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6 謎の事件と聖人候補
922 キックス調査団
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922
先ほどまでの魔法が道路工事ぐらいの騒音だとすれば、いまやっているのは、さながら大規模工事中の振動が伝わってくる現場だ。魔法の難しさは先ほどまでとさして違いはなく、魔法力の消費だけが上昇した感じなのだが、反響しやすい閉ざされた空間なので、音だけはなかなか派手に響いてしまう。
相変わらずピンポイントに打ち込んでいるのだが、それでも先ほどまでよりだいぶ破壊範囲が広がり、物理攻撃の影響を受けない防御魔法で周囲を覆っていなかったら、土煙で身体中埃まみれに違いないし、きっと咳にも悩まされていただろう。
(私が何をしているかは中の人たちには全然わからないだろうから、魔法でどんどんやっちゃうよ! こうして魔法で防御してれば、埃も飛んでくる石も気にしなくていいから、どんどん打ち続けられる。快調快調。はい、もう一発!)
十二発目でガラガラという音と共に、壁の一部が崩れてくれた。これで、人ひとりぐらいは十分抜けられるだろう。ダンジョンの壁はとても硬く攻撃が効きにくいといわれている上に、結構な厚みだったせいで手こずったが、いまは小さなトンネルが貫通したような状態だ。これは、確かに普通の攻撃力ではどうにもならなかっただろう。
一応、それ以上に崩落がないよう、魔法で周囲の補強を行なったあと、再度奥へと声をかける。
「お待たせしました。皆さんが通れる大きさの穴ができましたよ。まずは私がそちらへ入りますね」
中から小さな歓声が上がる。
そっと中へ入ると、そこはなかなか凄惨な状況だった。
そこらじゅうに転がる魔物の死体とおびただしい血。《清浄》の魔法が使えたようで、個々の人たちは血まみれとまではいかないが、それでもその魔法も途切れたのか、皆薄汚れた状況だ。
《索敵》で確認した通り、倒れていたのは若い女性の魔法使いで、肩と足に負傷があった。他の人たちも無傷の人は少なく、皆かなり消耗している。軽傷は十名と言っていたが、実際は大なり小なり誰もがなんらかの怪我を負っていた。
私は冒険者の皆さんのいる場所周辺に《物理結界》を展開してから、状況の確認を始めた。
「新ダンジョンの調査に参りましたメイロード・マリスと申します。冒険者ギルドの要請でダンジョンの調査に入られた方々とお見受けいたしますが、間違いございませんか?」
私は先ほど穴の奥から声を出してくれたヒゲの冒険者の方に声をかけた。
「手間をかけさせて申し訳ない。その通りだ。俺は冒険者ギルドから派遣されたキックスという。一応、この調査団のまとめ役だ」
キックスさんと調査団は、順調に一、二階の調査を終え、もうすぐ三階の調査も終わるかというところで、大きな地殻変動に巻き込まれ、壁の内側に閉じ込められたという。
「しかもここはいわゆる安全地帯でもなかったため、閉じ込められたこの部屋にはかなりの魔獣たちがいてな。奴らを退治するために体力を使い続けて疲弊してしまった。しかも……」
キックスさんがそう言ったところで、私の頑丈な五枚重ねの《物理結界》にドカンと何かが突進してきた。
「これは〝洞窟狼〟というやつです。メイロードさまの結界のおかげでいまは弾き返せていますが、うちの魔法使いの結界魔法ではここまでの防御力がなく、何度か体当たりされると侵入されてしまうぐらい、突進力のある魔獣です。ダンジョン内では一定の条件で魔物は復活してしまうため、ここに閉じ込められてからずっと戦ってきました。まったく休みが取れぬままだったので徐々に皆疲れが溜まり、途中で魔術師は大怪我を負い、そのあとはジリ貧でした。なんとか今日まで必死で応戦してきましたが……正直ここまでかと思いました」
キックスさんは手をぎゅっと握りしめ、自分を責めているようだったが、こんな状況は誰も容易に想定できないだろう。
「大変でしたね。さぁ、みなさん、まずは体力回復です。これを一本ずつ飲んでください」
