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6 謎の事件と聖人候補
1011 会議は踊らない
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1011
帝都パレスにある帝国軍本部。
シド帝国における最重要施設である帝国軍の建物は皇帝の居城と隣接しているが、その建築様式はまったく違う。
金銀や宝飾品つまりきらびやかで価値の高いものこそが高貴さを表すと考えているこの国では、当然皇帝の居城の至る所に黄金の装飾が施され、その豪華絢爛な姿が人々を威圧している。
だが、軍部だけは頑ななまでに〝質実剛健〟が尊ばれており、その建築には華美な部分がまったくなかった。もちろん、すべては一流の職人により建築されているが、周囲の建物のきらびやかさとあまりのも落差があるため、軍本部は庶民からは〝黒い城〟といった隠語で呼ばれる。
その〝黒い城〟の中にある参謀本部会議室では、一様に固い表情をした軍人たちが長い会議を続けていた。実のところ〝巨大暴走〟に関しての対策会議は、延々と続いており、特にその侵攻が始まってからは、対策を協議する会議が常に開かれている状態だ。
それでも今回の〝巨大暴走〟については運が良かったと軍部はみていた。
過去に例を見ない規模ではあるものの、かなり早い段階でその発生時期を知ることができたからだ。そのため帝国には万全の対策と入念な準備にかけられる時間があった。
できる限りの物資と人員をダンジョン周辺に配置してあったことが功を奏し、実際〝巨大暴走〟発生時からいままで、人的損失をほとんど出さずに魔物の撃退に成功してきていたのだ。
だが、当初よりあった懸念点『魔物について事前に情報を知り得たのは中層まで。すべての階層ではない』がこの長い戦いの終盤にやはり顕在化してしまった。
もちろん、いままでの事例に鑑みできるだけの兵士と〝魔術師〟そして補強資材を用意していたが、確実に強力な魔物がいるであろう一番深い階層に関しては想像するしかなかったのだ。
そしていよいよ最下層の魔物と対峙しようとする段階に入り、それが予測を遥かに上回る勢力であることが確実になってきていた。
「《伝令》によれば、敵の戦闘力が予想を大幅に上回る事態が起こり始めているそうだが……」
「〝大暴走〟では、次第に強くなる敵に対応することになるのは想定内のことだ。我々もそのつもりで準備してきた。だが…‥ここまで戦力差が大きくなるとは信じ難い」
「今回の〝巨大暴走〟を甘く見ていたつもりはございませんが、いよいよ下層の強力な魔物たちが現れ始めたことで、戦力の余裕がなくなりつつあることは明らかです」
軍服に身を包み、皇帝のみが使える一段高い玉座に座すテスル・シドもまた厳しい表情だ。
「グッケンス博士も〝巨大暴走〟の前線へ向かわれたそうだな」
「はい、先ほど参謀本部を出られました」
「そうか……」
皇帝は老体であるグッケンス博士までも、前線に向かわせるしかない現実に忸怩たる思いだった。
当のグッケンス博士はというと、いつもと変わりない様子で『では、わしもそろそろ出向くとしようか』と言ったかと思うと、いつものように護衛も連れずスッと姿を消したという。
(博士はいつも冷静に自らの立場を心得ておられる。自分の使い所すら見えてしまう方だから、誰に指示されなくとも動いてしまわれるのだ)
不安が忍び寄る前線での〝英雄〟グッケンス博士の登場が現場の士気を上げることは確実だ。この難しい局面になれば、必ず動いてくれることもわかっていた。
「…‥いつも苦労ばかりかけるな……」
皇帝はそうポツリと言った。
それに対しドール参謀長が答える。
「グッケンス博士はいつもと変わらぬご様子で、笑顔さえ見せておられました。確かに報告が上がってきている魔物はどれも〝災害級〟のものばかり……現状は厳しいですが、まだ新たな支援の可能性も残っております」
「これ以上の増員が…‥一体どこからだ」
「注意深く交渉を続けていたことですが、なかなか難しく交渉は実を結ばずにおりました。ですがある人物が交渉役を受けてくださることになり、参戦の目処が立ちました」
「誰だ、その〝交渉役〟とは」
「それは……申し訳ございません。素性を一切明かさぬことが交渉役を引き受けていただける条件でございましたので……ただ、信用できる人物であることは、このドールの名に賭けて保証いたします」
「そ、それでその者は何をすると言うのだ」
ドール参謀長ははっきりとした声で、テーブルに着く軍服に身を包んだ重鎮たちにも聞こえるようこう言った。
「〝特級魔術師〟四十三名で編成された魔術師部隊が即時参戦致します」
「そんなことがあり得るのか⁉︎』
「〝特級魔術師〟どもは、国に逆らう厄介な連中と聞くぞ」
「そんな数が集められるとは信じ難い」
右手を軽く挙げ、ざわつくテーブルを制したのは皇帝だった。
「確かだなドール」
