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序章【私の名はオリヴィア・レブル・トール】
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序章【私の名前はオリヴィア・レブル・トール】
旧帝国太陽暦17,895年 アレル帝国暦295年
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「ハァ、ハァ、ハァ……ふぅー手間の焼ける敵さんね」
乱れた息を一回の深呼吸で無理やり整え、再び剣を構え直す。台詞からは余裕が窺えるがかれこれ30分ほど彼女の愛剣《二刀一重の太刀》を振り回しし続けて体力はひどく消耗している。
「ハアアアァァァァ──ッ!」
改めて気合いを入れ直し、敵と彼女の間合い5メートルを瞬く間に駆け抜ける。そして一筋垂直に脳天から股間まで見事に断ち切った。敵は人のように見えるがそれは間違いだ、いや決して無惨にも切られた体が──という意味ではなく正確には元は人だったものだ、身体は至る箇所が腐敗し骨まで見えている。
その姿はまさしくゾンビそのものだった。
「終った……の?」
見渡せば屑ごみ同然のように転がっているゾンビだけ、変だが生き生きとしたゾンビは居なかった。
その場にペタンと座り込みそうになるも、意地で踏みとどまり任務終了後に報告する義務を果たすべく、任務を任された人間しか持てない《小型通信機》を取り出した。
「電話しなきゃだめなんだっけ……うぅーめんどい」
三回コール音が聞こえた。
ガチャとアレル帝国側と通信可能と指し示す特徴的な音がしたのを合図に話始めた。
『もしもし? リヴィア──ゴホン、こちらオリビィア、任命されていた調査が完了しました。これより帰投します』
『了解、聞き応えのある報告を期待しているわ、帰投を許可する……お疲れリヴィア』
『えっ! お姉さま! ──通信終了』
身内に話すノリでニックネームを呟いてしまったが応答してくれたのが実の姉『アレクシス・レブル・トール』で心底良かったと思っている。
もし出たのがアレクシスじゃなければ速効人事査定に影響していたであろう。
「お姉さま帰ってきてたのね……」
彼女にとって初の実地調査はこれで終わった。
そして今から始まるのは何処か垢抜けないでも何故かずっと心配してしまう。そんな彼女の悲壮極まる物語……
─アレル帝国 北西帝都中央道─
鉄と大理石で造られた白色の城《アレル城》。
その城を中心地として辺りには国民が商売、生活する巨大な街が広がっている、この国を皆一様に《アレル帝国》と呼んでいる。
《アレル城》の内部に置かれている元老院を目指し北西帝都の中央道を馬で早々と走る彼女──『オリヴィア・レブル・トール』
現在オリヴィアは元老院より任命されていた《ヤルト村》の事件調査を終えて報告のため急ぎ帰っているところだ。
「元老院に報告してそれからえーと、四龍鍛の〔金色の塔〕にも……あー! 誰かもう少し私を労りなさいよ!」
リヴィアが調査に向かっていた《ヤルト村》は帝都から直線距離で約60キロも距離があり、その道のりをノンストップで走破してきた。村で150体の暴徒を切るという重労働をこなしてきた後に。
それも全てあの人の為のだろう。
─アレル帝国 四龍鍛〔金色の塔〕─
「あー緊張したー。そして死ぬほど疲れたー」
四龍鍛の金色の塔に到着して開口一番に出てきた言葉がそれだった。
ここ四龍鍛は八つの公家で構成される騎士団だ。末端の人間も含めると総勢800名の大規模組織になる。
その騎士団が事務的な仕事を行うのがここ《アレル城》。この城の構造は東西南北に城壁の角が向いている。
その四つ角、東方向に〔青色の塔❳、西方向に〔金色の塔❳、南方向に〔白色の塔❳、北方向に〔紫色の塔❳ と塔が建っているのだが、それぞれの塔に二つの公家が共同管理することになっておりそれは各騎士団の本拠地となっている。
余談だが各塔の色は一律で、対応する色が塗られている訳でなくただの識別の基準となっている。
そしてオリヴィアは《アレル城》西側の塔〔金色の塔〕を管理する公家の一つ《トール家》の次女にあたる。故に騎士団の、特に〔金色の塔〕の界隈では高位の身分だ。
話は戻りこれから〔金色の塔〕──通称〔金色の騎士団〕と称賛の意を込めて呼ばれる騎士団の二人いる団長のうち一人……まぁリヴィアの父親なのだが、彼に報告することになっている。
「ルイス団長、ただいま戻りました。」
「話は聞いておる。初めての実地任務はどうだった?」
「はい。大変でした」
「元老院の使いから『《ヤルト村》の実地調査』だと聞いておるが実際にはあそこで何が起きていた?」
彼もといオリヴィアとアレクシスの父親、『ルイス・レブル・トール』はオリヴィアが元老院で『《ヤルト村》の実地調査』の命を受けている際、同時刻にここで元老院の使いからその旨を伝えられていた。
「何かしらの一揆だと説明され、事実確認のため最初の一日は住民の聞き取り調査を行っていました」
「で、結果は?」
「それといった情報は得られませんでした。しかも調査中に暴動どころか揉め事すら起きなかったです」
