1 / 1
カモフラージュの恋
しおりを挟む
学校一、人気者の彼菅野 結城は容姿端麗、文武両道で性格も良いときている。まるで少女漫画にでも出てくる王子様のような男だ。
毎年バレンタインの季節になると、学校中の女がこぞってチョコを渡そうとする。そんな絵に書いたような奴。
--そう。今目の前で女に群がられているあの男のことだ。
「先輩! チョコ受け取ってください!」
「ずるい! 私のも受け取ってください……!」
私も私も、と可愛くラッピングされた箱を震えた手で彼に渡そうとする。彼を見つめている彼女達の頬は真っ赤になって、なんとまあ可愛らしいことか。
「……ごめんね。彼女が妬いちゃうから受け取らないんだ。気持ちも、受け取れない」
申し訳なさそうに整った眉尻を器用に下げ、周りを囲む女達へ謝罪をする。
何人か見惚れているではないか。
……だから顔の良い奴は好きじゃない。それに私は、彼のこういう所が嫌いだ。
じっとりとした、鋭い視線をその背に向けこの茶番が早く終わらないかと様子を伺う。
先程からこの集団を影から見ている私は小鳥遊 繭。一応結城の幼馴染である。
しばらくして彼女たちは肩を落とし、それぞれの向かう方角へ散っていった。
涙を浮かべる者、苦笑を浮かべている者。反応も様々だが皆一様に朝と比べて落ち込んでいる様子だ。……無理もない。
「繭。何やってるの」
「べっつにー……。いつも通りおモテになってるじゃない」
「……どうしたの。今日はまた一段と機嫌が悪いね。体調悪いの? 生理?」
「……っセクハラ!」
あまり威力はないだろうが、彼の肩を殴る。そこはもちろんグーだ。
幼馴染とはいえそれを聞くのはダメだろうよ。
「お二人さんまた夫婦漫才してるの? 仲良すぎるよ」
「ほんとだよな」
「結城も付き合うならもっといい女選び放題だろうになあ。あんな可愛げ無い女を選ぶなんて……趣味悪いな」
下校時間を過ぎているとはいえすれ違う人の数はそれなりに多い。
陰口のように言うものや、聞こえるように言う者もいるがどうせいつも言われていることと差異はない。
だけど最後のお前……それは余計なお世話だ。
「繭はちゃんと可愛いからね、自信もって」
「はいはい、ソーデスネ」
「……いつも嫌な思いさせてごめんね」
「貸しひとつ、ね」
「お返しは何が欲しい?」
「有名シェフの高級コース料理!」
「却下。そもそも、食べ物以外にして」
「冗談よ、冗談。なーんにも、要らない」
「繭はいつもそればっか」
たわいのない話をしながら帰路を歩く。
通う高校までは徒歩20分程度。お互い隣の家だ。必然的に同じ道を歩むことになるので、入学当初から時間の合う時は一緒に通っている。
だからか、私と奴は何故か恋人だと認識されている。まあこちらとしては願ったり叶ったりである。
--私達は幼馴染であり、カモフラージュで恋人を演じている。
あえてそう見える様に腕を組んだりして、周囲をそう思わせるようしようとした。
が、それ以前に勝手に誤解して噂を広めてくれたので手間が省けた。
何故、こんな面倒なことをしているかと言うと……結城は私の姉である彩結姉と交際しており、その彩結姉は高校で教師をしている。
つまりはそういう事。
卒業まであと一年とちょっと。ただそれだけの辛抱なのだ。
「今年は何貰えるかな」
「知らない。私にはカンケーないからね」
「繭は居ないの? 好きな人」
「んー? 居るよ。彩結姉と、お兄と、お母さんとお父さん。あ。あと王子様みたいな訳分かんない幼馴染もね」
「そういう、好きじゃなくてさ。居るんでしょ?」
「あー、そういう? 居ないよ。私の好きな人は、居ない」
この答えに不満そうではあるものの、話そうとしない私にこれ以上問いただそうとはしなかった。
それ以上帰路でバレンタイン関連の話を聞かれることも聞かされる事も無く、いつも通り授業の話やテストの話をする。
まあ、ほとんどが私の勉強への説教だったけれど。
「結城、繭。おかえり」
家の前で何故か学校にまだ居るはずの彩結姉が立っていた。片手に紙袋をぶら下げて。
おかえりの挨拶が妹より彼氏優先なのは無意識なのだろう。
「ただいま、彩結姉。……じゃ、私はここで。結城また明日」
「…………」
耳を赤く染め、彩結姉の『おかえり』を噛み締めている彼に私の言葉は何も聞こえてないだろう。仕方が無い、か。
後ろ手に玄関を閉めた。
家の中は静まり返っている。バレンタインには両親も夜デートで家を空ける。
彩結姉は……どうだか分からない。
***
とりあえず私の任務はここで終わり。
ミッションコンプリート、だ。
2階へ上がり、部屋の扉をくぐる。
机の上には綺麗にラッピングした、渡す宛のないチョコケーキ。
甘いのが苦手な奴のために手作りしたケーキ。
渡せるわけはないけれどどうしても毎年作っては、胃の中へ押し込んでいる苦い、にがーいチョコケーキ。
私の好きな人は居ない。
その方がハッピーエンドを迎えられる。
それにきっと、これも思い出として笑える日が来るから。だから今年もまた、今日だけ泣いて。明日からはまたカモフラージュを頑張るの。
ハッピー、バレンタイン。
結城が幸せでありますように。
毎年バレンタインの季節になると、学校中の女がこぞってチョコを渡そうとする。そんな絵に書いたような奴。
--そう。今目の前で女に群がられているあの男のことだ。
「先輩! チョコ受け取ってください!」
