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6 謎の事件と聖人候補
962 〝ラッカービー〟作戦
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962
久しぶりにやってきたエストレートの街は、寒い季節に入りつつあった。
多くの人たちが冬支度に忙しくなるこの時期、街は忙しなく歩くたくさんの荷物を持った人や満載の荷馬車、冬物を売るこの季節ならではの市場など、どこも活気づいている様子だ。
私は魔法を使うことで冷気を防ぐこともできるのだが、あまり薄着でいると街中ではかえって目立つため、冬らしい厚手のコートに毛皮でできた帽子という出立ちである場所へと向かっていた。
私の借りている家からほど近いその場所はあの教会だ。
冷たい空気の中をお供のソーヤと歩きながら、私はドライアドのヒスイと《念話》を続けていた。
〔ヒスイ、あの人の監視もしてくれてありがとう。彼の行動は相変わらずなのかしら?〕
〔はい……いつも通りあの部屋に〕
〔それじゃ、例の〝吸魔玉〟も持ち込まれているというわけね〕
〔はい、その通りでございます〕
〝ストーム商会〟が提供している魔道具は便利なものばかりだ。その便利さを知った人たちは決して自ら手放したりはしないだろう。
(それで〝魔法力〟が吸収されても、それは気がつけないほど微量なんだもの。誰も気にはしないわよね)
だが、いまはその影響についてわかってきた。
〝吸魔玉〟の供給を止めなければ、早晩あのパレス近郊新ダンジョンは魔物でいっぱいになってしまうに違いない。
このことはまだほとんどの人が知らないことだし、下手に軍を動かしたら街の人たちを驚かせてしまうし、なにより敵に警戒されてしまう可能性が高い。
(それで潜伏先を変えられてしまったら元も子もないもの。でも、それもここまでね)
私は急ぎやらなければならないあることを実行に移すため、ヒスイに協力を頼むことにした。
〔これから少し〝荒事〟をしようと思うの。手伝ってくれるかな?〕
〔おや、メイロードさまが〝荒事〟でございますか? ふふふ……もちろん、なんでもお手伝いいたしますとも〕
ヒスイの口調はなんだか楽しげだ。
〔そうね……ではまず〝対魔教〟の教会から人を遠ざけなきゃいけないの。もちろん誰にも危険のないように、でも迅速にね〕
〔つまり、あの教会周辺の人間を一時的に排除したい……と。そうでございますね、では彼らが自主的に逃げたくなるような状況を用意すれば……〕
ヒスイは一瞬考えると明るい声でこう提案してきた。
〔ああ! いいものがございますよ。近くの森に〝ラッカービー〟の巣がございます。それを教会に移動して、少しつついてやりましょうか?〕
〔〝ラッカービー〟?〕
〔この魔物、毒性は弱いのですが、刺されるとそれはそれはひどい痒みが出るのです。このあたりの人間は〝ラッカービー〟のことをよく知っていますので、見かければすぐ逃げ出すでしょうね。おそらく駆除されたという連絡が入るまで近づかないでしょう〕
〔なるほど……それはいいかも。その案、採用するわ〕
〝ラッカービー〟の手配はヒスイがしてくれるそうだ。
ヒスイは樹木にいるものは瞬時に移動可能だそうで、その〝ラッカービー〟の巣もいつでも移動できるという。
〔〝ラッカービー〟の痒みのある針攻撃をするのは実はメスだけなのですが、人には雌雄の区別がつきませんので、それを利用してオスだけを放ちましょう。これで、人々に危険はなくなります〕
〔とても素晴らしいわ! ありがとうヒスイ〕
〔とんでもございません。では、すぐに準備いたしましょう〕
〔お願いね。教会から人がいなくなったことを確認したら、私たちは教会に潜入するわ〕
〔敵は得体が知れません。メイロードさま、どうかお気をつけて〕
〔ええ、そうね。わかってる〕
〝退魔教〟の教会前は、今日も炊き出しや生活物資の提供を受けるため多くの人が集まっていた。教会のシスターのサシャさんを始め、顔見知りになった協会のスタッフの皆さんがいつものように甲斐甲斐しく働いている。
彼らには一切の悪意はなく、信仰に従い規律を守り、苦しむ人々を助けようと懸命に仕事をしているのだ。
私はそんなサシャさんや教会を利用して、多くの人たちを危険に巻き込もうとしていながら〝教区長〟を名乗り、怪しげな計画に加担しているラケルタ・バージェに怒りを感じずにはいられなかった。
「彼には早々にこの街から退場してもらいましょう」
私の言葉にソーヤがうなずく。
「はい。あんな野郎に聖職者のローブを着る資格はありません。とっとと引っ捕まえて、尋問いたしましょう! なにを知っているかわかりませんが、とことん吐かせてやります」
「それは、まぁほどほどにね……」
こちらもなんだか楽しそうにみえるソーヤ。
そんな私の視線に、ソーヤは気付いたようだ。
「あ、別に戦いたいとか、やっつけたいとか、そういうのではございませんからね。私もヒスイも、こうしてメイロードさまのお役に立てるのが、本当に誇らしくうれしいのです。ですから、なんでもご命じください。それを私たちは、いつもお待ちしているのですから」
満面の笑顔のソーヤ。
(そうだね。いつも私を一生懸命助けようとしてくれてる……ありがとう、大好きだよ、みんな!)
