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第一章 夢見る少女、幻滅する

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「や、やりすぎたかな。なんかめちゃ見られてるし……」
 そこで初めて、ツルカは人々の視線を浴びて照れくさそうにしている素振りを見せた。
 目立つことも嫌いな彼女にとって非常に迷惑なことではあったが、ツルカはそれに全く頓着することなく頭越しにして、未だに尻もちをついている青年の傍らに寄る。
「ほら、地面なんかに座ってないで立ちなよ」
 面と向かって話すのは気恥ずかしいようで、ツルカは脇見して青年に手を伸ばした。
「あ、ああ……」
 青年はツルカの手を取って立ち上がり、服についた汚れを払って複雑そうに頭を掻きむしった。同時に、女性二人がこちらに走ってくる。
「ちょっとジン、大丈夫? 怪我してない?」
「大丈夫だ……なんもねえ」
 青年の名前はジンというそうだ。混じりのない黒髪のアップバングと、黄土色の瞳。特に目を付けるところがない身軽な皮服。目尻は険しく、表情は常に荒んでいる。
「ジン、念のためナユに回復魔法を唱えてもらったほうがいいと思うよ。心配だし」
「た、確かにそうね。こほん、【逞しき創傷に癒しの光を】……」
 すると、ロングケープを羽織った女性──ナユがジンに手をかざして回復魔法を唱えた。神聖で鮮やかな光がジンを包み込み、燃え尽きた炎のように儚く消え去る。
 どうやら彼女は魔法使いらしい。年齢はジンと同じくらいで、十八歳くらいだろうか。陽光に照らされて金に輝く茶髪のポニーテールと、大きな橙色の瞳は宝石のように光彩を放つ。優しく垂れ下がったまなじりは、彼女の温厚たる人品をいやが上に際立たせている。衣装は皮製の上着、スカート、ローブといった魔法使いとして普遍的な出で立ちだ。
「ど、どう?」
「ああ、助かった。特に何も異常はなかったが、さっきより調子がいい気がする」
「そっか! ならよかった。でもマリナが提案したんだからお礼言う人を間違ってるよ」
「い、いや、そんなー」
 はにかみの表情で微笑みながら幼い少女──マリナは心ならずもそう言った。
 彼女もまた冒険者で、背に弓を担いでいることから弓矢使いであろう。茶色に黄金こがねが混じったようなヘーゼルの瞳。光を悉く反射する漆黒のミディアムに、もみ上げあたりから垂れる三つ編みのお下げが特徴的なマリナは、三人の中では一番年齢が低く、もっと言えばツルカよりも幼いように見える。まるで輝かしい夢を抱く一人の乙女だが、武器を持つという事実に変わりはない。こんな少女でも何かと危険を伴う冒険者をするのかとツルカは半ば感心しながら、口をあんぐりとさせていた。
「に、にしてもお前。あの大男をふっ飛ばすなんて……何者なんだ?」
「あーえっとー……」
 妥当な反応に返す言葉が見つからず、ツルカは口を噤んだ。
《マスターはスイッチが入ると後先考えないで行動する癖がありますからねー。これ、どう説明するんです?》
 どう説明しても納得させることは無理だ。ツルカは口元を震わせてチラチラと三人の顔を伺いながら、どうにか話を紛らわせられないかと別の話題を考えた。
「そ、その~君達は冒険者でしょ? 三人で活動してるのか~?」
 お茶を濁すようなツルカの物言いに、ジンが眉を顰める。
「あ、ああ……。俺はジン、剣士をやってる。こっちは魔法使いのナユで、このちっこいのが弓矢使いのマリナだ」
「へ、へぇ~」
 四人の周りだけ、気疎い空気が漂い始める。
(それはいい……いいんだけど!)
 ツルカは下唇を噛み締めながら目を泳がせる。もう、話すことがなくなったらしい。
 こうしている間にも人は徐々に集り始め、ツルカは脚光を浴びる一方。数え切れないほどの人達の視線も相まって、畢竟ツルカは何も思い浮かばず────
「あ! そろそろ家に帰らないと。ごめん今日はお友達と約束があるんだー。だ か らまたね!」
「家に帰るのか友達と遊ぶのかどっちだ───────」
「そんじゃ!」
「っておいっ⁉」
 ツルカは赤面しながら三人に手を振り、疾走するように立ち去った。
「な、なんだったんだろうね。あの子……」
 ツルカが去った後も、現場はひたすら沈黙と人で満たされていった。
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