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6 謎の事件と聖人候補
954 〝爆弾おむすび〟
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954
冒険者たちは皆疲れていた。当たり前だ。
突然大量の手強い魔物が湧き上がり始め、それと訳がわからないまま戦闘を必死で続け、そこから今度は全速力で逃げてきたのだ。対応が早かったので時間はそこまで長くはなかったとはいえ、気力体力は相当使っているだろう。
もちろん非常時の体力回復用の〝ポーション〟は個人でも部隊でも持ち込んではいるが、全員が次から次へと使い続けられるような安価なものではない。それに〝ポーション〟により疲労が一時的に解消されても、まだ完全には終わってはいないこの長い修羅場では効果も限定的だ。
やっと上層へ全員が退避したので、ともかく休息を得るためいまは最も安全と思われるポイントを〝地図班〟が割り出し、そこへ魔法使いたちが結界をめぐらすことで一時的に休める環境を作ってはいるが、この中ですら完全には気は抜けない。
この層では異常な〝湧き〟はまだないようだったが、まったく危険がないわけではないのだ。
普段は冗談好きで明るい冒険者たちも、最悪の状況から抜け出した安堵と、まだ続く出口までの果てしない戦いへの不安で、救護班以外は誰もが言葉少なにじっと体力の温存に努めていた。
そこへ満面の笑顔と軽快な足取りで、ふたりの少年が大きなカゴを持って現れた。
「元気が出ますから、こちらを食べてくださいね」
軽快に冒険者たちの間を動き回り、ふたりは何かを手渡していく。
ルエラさんとイアさんが、やはり疲労のため壁にもたれかかるように休んでいるところにもそれは配られた。
笑顔の少年が渡してくれたのは、汚れた手でも持てるようみずみずしい葉っぱに包まれた見たこともない重くて真っ黒な丸いなにか。
「これは……一体なんでございましょう?」
少年は誇らしげな笑顔で説明してくれる。
「メイロードさまよりみなさんへの差し入れでございます。その黒いものは風味豊かな海藻でできておりますので、そのままガブリとお食べになってください。美味しいですよ」
大きくてずんぐりむっくりな謎の黒いかたまりを前に戸惑っていると、あちこちから歓声が聞こえてきた。
「なんだこりゃ⁈ ずいぶんといろいろなものが入ってるな。うめぇ……うめぇぞ!」
「疲れた躰に甘塩っぱい味が染み渡るぜ。こりゃたまらん!」
その黒いカタマリを食べた人から歓声が上がり、先ほどまでのどんよりした空気を一気に変えていくその様子に、年若くだいぶ空腹でもあったイアさんが恐る恐る真っ黒で大きな丸いものにかぶりついた。
「お、美味しい!」
それはいままで経験したことのないいくつもの味が重なり合った複雑な旨味だった。
瞳をキラキラさせるイアさんの様子に、少年は微笑みかける。
「これはメイロードさまがひとつひとつ心を込めてお作りになった〝爆弾おむすび〟という料理でございます。おむすびの具は通常は一種類なのですが、このおむすびには、なんと四種類の具材が入っているのです。
それぞれに疲労回復や滋養強壮の効果がありますので、きっと皆様の助けになるでしょう」
続いて〝爆弾おむすび〟にかぶりついたルエラさんもとろけるような笑顔になった。
「ああ、美味しいですね。なんでございましょう、この全身に力が染み渡るような感覚は……」
皆その美味しさに躰が震えていると錯覚していたが、実はそうではない。
この〝爆弾おむすび〟には、絶対彼らにはいえない秘密があった。
(これって異世界から取り寄せた素材だけて作った、〝完全異世界産食品〟なんだよね)
異世界から取り寄せた食品がこの世界の人たちの躰に良い影響を与えることは、かなり早い段階からわかっていた。食べ続ければとんでもない進化や成長があることもセーヤとソーヤの例からすでに明らかだった。では、その効果はどの程度なのだろう?