「だが、お前の服には幾つかの傷と血が見受けられるが戦闘があったのだな?」
「は、はいその通りです」
彼女の服は所々黒い土が付いていたり、胸当てには無数の傷痕があったりと、お世辞にも高貴なご身分の服装とは言えなかった。
金色の剣士団の実地活動用の服は比較的軽装なものが多くそれは彼女も例外ではなかった。
胸当て、籠手と金属製の防具はこれだけ。その下には黄色のブラウスとロングスカートを身に付けていた。
そして暴徒150体切りの服のまま今まで動いていたらしく、思い返せば元老院の方が苦い顔をしていたのも頷ける。
「二日目の早朝、宿の外が騒がしく窓から見ると人とはかけ離れた容姿をした怪物──恐らくゾンビが群れを成していました。」
「ゾンビか……報告ご苦労だった」
「もうですか? 他にもお聞きになりたいことでも……」
「今はこれだけ分かればよい、どうせ全て切り伏せたのだろう?」
「えぇ……まぁそうです」
「自分の娘のやることぐらい分かる。今日はゆっくり休むといい」
「分かりました。失礼します」
団長に挨拶して部屋を去っていった。威圧感ある扉を召し使いに開けてもらうと……
「お疲れリヴィア……って通信中にも言ったかな? フフ」
「そうでしたっけ? あの時早く帰りたい一心であまり覚えてないですから」
壁に身を預けていたアレクシスがいた。次にはオリヴィアを労う言葉が出てきたのだがそれは彼女にとって一万の声援よりも勝るものだった。その理由も追々説明しよう。
「早速だけどご飯にする? お風呂?そ・れ・と・もこのお姉ちゃん?」
「ちなみにそのお姉ちゃんを選ぶとどうなるの?」
「もうあんなことやこんなこと色々とね」
「だからどんなことなの? ねえー」
「それは凄いわよ──したり────も、後────だったり」
「わぁーお、すごーい」
アレクシスの発言については各自の想像にお任せしてアレクシスはオリヴィアに選択を迫った。
「で、どれにするの?」
「無難にお風呂で」
「もーつまんないの」
「なんならお姉さまもご一緒する?」
「あれ? 以外と乗り気じゃないリヴィアちゃん……」
─アレル帝国 北西帝都内 《トール家》大浴場─
「ねぇ、リヴィア? 最後に一緒にお風呂に入ったのって何歳のときだっけ?」
「うーんそうね…………お姉さまが14ぐらいだった時?」
「そんなにたったのね……なんだか感慨深いなぁー」
《トール家》の一階に設えた大浴場は大人が20人入ろうとしてもまだ余裕があるほど大きい、そんな広々とした湯船に二人しかいない、姉妹の会話がこだまする。
「…………」
「…………」
やがて沈黙が訪れる。その中に天井から滴る滴の音が響く。
「久しぶりに会うのになんか話題ないの?」
「じゃあお姉さまに質問があります」
「何でも」
「任務からいつ帰ったのですか?」
「──そうねーリヴィアと入れ違いで帰ってきたのよ。数ヶ月ぶりのかわいい妹の顔を見ようかと思ったのにお父様から『あいつなら《ヤルト村》の実地調査に向かった』って言うからびっくりしたわよ」
実は、アレクシスも別の任務で遥か遠くの地で起きた領土問題解決の仲介の仕事をしていたのだ。
「お姉さまもお疲れさまです。さーてと身体洗うのでお姉さま、せっかくなんで手伝ってくれます?」
「それじゃあーお言葉に甘えて」
湯船に浸からないようにタオルで押さえていた髪がバザーと地面に向かっておりた。
この姉妹は何故か長髪を好み、オリヴィアは金髪の髪を腰まで、アレクシスに至っては朱色の髪を膝に達するか否か──な境地まで来ている。
「うーん何人かお世話係を呼んできたほうが良かったかもしれませんよお姉さま、髪が長すぎます」
「それではせっかくの二人だけの時間が楽しめないでしょ、あと私のことを堅苦しく『お姉さま』って呼ぶのやめなさい」
「……でもそれではお姉さまの威厳が」
「別にそんなの私は要らないの。それでも『人類の擁護者』だとか『ジンに選ばれし者』だとか呼ばれるのも仕方ないって分かってる。でもいいリヴィア、お姉ちゃんはせめて家族にはちゃんと名前で呼ばれたいの」
オリヴィアは酷く狼狽えた。
天使にも等しいお姉さまを今さらどう呼べばいいのかと。
アレクシスに髪を丁寧に洗われながら悩みに悩んだ挙げ句口にしたのは──
「あ、アレクシスお姉ちゃん……?」
「いいわよ、合格!」
「──なんか違う変えよう第一長いです! 逆に言いづらくなってます!」
「そうならゆっくり決めなさい、いつでも待ってる」
「しばらくはお姉ちゃんで通す……あっそうだ、『ジンに選ばれし者』で思い出したけどジン様はどこにいるの?」
「あーあいつなら脱衣場の奥で待たせてるわよ? それがどうしたの?」
「うん、この前文献読んでたら「ジンは守護者にずっと憑いている」と書いてあったからもしかしたら今私達のことも見ているじゃないかなーって気がしただけ」
「だったら大丈夫よ心配要らない」
「そう? ならいいけど」
「リヴィアも二人きりの時間を楽しむ気になったのかしら?」
「そ、そんなんじゃない!」
「ほんとかなー?」
「本当だって! それと、どさくさに紛れて胸揉むなー!」
「あらあらバレちゃった」
