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6 謎の事件と聖人候補
964 不気味な暖炉
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964
これまでの潜入調査やヒスイの地道な観察のおかげで、いろいろな事実の断片が浮かび上がってきている。
〝吸魔玉〟
この謎の球体は〝ストーム商会〟が販売している魔道具に仕込まれていた。その行方を追っていった結果、この街で取り出され秘密裏にこの教会に集められいるとわかったのはしばらく前のことだ。
その〝吸魔玉〟に蓄えられた魔法力は、ラケルタ・バージェの手によって教区長室の暖炉から地中の奥底に仕掛けられた魔法装置に送られ、そこから……が、あのときはわからなかったのだ。
いま明らかになったその場所こそ〝パレス郊外新ダンジョン〟の奥底であり、その最終目的はダンジョンの魔物の異常増殖による超大規模な魔物の暴走。その標的とされているのは帝都パレスと考えていいだろう。
この計画は露見しにくいよう時間をかけて巧妙に仕組まれていた。
彼らの仕掛けがもたらすのは日常におけるごく些細な変化だけだ。生活に紛れたその〝変化〟は、誰も感じることができないごく少量だけを盗み取る、広範囲な〝魔法力〟の搾取だ。だが〝ストーム商会〟の魔道具は良心的な価格で高性能なのだから、むしろ人々は喜んでいまも使い続けている。
(〝ストーム商会〟で働く人たちも、ほとんどはそんなこと知らずに働いているんだろうね)
あの日、イスの〝ラーメン横丁〟に私が行ったことで〝ストーム商会〟の街灯がすべて一瞬で爆発した。あんな大事件がなければ、私もきっと何も気づかずにいたかもしれない。
実は……誰にも言っていないが、私の〝魔法力〟の数値はいま882007だ。しかもまだ成長は止まらずにいる。
〝タネ石〟に毎日魔法力を注ぎ続け、地道な魔法訓練も欠かさないコツコツ型の地味な生活のせいなのだろうか……とにかくこの現実味のない数字には一番私が困惑しているが《鑑定》は嘘をつかない。魔法力だけならいまの私は一千人の魔法使いといい勝負ということになるわけで、こうなってしまったいまは、ただただ厳重に隠し、じっと黙っているしかない〝手に余る〟チカラだ。
それが彼らの誤算だった。
この世界でそんなに多くの魔法使いが一カ所に集まることなどありえないし、ましてたったひとりの魔法使いから得られる〝魔法力〟を計算するとき〝吸魔玉〟の設計者が、そんなありえない供給の可能性など想定するわけがない。
(そんなことをしたら、きっと〝吸魔玉〟をもっと大きくしなきゃいけないだろうし、そうなれば魔道具の設計も面倒だし、第一〝吸魔玉〟の存在が目立ちすぎるからね。大きさはオーバーフローしない適切なサイズに作ったはずだよね)
だからまったく適切な状態ではない想定外の私が近づいたとき、とても低いパーセンテージの魔法力を吸い上げる仕組みになっていた〝吸魔玉〟は、吸収された莫大な〝魔法力〟量の負荷に耐え切れず一瞬でオーバーフローし、爆発したのだ。
(ご飯を一粒食べるはずが、山盛りでいきなり口に詰め込まれたみたいな状態だもんね。そりゃキャパ超えるよねぇ)
この事件のおかげで、グッケンス博士が〝ストーム商会〟の魔道具を調べてくれることになり〝吸魔玉〟の存在も明らかになったが、その目的は謎に包まれていた。
だが、いまはそれも明らかとなり、魔物の〝巨大暴走〟という脅威が目前に迫っている。
大都市パレスの街の人々を逃すかどうかは難しい判断だが、パレスはおそらく籠城戦を選択するだろう。いまの段階でも〝巨大暴走〟がいつ起こるのかは正確にはわからない。すぐにでも一部が先に暴走を始める可能性も捨て切れないし、どういう進路を取るのかも予測することが難しい。
