「ところでオリヴィア、いやリヴィアって呼んで良いかい?」
「今殺気で追い払うのに手一杯なんで後で返事させていただきます」
「リヴィア、ジョーゾブローラどっちが得意」
「へ? あっジョーゾです!」
「分かった。僕が五法句で生成した構造物に『炎纏えんてんかいな』の応用で炎を……そうだな、最低お肉が焦げるぐらいの温度を付与してくれ」
「えっ!?」
Nodethhiteノーデスハイトcreationクリエイション myriadミリアド needlesニードルズjordジョーゾgrassグラス buriedベリードゥー inイン the groundグラウンド ・Zinジン!」

 突然詠唱を始めるジン様。
 さっきもだけど無詠唱じゃない、はっきり言ってる。あ……気ぃ取られて五法句の内容聴いてなかった……仕方ない、成功率下がるけど対象句を曖昧にするしかない
 そのために私はジン様が魔法に対し、大きく目を見開いた。

 方法句は『無数の針を創造』、対象句は『地に埋もれる草』。簡単に説明すると『地に埋もれる草を媒体に無数の針を創造する』ということ。通称──『樹針罠じゅしんびん苗床なえどこ
 それでも今いる《マホ村》は『フェンリル』の大群によって地面は黒焦げになっているので
 媒体が微少であろうとも魔法を成立させる。果たして彼に出来ないことは何なのだろうか気になってくる。
 刹那、オリヴィア達を中心にだいたい半径10メートルの範囲で木製のスパイクが無数も創造される。いや、ようにも見えた。

 対象はこれ……対象句には『樹の針』。これなら五法句は多分成立するッ!

Nodethhiteノーデスハイトtoトゥー putプット onオン fireファイヤーbrasaブローラwoodenウッドゥン needlesニードルズOliviaオリヴィア

 生え上がった樹針(じゅしん)に炎が螺旋状にまとわりつく。
 しかし、炎に身を巻かれようと樹針(じゅしん)は木炭に化けなかった。木と火は明らかに相性が悪い、その事実を加味するとジンの魔法関係の力量が抜きでんことが伝わる。
 『樹針罠じゅしんびん苗床なえどこ』と『炎纏えんてんかいな』で創造された炎を纏う樹の針の罠。
 実はジンが『樹針罠じゅしんびん苗床なえどこ』の五法句の詠唱を開始したと同時に『フェンリル』は本能的に危険をその肌で感じ、一斉に強襲をかけた。──が、ジンの詠唱と樹針じゅしんの創造される速度が圧倒的なため、またもや『フェンリル』は足止めをモロに食らった。
 そして、オリヴィアは気を取られて聴こえていなかったと思っているがそれは少し違う。
 確かに声には出していたが一般の5倍の速さ、つまり極々普通の人が起動句をいい終えるのと等しい時間に詠唱を完了していた。
 つまりはなから聞き取ることは不可能だった。

「うん、やはり『フェンリル』には火だな」
「もう倒したのお姉ちゃん?」

 横に立つジン様は『フェンリル』の弱点を見つけて嬉しそうだ。それと放心状態から脱したエマが聞いてきた。

「えぇそうよ」
「ほんと?」
「ほんと!」

 なんだか私まで嬉しくなる。緊張が解けたのもある、でも知り合ってから1日もたってないけどこの子の笑顔は人を、万人を幸せにできると確信してる。

「リヴィア、四龍鍛しりゅうたんに連絡してくるね」
「あっはい。お願いしますお姉さま」
「ん? あなたも来るのよ? この子達の避難も兼ねて」

 と、手招きした。
 まぁ妥当だと思うし、『フェンリル』があれだけとは思えない。根拠はないけど
 ひとまず入り口より奥で絖喚コウヨビ不羇フキを待たせている場所に向かった。

「ねーねーお姉ちゃん?」
「何? エマ?」

 手を繋ぐエマが私を呼んだ。
 えー、一言。「かわいい」
 別に私がそういう趣味じゃなくて、かわいいでしょ? こういう小さな子って? そもそもエマは何歳なんだろう後で聞いておこう

「なんでお姉ちゃんって、あの赤い髪のお姉ちゃんを「お姉さま」って呼んでるの?」

 ヤバい、かなり痛いところを突かれた。そもそも言ってた、私? 

