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6 謎の事件と聖人候補
1002 鞭
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1002
私はいま、自ら作り出した十個の透明な球体に囲まれている。
(ああ、救出できてよかったぁ~。これをまたいちから作るとなったら、体力も魔法力もキビしいもん)
こうしてたくさんの〝魔法薬〟を同時に作り出す技術はイスにある有名薬種問屋〝仙鏡院〟で学んだものだ。この店はあらゆる薬の素材を扱うだけでなく、名高い天才薬師ゼンモンさんがいることでも有名な薬屋さんだ。ごくごく少数しかいない魔法薬を創造できる才を持ち、その生産までできてしまう大天才になぜが私は気に入られ、とても仲良くしてもらっている。ゼンモンさんは多忙を極める方なのだが、どういうわけか手作り弁当を持って行くと、いつも楽しげに惜しむことなく私に創薬の技術を伝授してくれたのだ。
なかでも私が興味を惹かれたのは、大量の薬を同時に生成する技術だった。
これは薬学、魔法学、そして深い《鑑定》のスキルを必要とする秘術だという。とはいっても、ゼンモンさんはお弟子さんたちに隠すことなく見せている。それでも習得できる方は本当に少ないようで、わたしにもそれを日頃から憂いていた。
「だからね、ひとりでもこれが使える薬師が増えてくれたら、こんなに嬉しいことはないんだよ」
そう言いながら微笑むゼンモンさんは、とても尊敬できるハルリリさんと並んぶ私の大切な薬学の師匠だ。
(まさかこんなことに使うことになるとは思わなかったけどね)
こうしている間にも〝神の聖雫〟は、順調に溜まっていく。魔法力より奪われる体力の方が心配な私は、浅くなる呼吸を気にしながら座り込みそれでも必死に〝聖なる壁〟の修復薬を作り続けた。
(時間をかければかけるほど、状況は悪くなる……大丈夫、この程度でへこたれない!)
そう思って集中していた私の前に何かが突然現れた。あまりに突然のことで、身動きできない。
「メイロード、危ない‼︎」
その瞬間セイリュウが私を抱えて空へ飛んだ。
驚きながらも下を見ると、私が乗っていた〝雲〟が真っ二つに切り裂かれている。
私はあまりの驚きに一瞬訳がわからなくなったが、それでもなんとか意識を保ち、地上に落下しようとしている生成途中の薬の入った球体を助ける魔法を発動した。
「《 浮遊》!」
私はなんとか十個の球体を空中に浮かせて落下を止めたが、何が起こったのかはまだわからずにいた。
セイリュウは先ほどより壁からもう一度すこし離れた場所にあの頑丈な〝雲〟を再び作り出し、私をそこに座らせるとこう言った。
「早くこの雲の上に〝神の聖雫〟を回収して。そうしたら、この周囲に防御結界を張るよ!」
「は、はい!」
私は慌てつつも慎重に《 浮遊》で漂っていた球体を引き寄せ、回収していった。
〔セーヤ・ソーヤ、お願い。浮いている球体を私のいる雲の上に持ってきてちょうだい〕
〔ご無事でなによりです。了解しました、メイロードさま〕
〔あの鞭のような輩は危険です、どうかお気をつけて。あの球はすぐにお届けいたします、メイロードさま〕
実はセーヤとソーヤはいまでは近距離であれば自力で飛行できるので、《念話》で球体の回収を頼む。
(あのふたりはあらゆる妖精の能力を引き寄せているみたいで、聞くと結構いろいろできるようになってきていてびっくりする)
かく言う私も魔法を使えば浮遊もできるのだが、魔法薬作りに必死だったので、あんな一瞬の攻撃にはとても対応できなかったし、体力の方が心配なので回収はふたりに任せた。
すこし落ち着いて上空を見れば、先ほどまで真っ直ぐに張っていた〝糸〟が、グニャグニャと形を変え、太い鞭のように形状を変えている。
