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6 謎の事件と聖人候補
932 とんでもない〝魔法契約書〟
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932
そのあとイスの家に《伝令》が飛んできたのは、とっぷりと日が暮れてからのことだった。しかも内容は
『交渉締結までにはまだまだ時間がかかりそうなため、結果の報告は明日に持ち越しでお願いしたい』
という、テーセウスさんからの疲労が感じられる声での会議延長報告だった。
(おやおや、思った以上に三クランをまとめるのは大変みたいね。まぁ、ガンバレ!)
「ソーヤ、ちょっとお願い」
私はクスクス笑いながら《伝令》に了解の返事を出し、おそらく深夜まで交渉をするのだろう彼らに、軽食とお茶菓子を差し入れた。
「みなさんかなりお疲れのようでしたが、休憩時間にお出しした疲労回復効果のある薬草茶と玉子、肉、野菜のサンドウィッチ、竜田揚げ、トマト、チーズ、きのこの一口コロッケ、デザートのフルーツゼリーまで、ものすごい勢いで食べてらっしゃいました。
一口召し上がった瞬間から、もう秒殺の勢いでしたよ。最後にはシド帝国の最高峰ギルドのトップ同士によるコロッケの奪い合いという実に珍しいものもみせていただきました」
「はは、大事な交渉中に何をしてるのかな、あの人たちは」
私は呆れ半分でそういうしかなかったが、ソーヤはさも当然という表情だ。
「冒険者というのは躰が資本の仕事ですから、実によく食べるのですよ。しかも彼らはこの国で最高評価を受けている人たちです。実入りのいい彼らは、当然食べるものにもお金がかけられますから、普通の平民よりずっと舌が肥えているんですよ。
だからこそ、メイロードさまから差し入れられたあのお夜食のおいしさが衝撃だったのでございましょう。とくにアツアツの作りたてをマジックバッグに入れてお持ちした新作のロック鳥の竜田揚げと三種の一口コロッケはみなさん口に運んだ途端、なんというか……悶えてましたね。そのあとはいろいろ叫んでいましたし」
「叫んでたって、辛くはないはずなんだけど……」
「いえいえ、そうではなく。従者の方々を含め、みなさん疲労で少しタガが外れていた気もいたしましたが、美味しさのあまり言葉にならなかったり、泣いたり、叫んだりというなかなかみられないの状況でした。まぁ、メイロードさまお手製のお料理でございますから、絶賛は当然のことでございますよ」
「叫ぶって……ま、まぁ、気に入ってくれたわけね。完食してくれたようでよかったわ」
深夜までの会議で疲労したところに、いい夜食になったようでなによりだ。
ちなみにコロッケ争奪戦は、スピードで優ったテーセウス様が最後の一個をゲットしたという。
「さすがの剣豪というところかしらね」
そして翌日の午後やっと会議がまとまり《伝令》が届いたので、私は再び〝冒険者ギルド〟へと向かう。
昨日と同じ会議室で昨日と同じ席に座っていたみなさんには、やはり疲労の色がみえたが、やっと決まったということで、従者の方々を含め全員の顔にやり切った感が出ていた。
(お疲れさまでした)
私は心の中でそう呟きながら着席。昨日に引き続き、レシータさんが場を仕切ってくれる。
「それぞれのクラン同士の持分や出資金、人員構成といった細かい話はメイロードちゃんにあまり関係ないことだから、あとで書面で提出してちょうだいな。ここではメイロードちゃんがあなた方に伝えた、参加条件についての話だけでいいんじゃないかしら」
昨日の会議終わり、私が新ダンジョンへ挑むクラン合同パーティーへ参加しても良いと伝えたあと、ある条件を提示した。
「私からの要望はこの一点のみです。
〝私に関するすべての情報は参加パーティーの外へ漏らさない〟
これが守られないのなら参加は見送りますし、いかなる条件もこれに先んずることはありません」
クランの代表たちは私が唯一つけたこの条件にものすごく驚いていた。
特に名誉にこだわる〝金獅子の咆哮〟の代表であるテーセウスさんは、露骨に意味がわからないという顔をしていたが、それでも私はそのほかはどうでもいいから、これだけは守って欲しいと告げておいたのだ。
テーセウスさんはやはりこの三者の中でも発言権が大きいようで、今日の話は彼が中心に進めていくようだ。
「メイロードさまからのご要望につきまして検討した結果、われわれはクランとしてこの守秘義務に関する魔法契約を結ばせていただくことを決定いたしました」
私の前に差し出された三枚の〝魔法契約書〟の文言はギルド名と代表者名以外は同じ内容で、『メイロード・マリスのダンジョン内での行動に関する一切の情報はダンジョン参加者だけに留め、漏洩を禁ずる。また、それ以外の情報についてもクランより外へは一切持ち出さない』旨が記されていた。そして、そのペナルティにはクランの解散と罰金一千万ポルのどちらかもしくは両方をメイロード・マリス伯爵が選択できるとされていた。
「こりゃ、随分と思い切ったもんだね。自分のクランを賭けるとは!」
さすがのレシータさんもこの前代未聞の〝魔法契約書〟に目を見張った。
「これがわれわれの誠意であり意思表示です。ダンジョンでなにが起ころうと、メイロードさまのことはなにひとつ口外しないというクランからの強い約束の証と思っていただきたい」
三人の目が真剣に私を見つめている。彼らは本気だ。
「私の願いに対し、ここまでしていただいたこと、感謝申し上げます。では、この条件で参加させていただきま……」
「メイロードちゃん! まだ、聞くことがあるでしょ!」
レシータさんに、止められて私は
「あっ」
と言って口をつぐんだ。
そのあとイスの家に《伝令》が飛んできたのは、とっぷりと日が暮れてからのことだった。しかも内容は
『交渉締結までにはまだまだ時間がかかりそうなため、結果の報告は明日に持ち越しでお願いしたい』
という、テーセウスさんからの疲労が感じられる声での会議延長報告だった。
(おやおや、思った以上に三クランをまとめるのは大変みたいね。まぁ、ガンバレ!)