「えーとっね……」

 言葉に詰まる。それとこの会話に気が付いたアレクシスが振り向かないにしろ注意を向けてきたのがありもしない第六感的で察知できた。

「どうしたの?」

 エマは心配しているの? 私を?……ごめんねこんなお姉ちゃんで……反省を後にしてエマの質問に答えよう。ちょっと恥ずかしいけど

「それは……私がー」
「お姉ちゃんがぁー?」

 いたずらっ子のようにねっとり反復してくる。そんなことも出来るのか、以外と侮れないぞエマ

「んー。わ、私があの人を……そ、そう!尊敬してるからよ!」
「嘘! 嘘ぽいもん!」

 なかなか才能あるな、だけどねエマ。まだまだよ、その理由は確かにではないけどでもないのよ!
 勝手にエマの会話の能力か何かを評価してみた。
 それと、私がお姉さま改めお姉ちゃんを尊敬しているのは本当、でも一番の理由じゃない。だいたい二番手かな?

「嘘じゃないわよ」
「ほんとは?」

 食らいつくね……くれぐれも赤の他人にはしつこくしないでね?

「はぁー参った、参った……耳かしてっと!」

 お姉さまにはあまり聞かれたくないからね。エマ、ちょっとごめん、ここであなたの身長にあわせてしゃがむと「なにやってんの!  遅い!」ってお姉さまに怒られちゃう。
 以下の理由により私、エマを抱っこします。
 えぇ、また一言。「かわいい」
 そういえば、エマの容姿について話したっけ? あーまだだったね、勝手一人「かわいい。かわいい。」言ってるだけでごめんね。
 で、エマの容姿ね。髪は黒髪だけど今までの環境のせいかボサボサになってる。瞳の色は髪に倣って黒色でつぶらな眼。……服装はお世辞にもいいものとは言い難い。
 しかし内面ではそれを打ち負かすだけの魅力がある。
 おっとそろそろエマの質問に答えなきゃ

「一回だけだよ」
「はやく! はやく!」

 にやけ顔を私だけに披露しながら空気を読んだのか小声で催促してくる。

「んー……」

 直前になってやっぱり恥ずかしくなる。
 この気持ちはまだオリヴィアには体感したことのない、告白するときの葛藤と胸の高鳴りに酷似していた。

「ふぅーあのね、私はお姉さまの事が好きなの!」

 前を歩くアレクシスの肩がビクッとはね上がる。
 しかし、大胆な告白を本人宛てではないけど、口したことで顔を俯(うつむ)かせるオリヴィア。紅潮する顔をアレクシスに見せたくないから──だったがそのお陰かアレクシスの反応を見ずに済んだ。
 

「それだけ?」

 エマの驚きの表情を期待していたのに私が驚かされた。
 「それだけ?」意外に満ち満ちていたその問いを、私は本気で理解できなかった。

「なんでそう思うの?」
「脅されてのかなーって!」
「リアリストなのね……」
「りあ……り?」

 無邪気な子供にはちょっと難しい過ぎたらしい。

「リアリスト。現実的に考える人のこと」
「ふーんやっぱ分かんなーい!」
「いつか分かるようになる。大丈夫」

 今の言葉は誰に向けられた?エマか、それとも姉との接し方を模索するオリヴィアなのか──

「あら? ずいぶん仲良くなったじゃない?」
「おかげさまで」
「私何もやってないわよ?」

 色々と勘違いしているお姉さまは置いといて、やっと絖喚コウヨビ不羇フキを待たせている場所まで戻ってこれた。

「リヴィア、リチャードをお願い。電話だから邪魔しないでよ?」

 私達と同じように手を繋いでいたリチャード。お姉さまはその小さな背中を私の方へ向かわせるよう優しく押した。

「こちらアレクシス。『《ヤルト村》事件』の再調査に向かう途中、《マホ村》が『フェンリル』の群れに襲撃されているのを発見。……はい。えっ? 残党? ちょっと待ってください」

