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2.謎の契約
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ふいに、後ろから肩を掴まれた。
振り返ると、肩を掴んだのは最初の女を処刑した方の処刑人だった。
彼のそばには血塗られたツルハシが置いてあって、僕は思わず息を呑んだ。
怖かったけど僕は彼の手をゆっくりと払いのけた。
「殺すな!」
僕は女の子の方を指さして、二人の処刑人に対して叫ぶ。
はっきり言って無為無策だ。
ここからどうやって女の子を助けるか、何の考えもなかった。
でも、何もせずにいることもできなかった。
その女の子が、あまりにも普通な――学校のクラスメイトにいそうなぐらい普通な――顔立ちだったから、僕にとってひどく身近なことのように感じられたのだ。
そんなに身近に感じられてしまったら、彼女が目の前で無残に殺されると分かっていて、何もしないでいるなんてことは僕にはできなかったんだ。
処刑を見物に来ていた人たちはガヤガヤと何かを話し始める。
不穏な雰囲気が漂い始めてる気がした。
僕の額に汗が滲んでくる。
女の子を引っ張ってきた方の処刑人が、僕のいる処刑台に近付こうとする。
「駄目だ!」
僕はそれだけを叫んだ。
もっといろいろ言いたいことはあるけど、この世界の言葉はまだそれほど覚えてない。
語彙力が足りなくて言いたいことが言えない。
もどかしい。
僕は女の子の方を見た。
彼女は両腕と胴体をロープで縛られている。
肘を曲げた形で腕が胴体の横から動かないように固定されているみたいで、可哀想に手で自分の体を隠すこともできないでいるのだ。
あれでは走ることはできないだろう。
僕があの子を連れて走って逃げるというのは無理だ。
女の子の顔は……まるで、なにか不思議なものを見るような目で、僕を見ていた。
先に女を処刑した方の処刑人が、処刑台を降りてゆく。どこかへ行くようだ。
僕は女の子を連れてきた方の処刑人に向き直った。
「頼むよ……」
思わず、僕は日本語で言っていた。
「その女の子が死ぬところを見たくないんだ。その女の子をあんなふうに死なせたくないんだ……。」
日本語で話し始めたら、なにか熱いものが胸にこみ上げてきて、知らないうちに僕の頬は涙で濡れていた。
「わがままか? 僕のわがままか。そうかも知れない。」
自分の感情を抑えられないで、声が震えてきたのが自分で分かった。
「その女の子が何をしたのか知らないけど! 知らないけど、あんなひどい処刑なんてあるんですか!」
同情なのか、怒りなのか自分でもわからない思いで、僕の表情はグシャグシャに崩れていた。
涙を拭ってから、
「あっていいはずないじゃないですか!」
僕は吠えた。
見物人たちのざわめきが、止んだ。
「……言葉」
そう、この国の言葉で口を開いたのは僕の前に立つ処刑人だった。
僕はうつむいていた顔を上げて処刑人の方を見る。
「言葉、分かるか」
処刑人は僕に向かって、そう問いかけていた。
意外にも優しそうな声だった。
「少し」
僕は答えた。
「〇〇、責任、持てるか」
処刑人が言ったが、僕には〇〇の部分が聞き取れなかった。
「……責任?」
どう答えればいいかわからず聞き取れた言葉を確認する。
「責任だ」
処刑人も繰り返す。
何を言われているか完全には分からない。だけど。
「何でもする」
僕はそう答えていた。
危険なことを言っているかも知れない自覚はあったが、他に言うべき言葉を思いつかなかった。
僕は、女の子を助けたいんだ。心の底から。
まずはそのことを伝えないとどうしようもない。
僕と処刑人が対峙しているその場所に、二人の人物が近づいてきた。
一人は先程この場を離れた処刑人。
そしてその処刑人が連れてきてのは、一人の老婆だった。
ただ、その老婆は、どう見ても処刑される対象ではなかった。
生地を贅沢に使ったゆったりとした服を身に着けていて、見るからに身分が高そうだった。
その老婆が、うつむいたままゆっくりとこちらに歩いてくる。
「〇〇、この男が、〇〇、〇〇~」
僕と会話をしていた処刑人がその老婆に何かを言った。僕のことを「この男」と言っていたみたいだが、それ以外は聞き取れなかった。
「ハハハ」
老婆が笑ったようだった。
「〇〇〇〇」
その後に老婆が言った言葉も僕には聞き取れなかった。
やがて老婆は僕のすぐ近くまでやってきて、石版のようなものを僕に手渡した。
僕はそれを受け取る。
石版には、分厚い紙が固定してある。
分厚い紙には、なにか文章が書いてあった。
次に、老婆は僕にインクが含ませてある羽ペンを手渡した。
「名前、書け」
処刑人が、僕にそう言った。
(契約書か!)
