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4話 最期
しおりを挟む 鴇汰が店のドアを開けると、おクマが煙草の煙をたゆらせながら、こちらを見た。
「アラ、来たわね色男。遊んでくるかと思ったら、ずいぶんと早いじゃない」
「なに言ってんだよ。遊んでくるわけがないじゃんか……」
「へぇ、あちこちの歓楽街で、さんざん遊び回っていた男のセリフとは思えないことを言うじゃないの」
チラリと横目で鴇汰を軽く睨んだおクマは、煙草を灰皿に押しつけた。
「そんなの六年も前の話しじゃねーの……俺はもうそういうのはやめたんだよ」
店内を見回して、奥の席でネエさんたちに遊ばれている麻乃の姿を見つけると、カウンター席に腰かけた。
「ったく麻乃のやつ、人を置き去りにして、勝手に出ていっちまうんだからよ」
「あの子なりに気をつかったんでしょ。あそこにはアンタに気のある女がいるんだものねェ? だからてっきり、遊んでくると思ったんだけどね」
「そんなの気づかいでもなんでもねーよ。俺はね、もう昔みたいなことはしないの!」
「男はみんな、同じコトを言うわよねェ」
「だからっ……! ったく……そう決めて遊ぶのをやめて、もう六年もたってるってのに……まだ言われんのかよ……」
「アンタの場合は特別よォ。派手にやってサ、目立ってたんだもの。だいたい、今さら誰かに勘違いされて困るって訳でもないでしょ?」
「困るから言ってんだよ!」
おクマは意地悪な目つきでそう言って笑う。口を尖らせてむくれた鴇汰の前に、コーヒーが置かれた。
「ねェ、あの子ったら……絶対に戦士になるなんて言っちゃってサ、見ていて辛つらくなるほど、それこそ泣きながら鍛錬を重ねて血反吐まではいて、蓮華の印なんかもらっちゃったときは、どうなることかと思ったけど――」
キャアキャアと笑い声の響く奥の席を見ながら、おクマがつぶやく。
「なかなかの女になったと思わない? 色気は足りないけど腕は立つし……アタシが男でもう少し若かったら、放っておかないんだけどねェ」
「男だったら、って――」
あんた外側は男じゃねーかよ、と鴇汰は思いながらコーヒーに口をつけ、あまりの濃さに顔をしかめた。
「ママ、ホラこれ! 見てちょうだいよ」
奥にいたネエさんが、麻乃の腕を引っ張ってきた。
「アラ、いいじゃないの。見違えるわァ」
「ちょっとネエさんたち、もう本当に勘弁してよ……」
麻乃があまりにも情けない声を出しているので、一体、なにをされたのか気になってのぞき込むと、その顔にはしっかり化粧が施されている。
カップに口をつけていたせいで、鴇汰は思い切り吹き出してしまった。
ニッコリとほほ笑んで振り向いた麻乃の目は笑っていない。
「おかしくて悪かったね。あんた、こいつの最初の獲物になりたいようだね」
鬼灯の柄に手をかけている。どこまで本気なのかわからない辺りが怖い。
「笑ったんじゃねーよ! ちょっと驚いただけだって」
「いいよ別に。自分でも似合ってないのはわかってるからさ」
「そんなことないぜ? 俺はいいと思うしよ」
「もういいってば。それ以上言うと本当に抜くよ」
麻乃は本気で鴇汰を睨んでいる。これ以上言うと喧嘩に発展しそうな気がして、鴇汰は黙った。
麻乃はタオルで化粧を拭き落として椅子に腰かけると食べかけのままになっていたケーキに手を伸ばしている。
(あれだけ飯をしっかり食ってたくせに、まだ食うのかよ?)