 《小型通信機》のマイクを手で押さえる。

「ジン」

 タイムロス無しで姿を現す。
 この早さが出せるならこの前のアレは御披露目用かよってツッコミを入れたい衝動に駆られる。しないけど。

「『フェンリル』がまだ残っているか確認してきて」
「すぐ戻るよ」

 今度は姿を瞬間的に消し、見えなくなった……と、思いきや。

「まずい、奥に相当数いる……」
「ありがと」

 すぐさま電話に戻りその旨を伝えたらしい。
 何故かお姉さまの表情か曇りだした。

「しかし──分かりました。ですが応援はお願いします。はい、はい失礼します」

 《小型通信機》の滑らかな画面を押して通話を切る。

「どうかしました?」
「言えない……」
「なぜです?」
「どうしても?」

 聞く覚悟の是非を問われた。
 すると途端に情けなく、聞いてはいけない気がしてきた。でもその感情に勝ち、問う。
 私には聞くがあるとも思えた。

「えぇ」
「ジンの実力を課題評価されて……その……」

 お姉さまの言葉が詰まる。

「正確な数はわからないけど『フェンリル』の駆除を押し付けられたの──」

 ここまで手荒い扱いを四龍鍛しりゅうたんがするのかと心から疑った。

四龍鍛しりゅうたんがですが?」
「いいえ、お父様はそんなことしないわ。今回は元老院からの依頼だからほとんどの権限は〔金色きんしょくとう〕はおろか四龍鍛しりゅうたんすら持ってないの……」

 いくら大精霊でも……これじゃあ扱いが兵器じゃない!
 オリヴィアの憤る気持ちを察したのかエマが手を強く握ってくれる。きっと会話のほとんどを理解できてないのに……

「元老院は過大評価してませんよ」
「ジン様……」
「ジン」
「ですが今回は地形のせいで満足に戦えません」

 ジン様は看過出来なさそうな問題を気にしていた。

「と、言うと」
「道が別れていました。三叉路に」
「でも、全員が一本ずつ攻略していけば……」

 裏をかいて問題を解決するプランを提案してみた。でも

「それではこちらが袋叩きにされます」
「な、なんで」
「リヴィア、あいつらの『特殊疎通バイパストーク』」

 今の一言ではっとさせられる。そうだアイツら──

「そう、瞬く間に集合する。さっきのように」

 最初は1体だけの『フェンリル』が20体まで膨れ上がった原因はこの『特殊疎通バイパストーク』だ。
 様々な学者が研究対象にしている『特殊疎通バイパストーク』。『異界の残党』が使っており、何らかの方法で距離の差を無視して意識疎通出来る──という仮説。
 『異界の残党』との先頭ですぐに仲間を呼ばれる事から研究が始まったという。

