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6 謎の事件と聖人候補
1022 ご飯の支度
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1022
最後の魔物の討伐を終えたグッケンス博士は、パレスでいろいろと聞かれたりするのも煩わしかったのだろう、早々に《無限回廊の扉》を使ってイスのマリス邸へと帰還した。さすがに少しお疲れのようで、やれやれといった表情で少し気だるげだ。
「お疲れさまでした、博士」
「メイロードもな。実際、あの援護攻撃がなければ、まだまだ戦いは続いていたよ。本当に助かった……」
笑顔でそう言う博士の言葉には実感が伴っていた。確かに、あの魔法耐性が異常に高い〝四双竜〟との戦いは、接近戦での物理攻撃をひたすら仕掛けるしか有効な手段がなかった。長引けば長引くほど多くの犠牲が出ることになる戦闘だったのだ。
「皆さんが頑張ってくれたおかげですよ。はい、博士」
私はグッケンス博士の背中を押した。
「おいおい、どうしたメイロード」
私は笑顔で言う。
「流石に埃だらけですよ、博士。《清浄》の魔法もいいですが、それじゃ疲れが癒えません。今日はお風呂にセイリュウのいる霊山の聖域から特別に温泉をもらってきてるんです。まずは、どうぞゆっくりお風呂で温まってきてください」
「お、そうか……」
博士は戸惑いながらもセーヤに案内され、マリス邸の豪華なお風呂へ向かっていった。
(あの聖域のお湯にはかなりの疲労回復効果があることは《鑑定》でも確認済みだし、気持ちをゆるませるのにもまったり温泉浴は最高だからね。あとはその間にご飯の準備だね)
そこから私は楽しい夕食の準備だ。
キッチンではソーヤが、もう準備を始めてくれている。
「メイロードさま、お漬物の切り方はこれでよろしいですか?」
「うん、ありがとう。綺麗にできてるわ」
(まずはビールで乾杯になるよね……おつまみをいろいろ作っていこう)
「もつ煮込みももう出来上がりだよね」
「はい。生姜と醤油そして味噌の香りが最高でございますね」
「ああ、つまみ食い済みなのね……」
私は笑いながら包丁を握る。
「ビールには油モノも合うから、そうね、ハムカツを作りましょう」
ハムカツは昔ながらの薄切り派とボリュームたっぷりの厚切り派に別れるが、実際どちらも美味しいと思う。みんなお肉大好きなので、食べ応えのある厚切りもいいのだが、今日はあくまで最初のちょっとしたおつまみなので、軽い食感の薄切りでザクっと感を味わってもらおう。揚げ上りも早いので、どんどんできていくハムカツ。
すると作った先からソーヤが食べてしまう。
「ハフハフ……これは、これは確かにビールに合いますね! あちち、でも熱いうちが最高です。おお、こちらはチーズ入りですね、これまたとろりと……うう、美味しい!」
気に入ってもらって嬉しいが、このままだと際限がないので、ソーヤの試食はそこまでとして、そこからは揚げる係をしてもらう。
「それじゃ、私はお鍋の準備をするわね」
私は鍋料理が大好きだ。
そこには家庭料理の真髄がある気がする。
その土地の野菜、その土地の魚や肉、その土地の調味料そして水……すべてが地に根差し、それぞれが美味しい。
(石狩鍋、あんこう鍋に牡蠣の土手鍋、水炊き、カニ鍋にふぐちり、ちゃんこ鍋、どれも美味しいよね)
そして今日作るのは〝寄せ鍋〟
寄せ鍋は基本的にルール無用の鍋だ。お出汁で食べるというぐらいしか決まりはない。だからこその家庭料理だと思う。それを食べる人たちを考えながら、具材を選び整えていくことで出来上がるその家の味。
(弟たちが小さかったころは野菜をたくさん食べて欲しくて、いろんな飾り切りにして入れてたなぁ……)
野菜を切りながら懐かしい記憶も蘇ってくる、寄せ鍋はそんな記憶に残る味だ。今回はグッケンス博士をねぎらうための食事でもあるので、回復効果が高い異世界食材もじゃんじゃん使っていこう。
博士にセイリュウ、セーヤとソーヤ。みんなの好きなものを考えながら具材を決めていくこの作業が私は大好きなのだ。
(博士は最近湯葉が気に入っているから湯葉巻きを入れて、セイリュウは甲殻類が好きだからエビを多めに、セーヤはきのこが好きだからいろいろ入れとこう。ソーヤは……なんでも好きだから大丈夫か)
今回使う土鍋も異世界からの購入品だ。
土物なのでこの世界でもすぐ再現できるかと思ったのだが、まだ納得のいく土が見つかっていないし、意外と手強くて苦戦中なのだ。鍋料理大好きの私は結局我慢できず、結構な補正のかかった信楽焼の立派な土鍋を買ってしまった。もちろん大満足なので、後悔はない。
「バンダッタ昆布で出汁を引いて、かつお出汁も用意してっと……ポン酢は作ってあるし、あとは具材の調整ね。葉物野菜をもう少し入れようかな」
私の様子にソーヤが油を切りながら微笑む。
「楽しいですね、メイロードさま」
「うん、楽しいね」
こうしてみんなの好きが集まった寄せ鍋は、ここに集う〝家族〟の味。漂う出汁の香りは幸せを感じさせてくれる。