─アレル帝国 北西帝都内 《トール家》─
お風呂を済ませて自室ゆっくり過ごしていると召し使いがドアをノックした。
「オリヴィアさま、夕食の用意が出来ました」
「はい分かりました。今行きます」
寝間着姿ではいけないと思い、もう少しまともなこれも同じく黄色のワンピースに着替えることにした。しかし寝間着の上からガーディガンでも良かった気もする。
「待たせてしまい申し訳ありません」
家族だけで夕食を食べるときに使う部屋に入る。
両親、それと普段着と何ら変わらない格好のアレクシスが既に着席していた。
「帰ってきた後なのよ少しぐらい問題ないわ」
「ありがとうございます」
誰からも小言を口にされることなく終わった。その代わりお母様こと『アンナ・カヤハ・トール』の謝罪の不要と許すのは今回だけの二つの意味が含まれた言葉が返ってきた。
そんなことを考えながら礼儀正しく着席した。
「さて、久しぶりに家族全員揃うんだ。アレクシス、長旅の土産話ぐらい一つや二つあるんじゃないか?」
ルイスが提案する。それに対してやんわりと異を唱えたのがアレクシスだった。
「でしたらお父様私の話は持ちきれないほどあります。話している私がご夕食を食べられません。ここはリヴィアの話にしてみては?」
「──うん。それもよかろう」
と、ほとんどルイスとアレクシスの間でこの時間の使い方が決まった。オリヴィアの出る幕なく。そして当のご本人は……
(マジですか!? 私もお姉さ──お姉ちゃんの話聴くつもりだったのに)
と、完全に意表を突かれたらしい。
「えーあの急に言われましてもこれと言って特に……」
「嘘おっしゃい、あるでしょ一つ」
「一つ?」
アンナに催促されたがこのときオリヴィアは本当に何の話しが分かっていなかった。
助け船をだしたのはアレクシスだった。
「お母様、もしやリヴィアの為の専用武器《二刀一重の太刀の事では?」
「そう! それよ、で? どうだったのオリヴィア?」
「あの太刀の事でしたか。結果から申します。──やはり真価は発揮出来ませんでした」
「何故? 以前は能力を武器に付与できたでしょ?」
疑問を投げつけたのはアンナだった。
「あのときは机に置いておいたので可能でしたが、剣を振いながらだとどうしても……」
彼らが今話題にしているのはオリヴィアのため高名な技師に製作を依頼した《二刀一重の太刀》についてだ。
この剣は通常とは異なる構造を持っており。まず一般的な剣と同じく鞘に収まっているのは変わらない。そして名前の由来にもなっている仕掛けが″一本の太刀の中にもう一本の小太刀が納刀されている″といったものだ。
簡潔に説明するとこんなもんだが、この剣は様々な問題を孕(はら)んでいる。
それを唯一解決できるという意味で彼女専用武器と呼ばれている。
「それもそうだろうこれは我が家系でも前例の無い挑戦であり、新たな可能性を模索する意味も含まれている」
「この家だけが持つ能力【硬度制御】。でも私は『ジン』に選ばれたときからどういうわけか使いづらくなったのよねー」
この世界には【魔術】と呼ばれる過去の技術がある。しかしそれは誰かが秘匿している物ではなく、最初に発見した人が良心に溢れる男性だったお蔭もあってか、庶民でも学ぶこともでき、学校の科目の一つとして『魔法学』がある。
【魔術】は『魔法学』において二つに大別される。
まず大抵の人が使える【一般魔法】これが学校で習得できる魔法だ。
もう一つ、【固有魔法】俗称"能力"と言う。これはある特定の人、家系、種族しか使えない魔法で、《トール家》を例にすると【硬度制御】は《トール家》の遺伝子を継ぐ者しか行使できない。そのため現在は父親のルイス氏、オリヴィア、満足に行使することは不可能だがアレクシスの3人しか居ない。
ちなみに、アンナは《トール家》に嫁いで来たので【硬度制御】の能力は持ち合わせていない。
その代わり【一般魔法】には人並み以上長けている。
話は少し戻りオリヴィアの武器《二刀一重の太刀の持つ問題点、第一の太刀の脆弱性だ。
鞘から抜いた状態ならば普通の剣と同等以上の耐久性を誇っている。
だがひとたび真価を発揮しようと第一の太刀から第二の小太刀を抜刀すると第一の太刀の内部に空間が生じ、剣を打ち合えば三、四撃で第二の小太刀が元あった位置を中心にひびが入る。十、十一撃目にして半ばからへし折れてしまう。
それほど一般の人が使えば脆いのだ。
そして、オリヴィアの持つ【硬度制御】は脳内で指定した対象の硬度を際限なく変化させることができる。(変化させたい硬度が高くなるほど鍛練が必要になる)そこで第二の小太刀を抜刀して脆くなった第一の太刀を対象として【硬度制御】を必要硬度まで行使すれば空洞があろうとも刃こぼれ一つしない剣が出来るというわけだ。
「我が家が受ける仕事は要人護衛、祭典の警備がほとんどだ。それ故に微動だにしない物にしか能力を使う機会がなかった。急に自ら振る剣に能力を行使しろというのも酷(こく)だろう。焦らず完成を目指せ、お前はまだ若いのだから」
「──分かりましたお父様」
(若い……このまま能力の使い方が見つけられなかったらオバサンになっても剣を持つのかな……?)