「はい、確かでございます。陛下」
「わかった。戦闘は継続! 作戦は引き続き行われることを周知せよ」
帝都パレスにある帝国軍本部。
シド帝国における最重要施設である帝国軍の建物は皇帝の居城と隣接しているが、その建築様式はまったく違う。
金銀や宝飾品つまりきらびやかで価値の高いものこそが高貴さを表すと考えているこの国では、当然皇帝の居城の至る所に黄金の装飾が施され、その豪華絢爛な姿が人々を威圧している。
だが、軍部だけは頑ななまでに〝質実剛健〟が尊ばれており、その建築には華美な部分がまったくなかった。もちろん、すべては一流の職人により建築されているが、周囲の建物のきらびやかさとあまりのも落差があるため、軍本部は庶民からは〝黒い城〟といった隠語で呼ばれる。
その〝黒い城〟の中にある参謀本部会議室では、一様に固い表情をした軍人たちが長い会議を続けていた。実のところ〝巨大暴走〟に関しての対策会議は、延々と続いており、特にその侵攻が始まってからは、対策を協議する会議が常に開かれている状態だ。
それでも今回の〝巨大暴走〟については運が良かったと軍部はみていた。
過去に例を見ない規模ではあるものの、かなり早い段階でその発生時期を知ることができたからだ。そのため帝国には万全の対策と入念な準備にかけられる時間があった。
できる限りの物資と人員をダンジョン周辺に配置してあったことが功を奏し、実際〝巨大暴走〟発生時からいままで、人的損失をほとんど出さずに魔物の撃退に成功してきていたのだ。
だが、当初よりあった懸念点『魔物について事前に情報を知り得たのは中層まで。すべての階層ではない』がこの長い戦いの終盤にやはり顕在化してしまった。
もちろん、いままでの事例に鑑みできるだけの兵士と〝魔術師〟そして補強資材を用意していたが、確実に強力な魔物がいるであろう一番深い階層に関しては想像するしかなかったのだ。
そしていよいよ最下層の魔物と対峙しようとする段階に入り、それが予測を遥かに上回る勢力であることが確実になってきていた。
「《伝令》によれば、敵の戦闘力が予想を大幅に上回る事態が起こり始めているそうだが……」
「〝大暴走〟では、次第に強くなる敵に対応することになるのは想定内のことだ。我々もそのつもりで準備してきた。だが…‥ここまで戦力差が大きくなるとは信じ難い」
「今回の〝巨大暴走〟を甘く見ていたつもりはございませんが、いよいよ下層の強力な魔物たちが現れ始めたことで、戦力の余裕がなくなりつつあることは明らかです」
軍服に身を包み、皇帝のみが使える一段高い玉座に座すテスル・シドもまた厳しい表情だ。
「グッケンス博士も〝巨大暴走〟の前線へ向かわれたそうだな」
「はい、先ほど参謀本部を出られました」
「そうか……」
皇帝は老体であるグッケンス博士までも、前線に向かわせるしかない現実に忸怩たる思いだった。
当のグッケンス博士はというと、いつもと変わりない様子で『では、わしもそろそろ出向くとしようか』と言ったかと思うと、いつものように護衛も連れずスッと姿を消したという。
(博士はいつも冷静に自らの立場を心得ておられる。自分の使い所すら見えてしまう方だから、誰に指示されなくとも動いてしまわれるのだ)
不安が忍び寄る前線での〝英雄〟グッケンス博士の登場が現場の士気を上げることは確実だ。この難しい局面になれば、必ず動いてくれることもわかっていた。
「…‥いつも苦労ばかりかけるな……」
皇帝はそうポツリと言った。
それに対しドール参謀長が答える。
「グッケンス博士はいつもと変わらぬご様子で、笑顔さえ見せておられました。確かに報告が上がってきている魔物はどれも〝災害級〟のものばかり……現状は厳しいですが、まだ新たな支援の可能性も残っております」
「これ以上の増員が…‥一体どこからだ」
「注意深く交渉を続けていたことですが、なかなか難しく交渉は実を結ばずにおりました。ですがある人物が交渉役を受けてくださることになり、参戦の目処が立ちました」
「誰だ、その〝交渉役〟とは」
「それは……申し訳ございません。素性を一切明かさぬことが交渉役を引き受けていただける条件でございましたので……ただ、信用できる人物であることは、このドールの名に賭けて保証いたします」
「そ、それでその者は何をすると言うのだ」
ドール参謀長ははっきりとした声で、テーブルに着く軍服に身を包んだ重鎮たちにも聞こえるようこう言った。
「〝特級魔術師〟四十三名で編成された魔術師部隊が即時参戦致します」
「そんなことがあり得るのか⁉︎』
「〝特級魔術師〟どもは、国に逆らう厄介な連中と聞くぞ」
「そんな数が集められるとは信じ難い」
右手を軽く挙げ、ざわつくテーブルを制したのは皇帝だった。
「確かだなドール」
「はい、確かでございます。陛下」
「わかった。戦闘は継続! 作戦は引き続き行われることを周知せよ」
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