「だから三叉路を同時攻略しなければいけない。そのために──」
「いい、その先は」

 何を言ってるのか理解できなかった。もう完全に身内だけ通じる世界に変化してる。

「ごめんリヴィア、いいよって言うまで後ろ向いてて。リチャードとエマ、あなた達もよ」

 言われた通り、後ろ向きになる。リチャードとエマが興味に負けて後ろを見ないように頭を優しく押さえて制す。

「いいわよ」
「はい」

 特に変わった様子もなく外見も代わり映えは無いように見えた。

「皆、よく聞いて。これから私とオリヴィアとジンはもう一度村に戻る。そこでリチャードとエマは絖喚コウヨビに乗って!」

 まさか……

「なんで?」

 お姉さまはリチャードの質問に答えず絖喚コウヨビの元へ近づき、こう囁いた。

「もし危ないものが来たらこの子達を連れて、遠くへ逃げて。あなたなら出来る、大丈夫よ」

 子供たちを絖喚コウヨビに乗せ終わり、意を決したように《マホ村》の″奥″を睨んだ。

「行くわよリヴィア、ジン」



─《マホ村》 三叉路─

「リヴィアが右、ジンが中央、で私が左ね」

 お姉さまが攻略する道を決める。当然異を唱える人と大精霊はいなかった。

「それでお姉さまが前線に出て大丈夫なんですか?」
「私を見くびりすぎよ」
「でも、単独ですよ?」

 失礼承知でお姉さまには剣が扱えるとは到底思えない、なら逆説的に魔法で戦う他ない。だとしてもお姉さまは魔法も……

「ちょっとは自分も心配しなさい、それと今回はほんっーとうに問題ないの! ジンのお墨付きと言えば納得してくれる?」

 ジン様が保証するなら不都合はないと言うしかない。
 頭では分かっていてもお姉さまを想う気持ちは是認ぜにんしなかった。
 どうやらその心配が顔にまで表れていたようだ

「──心配性ね、リヴィア」

 お姉さまの右手が伸びてきた。反射で一歩後ろに退こうとするするも廃材の山に阻まれてしまう。
 では、そのお姉さまの手の行く先とは一体……
 ポンっと頭をふんわり叩かれ、そのまま髪をわしゃわしゃされる。まるで夜泣きした赤子を宥めるような。

「はっ──あっあ!」

 叩いたのがお姉さまだと分かり、軽くパニックに陥る。でも発狂するような醜態は意地でも見せなかった……はず

「ジン、もしも私が危なくなったら──」
「分かってるよ。でもそんなことは絶対に起きない、そうでしょう?」

 いささか爽やか過ぎるフォローにお姉さまはきっと涼しげな笑顔を返しただろう。
 「きっと」なのは、現在進行形で気持ちを超冷却中のため不本意、致し方なく、そうせざるおえなく、背中を向けて声だけしか聞き取れなかったからだ。

「リヴィアさんそのー復活しました?」
「えっはい……あ──な、何のことでしょう?」

 はい、何のことでしょう?
 お姉さまに頭ポンポンされてにやけていたりとかしてませんよ?

「アレクシス、元に戻った」
「よかった、じゃあ行くわよ」

 私達の共有する空気が一気に張りつめる。
 興奮と適度な緊張感が入り乱れる。
 そして、歩きだした。
 三叉路の向こう側へ──



─《マホ村》 三叉路の右翼─

 鞘から太刀と柄を引き抜く。
 既に何体か『フェンリル』が道を徘徊していた。
 
「いいわ、《二刀一重の太刀にとうひとえのたち》の練習にはちょうどいいわね」

 柄でもなく威勢のいいことを言ってみた。
 言ってみるだけでも気持ちは楽になるものだ。
 眼を閉じ、《二刀一重の太刀にとうひとえのたち》の分離の五法句を詠唱する。
 柄を第一の太刀ファーストソードに挿し込み、《二刀一重の太刀にとうひとえのたち》の結合の五法句を詠唱する。
 まだ【硬度制御】は使わない、どうせやっても成功しないなら最初からやらないのが賢い選択ってものだ。

「でも、このまんま斬りかかっても味気ないわね」
Nodethhiteノーデスハイトswordソード ofオブ Elemesエレメスbrasaブローラmyマイ twoトゥー longロング swordソードOliviaオリヴィア

 素装剣術、ブローラエレメスが持つな効果を付与する。
 前回と一寸狂わず同じ現象がに再現される。

「今さらだけど『フェンリル』ども、お前らに怒りを覚えたわ……散々荒らしといて、何謝りもなく我が物顔で闊歩してんのよ……」

 一体がようやく私を認知した。
 律儀に猪突猛進……この場合は狼突猛進ろうとつもうしんしてきた。

「燃え尽きながら……村の人に詫びながら……そのまま死ね!」

 刹那、小太刀だけを元いた場所に置いて、身体を横にずらす。
 結果闘牛の如く突っ込む、唯一異なるのが待ち構えているのが赤い布ではなく鋭い刃物ということ。

「一体目──」

 再度歩き始める。
 背後には口元から断ち切られ、高温に曝され焦げた肉塊と変わり果てた『フェンリル』が。

「いいわよ、何体でも、いっそのこと同時にかかってきなさい。憎しみを糧にした猛攻、その身を持って堪能しなさい……」


狂喜に染まりし彼の者よ、持てし欝憤は何処へ配する──


 通り路の両脇から2体追加された。

「次ッ!」

 右手の『フェンリル』に向けて全力疾走をかける。
 狙うは横腹、刺すだけでは抵抗されるが炎を纏ったのも同然の小太刀であれば一切の抵抗を許さない。
 反対側の敵には左に持つ太刀で首あたりを狙う、しかしその『フェンリル』の体勢はこちらに頭を向けていた。