「どうやらエピゾフォールに気づかれちゃったみたいだね」
「まぁ、一本やっちゃいましたからね」
私を襲った先ほどの攻撃は、直接〝聖なる壁〟の修復を試みている者の存在に気づいた魔王の一撃だったらしい。
「容赦ないですね。当たっていれば終わりでした。なんてアブナイの!」
「そんな慈悲深さは、あれにはないよ。ほら追撃だ」
球体を回収し終わるや否や、次の一撃が振り下ろされた。とてつもない衝撃と共に血を流したような赤黒い巨大な鞭が私たちのいる〝雲〟に襲いかかる。
「ふう、きっついな。これでも魔王の力のごく一部だっていうんだからたまらないね」
そう言いながらも、セイリュウはその攻撃を弾き返している。
「あの鞭って、さっきまでの〝糸〟ですよね。ってことは……」
「そうだね。ヤツはとりあえず魔力を吸い上げることを中断して僕たちの排除を始めることにしたようだ」
「なによりも優先されるはずの《 《オファリング》》を中断する理性はまだ持っているんですね……」
私の言葉にセイリュウはすこし微笑む。
「確かにそうだけど、かなり直情的な攻撃を繰り返しているところをみると、よほど想定外だったんだろうね。かなりキレてる感じだ」
きっとエピゾフォールはさっさと羽虫を壁から追い払って再び《 《オファリング》》による吸血……じゃなくて魔力を心置きなく吸いたいたいのだろう。
「あとどのくらいかかりそうだい? この勢いで攻撃され続けたら、さすがの僕もそう長くは持たないかも……」
冗談めかした表情だが、確かにとてつもない威力の攻撃だ。きっと私も防御に参加できたらいいのだろうが、いまはそちらに避ける余力がない。ならば、とにかく早く球体を〝神の聖雫〟で満たしきり、エピゾフォールを止める。
「とにかく急ぎますから、耐えてください」
私は再び十個の球体の中央に座り魔法薬の生成を始めた。
ガンガンと響く巨大な鞭の音とそれから放たれる衝撃と振動に著しく集中力を削られるが、それでも必死に〝魔法力〟を放出し続ける。
ものすごく長く感じられた十数分が過ぎ、私はその場にへたり込んだ。
「〝神の聖雫〟の特大球十個、でき……ました」
私はいま、自ら作り出した十個の透明な球体に囲まれている。
(ああ、救出できてよかったぁ~。これをまたいちから作るとなったら、体力も魔法力もキビしいもん)
こうしてたくさんの〝魔法薬〟を同時に作り出す技術はイスにある有名薬種問屋〝仙鏡院〟で学んだものだ。この店はあらゆる薬の素材を扱うだけでなく、名高い天才薬師ゼンモンさんがいることでも有名な薬屋さんだ。ごくごく少数しかいない魔法薬を創造できる才を持ち、その生産までできてしまう大天才になぜが私は気に入られ、とても仲良くしてもらっている。ゼンモンさんは多忙を極める方なのだが、どういうわけか手作り弁当を持って行くと、いつも楽しげに惜しむことなく私に創薬の技術を伝授してくれたのだ。
なかでも私が興味を惹かれたのは、大量の薬を同時に生成する技術だった。
これは薬学、魔法学、そして深い《鑑定》のスキルを必要とする秘術だという。とはいっても、ゼンモンさんはお弟子さんたちに隠すことなく見せている。それでも習得できる方は本当に少ないようで、わたしにもそれを日頃から憂いていた。
「だからね、ひとりでもこれが使える薬師が増えてくれたら、こんなに嬉しいことはないんだよ」
そう言いながら微笑むゼンモンさんは、とても尊敬できるハルリリさんと並んぶ私の大切な薬学の師匠だ。
(まさかこんなことに使うことになるとは思わなかったけどね)
こうしている間にも〝神の聖雫〟は、順調に溜まっていく。魔法力より奪われる体力の方が心配な私は、浅くなる呼吸を気にしながら座り込みそれでも必死に〝聖なる壁〟の修復薬を作り続けた。
(時間をかければかけるほど、状況は悪くなる……大丈夫、この程度でへこたれない!)