油の弾ける音、そして包丁の音が響くお出汁の香るキッチンで、私たちは心ゆくまでお料理を楽しんだのだった。
最後の魔物の討伐を終えたグッケンス博士は、パレスでいろいろと聞かれたりするのも煩わしかったのだろう、早々に《無限回廊の扉》を使ってイスのマリス邸へと帰還した。さすがに少しお疲れのようで、やれやれといった表情で少し気だるげだ。
「お疲れさまでした、博士」
「メイロードもな。実際、あの援護攻撃がなければ、まだまだ戦いは続いていたよ。本当に助かった……」
笑顔でそう言う博士の言葉には実感が伴っていた。確かに、あの魔法耐性が異常に高い〝四双竜〟との戦いは、接近戦での物理攻撃をひたすら仕掛けるしか有効な手段がなかった。長引けば長引くほど多くの犠牲が出ることになる戦闘だったのだ。
「皆さんが頑張ってくれたおかげですよ。はい、博士」
私はグッケンス博士の背中を押した。
「おいおい、どうしたメイロード」
私は笑顔で言う。
「流石に埃だらけですよ、博士。《清浄》の魔法もいいですが、それじゃ疲れが癒えません。今日はお風呂にセイリュウのいる霊山の聖域から特別に温泉をもらってきてるんです。まずは、どうぞゆっくりお風呂で温まってきてください」
「お、そうか……」
博士は戸惑いながらもセーヤに案内され、マリス邸の豪華なお風呂へ向かっていった。
(あの聖域のお湯にはかなりの疲労回復効果があることは《鑑定》でも確認済みだし、気持ちをゆるませるのにもまったり温泉浴は最高だからね。あとはその間にご飯の準備だね)
そこから私は楽しい夕食の準備だ。
キッチンではソーヤが、もう準備を始めてくれている。
「メイロードさま、お漬物の切り方はこれでよろしいですか?」
「うん、ありがとう。綺麗にできてるわ」
(まずはビールで乾杯になるよね……おつまみをいろいろ作っていこう)
「もつ煮込みももう出来上がりだよね」
「はい。生姜と醤油そして味噌の香りが最高でございますね」
「ああ、つまみ食い済みなのね……」
私は笑いながら包丁を握る。
「ビールには油モノも合うから、そうね、ハムカツを作りましょう」
ハムカツは昔ながらの薄切り派とボリュームたっぷりの厚切り派に別れるが、実際どちらも美味しいと思う。みんなお肉大好きなので、食べ応えのある厚切りもいいのだが、今日はあくまで最初のちょっとしたおつまみなので、軽い食感の薄切りでザクっと感を味わってもらおう。揚げ上りも早いので、どんどんできていくハムカツ。
すると作った先からソーヤが食べてしまう。
「ハフハフ……これは、これは確かにビールに合いますね! あちち、でも熱いうちが最高です。おお、こちらはチーズ入りですね、これまたとろりと……うう、美味しい!」
気に入ってもらって嬉しいが、このままだと際限がないので、ソーヤの試食はそこまでとして、そこからは揚げる係をしてもらう。
「それじゃ、私はお鍋の準備をするわね」
私は鍋料理が大好きだ。
そこには家庭料理の真髄がある気がする。
その土地の野菜、その土地の魚や肉、その土地の調味料そして水……すべてが地に根差し、それぞれが美味しい。
(石狩鍋、あんこう鍋に牡蠣の土手鍋、水炊き、カニ鍋にふぐちり、ちゃんこ鍋、どれも美味しいよね)
そして今日作るのは〝寄せ鍋〟
寄せ鍋は基本的にルール無用の鍋だ。お出汁で食べるというぐらいしか決まりはない。だからこその家庭料理だと思う。それを食べる人たちを考えながら、具材を選び整えていくことで出来上がるその家の味。
(弟たちが小さかったころは野菜をたくさん食べて欲しくて、いろんな飾り切りにして入れてたなぁ……)
野菜を切りながら懐かしい記憶も蘇ってくる、寄せ鍋はそんな記憶に残る味だ。今回はグッケンス博士をねぎらうための食事でもあるので、回復効果が高い異世界食材もじゃんじゃん使っていこう。
博士にセイリュウ、セーヤとソーヤ。みんなの好きなものを考えながら具材を決めていくこの作業が私は大好きなのだ。
(博士は最近湯葉が気に入っているから湯葉巻きを入れて、セイリュウは甲殻類が好きだからエビを多めに、セーヤはきのこが好きだからいろいろ入れとこう。ソーヤは……なんでも好きだから大丈夫か)
今回使う土鍋も異世界からの購入品だ。
土物なのでこの世界でもすぐ再現できるかと思ったのだが、まだ納得のいく土が見つかっていないし、意外と手強くて苦戦中なのだ。鍋料理大好きの私は結局我慢できず、結構な補正のかかった信楽焼の立派な土鍋を買ってしまった。もちろん大満足なので、後悔はない。
「バンダッタ昆布で出汁を引いて、かつお出汁も用意してっと……ポン酢は作ってあるし、あとは具材の調整ね。葉物野菜をもう少し入れようかな」
私の様子にソーヤが油を切りながら微笑む。
「楽しいですね、メイロードさま」
「うん、楽しいね」
こうしてみんなの好きが集まった寄せ鍋は、ここに集う〝家族〟の味。漂う出汁の香りは幸せを感じさせてくれる。
油の弾ける音、そして包丁の音が響くお出汁の香るキッチンで、私たちは心ゆくまでお料理を楽しんだのだった。
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