「ずるい! 私のも受け取ってください……!」
私も私も、と可愛くラッピングされた箱を震えた手で彼に渡そうとする。彼を見つめている彼女達の頬は真っ赤になって、なんとまあ可愛らしいことか。
「……ごめんね。彼女が妬いちゃうから受け取らないんだ。気持ちも、受け取れない」
申し訳なさそうに整った眉尻を器用に下げ、周りを囲む女達へ謝罪をする。
何人か見惚れているではないか。
……だから顔の良い奴は好きじゃない。それに私は、彼のこういう所が嫌いだ。
じっとりとした、鋭い視線をその背に向けこの茶番が早く終わらないかと様子を伺う。
先程からこの集団を影から見ている私は小鳥遊 繭。一応結城の幼馴染である。
しばらくして彼女たちは肩を落とし、それぞれの向かう方角へ散っていった。
涙を浮かべる者、苦笑を浮かべている者。反応も様々だが皆一様に朝と比べて落ち込んでいる様子だ。……無理もない。
「繭。何やってるの」
「べっつにー……。いつも通りおモテになってるじゃない」
「……どうしたの。今日はまた一段と機嫌が悪いね。体調悪いの? 生理?」
「……っセクハラ!」
あまり威力はないだろうが、彼の肩を殴る。そこはもちろんグーだ。
幼馴染とはいえそれを聞くのはダメだろうよ。
「お二人さんまた夫婦漫才してるの? 仲良すぎるよ」
「ほんとだよな」
「結城も付き合うならもっといい女選び放題だろうになあ。あんな可愛げ無い女を選ぶなんて……趣味悪いな」
下校時間を過ぎているとはいえすれ違う人の数はそれなりに多い。
陰口のように言うものや、聞こえるように言う者もいるがどうせいつも言われていることと差異はない。
だけど最後のお前……それは余計なお世話だ。
「繭はちゃんと可愛いからね、自信もって」
「はいはい、ソーデスネ」
「……いつも嫌な思いさせてごめんね」
「貸しひとつ、ね」
「お返しは何が欲しい?」
「有名シェフの高級コース料理!」
「却下。そもそも、食べ物以外にして」
「冗談よ、冗談。なーんにも、要らない」
「繭はいつもそればっか」
たわいのない話をしながら帰路を歩く。
通う高校までは徒歩20分程度。お互い隣の家だ。必然的に同じ道を歩むことになるので、入学当初から時間の合う時は一緒に通っている。
だからか、私と奴は何故か恋人だと認識されている。まあこちらとしては願ったり叶ったりである。
--私達は幼馴染であり、カモフラージュで恋人を演じている。
あえてそう見える様に腕を組んだりして、周囲をそう思わせるようしようとした。
が、それ以前に勝手に誤解して噂を広めてくれたので手間が省けた。
何故、こんな面倒なことをしているかと言うと……結城は私の姉である彩結姉と交際しており、その彩結姉は高校で教師をしている。
つまりはそういう事。
卒業まであと一年とちょっと。ただそれだけの辛抱なのだ。
「今年は何貰えるかな」
「知らない。私にはカンケーないからね」
「繭は居ないの? 好きな人」
「んー? 居るよ。彩結姉と、お兄と、お母さんとお父さん。あ。あと王子様みたいな訳分かんない幼馴染もね」
「そういう、好きじゃなくてさ。居るんでしょ?」
「あー、そういう? 居ないよ。私の好きな人は、居ない」
この答えに不満そうではあるものの、話そうとしない私にこれ以上問いただそうとはしなかった。
それ以上帰路でバレンタイン関連の話を聞かれることも聞かされる事も無く、いつも通り授業の話やテストの話をする。
まあ、ほとんどが私の勉強への説教だったけれど。
「結城、繭。おかえり」
家の前で何故か学校にまだ居るはずの彩結姉が立っていた。片手に紙袋をぶら下げて。
おかえりの挨拶が妹より彼氏優先なのは無意識なのだろう。
「ただいま、彩結姉。……じゃ、私はここで。結城また明日」
「…………」
耳を赤く染め、彩結姉の『おかえり』を噛み締めている彼に私の言葉は何も聞こえてないだろう。仕方が無い、か。
後ろ手に玄関を閉めた。
家の中は静まり返っている。バレンタインには両親も夜デートで家を空ける。
彩結姉は……どうだか分からない。
***
とりあえず私の任務はここで終わり。
ミッションコンプリート、だ。
2階へ上がり、部屋の扉をくぐる。
机の上には綺麗にラッピングした、渡す宛のないチョコケーキ。
甘いのが苦手な奴のために手作りしたケーキ。
渡せるわけはないけれどどうしても毎年作っては、胃の中へ押し込んでいる苦い、にがーいチョコケーキ。
私の好きな人は居ない。
その方がハッピーエンドを迎えられる。
それにきっと、これも思い出として笑える日が来るから。だから今年もまた、今日だけ泣いて。明日からはまたカモフラージュを頑張るの。
ハッピー、バレンタイン。
結城が幸せでありますように。
23
お気に入りに追加
16
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
負わされた宿命
湖月もか
恋愛
薄暗い魔王城。
玉座に鎮座する魔王と一人の人間が対峙している。
それはまさに魔王と勇者の最終決戦の場である。
傷ついた鎧を纏い、聖剣を振るいながら辿り着いた魔王城で知ることとなった事実とは--。
※名前は出てきません。
※リハビリがてら書いたものなので短いです。
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる