利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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6 謎の事件と聖人候補

966 教区長逮捕

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966

屋根が吹っ飛んでしまったので、美しく飾り立てられていたこの部屋も、いまは一面埃だらけで見る影もないが、今回はこれでいいだろう。

「私にできることは終わったし、連絡、連絡っと」

素早く《伝令》の魔法を起動した私は伝令玉にこう吹き込む。

「教会内の暖炉にあったダンジョンへ魔力を供給していた地下施設の破壊は終わりました。ラケルタ・バージェも拘束済みなので引き取りをお願いします。これで私たちは帰りますね」

そして《伝令》を放つと、三十分もしないうちに、教会にはエストレートの街に常駐していた軍部の方々が大挙してやってきた。

(早かったなぁ……まぁグッケンス博士も私の《超高速伝令魔法》をだいぶ使いこなしているから、連絡が早かったのかな。それとも軍部には特殊な魔法か魔道具があるのかもね)

結果的には教会から爆発音とともに光の巨大な柱を出現させるという派手なことをしてしまったため、教会周辺には多くの人が集まってきていた。光は二分ほどで消え〝教区長〟の部屋が瓦礫の山になっている以外は、特に被害はないはずだ。

「シド軍本部より〝退魔教〟教区長を騙るラケルタ・バージェの逮捕を命令され、参上いたしました!」
「ご、ご苦労様です……えっ、教区長様がニセモノ⁉︎」

〝退魔教〟の教会の方は、突然現れた軍部の人たちにびっくりしていたが、誰が見ても異変が起こっていることは間違いなかったし、バージェが〝教区長〟を騙ったニセモノだったということの衝撃の方が大きかったようで、特に抵抗することなく軍の人たちを教会内に案内し、教区長室まで連れてきてくれた。

「あれ?」

教会の人が案内しながら驚く。

「先ほどまでは、この扉がどうやっても開かず、この先の様子を見ることができなかったのですが……いまはすんなり開きまして……いやはや、不思議なことです」

それはもちろん、彼らの到着を知った私が結界を解除したからだ。

「……まぁ、通れるのなら問題ない。では入るぞ!」

鎧に身を固めた人たちが〝教区長室〟になだれ込むと、そこにはしっかり拘束具をつけられ、余計なことを言わないよう口を塞がれたラケルタ・バージェがちょこんと椅子に座らされていた。

「これはいったいどういう……」

案内をしてきた教会の方の戸惑いを無視しして、兵士のひとりがバージェを立たせると数人で取り囲み歩かせていった。

その中のひとりが小さな声で話す。

「やはり参謀本部の隠密部隊がやったんでしょうか?」
「わからんが、命令はこいつのパレスへの移送だけだ。あとのことは考えるな」

彼らのそんな言葉を《迷彩魔法》で隠れつつ聞き、バージェの逮捕を見届けたところで、私たちは帰還した。

教会を壊してしまったことを謝りたいところだが、そうなると説明が面倒になるのでそれは諦めることにする。それに、あの区画はもともとこの教会にはなかった建物なので、なくなったからといって困ることもないだろう。

パレスへの移送後、バージェの尋問は思ったより早く進んだという。

そうではないかとは思っていたが、やはりバージェの〝教区長〟という身分は脅迫と買収により無理やり作られたもので、明らかな身分詐称だったそうだ。これだけでもかなりの重罪なので、表向きはそれを暴かれての逮捕ということになった。

屋根に大穴のあいた〝教区長室〟も、あの区画ごと取り壊されることになった。

〝退魔教〟の教会の方々は何も知らなかったということでお咎めはなく、知らずに〝吸魔玉〟を運ばされていたサシャさんについても、事情は聞かれたもののそれ以上は罪に問われずに済んだという。

私も彼らについては咎めないでやってほしいと博士に伝えてあったし、報告書も出したので、それに効果があったのかもしれない。

(エストレートの街の人が罪に問われなくて良かった)

同時に〝ストーム商会〟へも強制調査が入り、大量の証拠品が押収され調べられているそうだが、こちらの捜査にはかなり時間がかかるかもしれない。それに、ことの全貌を知っていたのはおそらくタガローサだけだ。バージェですら知っていることはかなり限られているのではないかと思う。

(バージェは、あの危険極まりない瘴気の充満する場所に居続けていた。そんなことをこの事件に深く関わる人間がするとは思えないよね。あの人もまた、タガローサの駒のひとつなんだろうな)

とはいえ、バージェの尋問がうまくいけば、早々にタガローサまでたどり着けるだろう。

とりあえずダンジョンへの魔力の供給は断たれた。これであのダンジョンの動きがどうなるのか、それは正確にはわからない。それでもその成長に関しては何らかの遅延が発生するはずだ。ダンジョンから魔物があふれるという最悪の事態が回避できれば一番いいのだが、実際あのダンジョンを見てきた身としては、そこまで楽観的に考えることは難しい。

「それでも、いまは少しでも時間が稼ぎたいよね……」

私は美味しい紅茶を飲みながら、おそらくやってくるだろう大きな戦いを思い、少し憂鬱な午後を過ごしたのだった。
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