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6 謎の事件と聖人候補
981 〝帝国の代理人〟の婚約者
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981
どうしてもサイデムがいるときに話したかったため、予定と予定の間に無理やり捩じ込んだ訪問だったらしく、次の予定が迫っているというダイン皇子は、時間を気にする近習に促され、まずあわただしく離席した。
「サイデム、話ができて良かった。今後ともよろしく頼む」
ダイン皇子退出後、ユリシル皇子もさらにいくつか軍部の対応を確認してからこちらも急かされるように席を立った。彼もまた今回の〝巨大暴走〟において、一軍を率いる将として多忙な日々が続いているようだ。
ドール参謀長が部屋で挨拶を済ませ下がったあと、立ち上がり最後まで見送るサイデムにユリシル皇子が声をかける。
「メイ……マリス伯爵は元気にしていますか?」
「はい、最近は新しく手がけた仕事のこともあり、イスにいる日も増えておりましたが、メイロードは北東部が性に合っているようで、田舎生活を楽しんでいるようでございます」
「ああ〝ドーナッツ〟でしたか。ずいぶん派手に宣伝したと聞いています。相変わらずですね。のんびりしているのか、忙しないのかよくわからない人だ」
そう言いながらユリシル皇子は楽しげに微笑んだ。
「あれは仕事が好き……というより人が好きなのです。そのために忙しくなるのは気にしないようで。まぁ、変わり者ですな」
そう言いながらサイデムもクスリと笑う。
そこで、ユリシル皇子は声を落とす。
「実のところ、あなたとメイロードが婚約したときには〝やられた〟と思いました。メイロードもあなたも貴族なのだから、当然そういった展開になる可能性は予想できたのに、後手に回ってしまいました……」
ユリシル皇子のその言葉には悔しさが滲んでいたが、メイロード側からすれば、だからこそ急いだ〝婚約〟だった。
「ただ、それも正しかったのだな、といまの言葉で思えるようになりました。先ほどの兄の言葉でもお分かりでしょうが、メイロードの評価は皇宮内でとても高まってきていた。最初は正妃をはじめとする女性たちのお気に入りとしか思われていなかったけれど、いつの間にか兄たちもその能力に目をつけ始めていました。この先、皇宮が正式に取り込みに動き出せば、メイロードに拒否権はほぼないでしょう」
メイロード・マリス伯爵には田舎の庶民育ちという欠点はあったものの、その出自は皇族の血筋に近い由緒正しきシルベスター公爵家であり、高貴な血を持つ〝姫君〟だ。さらに徐々に明らかになってきたその魔法使いとしての名声から推察される魔法力は比類なきものと思われ、グッケンス博士唯一の内弟子ということも評価を後押しした。しかも、年齢とともにその美貌も際立ってきている。
「このままあと一年も経過していたら、メイロードは兄たちの側室にと望まれてしまう可能性が高かった。それを彼女が望まないとしても、避け難かっただろう。それほどにメイロードの条件は素晴らしいのです。ですが、彼女の望みを考えれば……そうならずに、本当に、本当に良かった」
ユリシル皇子の言葉には、メイロードをその魔法力や美貌ではなく人として好きなのだという気持ちが滲み出ていた。そしてユリシル皇子は現状自ら配偶者を決められる立場にはない、そのことも彼は理解しているのだ。
「メイロードと私の因縁は深いのですよ」
そんなユリシル皇子の様子に、サイデムはこう話し始めた。
「あれの両親とは幼馴染でしたし、仕事仲間でもあった。家族のような間柄でございました。あれの後見人になるのもごく自然なことでした。あとはあれが自由に羽ばたけるよう、見守るだけでございます」
「そうですね。彼女や望む〝自由〟のために、やはりこれが一番いい状況です」
そう言ってから、ユリシル皇子はさらに言葉を小さくしてつぶやいた。
「……それでも、あきらめているわけではありません。まだ、彼女の人生は長いですから」
「ええ、あれが望むのならば未来はいかようにも動きましょう」
サイデムの言葉にユリシル皇子の目が見開かれる。
「では、メイロードがの……」
そこで、扉が開けられたため、皇子は口をつぐみ歩み出し、サイデムは深く頭を下げて皇子を送り出した。
頭を低く垂れながらサイデムはこう思った。
(あの子が生まれたとき、メイロードは俺たちの〝幸福〟そのものの存在になった。
あの日からずっと、あの子は俺にとっても〝愛し子〟だ。
だが、それだけじゃない。あの事件のあと俺の前に現れたメイロードは、俺を驚かせる存在に変わっていた。突飛でお転婆で頭の回転が早く、俺に説教までしやがる生意気な奴だ)
そして頭を上げたサイデムは不敵に笑いながらつぶやいた。