僕はそう思った。
あの女の子を助けたければ、何らかの契約にサインしろってことか。
契約書には何が書いてあるか、分からない。僕はこの国の文字を読めないから。
そんな契約書にサインすることの危険は分かる。
何が書いてあるか知りたいとは思った。
でも、今の僕の言語能力ではそれを聞き出して理解するのも時間がかかる。
そんなことをしている間に女の子を助けられなくなってしまうかも知れないと思った。
「字を知らない。名前は守隆だ」
僕は下の名前を言った。
「書けるならお前の国の文字でいい」
処刑人が言った。
僕はつばを飲み込み、何が書いてあるかもわからない契約書に、”守隆”と自分の名を書いた。
老婆は僕から契約書の石版を受け取り、物珍しそうにそのサインを眺めていたが、やがて頷くと、あの女の子の方に近づいていった。
(何を……?)
疑問に思い、また女の子を心配して注視していると、老婆は手を女の子の左の胸の上の方にかざしただけだった。
そのように見えた。
でも、老婆がその手をどけると、女の子の胸に僕の名前が、”守隆”と、印刷したかのように書かれていた。
当の女の子も驚きの顔で、自分の胸に書かれた文字と、僕の顔を見比べていた。
一瞬の出来事だったけど、それは何らかの魔法なんだろうか?
処刑人が女の子を縛っている縄の端を僕に手渡した。
「お前のだ」
処刑人が言った。
この女の子はお前のものだ……そういう意味で言ったらしかった。
広場にたくさんいた見物人たちが、残念そうに帰り始めた。
どうやら、僕は女の子を助けることには成功したみたいだった。
その代償として、何を支払ったのか、僕はまだ理解していないけど……。
振り返ると、肩を掴んだのは最初の女を処刑した方の処刑人だった。
彼のそばには血塗られたツルハシが置いてあって、僕は思わず息を呑んだ。
怖かったけど僕は彼の手をゆっくりと払いのけた。
「殺すな!」
僕は女の子の方を指さして、二人の処刑人に対して叫ぶ。
はっきり言って無為無策だ。
ここからどうやって女の子を助けるか、何の考えもなかった。
でも、何もせずにいることもできなかった。
その女の子が、あまりにも普通な――学校のクラスメイトにいそうなぐらい普通な――顔立ちだったから、僕にとってひどく身近なことのように感じられたのだ。
そんなに身近に感じられてしまったら、彼女が目の前で無残に殺されると分かっていて、何もしないでいるなんてことは僕にはできなかったんだ。
処刑を見物に来ていた人たちはガヤガヤと何かを話し始める。
不穏な雰囲気が漂い始めてる気がした。
僕の額に汗が滲んでくる。
女の子を引っ張ってきた方の処刑人が、僕のいる処刑台に近付こうとする。
「駄目だ!」
僕はそれだけを叫んだ。
もっといろいろ言いたいことはあるけど、この世界の言葉はまだそれほど覚えてない。
語彙力が足りなくて言いたいことが言えない。
もどかしい。
僕は女の子の方を見た。
彼女は両腕と胴体をロープで縛られている。
肘を曲げた形で腕が胴体の横から動かないように固定されているみたいで、可哀想に手で自分の体を隠すこともできないでいるのだ。
あれでは走ることはできないだろう。
僕があの子を連れて走って逃げるというのは無理だ。
女の子の顔は……まるで、なにか不思議なものを見るような目で、僕を見ていた。
先に女を処刑した方の処刑人が、処刑台を降りてゆく。どこかへ行くようだ。
僕は女の子を連れてきた方の処刑人に向き直った。
「頼むよ……」
思わず、僕は日本語で言っていた。
「その女の子が死ぬところを見たくないんだ。その女の子をあんなふうに死なせたくないんだ……。」
日本語で話し始めたら、なにか熱いものが胸にこみ上げてきて、知らないうちに僕の頬は涙で濡れていた。
「わがままか? 僕のわがままか。そうかも知れない。」
自分の感情を抑えられないで、声が震えてきたのが自分で分かった。