この状態でパニックになった人々が散り散りに逃げ出せば、それこそどこで魔物の餌食になるかわからない上、助けようがなくなってしまう。
人々を守るならば、パレスの堅牢な城壁の内に置き、帝国軍とギルドが連携して前線に出るという選択になるだろう。
ここまで事態が逼迫している状況で、どの程度の抑止力になるかは不明だが、それでもあのダンジョン送られている魔力の供給源はいますぐ断ち切っておきたい。
「そのためには、あの暖炉の地下にあるものを全部完全に破壊しとかないと!」
私は暖炉に近づき下を覗き込む。
「このあたりは邪気で真っ黒な霧が立ち込めているから近づきたくないんだけど、そうもいかないか……それにしても深いなぁ、どうやってこれ作ったんだろ?」
ヒスイによると、この穴は地中深くから魔法を使って穿ったものらしい。
「それはそれで、とんでもないチカラの持ち主ね。こんなことができるなんて」
「はい。しかもすごくイヤな感じのするものです」
ここで私たちの話し声にバージェが目を覚ました。
「ああ、お目覚めね。あなたの首には借りてきた罪人用の《封印の首輪》がしてあるし、手も縛っちゃったから。それじゃ、とりあえず聞いたことにだけ答えて……」
「私が誰だかわかっているのか! 〝退魔教〟の教区長にこんなことをして、罪に問われないと思っているのか⁉︎ 聖職者に暴力を振るうとは、なんという罰当たりだ」
「……」
以前よりくぼんだ目を血走らせてそんな悪態をつくバージェに、私は何ひとつ答えなかった。この男に与える情報などひとつもない。〝罰当たり〟? 上等だ。どんな神様が私に罰を与えるというのだろう。
「まだそんなことが言えるあなたに、いま聞くことはないわね。そういうのならあとは大人に任せましょ。私はやることをやって帰るわ」
床に座り込みながら叫ぶバージェを見下ろして、私はこう言った。
「可哀想な人ね……鏡をよくご覧なさい」
これまでの潜入調査やヒスイの地道な観察のおかげで、いろいろな事実の断片が浮かび上がってきている。
〝吸魔玉〟
この謎の球体は〝ストーム商会〟が販売している魔道具に仕込まれていた。その行方を追っていった結果、この街で取り出され秘密裏にこの教会に集められいるとわかったのはしばらく前のことだ。
その〝吸魔玉〟に蓄えられた魔法力は、ラケルタ・バージェの手によって教区長室の暖炉から地中の奥底に仕掛けられた魔法装置に送られ、そこから……が、あのときはわからなかったのだ。
いま明らかになったその場所こそ〝パレス郊外新ダンジョン〟の奥底であり、その最終目的はダンジョンの魔物の異常増殖による超大規模な魔物の暴走。その標的とされているのは帝都パレスと考えていいだろう。
この計画は露見しにくいよう時間をかけて巧妙に仕組まれていた。
彼らの仕掛けがもたらすのは日常におけるごく些細な変化だけだ。生活に紛れたその〝変化〟は、誰も感じることができないごく少量だけを盗み取る、広範囲な〝魔法力〟の搾取だ。だが〝ストーム商会〟の魔道具は良心的な価格で高性能なのだから、むしろ人々は喜んでいまも使い続けている。
(〝ストーム商会〟で働く人たちも、ほとんどはそんなこと知らずに働いているんだろうね)
あの日、イスの〝ラーメン横丁〟に私が行ったことで〝ストーム商会〟の街灯がすべて一瞬で爆発した。あんな大事件がなければ、私もきっと何も気づかずにいたかもしれない。
実は……誰にも言っていないが、私の〝魔法力〟の数値はいま882007だ。しかもまだ成長は止まらずにいる。