そう思って集中していた私の前に何かが突然現れた。あまりに突然のことで、身動きできない。
「メイロード、危ない‼︎」
その瞬間セイリュウが私を抱えて空へ飛んだ。
驚きながらも下を見ると、私が乗っていた〝雲〟が真っ二つに切り裂かれている。
私はあまりの驚きに一瞬訳がわからなくなったが、それでもなんとか意識を保ち、地上に落下しようとしている生成途中の薬の入った球体を助ける魔法を発動した。
「《 浮遊》!」
私はなんとか十個の球体を空中に浮かせて落下を止めたが、何が起こったのかはまだわからずにいた。
セイリュウは先ほどより壁からもう一度すこし離れた場所にあの頑丈な〝雲〟を再び作り出し、私をそこに座らせるとこう言った。
「早くこの雲の上に〝神の聖雫〟を回収して。そうしたら、この周囲に防御結界を張るよ!」
「は、はい!」
私は慌てつつも慎重に《 浮遊》で漂っていた球体を引き寄せ、回収していった。
〔セーヤ・ソーヤ、お願い。浮いている球体を私のいる雲の上に持ってきてちょうだい〕
〔ご無事でなによりです。了解しました、メイロードさま〕
〔あの鞭のような輩は危険です、どうかお気をつけて。あの球はすぐにお届けいたします、メイロードさま〕
実はセーヤとソーヤはいまでは近距離であれば自力で飛行できるので、《念話》で球体の回収を頼む。
(あのふたりはあらゆる妖精の能力を引き寄せているみたいで、聞くと結構いろいろできるようになってきていてびっくりする)
かく言う私も魔法を使えば浮遊もできるのだが、魔法薬作りに必死だったので、あんな一瞬の攻撃にはとても対応できなかったし、体力の方が心配なので回収はふたりに任せた。
すこし落ち着いて上空を見れば、先ほどまで真っ直ぐに張っていた〝糸〟が、グニャグニャと形を変え、太い鞭のように形状を変えている。
「どうやらエピゾフォールに気づかれちゃったみたいだね」
「まぁ、一本やっちゃいましたからね」
私を襲った先ほどの攻撃は、直接〝聖なる壁〟の修復を試みている者の存在に気づいた魔王の一撃だったらしい。
「容赦ないですね。当たっていれば終わりでした。なんてアブナイの!」
「そんな慈悲深さは、あれにはないよ。ほら追撃だ」
球体を回収し終わるや否や、次の一撃が振り下ろされた。とてつもない衝撃と共に血を流したような赤黒い巨大な鞭が私たちのいる〝雲〟に襲いかかる。
「ふう、きっついな。これでも魔王の力のごく一部だっていうんだからたまらないね」
そう言いながらも、セイリュウはその攻撃を弾き返している。
「あの鞭って、さっきまでの〝糸〟ですよね。ってことは……」
「そうだね。ヤツはとりあえず魔力を吸い上げることを中断して僕たちの排除を始めることにしたようだ」
「なによりも優先されるはずの《 《オファリング》》を中断する理性はまだ持っているんですね……」
私の言葉にセイリュウはすこし微笑む。
「確かにそうだけど、かなり直情的な攻撃を繰り返しているところをみると、よほど想定外だったんだろうね。かなりキレてる感じだ」
きっとエピゾフォールはさっさと羽虫を壁から追い払って再び《 《オファリング》》による吸血……じゃなくて魔力を心置きなく吸いたいたいのだろう。
「あとどのくらいかかりそうだい? この勢いで攻撃され続けたら、さすがの僕もそう長くは持たないかも……」
冗談めかした表情だが、確かにとてつもない威力の攻撃だ。きっと私も防御に参加できたらいいのだろうが、いまはそちらに避ける余力がない。ならば、とにかく早く球体を〝神の聖雫〟で満たしきり、エピゾフォールを止める。
「とにかく急ぎますから、耐えてください」
私は再び十個の球体の中央に座り魔法薬の生成を始めた。
ガンガンと響く巨大な鞭の音とそれから放たれる衝撃と振動に著しく集中力を削られるが、それでも必死に〝魔法力〟を放出し続ける。
ものすごく長く感じられた十数分が過ぎ、私はその場にへたり込んだ。
「〝神の聖雫〟の特大球十個、でき……ました」
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