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第六章 最強の少女、罪に問われる

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「アザンドラが大地神竜だと解明されたのはつい最近でした。我が国にいる地理歴史の傑物によると、魔王マリアネに惨殺された大地神竜の亡骸が極度の邪念により未だ成仏せず活動している……と言います。私、シトラは過去の失態……あの大戦の罪を償うため、失ったドリバルグの信用を取り戻すための政権をしています。黒竜アザンドラは我々が起こした失態の体現。ならば我らは真っ先に討伐しようと考えたのです」
「まさか……」
「詳細をご報告せず申し訳ない。どうしても我々が対処せねばならないと感じたのです」
 大地神竜を描き出していた魔法陣をかき消し、シトラは手を叩く。
「もう、かつての大地神竜ではないアザンドラは、力の限り破壊を続けていました。ですのに、それを討伐した彼女を処刑というのは、些か早計ではありませんか」
 そして、振り出しの話に戻ったが、大臣は肩肘を張って意地でも反論する姿勢だ。
「ですが……何度も言います通り、これは神々が残した事で……」
「私が何を言おうとも?」
「……う、うむ」
 恐怖で打ち震えながらも、大臣は強硬の意志を示した。
「なんたる無礼者! 魔王様に逆らうなど!」
 一人の夜魔将官が鞘から剣を引き抜いて大臣に歩み寄る。
「やめなさい、玉座の間ですよ。夜魔将官として軽率な行動をとるなど恥を知りなさい」
「うっ……」
 居丈高なシトラの発言に、一も二もなく肩をすぼめて夜魔将官はその場に跪く。
「失敬。では、大臣は意地でも彼女を極刑に処すわけですね」
「ええ……これに関しては魔王様が何と言おうとも────っ⁉」
 不意にシトラは、魔力で形作った刃物のようなもので、腕を自ら斬りつけた。雪肌から鮮血が迸り、血で塗れていく。
「ならば定め、正しましょう。世界の秩序を」
「ま、まさか……生涯で一度しか使えないそれを行うというのですか!」
「ええ、本気です。魔王の名をもって、私はここで『ユリシーレの絶対』を宣言します」
 ──ユリシーレの絶対。それは、初代魔王ユリシーレから取られている名前だ。
 かつて、ユリシーレは世界の平和を維持するため、古代グランドシオルにとって前代未聞だった規律を宣言する。それが、生きる者の自由を束縛する『法制』だ。
 古代に法制のないことで、悪が蔓延る一方に不満を感じたユリシーレは、自ら生き血を悪魔に捧げて、魔の王になることを誓った。己を犠牲に絶対的な力を得たユリシーレは、世界の秩序を自ら創造し、正し、社会などが整った状態にあるようにした。世界に魔王という存在を知らしめ、さらに監視者として魔族という種族を創り、世界平和の現状維持を図る。魔の王の桎梏からは逃れられない。世も反感を抱くこともできず、宣言に一切が風靡し、秩序が膠着して数千年、いずれは世界から『争い』の文字が消滅しかけていた。
 あらゆる法制を定めたユリシーレ。提唱した事柄は絶対的な効力を齎し、屈服させたことから、世界の根幹となった初代魔王の宣言は『ユリシーレの絶対』と名付けられた。
 そして、ユリシーレは後代魔王に従来通り、秩序を正すための言説を残した。それが己の生き血を代償とした『ユリシーレの絶対』だ。
 ユリシーレは後代魔王自身の生き血を利用した黒魔法で、生涯一度だけの絶対宣言を行えるという制度を決めた。宣言の期間は宣言者の魔王が退位するまで。さらには宣言者の著しい魔力低下、寿命が数千年縮むと言ったかなりの対価付き。
 しかし、現代もユリシーレが定めた規律は伝承されており、一般的に絶対宣言は行使されない。法制は申し分ないほどユリシーレによって整えられているからだ。むしろ代々、その権限で都合のよい法や悪質な法を定め、グランドシオルを掌握した者の方が多いくらい。故に、因習として引き継がれているユリシーレの絶対を宣言する魔王は、変遷とともに憂虞されるようになっている。
「皆様が反対するなら、絶対宣言を行うしかありません。決して私は皆様を束縛するような、悪に塗れた宣言は致しません。私はただ、ツルカさんを救いたいだけ」
 見るに堪えないほど痛々しい腕の傷から、シトラは溢れる鮮血を手に取り、何やら地面に文字を書き始める。
「な、何故、魔王の特権である……しかもかなりの代償を伴う絶対宣言をただの少女などに使われるのですか! 魔王様にとってなにも利益は────」
「大臣の言葉には語弊がある。まったく理解されていないようだ」
 夜魔将官の一人が薄ら笑いを浮かべて、さも大臣を小物のように見やる。
「シトラ様は至誠なお方。姉君の後を継がれて必死に国を治め、常に国民のために勤しんでおられる。どのような愚民であろうが手を差し伸べてきたのだ。斯様な慈悲深い心をお持ちになる魔王様が、利益だけを希求して権限を扱われるものだと思っておられたのか」
「っ……」
「シトラ様は失った信用を取り戻すため、様々な事をされている。その中で困窮に陥る者に救いの手を差し伸べることこそ現ドリバルグにおける最重要事項だとお思いになられているのだ。だからこそ魔王様として国民に認められ、幼き身体でもその手腕を振るってこられた。我々も、ただ夜魔将官として仕えていない。シトラ様のご活動に畏敬の念を打たれたからこそ、こうして夜魔将官を担っているのだ。シトラ様の軌跡を知らずして……利益などといった言葉でシトラ様の決死の判断にいざこざを言うな、痴れ者が」
 脅迫するような夜魔将官の文句に、大臣は冷や汗をかきながら萎縮する。
 同時にシトラも作業を終えたようで、血で汚れた手を合わせ、魔法を唱え始める。
「さあ、宣言しましょう」
 地面に書かれた血文字が一文字ずつ光だして綻びるように散逸していくと、シトラを中心に魔法陣が展開される。魔法陣は徐に回転し始めて、異様な雰囲気を漂わせ始めた。
「只今より、我が宣言を絶対とし、これを生涯の限りの契約とする。目録は三項。一つ、ツルカ=ハーランに対する汚行を一切拒否する。無論、同士も含む。一つ、ツルカ=ハーランの功績を称え、彼女に『英雄』の称号を与える」
「───な⁉」
 英雄はかの有名な不朽の栄光と上位Sランク冒険者にしか未だ授与されていない歴戦の証。それ以外に、ましてやCランク冒険者が与えられていい名ではない。
「お考え下さい! あまりにも────」
「絶対宣言に抗辯は厳禁。反旗を翻す者は異端者として、世界の秩序のため抹消する」
「くっ……」
「続けて一つ、ツルカ=ハーランと同士をドリバルグの永劫なる盟友とし、彼女らに厳烈な待遇、ましてや暗殺を謀るような行為は断じて容認しない。万一彼女らに著しい危害を加えた者は、我らドリバルグから相応の断罪を下す。但し、決闘など正式な儀式を省く」
 シトラは宣言し終えると、手際よく宙に文字を書き並べ、その文字列を手でなぞった。やがて緩やかに回転する魔法陣は、剣で切り結ぶような高音を立て続けに鳴らし、回転速度を急激に上昇させる。
「【体現せよ、ユリシーレ】ッ!」
 魔法陣が無尽に郭大し、それは城を越え、城壁を越える。そして、暗雲が空を浸食し、グランディール国が闇に覆われると、猛烈な稲魂が赫焉と閃いた。
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