804 / 837
6 謎の事件と聖人候補
993 追跡飛行
しおりを挟む
993
私にだけ見える赤い糸……目の前に浮かんでいるそれは、行き着く先のわからないはるか彼方まで続いていた。
「あそこに細くて赤い糸があるんだけど……見えないかな?」
空を指を挿して〝糸〟の場所を教えてみたが、アタタガもソーヤ・セーヤも、やはりあの〝糸〟をまったく視認できないそうだ。
「そうなんだ……やっぱり私にしか見えないんだね、あれ」
こうしてアタタガ・フライの飛行箱の窓からじっくり見ても、誰にも見えないらしいそれは、私にはとても細い〝糸〟としてはっきり見てとれる。だが実際には〝糸〟ではなく、あの球体につながる魔力の残滓が見えているのだろうとグッケンス博士は言っていた。
「あの球体がエピゾフォールの権能《王への供物》を拡張した、いうなれば魔力の遠隔吸引装置だとすれば、それを取り込むためには〝本体〟とつながっている必要があるのじゃろう。確かにそう考えれば、あれがエピゾフォールまでつながっている可能性は十分にあるの。
しかし、そんなものが見えるとは考えられん……が、メイロードには見えているのじゃな。
実に不思議な現象じゃが、それを解明しているほど時間はないの。ともかくお前さん以外にあれを追いかけられる者はおらんよ」
博士の推測の通りだとすれば、この赤い糸は魔王エピゾフォールの居場所に続いているに違いない。ならば、これを追うことで少なくとも敵の居場所を明らかにできるはずだ。
(魔王と直接戦うとかそんなことはさすがに考えられないけど、私には博士直伝の《迷彩魔法》があるし、敵に見つからずに魔王の居場所を突き止めるぐらいのことはできるんじゃないかな)
〝魔道具家電〟をばら撒かれて大量の〝魔法力〟を盗まれ、帝都パレスを狙ったダンジョンを造られ、そこでいままさに〝巨大暴走〟を起こされている。
冷静にみて、現在の私たちは完全に後手に回っている状況だ。このまま責められっぱなしで敵の居場所もわからないでは、エピゾフォールにただ魔力をくれてやって、その復活を手助けしながら疲弊させられていくだけだ。いまのままでは、反撃するための作戦も立てようがないだろう。
〔これは私にしかできないスパイ活動だもの、できるだけ早く敵の場所を見つけなきゃ!〕
赤い糸はときどき見失いそうになるほど細かったが、それでもそれを頼りにアタタガは全速力で飛んでくれた。
〔このまま真っ直ぐに飛んで〕
〔はい〕
〔少し右に、そこから真っ直ぐお願い〕
〔了解です〕
見失わないよう〝糸〟と並走し、時間が過ぎていく。
(やはり沿海州の方向ね)
私は《完全脳内地図把握》を使い脳内に構築した世界地図を眺める。だが、この地図を使っても《聖なる壁》の正確な位置は把握できない。ただ、何カ所か不思議な力に阻まれたという場所が記録されており、それが沿海州周辺に点在しているため、ぼんやりと方向がわかるぐらいだ。
(沿海州の先に広がる広大な海のどこかにある〝裂け目〟なんて、どうやったって見つけられないよね。しかも透明な壁らしいし……)
やはり頼りになりそうなのは、この細い〝糸〟だけだ。とはいえ、この〝糸〟は張りつめているわけではなく、クネクネと大きく蛇行していて、しっかりみていないと見失いそうなほど細く、正確な方向を簡単には把握させてくれない。
(せめて糸がピンと張っていてくれたら行き先を予測しやすいんだけど、これじゃ沿海州の方角ってことぐらいしか特定できないし、まだまだ行き先の正確な位置はわかんないなぁ)
もう数時間ずっと窓に張りついている私のために、ソーヤとセーヤが窓際に座りやすい椅子とテーブルを用意してくれ、甲斐甲斐しくお茶を淹れなおしてくれたり、お菓子や軽食を持ってきてくれる。
「ありがとうね、ふたりとも」
私が作った素朴な花々の刺繍の入ったテーブルクロスの上には、以前シラン村の工房で苦労して説明しながら作ってもらったアフタヌーンティー用の三枚のお皿が乗るスタンドが置かれている。
これも私が陶器の工房にいろいろと注文して作ってもらった美しいお皿には、綺麗な断面を見せているひとくちサイズの野菜や卵、ハム、塩漬けの魚のサンドイッチ。ピンチョス風の串に刺さった小さなコロッケやチーズにキッシュ。ひとくちサイズの焼き菓子〝プゴの実〟や〝マルマッジ〟〝ポクル〟といったこの世界で見つけた果物がたくさん使われてたプチフールが彩りよく並べられていた。
どれもソーヤと一緒に楽しく作ってきたこの世界の味だ。
(このひとくちで食べられる感じが、グッケンス博士やサイデムおじさまに喜ばれるもんだから、ついいろいろ作っちゃったんだよね)
どの道具にもどの料理にも小さな思い出があり、それを喜んでくれる人たちの笑顔があった。
「たくさん……作ってきたね」
私はアタタガに休憩しようと伝え、近くの人目につかない海岸に近い場所へと降りてもらった。
「まだ先は長そうだもの。焦らずにいきましょう」
「はい、メイロードさま」
私は落ち着いてお茶を飲み、料理を味わった。確かに忙しくしているとき、この一口で食べられる料理はありがたい。
(あせらない、無理をしない、でも早く見つけなきゃ。 大丈夫、しっかり食べたもの。きっとできるわ)
束の間波の音を聞きながら休息した私たちは、上空に浮かぶ赤い糸を見上げ、必ず敵の所在を見つけると誓った。