鴇汰が呆れてみていると、麻乃は目線を落としたまま、小さな声でボソッと言った。
「松恵姐さんのところで、ゆっくりしてくれば良かったのに」
「あんなトコに取り残されたって、俺は困るの」
「まぁ、それもそうか……彼女にも悪いだろうしね」
「そんなもん、いないから別に関係ねーけどな」
「……いない?」
麻乃はいぶかし気な目で見つめてきた。麻乃にまで信用されてないのかと思うと、さすがに鴇汰もショックだ。
理恵とのことを疑っているんだろうか? 変な言い訳をするつもりはないけれど、誤解されたままじゃ嫌だと思った。
「自慢できることじゃないけどよ、生まれてこのかた、彼女なんざいた試しがねーもん」
おクマが新しくたて直しているコーヒーの香りが、店中に広がっている。
カウンターに頬づえをついて、鴇汰は食べる手を休めない麻乃を眺めた。
「アラ、来たわね色男。遊んでくるかと思ったら、ずいぶんと早いじゃない」
「なに言ってんだよ。遊んでくるわけがないじゃんか……」
「へぇ、あちこちの歓楽街で、さんざん遊び回っていた男のセリフとは思えないことを言うじゃないの」
チラリと横目で鴇汰を軽く睨んだおクマは、煙草を灰皿に押しつけた。
「そんなの六年も前の話しじゃねーの……俺はもうそういうのはやめたんだよ」
店内を見回して、奥の席でネエさんたちに遊ばれている麻乃の姿を見つけると、カウンター席に腰かけた。
「ったく麻乃のやつ、人を置き去りにして、勝手に出ていっちまうんだからよ」
「あの子なりに気をつかったんでしょ。あそこにはアンタに気のある女がいるんだものねェ? だからてっきり、遊んでくると思ったんだけどね」
「そんなの気づかいでもなんでもねーよ。俺はね、もう昔みたいなことはしないの!」
「男はみんな、同じコトを言うわよねェ」
「だからっ……! ったく……そう決めて遊ぶのをやめて、もう六年もたってるってのに……まだ言われんのかよ……」
「アンタの場合は特別よォ。派手にやってサ、目立ってたんだもの。だいたい、今さら誰かに勘違いされて困るって訳でもないでしょ?」
「困るから言ってんだよ!」
おクマは意地悪な目つきでそう言って笑う。口を尖らせてむくれた鴇汰の前に、コーヒーが置かれた。
「ねェ、あの子ったら……絶対に戦士になるなんて言っちゃってサ、見ていて辛つらくなるほど、それこそ泣きながら鍛錬を重ねて血反吐まではいて、蓮華の印なんかもらっちゃったときは、どうなることかと思ったけど――」
キャアキャアと笑い声の響く奥の席を見ながら、おクマがつぶやく。
「なかなかの女になったと思わない? 色気は足りないけど腕は立つし……アタシが男でもう少し若かったら、放っておかないんだけどねェ」
「男だったら、って――」
あんた外側は男じゃねーかよ、と鴇汰は思いながらコーヒーに口をつけ、あまりの濃さに顔をしかめた。
「ママ、ホラこれ! 見てちょうだいよ」
奥にいたネエさんが、麻乃の腕を引っ張ってきた。
「アラ、いいじゃないの。見違えるわァ」
「ちょっとネエさんたち、もう本当に勘弁してよ……」
麻乃があまりにも情けない声を出しているので、一体、なにをされたのか気になってのぞき込むと、その顔にはしっかり化粧が施されている。
カップに口をつけていたせいで、鴇汰は思い切り吹き出してしまった。
ニッコリとほほ笑んで振り向いた麻乃の目は笑っていない。
「おかしくて悪かったね。あんた、こいつの最初の獲物になりたいようだね」
鬼灯の柄に手をかけている。どこまで本気なのかわからない辺りが怖い。
「笑ったんじゃねーよ! ちょっと驚いただけだって」
「いいよ別に。自分でも似合ってないのはわかってるからさ」
「そんなことないぜ? 俺はいいと思うしよ」
「もういいってば。それ以上言うと本当に抜くよ」
麻乃は本気で鴇汰を睨んでいる。これ以上言うと喧嘩に発展しそうな気がして、鴇汰は黙った。
麻乃はタオルで化粧を拭き落として椅子に腰かけると食べかけのままになっていたケーキに手を伸ばしている。
(あれだけ飯をしっかり食ってたくせに、まだ食うのかよ?)
鴇汰が呆れてみていると、麻乃は目線を落としたまま、小さな声でボソッと言った。
「松恵姐さんのところで、ゆっくりしてくれば良かったのに」
「あんなトコに取り残されたって、俺は困るの」
「まぁ、それもそうか……彼女にも悪いだろうしね」
「そんなもん、いないから別に関係ねーけどな」
「……いない?」
麻乃はいぶかし気な目で見つめてきた。麻乃にまで信用されてないのかと思うと、さすがに鴇汰もショックだ。
理恵とのことを疑っているんだろうか? 変な言い訳をするつもりはないけれど、誤解されたままじゃ嫌だと思った。
「自慢できることじゃないけどよ、生まれてこのかた、彼女なんざいた試しがねーもん」
おクマが新しくたて直しているコーヒーの香りが、店中に広がっている。
カウンターに頬づえをついて、鴇汰は食べる手を休めない麻乃を眺めた。
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