「チッ」

 舌打ちしながら対抗策を練る。それも対峙する相手に走りながら。

hardeningハーデニングweaponウェポン!」

 ひらめいたのが結局避けていた【硬度制御】だった。
 脳内でイメージする。
 完全、欠けている箇所はなに一つ無い太刀の姿を。

「ダメかッ!」

 惜しくも黒点は霧散する。
 たが幸いにも太刀は刃こぼれはせず『フェンリル』の頭蓋骨を叩き割り、死に追いやった。

「3体目!」

 素早く立ち上がる。
 が、騒ぎを聞き付けた一体がまさに今私に覆い被さろうとのし掛かってくる。
 太刀と小太刀を両足で踏みつけられ、。ならば……

hardeningハーデニングfistフィスト!」

 両手を剣から離し、上に覆い被さる『フェンリル』の腹に右こぶしを打ち込む。
 【硬度制御】の対象はなにもという縛りは無い。だから金属レベルの硬度にも変更できる。

「効いた? でも余裕がないから『炎纏えんてんかいな』を巻いてないの。有り難く思いなさい」

 しかし、腹を本気の右ストレートを入れられた『フェンリル』は完璧に伸びていた。
 まぁ、どうせ理解出来ないでしょうね

「これで……何体目?」

 からだの至るところで、うごめく感情で頭が朦朧もうろうとするなか簡単な計算をする。
 辺りに落ちている太刀と小太刀を拾い上げ全力でぶん殴った『フェンリル』に止めを刺そうとする。
 小太刀を首元に当て、ヤツがこの世の最期に聞く言葉を選ぶ。

「君が4体目」

 と、吐き捨てるように……
 辞世の言葉にしてはあもりにも、簡素で情に欠ける物だった。
 この4体の内のどれかだろう。『特殊疎通バイパストーク』とかいう鬱陶しい能力で小賢しく仲間を呼んだのは。

「1,2,3,4……数えたところで意味はないわ。どの道──一体残らずあの世行きなんだから」

 虚ろな目を除き、私は理想的な笑顔でそう言った。

 数十分後、適度な壁に背を預け私は中空に視線を漂わせていた。
 何が起きていたのか私にも分からない。『よく微かに記憶に残っているのは──』とか小説よくある展開だけど、そういうのもは記憶に全くない。ただこの感情が胸の中で燻っているのみ。

「そうだ、帰らなきゃ……」

 仕事が終わったら元の場所に帰る。至極当然な事。
 ──不意に目頭から熱い液体一粒が流れる。
 もう少し、ちょっとだけお姉さま達を待たせてやろうと意地悪ぽく考えた。
 これは単なる推測。強力な魔法を使った時特有の精神的な疲れが私の身体に残ってる。
 それも今までの比じゃないぐらいでっかいの。
 大方、火事場の馬鹿力とかかな? 憎悪の奔流のあまり文字通り精も根も果てるまで身の程を知らない五法句を詠唱し続けたと思う。だって私だもん、そのぐらいはする。

「でも……」

 でもは成功しなかったらしい。
 まぁ安心している。負の感情に呑み込まれただけで《二刀一重の太刀にとうひとえのたち》の【硬度制御】は成立は絶対に有り得ない。

「帰ろう。お姉さまの処へ」

 いつの間にか涙は止まっていた。
 
 オリヴィアは今後、になるであろう無数の『フェンリル』の屍の山を、この寂れた風景を後にしてに会いたい一心で来た道を引き返した。
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