そんな将来の心配をしながらナイフとフォークを動かす。
「アレクシス少しいいですか? ジン様は今どこにいらっしゃるの? お久しぶりだし挨拶しておきたいのだけど……」
「あいつなら……ちょっと待って、ジーーンお母様がお呼びよーちょっとだけホンの少しだけでいいからー」
マリアがアレクシスに質問する。
何度か話の内容に登場してきていた『ジン』とは現在アレクシスに憑いている大精霊の名前だ。
大陸に伝わる伝承で──『ジン』に選ばれし女性は一生を害無く過ごす事が確約される──というにわかに信じがたい話が大陸全土の、しかも至る所に散らばっている。
そしてジンは6年前、アレクシスを選び、共に過ごしているらしいがそのアレクシスのジンへの接し方が同級生や幼馴染みと同レベルもしくはそれ以外の対応で周りを驚かしていた。
しばらくすると廊下からコツ──コツ──と誰かが歩いてくる足音が響いた。音はだんだん大きくなり、遂にはドアの前に来たのが判るほどだった。
ギイィィ──と、重厚感のある木製の両開きのドアが軋みながら片方だけ完全に開いた。しかしそこには人影はなかった
「『ジン』姿を現して、お前は普段私にしか見えてないのを忘れたの? あとこの前みたいに全裸に近い格好で出てこないでね。服を着てよ?」
独りでに開いたと思われたドアの辺りで微かに陽炎の如く空気が揺らぐのを確かに見た。すると床から一般的な成人男性の身長の高さ、具体的な数字で175センチメートル付近にかけて下から徐々に人が形作られていくのが見てとれる。
現れたのは二十代前半の男性で青いマントを身に付けて中が見えないが完全にではない、体のラインがはっきりしていて黒い布がぴったりと張り付いている。そして白線が幾つにも分岐していた。
「皆様、お久しぶりです」
「これはジン様、この度はわざわざお越しいただきありがとうございます」
ジンは軽い挨拶をしたのに対してルイス氏は畏まった挨拶で返した。
「こちらこそ娘でよければ何なりとお役に立ててください」
「ちょっ……お父様恥ずかしいってば!」
──コンコン──と、ジンが開けたドアとは逆の扉が何者かによってノックされた。
「お食事中失礼します! ルイス様、オリヴィア様元老院からの伝れ──ッ! これは大精霊『ジン』様失礼しました。お初にお目にかかります。私は帝国元老院の使い『セス・カーター』です!」
この部屋に訪れたのは元老院の方が派遣した使いだったようだ。しかしジンを発見したらすぐに自己紹介に取り掛かった。
この状況、ジンに挨拶することに異議を唱えられるのがアレクシスしか居ないという関係性もあってか、カーターの本来の用件を尋ねたのはアレクシスだった。
「それでカーターさん、本来の用件は?」
「はっ! ルイス氏オリヴィア氏は翌日午前10時に会議室に参上せよと、なお議題は《ヤルト村》の実地調査の質疑です。」
「質疑ならオリヴィアだけでいいだろう? 何故私も参らねばならぬ?」
「議長からは『彼の意見も聞いておきたい』と伝言を預かっています」
「…………うむ承知した」
熟考のすえ、本来不必要なはずのルイスが元老院議長直々の指名を受けた理由を何となく察する。
「これにて失礼します」
─《トール家》 オリヴィアの自室─
程なくしてちょいちょい波乱が巻き起こった夕食は終わった。
「眠い……」
それもそうだ。
この2日間、特に今日は一瞬も気が抜けなかった。自室に着いて大袈裟だが懐かしい空気を吸って、ここに来てようやく肩の力が抜けた。
なら、襲ってくるのは睡魔なのは必然だった。
つづく
序章【私の名前はオリヴィア・レブル・トール】
旧帝国太陽暦17,895年 アレル帝国暦295年
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「ハァ、ハァ、ハァ……ふぅー手間の焼ける敵さんね」
乱れた息を一回の深呼吸で無理やり整え、再び剣を構え直す。台詞からは余裕が窺えるがかれこれ30分ほど彼女の愛剣《二刀一重の太刀》を振り回しし続けて体力はひどく消耗している。
「ハアアアァァァァ──ッ!」
改めて気合いを入れ直し、敵と彼女の間合い5メートルを瞬く間に駆け抜ける。そして一筋垂直に脳天から股間まで見事に断ち切った。敵は人のように見えるがそれは間違いだ、いや決して無惨にも切られた体が──という意味ではなく正確には元は人だったものだ、身体は至る箇所が腐敗し骨まで見えている。
その姿はまさしくゾンビそのものだった。
「終った……の?」
見渡せば屑ごみ同然のように転がっているゾンビだけ、変だが生き生きとしたゾンビは居なかった。