〝タネ石〟に毎日魔法力を注ぎ続け、地道な魔法訓練も欠かさないコツコツ型の地味な生活のせいなのだろうか……とにかくこの現実味のない数字には一番私が困惑しているが《鑑定》は嘘をつかない。魔法力だけならいまの私は一千人の魔法使いといい勝負ということになるわけで、こうなってしまったいまは、ただただ厳重に隠し、じっと黙っているしかない〝手に余る〟チカラだ。
それが彼らの誤算だった。
この世界でそんなに多くの魔法使いが一カ所に集まることなどありえないし、ましてたったひとりの魔法使いから得られる〝魔法力〟を計算するとき〝吸魔玉〟の設計者が、そんなありえない供給の可能性など想定するわけがない。
(そんなことをしたら、きっと〝吸魔玉〟をもっと大きくしなきゃいけないだろうし、そうなれば魔道具の設計も面倒だし、第一〝吸魔玉〟の存在が目立ちすぎるからね。大きさはオーバーフローしない適切なサイズに作ったはずだよね)
だからまったく適切な状態ではない想定外の私が近づいたとき、とても低いパーセンテージの魔法力を吸い上げる仕組みになっていた〝吸魔玉〟は、吸収された莫大な〝魔法力〟量の負荷に耐え切れず一瞬でオーバーフローし、爆発したのだ。
(ご飯を一粒食べるはずが、山盛りでいきなり口に詰め込まれたみたいな状態だもんね。そりゃキャパ超えるよねぇ)
この事件のおかげで、グッケンス博士が〝ストーム商会〟の魔道具を調べてくれることになり〝吸魔玉〟の存在も明らかになったが、その目的は謎に包まれていた。
だが、いまはそれも明らかとなり、魔物の〝巨大暴走〟という脅威が目前に迫っている。
大都市パレスの街の人々を逃すかどうかは難しい判断だが、パレスはおそらく籠城戦を選択するだろう。いまの段階でも〝巨大暴走〟がいつ起こるのかは正確にはわからない。すぐにでも一部が先に暴走を始める可能性も捨て切れないし、どういう進路を取るのかも予測することが難しい。
この状態でパニックになった人々が散り散りに逃げ出せば、それこそどこで魔物の餌食になるかわからない上、助けようがなくなってしまう。
人々を守るならば、パレスの堅牢な城壁の内に置き、帝国軍とギルドが連携して前線に出るという選択になるだろう。
ここまで事態が逼迫している状況で、どの程度の抑止力になるかは不明だが、それでもあのダンジョン送られている魔力の供給源はいますぐ断ち切っておきたい。
「そのためには、あの暖炉の地下にあるものを全部完全に破壊しとかないと!」
私は暖炉に近づき下を覗き込む。
「このあたりは邪気で真っ黒な霧が立ち込めているから近づきたくないんだけど、そうもいかないか……それにしても深いなぁ、どうやってこれ作ったんだろ?」
ヒスイによると、この穴は地中深くから魔法を使って穿ったものらしい。
「それはそれで、とんでもないチカラの持ち主ね。こんなことができるなんて」
「はい。しかもすごくイヤな感じのするものです」
ここで私たちの話し声にバージェが目を覚ました。
「ああ、お目覚めね。あなたの首には借りてきた罪人用の《封印の首輪》がしてあるし、手も縛っちゃったから。それじゃ、とりあえず聞いたことにだけ答えて……」
「私が誰だかわかっているのか! 〝退魔教〟の教区長にこんなことをして、罪に問われないと思っているのか⁉︎ 聖職者に暴力を振るうとは、なんという罰当たりだ」
「……」
以前よりくぼんだ目を血走らせてそんな悪態をつくバージェに、私は何ひとつ答えなかった。この男に与える情報などひとつもない。〝罰当たり〟? 上等だ。どんな神様が私に罰を与えるというのだろう。
「まだそんなことが言えるあなたに、いま聞くことはないわね。そういうのならあとは大人に任せましょ。私はやることをやって帰るわ」
床に座り込みながら叫ぶバージェを見下ろして、私はこう言った。
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