「その女の子が何をしたのか知らないけど! 知らないけど、あんなひどい処刑なんてあるんですか!」
同情なのか、怒りなのか自分でもわからない思いで、僕の表情はグシャグシャに崩れていた。
涙を拭ってから、
「あっていいはずないじゃないですか!」
僕は吠えた。
見物人たちのざわめきが、止んだ。
「……言葉」
そう、この国の言葉で口を開いたのは僕の前に立つ処刑人だった。
僕はうつむいていた顔を上げて処刑人の方を見る。
「言葉、分かるか」
処刑人は僕に向かって、そう問いかけていた。
意外にも優しそうな声だった。
「少し」
僕は答えた。
「〇〇、責任、持てるか」
処刑人が言ったが、僕には〇〇の部分が聞き取れなかった。
「……責任?」
どう答えればいいかわからず聞き取れた言葉を確認する。
「責任だ」
処刑人も繰り返す。
何を言われているか完全には分からない。だけど。
「何でもする」
僕はそう答えていた。
危険なことを言っているかも知れない自覚はあったが、他に言うべき言葉を思いつかなかった。
僕は、女の子を助けたいんだ。心の底から。
まずはそのことを伝えないとどうしようもない。
僕と処刑人が対峙しているその場所に、二人の人物が近づいてきた。
一人は先程この場を離れた処刑人。
そしてその処刑人が連れてきてのは、一人の老婆だった。
ただ、その老婆は、どう見ても処刑される対象ではなかった。
生地を贅沢に使ったゆったりとした服を身に着けていて、見るからに身分が高そうだった。
その老婆が、うつむいたままゆっくりとこちらに歩いてくる。
「〇〇、この男が、〇〇、〇〇~」
僕と会話をしていた処刑人がその老婆に何かを言った。僕のことを「この男」と言っていたみたいだが、それ以外は聞き取れなかった。
「ハハハ」
老婆が笑ったようだった。
「〇〇〇〇」
その後に老婆が言った言葉も僕には聞き取れなかった。
やがて老婆は僕のすぐ近くまでやってきて、石版のようなものを僕に手渡した。
僕はそれを受け取る。
石版には、分厚い紙が固定してある。
分厚い紙には、なにか文章が書いてあった。
次に、老婆は僕にインクが含ませてある羽ペンを手渡した。
「名前、書け」
処刑人が、僕にそう言った。
(契約書か!)
僕はそう思った。
あの女の子を助けたければ、何らかの契約にサインしろってことか。
契約書には何が書いてあるか、分からない。僕はこの国の文字を読めないから。
そんな契約書にサインすることの危険は分かる。
何が書いてあるか知りたいとは思った。
でも、今の僕の言語能力ではそれを聞き出して理解するのも時間がかかる。
そんなことをしている間に女の子を助けられなくなってしまうかも知れないと思った。
「字を知らない。名前は守隆だ」
僕は下の名前を言った。
「書けるならお前の国の文字でいい」
処刑人が言った。
僕はつばを飲み込み、何が書いてあるかもわからない契約書に、”守隆”と自分の名を書いた。
老婆は僕から契約書の石版を受け取り、物珍しそうにそのサインを眺めていたが、やがて頷くと、あの女の子の方に近づいていった。
(何を……?)
疑問に思い、また女の子を心配して注視していると、老婆は手を女の子の左の胸の上の方にかざしただけだった。
そのように見えた。
でも、老婆がその手をどけると、女の子の胸に僕の名前が、”守隆”と、印刷したかのように書かれていた。
当の女の子も驚きの顔で、自分の胸に書かれた文字と、僕の顔を見比べていた。
一瞬の出来事だったけど、それは何らかの魔法なんだろうか?
処刑人が女の子を縛っている縄の端を僕に手渡した。
「お前のだ」
処刑人が言った。
この女の子はお前のものだ……そういう意味で言ったらしかった。
広場にたくさんいた見物人たちが、残念そうに帰り始めた。
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