その場にペタンと座り込みそうになるも、意地で踏みとどまり任務終了後に報告する義務を果たすべく、任務を任された人間しか持てない《小型通信機》を取り出した。
「電話しなきゃだめなんだっけ……うぅーめんどい」
三回コール音が聞こえた。
ガチャとアレル帝国側と通信可能と指し示す特徴的な音がしたのを合図に話始めた。
『もしもし? リヴィア──ゴホン、こちらオリビィア、任命されていた調査が完了しました。これより帰投します』
『了解、聞き応えのある報告を期待しているわ、帰投を許可する……お疲れリヴィア』
『えっ! お姉さま! ──通信終了』
身内に話すノリでニックネームを呟いてしまったが応答してくれたのが実の姉『アレクシス・レブル・トール』で心底良かったと思っている。
もし出たのがアレクシスじゃなければ速効人事査定に影響していたであろう。
「お姉さま帰ってきてたのね……」
彼女にとって初の実地調査はこれで終わった。
そして今から始まるのは何処か垢抜けないでも何故かずっと心配してしまう。そんな彼女の悲壮極まる物語……
─アレル帝国 北西帝都中央道─
鉄と大理石で造られた白色の城《アレル城》。
その城を中心地として辺りには国民が商売、生活する巨大な街が広がっている、この国を皆一様に《アレル帝国》と呼んでいる。
《アレル城》の内部に置かれている元老院を目指し北西帝都の中央道を馬で早々と走る彼女──『オリヴィア・レブル・トール』
現在オリヴィアは元老院より任命されていた《ヤルト村》の事件調査を終えて報告のため急ぎ帰っているところだ。
「元老院に報告してそれからえーと、四龍鍛の〔金色の塔〕にも……あー! 誰かもう少し私を労りなさいよ!」
リヴィアが調査に向かっていた《ヤルト村》は帝都から直線距離で約60キロも距離があり、その道のりをノンストップで走破してきた。村で150体の暴徒を切るという重労働をこなしてきた後に。
それも全てあの人の為のだろう。
─アレル帝国 四龍鍛〔金色の塔〕─
「あー緊張したー。そして死ぬほど疲れたー」
四龍鍛の金色の塔に到着して開口一番に出てきた言葉がそれだった。
ここ四龍鍛は八つの公家で構成される騎士団だ。末端の人間も含めると総勢800名の大規模組織になる。
その騎士団が事務的な仕事を行うのがここ《アレル城》。この城の構造は東西南北に城壁の角が向いている。
その四つ角、東方向に〔青色の塔❳、西方向に〔金色の塔❳、南方向に〔白色の塔❳、北方向に〔紫色の塔❳ と塔が建っているのだが、それぞれの塔に二つの公家が共同管理することになっておりそれは各騎士団の本拠地となっている。
余談だが各塔の色は一律で、対応する色が塗られている訳でなくただの識別の基準となっている。
そしてオリヴィアは《アレル城》西側の塔〔金色の塔〕を管理する公家の一つ《トール家》の次女にあたる。故に騎士団の、特に〔金色の塔〕の界隈では高位の身分だ。
話は戻りこれから〔金色の塔〕──通称〔金色の騎士団〕と称賛の意を込めて呼ばれる騎士団の二人いる団長のうち一人……まぁリヴィアの父親なのだが、彼に報告することになっている。
「ルイス団長、ただいま戻りました。」
「話は聞いておる。初めての実地任務はどうだった?」
「はい。大変でした」
「元老院の使いから『《ヤルト村》の実地調査』だと聞いておるが実際にはあそこで何が起きていた?」
彼もといオリヴィアとアレクシスの父親、『ルイス・レブル・トール』はオリヴィアが元老院で『《ヤルト村》の実地調査』の命を受けている際、同時刻にここで元老院の使いからその旨を伝えられていた。
「何かしらの一揆だと説明され、事実確認のため最初の一日は住民の聞き取り調査を行っていました」
「で、結果は?」
「それといった情報は得られませんでした。しかも調査中に暴動どころか揉め事すら起きなかったです」
「だが、お前の服には幾つかの傷と血が見受けられるが戦闘があったのだな?」
「は、はいその通りです」
彼女の服は所々黒い土が付いていたり、胸当てには無数の傷痕があったりと、お世辞にも高貴なご身分の服装とは言えなかった。
金色の剣士団の実地活動用の服は比較的軽装なものが多くそれは彼女も例外ではなかった。
胸当て、籠手と金属製の防具はこれだけ。その下には黄色のブラウスとロングスカートを身に付けていた。
そして暴徒150体切りの服のまま今まで動いていたらしく、思い返せば元老院の方が苦い顔をしていたのも頷ける。
「二日目の早朝、宿の外が騒がしく窓から見ると人とはかけ離れた容姿をした怪物──恐らくゾンビが群れを成していました。」
「ゾンビか……報告ご苦労だった」
「もうですか? 他にもお聞きになりたいことでも……」
「今はこれだけ分かればよい、どうせ全て切り伏せたのだろう?」