なんだか胸がいっぱいになって、泣きそうになった私はそれを隠すように大きな声を出した。
「それじゃ、作戦開始だね!」
久しぶりにやってきたエストレートの街は、寒い季節に入りつつあった。
多くの人たちが冬支度に忙しくなるこの時期、街は忙しなく歩くたくさんの荷物を持った人や満載の荷馬車、冬物を売るこの季節ならではの市場など、どこも活気づいている様子だ。
私は魔法を使うことで冷気を防ぐこともできるのだが、あまり薄着でいると街中ではかえって目立つため、冬らしい厚手のコートに毛皮でできた帽子という出立ちである場所へと向かっていた。
私の借りている家からほど近いその場所はあの教会だ。
冷たい空気の中をお供のソーヤと歩きながら、私はドライアドのヒスイと《念話》を続けていた。
〔ヒスイ、あの人の監視もしてくれてありがとう。彼の行動は相変わらずなのかしら?〕
〔はい……いつも通りあの部屋に〕
〔それじゃ、例の〝吸魔玉〟も持ち込まれているというわけね〕
〔はい、その通りでございます〕
〝ストーム商会〟が提供している魔道具は便利なものばかりだ。その便利さを知った人たちは決して自ら手放したりはしないだろう。
(それで〝魔法力〟が吸収されても、それは気がつけないほど微量なんだもの。誰も気にはしないわよね)
だが、いまはその影響についてわかってきた。
〝吸魔玉〟の供給を止めなければ、早晩あのパレス近郊新ダンジョンは魔物でいっぱいになってしまうに違いない。
このことはまだほとんどの人が知らないことだし、下手に軍を動かしたら街の人たちを驚かせてしまうし、なにより敵に警戒されてしまう可能性が高い。
(それで潜伏先を変えられてしまったら元も子もないもの。でも、それもここまでね)
私は急ぎやらなければならないあることを実行に移すため、ヒスイに協力を頼むことにした。
〔これから少し〝荒事〟をしようと思うの。手伝ってくれるかな?〕
〔おや、メイロードさまが〝荒事〟でございますか? ふふふ……もちろん、なんでもお手伝いいたしますとも〕
ヒスイの口調はなんだか楽しげだ。
〔そうね……ではまず〝対魔教〟の教会から人を遠ざけなきゃいけないの。もちろん誰にも危険のないように、でも迅速にね〕
〔つまり、あの教会周辺の人間を一時的に排除したい……と。そうでございますね、では彼らが自主的に逃げたくなるような状況を用意すれば……〕
ヒスイは一瞬考えると明るい声でこう提案してきた。
〔ああ! いいものがございますよ。近くの森に〝ラッカービー〟の巣がございます。それを教会に移動して、少しつついてやりましょうか?〕
〔〝ラッカービー〟?〕
〔この魔物、毒性は弱いのですが、刺されるとそれはそれはひどい痒みが出るのです。このあたりの人間は〝ラッカービー〟のことをよく知っていますので、見かければすぐ逃げ出すでしょうね。おそらく駆除されたという連絡が入るまで近づかないでしょう〕
〔なるほど……それはいいかも。その案、採用するわ〕
〝ラッカービー〟の手配はヒスイがしてくれるそうだ。
ヒスイは樹木にいるものは瞬時に移動可能だそうで、その〝ラッカービー〟の巣もいつでも移動できるという。
〔〝ラッカービー〟の痒みのある針攻撃をするのは実はメスだけなのですが、人には雌雄の区別がつきませんので、それを利用してオスだけを放ちましょう。これで、人々に危険はなくなります〕
〔とても素晴らしいわ! ありがとうヒスイ〕
〔とんでもございません。では、すぐに準備いたしましょう〕
〔お願いね。教会から人がいなくなったことを確認したら、私たちは教会に潜入するわ〕
〔敵は得体が知れません。メイロードさま、どうかお気をつけて〕
〔ええ、そうね。わかってる〕
〝退魔教〟の教会前は、今日も炊き出しや生活物資の提供を受けるため多くの人が集まっていた。教会のシスターのサシャさんを始め、顔見知りになった協会のスタッフの皆さんがいつものように甲斐甲斐しく働いている。
彼らには一切の悪意はなく、信仰に従い規律を守り、苦しむ人々を助けようと懸命に仕事をしているのだ。
私はそんなサシャさんや教会を利用して、多くの人たちを危険に巻き込もうとしていながら〝教区長〟を名乗り、怪しげな計画に加担しているラケルタ・バージェに怒りを感じずにはいられなかった。
「彼には早々にこの街から退場してもらいましょう」
私の言葉にソーヤがうなずく。
「はい。あんな野郎に聖職者のローブを着る資格はありません。とっとと引っ捕まえて、尋問いたしましょう! なにを知っているかわかりませんが、とことん吐かせてやります」
「それは、まぁほどほどにね……」
こちらもなんだか楽しそうにみえるソーヤ。
そんな私の視線に、ソーヤは気付いたようだ。
「あ、別に戦いたいとか、やっつけたいとか、そういうのではございませんからね。私もヒスイも、こうしてメイロードさまのお役に立てるのが、本当に誇らしくうれしいのです。ですから、なんでもご命じください。それを私たちは、いつもお待ちしているのですから」
満面の笑顔のソーヤ。
(そうだね。いつも私を一生懸命助けようとしてくれてる……ありがとう、大好きだよ、みんな!)
なんだか胸がいっぱいになって、泣きそうになった私はそれを隠すように大きな声を出した。
「それじゃ、作戦開始だね!」
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