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第三章 少年と悪魔と番人

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「……優しいな、君は。魔王の私をそこまで。ありがとう」
「え、えー。マリアネ、私の時は『ありがとう』なんて言ってくれなかったー」
「うるさい。少年は優しい、あんたはウザい。お分かり?」
「なにィィィィ⁉ 私だってめちゃめちゃ心配してたのに!」
 突然、二人は強く額を擦り合わせると、目尻を吊り上げて対峙した。
「いや……二人はどんな時でも喧嘩するな」
「こいつが悪い。いちいち気に障る言葉しか発しないからな! 私はこの二百年間、どれほど我慢して過ごしてきたと」
「はぁ~ん⁉ んなこと言って、いっつも私と暇つぶしで遊んだりしてたくせに! 心を開いてくれた最初の頃は素直で可愛らしい魔族のお子様だと思ってたのに、今ではなんでこんな腐った性格になったのやら────うぐぐっ! な、なにをするんだっ!」
 マリアネはベナゲードを鷲掴みにして立ち上がると、大きく腕を振りかぶった。
「消えちまぇぇぇぇぇぇ!」
「ちょ、うぎゃ───────ッ!」
「えぇぇぇ⁉」
 ベナゲードは凄まじい威力でマリアネに投球され、空高く消え去ってしまった。
 一仕事やり切ったように清々しい様子で、マリアネは大きく背伸びをする。
「いやいや、何してんだ⁉」
「うむ、邪魔者は消せ。これ、魔族社会のモットーね」
「物騒だな⁉」
 マリアネの物言いに、ふと健太は相好を崩した。
「……なあ、君」
 優しいような、悲しいような含み笑いをして、マリアネは健太を見つめる。とうに光を失っている彼女のつぶらな瞳は、凍てつくほどの孤独感、哀情に満ちていた。
「君が私のことを心から心配してくれるのは嬉しい。だが、これもまた運命だ。奴隷商は仕事でやった……。たまたま、奴隷として拐われたのが、私の側近だっただけ」
「……けど、納得できないじゃないか」
「奴隷商人は捕えた命を道具としか見ない。あいつらにとって大切なのは金だ。大切と思う金のためなら、やつらは道具と思っている命の一つや二つ、躊躇うことはない。結局、私が言いたいのは、やつらの価値観は狂っているが仕事として当然の事をしていて、私は勝手ながら、やつらの生きがいに激怒したということ」
「あまりにも屁理屈じゃ……!」
「奴隷制度のある国に、何を言っても通じない。捕えられたら最後、問答無用で名誉を剥奪され、道具にされる。理不尽、誰もがそう思うだろうが、それが国のあり方だ」
 健太は全く言い返すことができず、今にでも涙が出てしまいそうに身震いした。
「高貴なる身分や側近が奴隷にされるのは禁止されている。あいつらも一応は定められている規則に従って奴隷商売をしている。しかし、奴隷商人らはそいつが私の側近とは知らなかっただろう。だからこそ私が冷静になって然るべき行動を取れば、帝国側もしっかりとした対応してくれただろうが、何をされようがあいつは戻ってくることはないからな」
 マリアネは弱りきった表情で、バタン、と地面へ仰向きになった。
 放心して、ただひたすら広がる空虚な天井を仰視する。
「……君が納得できないのは分かるよ。私も、最初は受け入れたくなかった。でも、二百年間……こんな場所でぼーっとしてたら、どうでもよくなっちゃったよ」
「そういう……もんなのかな」
「そんな時でも、さっき投げ飛ばしたバカが私と関わってくれたがな。実は感謝してる」
 心なしか釈然とせず、健太はがっくりと肩を落とした。マリアネは健太の鬱屈そうな顔をチラッと目にした後に立ち上がって、健太の肩を叩きながら大いに笑う。
「あっはっはっは! すまないね! なんかテンション下げるような話で。悲しい顔しないでくれ! とりあえずだ、こんな気が滅入る話は置いといて、君が脱出できる方法を探さないとな! ベナゲードは……あれ、いないや」
 さっき自分の手でぶん投げただろう、と健太は冷ややかな目でマリアネに訴えかけた。
「……普通、君一人をここから出すことなど、ベナゲードにとって容易いことだろうさ。でも、私の存在が大きすぎる。ベナゲードは常に私の封印を維持しているから、同時に出口を作ると耐えられなくなる……か。うむ……」
「やっぱり……」
 しばらくマリアネは眉間に深い皺を寄せ、口元を歪めて思索に耽る。
「…………一応あるぞ。私のせいで出れないなら、私が消えれば済む話だ」
「で、でも……は? ちょ、待ってくれよ」
 予想外な発言に、健太は滑稽に声が上擦る。
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