「えぇ……まぁそうです」
「自分の娘のやることぐらい分かる。今日はゆっくり休むといい」
「分かりました。失礼します」
団長に挨拶して部屋を去っていった。威圧感ある扉を召し使いに開けてもらうと……
「お疲れリヴィア……って通信中にも言ったかな? フフ」
「そうでしたっけ? あの時早く帰りたい一心であまり覚えてないですから」
壁に身を預けていたアレクシスがいた。次にはオリヴィアを労う言葉が出てきたのだがそれは彼女にとって一万の声援よりも勝るものだった。その理由も追々説明しよう。
「早速だけどご飯にする? お風呂?そ・れ・と・もこのお姉ちゃん?」
「ちなみにそのお姉ちゃんを選ぶとどうなるの?」
「もうあんなことやこんなこと色々とね」
「だからどんなことなの? ねえー」
「それは凄いわよ──したり────も、後────だったり」
「わぁーお、すごーい」
アレクシスの発言については各自の想像にお任せしてアレクシスはオリヴィアに選択を迫った。
「で、どれにするの?」
「無難にお風呂で」
「もーつまんないの」
「なんならお姉さまもご一緒する?」
「あれ? 以外と乗り気じゃないリヴィアちゃん……」
─アレル帝国 北西帝都内 《トール家》大浴場─
「ねぇ、リヴィア? 最後に一緒にお風呂に入ったのって何歳のときだっけ?」
「うーんそうね…………お姉さまが14ぐらいだった時?」
「そんなにたったのね……なんだか感慨深いなぁー」
《トール家》の一階に設えた大浴場は大人が20人入ろうとしてもまだ余裕があるほど大きい、そんな広々とした湯船に二人しかいない、姉妹の会話がこだまする。
「…………」
「…………」
やがて沈黙が訪れる。その中に天井から滴る滴の音が響く。
「久しぶりに会うのになんか話題ないの?」
「じゃあお姉さまに質問があります」
「何でも」
「任務からいつ帰ったのですか?」
「──そうねーリヴィアと入れ違いで帰ってきたのよ。数ヶ月ぶりのかわいい妹の顔を見ようかと思ったのにお父様から『あいつなら《ヤルト村》の実地調査に向かった』って言うからびっくりしたわよ」
実は、アレクシスも別の任務で遥か遠くの地で起きた領土問題解決の仲介の仕事をしていたのだ。
「お姉さまもお疲れさまです。さーてと身体洗うのでお姉さま、せっかくなんで手伝ってくれます?」
「それじゃあーお言葉に甘えて」
湯船に浸からないようにタオルで押さえていた髪がバザーと地面に向かっておりた。
この姉妹は何故か長髪を好み、オリヴィアは金髪の髪を腰まで、アレクシスに至っては朱色の髪を膝に達するか否か──な境地まで来ている。
「うーん何人かお世話係を呼んできたほうが良かったかもしれませんよお姉さま、髪が長すぎます」
「それではせっかくの二人だけの時間が楽しめないでしょ、あと私のことを堅苦しく『お姉さま』って呼ぶのやめなさい」
「……でもそれではお姉さまの威厳が」
「別にそんなの私は要らないの。それでも『人類の擁護者』だとか『ジンに選ばれし者』だとか呼ばれるのも仕方ないって分かってる。でもいいリヴィア、お姉ちゃんはせめて家族にはちゃんと名前で呼ばれたいの」
オリヴィアは酷く狼狽えた。
天使にも等しいお姉さまを今さらどう呼べばいいのかと。
アレクシスに髪を丁寧に洗われながら悩みに悩んだ挙げ句口にしたのは──
「あ、アレクシスお姉ちゃん……?」
「いいわよ、合格!」
「──なんか違う変えよう第一長いです! 逆に言いづらくなってます!」
「そうならゆっくり決めなさい、いつでも待ってる」
「しばらくはお姉ちゃんで通す……あっそうだ、『ジンに選ばれし者』で思い出したけどジン様はどこにいるの?」
「あーあいつなら脱衣場の奥で待たせてるわよ? それがどうしたの?」
「うん、この前文献読んでたら「ジンは守護者にずっと憑いている」と書いてあったからもしかしたら今私達のことも見ているじゃないかなーって気がしただけ」
「だったら大丈夫よ心配要らない」
「そう? ならいいけど」
「リヴィアも二人きりの時間を楽しむ気になったのかしら?」
「そ、そんなんじゃない!」
「ほんとかなー?」
「本当だって! それと、どさくさに紛れて胸揉むなー!」
「あらあらバレちゃった」
─アレル帝国 北西帝都内 《トール家》─
お風呂を済ませて自室ゆっくり過ごしていると召し使いがドアをノックした。
「オリヴィアさま、夕食の用意が出来ました」
「はい分かりました。今行きます」
寝間着姿ではいけないと思い、もう少しまともなこれも同じく黄色のワンピースに着替えることにした。しかし寝間着の上からガーディガンでも良かった気もする。
「待たせてしまい申し訳ありません」