そうなれば実証実験がしたくなる。
《鑑定》を使うことで、人物の詳細データまで読み取れるようになっている私は、いろいろなお料理に異世界素材を使ったときの変化を長く調査してきた。食品なので躰に悪いことはないし、健康効果も期待できたので、異世界素材をたくさん買っても問題ないだけの資産ができてからは、いろんな料理に異世界素材を使い、その効果を観察してきたのだ。
その結果わかったのは、向上するパラメーターは食材によって違うということだ。食べてからの持続効果は長くて三日であり、継続して食べていくと基礎値も上昇していく。
その中でも妖精たちの異世界食品摂取による基礎値上昇率は突出しており、そのおかげでセーヤとソーヤの能力が爆上がりしている、ということらしい。
そうした効果を鑑みて、非常食として用意しておいた今回の〝爆弾おむすび〟には、体力上昇、筋力上昇、持久力上昇、疲労低下、精神力強化といった効果が与えられる素材を選んで作ってみた。
まさかのときのためのドーピング食というわけだ。
《生産の陣》が使えないので三十個以上の大きなおむすびを作るのは、大変ではあったけれどそれだけの効果はあったようで安心だ。《無限回廊の扉》の中に保存しておいたおむすびはまだほのかに温かく、出来立ての美味しさ。その効果は絶大で、冒険者たちの瞳には強い光が戻り、食を楽しむ余裕が出てきていた。
(興奮作用はないはずなんだけど、なんだかみんなハイになってるみたいだね。まぁ、いいか)
ソーヤから《念話》で冒険者のみなさんが元気を取り戻しているという報告を聞き、私は少し安堵しながら、階段の埋め立て工事を完了させた。
冒険者たちは皆疲れていた。当たり前だ。
突然大量の手強い魔物が湧き上がり始め、それと訳がわからないまま戦闘を必死で続け、そこから今度は全速力で逃げてきたのだ。対応が早かったので時間はそこまで長くはなかったとはいえ、気力体力は相当使っているだろう。
もちろん非常時の体力回復用の〝ポーション〟は個人でも部隊でも持ち込んではいるが、全員が次から次へと使い続けられるような安価なものではない。それに〝ポーション〟により疲労が一時的に解消されても、まだ完全には終わってはいないこの長い修羅場では効果も限定的だ。
やっと上層へ全員が退避したので、ともかく休息を得るためいまは最も安全と思われるポイントを〝地図班〟が割り出し、そこへ魔法使いたちが結界をめぐらすことで一時的に休める環境を作ってはいるが、この中ですら完全には気は抜けない。
この層では異常な〝湧き〟はまだないようだったが、まったく危険がないわけではないのだ。
普段は冗談好きで明るい冒険者たちも、最悪の状況から抜け出した安堵と、まだ続く出口までの果てしない戦いへの不安で、救護班以外は誰もが言葉少なにじっと体力の温存に努めていた。
そこへ満面の笑顔と軽快な足取りで、ふたりの少年が大きなカゴを持って現れた。
「元気が出ますから、こちらを食べてくださいね」
軽快に冒険者たちの間を動き回り、ふたりは何かを手渡していく。
ルエラさんとイアさんが、やはり疲労のため壁にもたれかかるように休んでいるところにもそれは配られた。
笑顔の少年が渡してくれたのは、汚れた手でも持てるようみずみずしい葉っぱに包まれた見たこともない重くて真っ黒な丸いなにか。
「これは……一体なんでございましょう?」
少年は誇らしげな笑顔で説明してくれる。
「メイロードさまよりみなさんへの差し入れでございます。その黒いものは風味豊かな海藻でできておりますので、そのままガブリとお食べになってください。美味しいですよ」
大きくてずんぐりむっくりな謎の黒いかたまりを前に戸惑っていると、あちこちから歓声が聞こえてきた。
「なんだこりゃ⁈ ずいぶんといろいろなものが入ってるな。うめぇ……うめぇぞ!」
「疲れた躰に甘塩っぱい味が染み渡るぜ。こりゃたまらん!」
その黒いカタマリを食べた人から歓声が上がり、先ほどまでのどんよりした空気を一気に変えていくその様子に、年若くだいぶ空腹でもあったイアさんが恐る恐る真っ黒で大きな丸いものにかぶりついた。
「お、美味しい!」
それはいままで経験したことのないいくつもの味が重なり合った複雑な旨味だった。
瞳をキラキラさせるイアさんの様子に、少年は微笑みかける。
「これはメイロードさまがひとつひとつ心を込めてお作りになった〝爆弾おむすび〟という料理でございます。おむすびの具は通常は一種類なのですが、このおむすびには、なんと四種類の具材が入っているのです。
それぞれに疲労回復や滋養強壮の効果がありますので、きっと皆様の助けになるでしょう」
続いて〝爆弾おむすび〟にかぶりついたルエラさんもとろけるような笑顔になった。
「ああ、美味しいですね。なんでございましょう、この全身に力が染み渡るような感覚は……」
皆その美味しさに躰が震えていると錯覚していたが、実はそうではない。
この〝爆弾おむすび〟には、絶対彼らにはいえない秘密があった。
(これって異世界から取り寄せた素材だけて作った、〝完全異世界産食品〟なんだよね)
異世界から取り寄せた食品がこの世界の人たちの躰に良い影響を与えることは、かなり早い段階からわかっていた。食べ続ければとんでもない進化や成長があることもセーヤとソーヤの例からすでに明らかだった。では、その効果はどの程度なのだろう?
そうなれば実証実験がしたくなる。
《鑑定》を使うことで、人物の詳細データまで読み取れるようになっている私は、いろいろなお料理に異世界素材を使ったときの変化を長く調査してきた。食品なので躰に悪いことはないし、健康効果も期待できたので、異世界素材をたくさん買っても問題ないだけの資産ができてからは、いろんな料理に異世界素材を使い、その効果を観察してきたのだ。
その結果わかったのは、向上するパラメーターは食材によって違うということだ。食べてからの持続効果は長くて三日であり、継続して食べていくと基礎値も上昇していく。
その中でも妖精たちの異世界食品摂取による基礎値上昇率は突出しており、そのおかげでセーヤとソーヤの能力が爆上がりしている、ということらしい。
そうした効果を鑑みて、非常食として用意しておいた今回の〝爆弾おむすび〟には、体力上昇、筋力上昇、持久力上昇、疲労低下、精神力強化といった効果が与えられる素材を選んで作ってみた。
まさかのときのためのドーピング食というわけだ。
《生産の陣》が使えないので三十個以上の大きなおむすびを作るのは、大変ではあったけれどそれだけの効果はあったようで安心だ。《無限回廊の扉》の中に保存しておいたおむすびはまだほのかに温かく、出来立ての美味しさ。その効果は絶大で、冒険者たちの瞳には強い光が戻り、食を楽しむ余裕が出てきていた。
(興奮作用はないはずなんだけど、なんだかみんなハイになってるみたいだね。まぁ、いいか)
ソーヤから《念話》で冒険者のみなさんが元気を取り戻しているという報告を聞き、私は少し安堵しながら、階段の埋め立て工事を完了させた。
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