「……まぁ、俺の大事な商売仲間に簡単に手を出せると思うなよ」
どうしてもサイデムがいるときに話したかったため、予定と予定の間に無理やり捩じ込んだ訪問だったらしく、次の予定が迫っているというダイン皇子は、時間を気にする近習に促され、まずあわただしく離席した。
「サイデム、話ができて良かった。今後ともよろしく頼む」
ダイン皇子退出後、ユリシル皇子もさらにいくつか軍部の対応を確認してからこちらも急かされるように席を立った。彼もまた今回の〝巨大暴走〟において、一軍を率いる将として多忙な日々が続いているようだ。
ドール参謀長が部屋で挨拶を済ませ下がったあと、立ち上がり最後まで見送るサイデムにユリシル皇子が声をかける。
「メイ……マリス伯爵は元気にしていますか?」
「はい、最近は新しく手がけた仕事のこともあり、イスにいる日も増えておりましたが、メイロードは北東部が性に合っているようで、田舎生活を楽しんでいるようでございます」
「ああ〝ドーナッツ〟でしたか。ずいぶん派手に宣伝したと聞いています。相変わらずですね。のんびりしているのか、忙しないのかよくわからない人だ」
そう言いながらユリシル皇子は楽しげに微笑んだ。
「あれは仕事が好き……というより人が好きなのです。そのために忙しくなるのは気にしないようで。まぁ、変わり者ですな」
そう言いながらサイデムもクスリと笑う。
そこで、ユリシル皇子は声を落とす。
「実のところ、あなたとメイロードが婚約したときには〝やられた〟と思いました。メイロードもあなたも貴族なのだから、当然そういった展開になる可能性は予想できたのに、後手に回ってしまいました……」
ユリシル皇子のその言葉には悔しさが滲んでいたが、メイロード側からすれば、だからこそ急いだ〝婚約〟だった。
「ただ、それも正しかったのだな、といまの言葉で思えるようになりました。先ほどの兄の言葉でもお分かりでしょうが、メイロードの評価は皇宮内でとても高まってきていた。最初は正妃をはじめとする女性たちのお気に入りとしか思われていなかったけれど、いつの間にか兄たちもその能力に目をつけ始めていました。この先、皇宮が正式に取り込みに動き出せば、メイロードに拒否権はほぼないでしょう」
メイロード・マリス伯爵には田舎の庶民育ちという欠点はあったものの、その出自は皇族の血筋に近い由緒正しきシルベスター公爵家であり、高貴な血を持つ〝姫君〟だ。さらに徐々に明らかになってきたその魔法使いとしての名声から推察される魔法力は比類なきものと思われ、グッケンス博士唯一の内弟子ということも評価を後押しした。しかも、年齢とともにその美貌も際立ってきている。
「このままあと一年も経過していたら、メイロードは兄たちの側室にと望まれてしまう可能性が高かった。それを彼女が望まないとしても、避け難かっただろう。それほどにメイロードの条件は素晴らしいのです。ですが、彼女の望みを考えれば……そうならずに、本当に、本当に良かった」
ユリシル皇子の言葉には、メイロードをその魔法力や美貌ではなく人として好きなのだという気持ちが滲み出ていた。そしてユリシル皇子は現状自ら配偶者を決められる立場にはない、そのことも彼は理解しているのだ。
「メイロードと私の因縁は深いのですよ」
そんなユリシル皇子の様子に、サイデムはこう話し始めた。
「あれの両親とは幼馴染でしたし、仕事仲間でもあった。家族のような間柄でございました。あれの後見人になるのもごく自然なことでした。あとはあれが自由に羽ばたけるよう、見守るだけでございます」
「そうですね。彼女や望む〝自由〟のために、やはりこれが一番いい状況です」
そう言ってから、ユリシル皇子はさらに言葉を小さくしてつぶやいた。
「……それでも、あきらめているわけではありません。まだ、彼女の人生は長いですから」
「ええ、あれが望むのならば未来はいかようにも動きましょう」
サイデムの言葉にユリシル皇子の目が見開かれる。
「では、メイロードがの……」
そこで、扉が開けられたため、皇子は口をつぐみ歩み出し、サイデムは深く頭を下げて皇子を送り出した。
頭を低く垂れながらサイデムはこう思った。
(あの子が生まれたとき、メイロードは俺たちの〝幸福〟そのものの存在になった。
あの日からずっと、あの子は俺にとっても〝愛し子〟だ。
だが、それだけじゃない。あの事件のあと俺の前に現れたメイロードは、俺を驚かせる存在に変わっていた。突飛でお転婆で頭の回転が早く、俺に説教までしやがる生意気な奴だ)
そして頭を上げたサイデムは不敵に笑いながらつぶやいた。
「……まぁ、俺の大事な商売仲間に簡単に手を出せると思うなよ」
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