私にだけ見える赤い糸……目の前に浮かんでいるそれは、行き着く先のわからないはるか彼方まで続いていた。
「あそこに細くて赤い糸があるんだけど……見えないかな?」
空を指を挿して〝糸〟の場所を教えてみたが、アタタガもソーヤ・セーヤも、やはりあの〝糸〟をまったく視認できないそうだ。
「そうなんだ……やっぱり私にしか見えないんだね、あれ」
こうしてアタタガ・フライの飛行箱の窓からじっくり見ても、誰にも見えないらしいそれは、私にはとても細い〝糸〟としてはっきり見てとれる。だが実際には〝糸〟ではなく、あの球体につながる魔力の残滓が見えているのだろうとグッケンス博士は言っていた。
「あの球体がエピゾフォールの権能《王への供物》を拡張した、いうなれば魔力の遠隔吸引装置だとすれば、それを取り込むためには〝本体〟とつながっている必要があるのじゃろう。確かにそう考えれば、あれがエピゾフォールまでつながっている可能性は十分にあるの。
しかし、そんなものが見えるとは考えられん……が、メイロードには見えているのじゃな。
実に不思議な現象じゃが、それを解明しているほど時間はないの。ともかくお前さん以外にあれを追いかけられる者はおらんよ」
博士の推測の通りだとすれば、この赤い糸は魔王エピゾフォールの居場所に続いているに違いない。ならば、これを追うことで少なくとも敵の居場所を明らかにできるはずだ。
(魔王と直接戦うとかそんなことはさすがに考えられないけど、私には博士直伝の《迷彩魔法》があるし、敵に見つからずに魔王の居場所を突き止めるぐらいのことはできるんじゃないかな)
〝魔道具家電〟をばら撒かれて大量の〝魔法力〟を盗まれ、帝都パレスを狙ったダンジョンを造られ、そこでいままさに〝巨大暴走〟を起こされている。
冷静にみて、現在の私たちは完全に後手に回っている状況だ。このまま責められっぱなしで敵の居場所もわからないでは、エピゾフォールにただ魔力をくれてやって、その復活を手助けしながら疲弊させられていくだけだ。いまのままでは、反撃するための作戦も立てようがないだろう。
〔これは私にしかできないスパイ活動だもの、できるだけ早く敵の場所を見つけなきゃ!〕
赤い糸はときどき見失いそうになるほど細かったが、それでもそれを頼りにアタタガは全速力で飛んでくれた。
〔このまま真っ直ぐに飛んで〕
〔はい〕
〔少し右に、そこから真っ直ぐお願い〕
〔了解です〕
見失わないよう〝糸〟と並走し、時間が過ぎていく。
(やはり沿海州の方向ね)
私は《完全脳内地図把握》を使い脳内に構築した世界地図を眺める。だが、この地図を使っても《聖なる壁》の正確な位置は把握できない。ただ、何カ所か不思議な力に阻まれたという場所が記録されており、それが沿海州周辺に点在しているため、ぼんやりと方向がわかるぐらいだ。
(沿海州の先に広がる広大な海のどこかにある〝裂け目〟なんて、どうやったって見つけられないよね。しかも透明な壁らしいし……)
やはり頼りになりそうなのは、この細い〝糸〟だけだ。とはいえ、この〝糸〟は張りつめているわけではなく、クネクネと大きく蛇行していて、しっかりみていないと見失いそうなほど細く、正確な方向を簡単には把握させてくれない。
(せめて糸がピンと張っていてくれたら行き先を予測しやすいんだけど、これじゃ沿海州の方角ってことぐらいしか特定できないし、まだまだ行き先の正確な位置はわかんないなぁ)
もう数時間ずっと窓に張りついている私のために、ソーヤとセーヤが窓際に座りやすい椅子とテーブルを用意してくれ、甲斐甲斐しくお茶を淹れなおしてくれたり、お菓子や軽食を持ってきてくれる。
「ありがとうね、ふたりとも」
私が作った素朴な花々の刺繍の入ったテーブルクロスの上には、以前シラン村の工房で苦労して説明しながら作ってもらったアフタヌーンティー用の三枚のお皿が乗るスタンドが置かれている。
これも私が陶器の工房にいろいろと注文して作ってもらった美しいお皿には、綺麗な断面を見せているひとくちサイズの野菜や卵、ハム、塩漬けの魚のサンドイッチ。ピンチョス風の串に刺さった小さなコロッケやチーズにキッシュ。ひとくちサイズの焼き菓子〝プゴの実〟や〝マルマッジ〟〝ポクル〟といったこの世界で見つけた果物がたくさん使われてたプチフールが彩りよく並べられていた。
どれもソーヤと一緒に楽しく作ってきたこの世界の味だ。
(このひとくちで食べられる感じが、グッケンス博士やサイデムおじさまに喜ばれるもんだから、ついいろいろ作っちゃったんだよね)
どの道具にもどの料理にも小さな思い出があり、それを喜んでくれる人たちの笑顔があった。
「たくさん……作ってきたね」
私はアタタガに休憩しようと伝え、近くの人目につかない海岸に近い場所へと降りてもらった。
「まだ先は長そうだもの。焦らずにいきましょう」
「はい、メイロードさま」
私は落ち着いてお茶を飲み、料理を味わった。確かに忙しくしているとき、この一口で食べられる料理はありがたい。
(あせらない、無理をしない、でも早く見つけなきゃ。 大丈夫、しっかり食べたもの。きっとできるわ)
束の間波の音を聞きながら休息した私たちは、上空に浮かぶ赤い糸を見上げ、必ず敵の所在を見つけると誓った。
1,554
お気に入りに追加
13,119
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。