家族だけで夕食を食べるときに使う部屋に入る。
両親、それと普段着と何ら変わらない格好のアレクシスが既に着席していた。
「帰ってきた後なのよ少しぐらい問題ないわ」
「ありがとうございます」
誰からも小言を口にされることなく終わった。その代わりお母様こと『アンナ・カヤハ・トール』の謝罪の不要と許すのは今回だけの二つの意味が含まれた言葉が返ってきた。
そんなことを考えながら礼儀正しく着席した。
「さて、久しぶりに家族全員揃うんだ。アレクシス、長旅の土産話ぐらい一つや二つあるんじゃないか?」
ルイスが提案する。それに対してやんわりと異を唱えたのがアレクシスだった。
「でしたらお父様私の話は持ちきれないほどあります。話している私がご夕食を食べられません。ここはリヴィアの話にしてみては?」
「──うん。それもよかろう」
と、ほとんどルイスとアレクシスの間でこの時間の使い方が決まった。オリヴィアの出る幕なく。そして当のご本人は……
(マジですか!? 私もお姉さ──お姉ちゃんの話聴くつもりだったのに)
と、完全に意表を突かれたらしい。
「えーあの急に言われましてもこれと言って特に……」
「嘘おっしゃい、あるでしょ一つ」
「一つ?」
アンナに催促されたがこのときオリヴィアは本当に何の話しが分かっていなかった。
助け船をだしたのはアレクシスだった。
「お母様、もしやリヴィアの為の専用武器《二刀一重の太刀の事では?」
「そう! それよ、で? どうだったのオリヴィア?」
「あの太刀の事でしたか。結果から申します。──やはり真価は発揮出来ませんでした」
「何故? 以前は能力を武器に付与できたでしょ?」
疑問を投げつけたのはアンナだった。
「あのときは机に置いておいたので可能でしたが、剣を振いながらだとどうしても……」
彼らが今話題にしているのはオリヴィアのため高名な技師に製作を依頼した《二刀一重の太刀》についてだ。
この剣は通常とは異なる構造を持っており。まず一般的な剣と同じく鞘に収まっているのは変わらない。そして名前の由来にもなっている仕掛けが″一本の太刀の中にもう一本の小太刀が納刀されている″といったものだ。
簡潔に説明するとこんなもんだが、この剣は様々な問題を孕(はら)んでいる。
それを唯一解決できるという意味で彼女専用武器と呼ばれている。
「それもそうだろうこれは我が家系でも前例の無い挑戦であり、新たな可能性を模索する意味も含まれている」
「この家だけが持つ能力【硬度制御】。でも私は『ジン』に選ばれたときからどういうわけか使いづらくなったのよねー」
この世界には【魔術】と呼ばれる過去の技術がある。しかしそれは誰かが秘匿している物ではなく、最初に発見した人が良心に溢れる男性だったお蔭もあってか、庶民でも学ぶこともでき、学校の科目の一つとして『魔法学』がある。
【魔術】は『魔法学』において二つに大別される。
まず大抵の人が使える【一般魔法】これが学校で習得できる魔法だ。
もう一つ、【固有魔法】俗称"能力"と言う。これはある特定の人、家系、種族しか使えない魔法で、《トール家》を例にすると【硬度制御】は《トール家》の遺伝子を継ぐ者しか行使できない。そのため現在は父親のルイス氏、オリヴィア、満足に行使することは不可能だがアレクシスの3人しか居ない。
ちなみに、アンナは《トール家》に嫁いで来たので【硬度制御】の能力は持ち合わせていない。
その代わり【一般魔法】には人並み以上長けている。
話は少し戻りオリヴィアの武器《二刀一重の太刀の持つ問題点、第一の太刀の脆弱性だ。
鞘から抜いた状態ならば普通の剣と同等以上の耐久性を誇っている。
だがひとたび真価を発揮しようと第一の太刀から第二の小太刀を抜刀すると第一の太刀の内部に空間が生じ、剣を打ち合えば三、四撃で第二の小太刀が元あった位置を中心にひびが入る。十、十一撃目にして半ばからへし折れてしまう。
それほど一般の人が使えば脆いのだ。
そして、オリヴィアの持つ【硬度制御】は脳内で指定した対象の硬度を際限なく変化させることができる。(変化させたい硬度が高くなるほど鍛練が必要になる)そこで第二の小太刀を抜刀して脆くなった第一の太刀を対象として【硬度制御】を必要硬度まで行使すれば空洞があろうとも刃こぼれ一つしない剣が出来るというわけだ。
「我が家が受ける仕事は要人護衛、祭典の警備がほとんどだ。それ故に微動だにしない物にしか能力を使う機会がなかった。急に自ら振る剣に能力を行使しろというのも酷(こく)だろう。焦らず完成を目指せ、お前はまだ若いのだから」
「──分かりましたお父様」
(若い……このまま能力の使い方が見つけられなかったらオバサンになっても剣を持つのかな……?)
