利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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6 謎の事件と聖人候補

958 映像を飛ばす魔法

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958

翌日の寝覚めは爽快……とは残念ながらいかなかった。

我が家のベットは金属の加工ができる工房に針金の製作依頼をするとことから始め、改良に改良を重ねたボックスコイル採用の最高の寝心地だし、リネン類もきちんと洗濯されたいいものを揃えている。パジャマも沿海州にある着道楽の街ランテルにある〝コウダイ屋〟さんで仕入れてきた、絹織物よりさらに軽く肌触りのいい〝ハナマユリガ〟の繭糸で織られた薄紅色の反物を使って手縫いしたお気に入りのパジャマだ。枕だってもちろんこだわりの手作り。羽毛たっぷりでふっかふかだ。

この心地よい寝室でぐっすり眠ったので疲労はだいぶ抜けたし、頭もちゃんと働いているけれど、完全復活とまではいえない気分だ。

(ちょっとまだだるいかな? まだまだ寝ていられる気がするし、なんならニ、三日ベッドでゴロゴロしていたい気分)

「ポーション一発で元気百倍! ってなればいいのになぁ……」

ついそんなことも呟いてしまう。

この世界の疲労回復特効薬である〝ポーション〟をはじめとする魔法薬全般の効果がとても低いという特異体質のせいで、私の健康管理は食事に気をつけ睡眠をしっかり、そして適度な運動という極めて健康的でベーシックなやり方だ。

(しかもみんなには絶大な効果のある異世界食材も、私には普通に美味しい以上の特別な効果はないんだよね)

私は大きなため息をついたあと、気合を入れてベッドから躰を起こし起き上がる。

「いまはダラダラを楽しんでる場合じゃないよね! よし、気合をいれろー!」

両頬を軽く叩いた私は、ベットから飛び降り朝風呂でシャキッと目を覚ましてからキッチンへと向かった。
もちろんお風呂のあとのヘアケア時間はしっかりセーヤに捕まったが、それもマキでお願いする。私は朝食メニューを考えながらこの時間を過ごすことが多い。

(今朝は中華風のお粥にしてみようかな。海鮮粥に青菜の炒め物それに温泉卵……搾菜ザーサイも刻んでおこうっと。お茶も中国茶を用意して。グッケンス博士はちょっとクセの強いスモーキーな中国紅茶ラプサンスーチョンが気に入ってたから……)

「はい、よろしいですよ、メイロードさま。今日もお美しいお髪でございます」
「ありがとうセーヤ、今日はかわいいポニーテールね!」
「これが早かったので。できればもっとお時間を……」
「いいえ、これが素敵よ! 最高だわ! さあ行きましょう」

キッチンでは《念話》で今日の朝食メニューを伝えていたソーヤがしっかり準備をしてくれていた。

「おはようございます、メイロードさま」
「おはよう、ソーヤ」

私はテキパキと割烹着に身を包み、キッチンで作業を始める。

(ああ、落ち着くなぁ)

湯気の立つ鍋、野菜を刻む包丁の音、外から聞こえる木々の揺れる音と小鳥のさえずり……平和だ。

昨日までの真っ暗なダンジョンでの殺伐とした日々が嘘のようだ。

「やっぱり私はこっちがいいな」

「そうでございますとも!」

ソーヤも台所仕事をしながら上機嫌だ。

「ああ、伝言がございました。

グッケンス博士が軍部での緊急会議を招集されたそうでございます。五名の将軍もいらっしゃるそうで、まとめ役はドール参謀本部長とのことでした。

ダンジョン内の様子を説明するため、実際にあのダンジョンを経験したエルディアス・テーセウス様も出席されます。

「博士の対応が早くて助かるわ。あとはお国の方にお任せできるといいわねぇ」

「それは……どうでございましょう」

ソーヤは少し苦笑いして話を続けた。

「『メイロードは目立ちたくないだろうが、気にはなるのだろうし、状況は知る必要があるだろう』とのことで、博士が《無限回廊の扉》を利用した映像投影魔法を秘密裏に会議室に構築してくださるそうです。

なんでも中継ポイントとして博士がメイロードさまがお作りになった回廊偽装バッグの口を開けたものをお使いになるとかで、メイロードさまにはこの口の空いたバッグと直接繋いだ扉をいまいる場所の壁に作るように、と」

「なるほど……それにしてもすごいわね。軍部の会議室なんて、いろんな結界魔法が山ほど仕掛けられているはずなのに、そこから映像を送るなんて、さすがというか博士らしいというか……」

「それも《無限回廊の扉》ありきの魔法だそうですよ。なんだか博士も楽しそうでした」

(絶対前からいろいろ使い道を研究してたわね。考えてみればせっかく新しいおもちゃが手に入ったんだから、博士が研究しないわけがないか)

キッチンで働いているところにセイリュウもやってきた。
「おはよう、メイロード。体調はどうだい?」
「しっかり寝たのでスッキリしました。あとは美味しいご飯を食べれば完璧です」
笑顔の私に彼はホッとした表情を浮かべる。

(本当は完璧とはいえないけど、あんまり心配させられないよね)

「それじゃ私たちは遅めのご飯をいただきながら、会議の中継を見せていただくとしましょうか」

カウンターに並ぶ温かなお料理、窓を開けてそこに《無限回廊の扉》の扉とし、空間を狭めて博士の持っているバッグへと直接繋ぐと、確かにそこには金ピカ調度品のある会議室が見えた。

(これでも、軍部はすごくおとなしいインテリアなんだよねぇ。このセンスは一朝一夕には変わらないなぁ)

会議室にはまだ博士とドール参謀だけだ。

「では、これでマリス邸と?」

それはドール参謀の声だった。

「ああ、映像と音声はこちらからの一方通行しかまだできんがな。お前さんは妙に勘が鋭いからのぉ。一応、伝えておく。じゃが……」
「もちろん、何も申しませんよ。グッケンス博士の技術など、凡百のわれらに再現できようもございませんから」

「ふん! よくわかっておるの」

どうやら博士は私の《無限回廊の扉》のことも伝えず、すべてを自らが開発した高度な特殊技術として、この遠隔映像投影魔法を説明してくれたようだ。秘密が多い私のために、博士に嘘をつかせることになるのは、なんだか申し訳ない気持ちだが、軍部の重鎮であるドール参謀には絶対知られたくないことなので、ここは博士に感謝するしかない。

「ありがとうございます、博士……」


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