「ソーヤ、ちょっとお願い」
私はクスクス笑いながら《伝令》に了解の返事を出し、おそらく深夜まで交渉をするのだろう彼らに、軽食とお茶菓子を差し入れた。
「みなさんかなりお疲れのようでしたが、休憩時間にお出しした疲労回復効果のある薬草茶と玉子、肉、野菜のサンドウィッチ、竜田揚げ、トマト、チーズ、きのこの一口コロッケ、デザートのフルーツゼリーまで、ものすごい勢いで食べてらっしゃいました。
一口召し上がった瞬間から、もう秒殺の勢いでしたよ。最後にはシド帝国の最高峰ギルドのトップ同士によるコロッケの奪い合いという実に珍しいものもみせていただきました」
「はは、大事な交渉中に何をしてるのかな、あの人たちは」
私は呆れ半分でそういうしかなかったが、ソーヤはさも当然という表情だ。
「冒険者というのは躰が資本の仕事ですから、実によく食べるのですよ。しかも彼らはこの国で最高評価を受けている人たちです。実入りのいい彼らは、当然食べるものにもお金がかけられますから、普通の平民よりずっと舌が肥えているんですよ。
だからこそ、メイロードさまから差し入れられたあのお夜食のおいしさが衝撃だったのでございましょう。とくにアツアツの作りたてをマジックバッグに入れてお持ちした新作のロック鳥の竜田揚げと三種の一口コロッケはみなさん口に運んだ途端、なんというか……悶えてましたね。そのあとはいろいろ叫んでいましたし」
「叫んでたって、辛くはないはずなんだけど……」
「いえいえ、そうではなく。従者の方々を含め、みなさん疲労で少しタガが外れていた気もいたしましたが、美味しさのあまり言葉にならなかったり、泣いたり、叫んだりというなかなかみられないの状況でした。まぁ、メイロードさまお手製のお料理でございますから、絶賛は当然のことでございますよ」
「叫ぶって……ま、まぁ、気に入ってくれたわけね。完食してくれたようでよかったわ」
深夜までの会議で疲労したところに、いい夜食になったようでなによりだ。
ちなみにコロッケ争奪戦は、スピードで優ったテーセウス様が最後の一個をゲットしたという。
「さすがの剣豪というところかしらね」
そして翌日の午後やっと会議がまとまり《伝令》が届いたので、私は再び〝冒険者ギルド〟へと向かう。
昨日と同じ会議室で昨日と同じ席に座っていたみなさんには、やはり疲労の色がみえたが、やっと決まったということで、従者の方々を含め全員の顔にやり切った感が出ていた。
(お疲れさまでした)
私は心の中でそう呟きながら着席。昨日に引き続き、レシータさんが場を仕切ってくれる。
「それぞれのクラン同士の持分や出資金、人員構成といった細かい話はメイロードちゃんにあまり関係ないことだから、あとで書面で提出してちょうだいな。ここではメイロードちゃんがあなた方に伝えた、参加条件についての話だけでいいんじゃないかしら」
昨日の会議終わり、私が新ダンジョンへ挑むクラン合同パーティーへ参加しても良いと伝えたあと、ある条件を提示した。
「私からの要望はこの一点のみです。
〝私に関するすべての情報は参加パーティーの外へ漏らさない〟
これが守られないのなら参加は見送りますし、いかなる条件もこれに先んずることはありません」
クランの代表たちは私が唯一つけたこの条件にものすごく驚いていた。
特に名誉にこだわる〝金獅子の咆哮〟の代表であるテーセウスさんは、露骨に意味がわからないという顔をしていたが、それでも私はそのほかはどうでもいいから、これだけは守って欲しいと告げておいたのだ。
テーセウスさんはやはりこの三者の中でも発言権が大きいようで、今日の話は彼が中心に進めていくようだ。
「メイロードさまからのご要望につきまして検討した結果、われわれはクランとしてこの守秘義務に関する魔法契約を結ばせていただくことを決定いたしました」
私の前に差し出された三枚の〝魔法契約書〟の文言はギルド名と代表者名以外は同じ内容で、『メイロード・マリスのダンジョン内での行動に関する一切の情報はダンジョン参加者だけに留め、漏洩を禁ずる。また、それ以外の情報についてもクランより外へは一切持ち出さない』旨が記されていた。そして、そのペナルティにはクランの解散と罰金一千万ポルのどちらかもしくは両方をメイロード・マリス伯爵が選択できるとされていた。
「こりゃ、随分と思い切ったもんだね。自分のクランを賭けるとは!」
さすがのレシータさんもこの前代未聞の〝魔法契約書〟に目を見張った。
「これがわれわれの誠意であり意思表示です。ダンジョンでなにが起ころうと、メイロードさまのことはなにひとつ口外しないというクランからの強い約束の証と思っていただきたい」
三人の目が真剣に私を見つめている。彼らは本気だ。
「私の願いに対し、ここまでしていただいたこと、感謝申し上げます。では、この条件で参加させていただきま……」
「メイロードちゃん! まだ、聞くことがあるでしょ!」
レシータさんに、止められて私は
「あっ」
と言って口をつぐんだ。
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