そんな将来の心配をしながらナイフとフォークを動かす。
「アレクシス少しいいですか? ジン様は今どこにいらっしゃるの? お久しぶりだし挨拶しておきたいのだけど……」
「あいつなら……ちょっと待って、ジーーンお母様がお呼びよーちょっとだけホンの少しだけでいいからー」
マリアがアレクシスに質問する。
何度か話の内容に登場してきていた『ジン』とは現在アレクシスに憑いている大精霊の名前だ。
大陸に伝わる伝承で──『ジン』に選ばれし女性は一生を害無く過ごす事が確約される──というにわかに信じがたい話が大陸全土の、しかも至る所に散らばっている。
そしてジンは6年前、アレクシスを選び、共に過ごしているらしいがそのアレクシスのジンへの接し方が同級生や幼馴染みと同レベルもしくはそれ以外の対応で周りを驚かしていた。
しばらくすると廊下からコツ──コツ──と誰かが歩いてくる足音が響いた。音はだんだん大きくなり、遂にはドアの前に来たのが判るほどだった。
ギイィィ──と、重厚感のある木製の両開きのドアが軋みながら片方だけ完全に開いた。しかしそこには人影はなかった
「『ジン』姿を現して、お前は普段私にしか見えてないのを忘れたの? あとこの前みたいに全裸に近い格好で出てこないでね。服を着てよ?」
独りでに開いたと思われたドアの辺りで微かに陽炎の如く空気が揺らぐのを確かに見た。すると床から一般的な成人男性の身長の高さ、具体的な数字で175センチメートル付近にかけて下から徐々に人が形作られていくのが見てとれる。
現れたのは二十代前半の男性で青いマントを身に付けて中が見えないが完全にではない、体のラインがはっきりしていて黒い布がぴったりと張り付いている。そして白線が幾つにも分岐していた。
「皆様、お久しぶりです」
「これはジン様、この度はわざわざお越しいただきありがとうございます」
ジンは軽い挨拶をしたのに対してルイス氏は畏まった挨拶で返した。
「こちらこそ娘でよければ何なりとお役に立ててください」
「ちょっ……お父様恥ずかしいってば!」
──コンコン──と、ジンが開けたドアとは逆の扉が何者かによってノックされた。
「お食事中失礼します! ルイス様、オリヴィア様元老院からの伝れ──ッ! これは大精霊『ジン』様失礼しました。お初にお目にかかります。私は帝国元老院の使い『セス・カーター』です!」
この部屋に訪れたのは元老院の方が派遣した使いだったようだ。しかしジンを発見したらすぐに自己紹介に取り掛かった。
この状況、ジンに挨拶することに異議を唱えられるのがアレクシスしか居ないという関係性もあってか、カーターの本来の用件を尋ねたのはアレクシスだった。
「それでカーターさん、本来の用件は?」
「はっ! ルイス氏オリヴィア氏は翌日午前10時に会議室に参上せよと、なお議題は《ヤルト村》の実地調査の質疑です。」
「質疑ならオリヴィアだけでいいだろう? 何故私も参らねばならぬ?」
「議長からは『彼の意見も聞いておきたい』と伝言を預かっています」
「…………うむ承知した」
熟考のすえ、本来不必要なはずのルイスが元老院議長直々の指名を受けた理由を何となく察する。
「これにて失礼します」
─《トール家》 オリヴィアの自室─
程なくしてちょいちょい波乱が巻き起こった夕食は終わった。
「眠い……」
それもそうだ。
この2日間、特に今日は一瞬も気が抜けなかった。自室に着いて大袈裟だが懐かしい空気を吸って、ここに来てようやく肩の力が抜けた。
なら、襲ってくるのは睡魔なのは必然だった。
つづく
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