「〝ポーション〟ですか! ああ、助かります! もう小手持ちが尽きてしまって、ありがたい、ありがたい!」
ソーヤが素早くみなさんに〝ポーション〟を配布していく。
「ええと、この〝ポーション〟なんですが、薬師でもある私の特殊レシピなので少し効き目が強めです。おそらく傷や怪我も少しは治ると思います」
「それは……すごいですね。そんなすごい〝ポーション〟があるとは! おお、本当に効く! 手の傷が治ってるぞ!」
「私の足も動くようになりました!」
「ああ、目の傷が良くなって見えるようになりました! 本当にすごいな!」
怪我がだいぶ治り、体力も回復したことで一気にみんなの士気が上がる。
(配ったのは、実際は〝ハイ・ポーション〟なんだけど、そうなると高価すぎてびっくりされちゃうからね。〝私特製ポーション〟ということにしておこう)
さすがに〝ハイ・ポーション〟の威力は絶大で、先ほどまで疲労が浮き出ていたみなさんの目に力が戻ってきている。これなら移動もできそうだ。
「すごいな、こんな即効性のある〝ポーション〟は見たことがないぞ!」
「ああ俺もだ。みろ! 本当に腕の傷が治ってきている」
「これなら立てそうだ。ああ、ありがたい!」
それなりに修羅場も経験している人たちだ。少し後押ししてあげれば、十分動き出せるだろう。とはいえ三十人以上の集団を安全にどうやって連れ出すかは考え所だ。
「おい、お前たち。最小限の戦いで一階へ向かうとして、難しそうなやつは何人だ?」
私がさてどうしようかと考えているとキックスさんが冒険者たちの状況を確認していくれた。
「いただいた〝ポーション〟のおかげでほとんどの連中は動けるようになりました。ただ、大きな怪我を負った数名をどうするか……」
「では、その方たちは私が上まで同行しましょう。結界に包んだまま移動して上までお連れします」
「この長距離を《物理結界》を常時発動状態で移動されるのですか!? そんなことが……」
私は笑顔で請け負う。
「大丈夫ですよ。私はグッケンス博士の弟子です。技術にも魔法力には問題ありません」
「え! そんな方がなぜこんなところに……」
「えーと、まぁいいじゃないですか。いまは脱出を急ぎましょう、キックスさん」
私の言葉に真剣な表情で頷いたキックスさん。
そして士気の高いうちに移動を開始すると決めたキックスさんに従い、調査団は通常組と負傷組の二手に分かれ、出口を目指して動き始めた。
先ほどまでの魔法が道路工事ぐらいの騒音だとすれば、いまやっているのは、さながら大規模工事中の振動が伝わってくる現場だ。魔法の難しさは先ほどまでとさして違いはなく、魔法力の消費だけが上昇した感じなのだが、反響しやすい閉ざされた空間なので、音だけはなかなか派手に響いてしまう。
相変わらずピンポイントに打ち込んでいるのだが、それでも先ほどまでよりだいぶ破壊範囲が広がり、物理攻撃の影響を受けない防御魔法で周囲を覆っていなかったら、土煙で身体中埃まみれに違いないし、きっと咳にも悩まされていただろう。
(私が何をしているかは中の人たちには全然わからないだろうから、魔法でどんどんやっちゃうよ! こうして魔法で防御してれば、埃も飛んでくる石も気にしなくていいから、どんどん打ち続けられる。快調快調。はい、もう一発!)
十二発目でガラガラという音と共に、壁の一部が崩れてくれた。これで、人ひとりぐらいは十分抜けられるだろう。ダンジョンの壁はとても硬く攻撃が効きにくいといわれている上に、結構な厚みだったせいで手こずったが、いまは小さなトンネルが貫通したような状態だ。これは、確かに普通の攻撃力ではどうにもならなかっただろう。
一応、それ以上に崩落がないよう、魔法で周囲の補強を行なったあと、再度奥へと声をかける。
「お待たせしました。皆さんが通れる大きさの穴ができましたよ。まずは私がそちらへ入りますね」
中から小さな歓声が上がる。
そっと中へ入ると、そこはなかなか凄惨な状況だった。
そこらじゅうに転がる魔物の死体とおびただしい血。《清浄》の魔法が使えたようで、個々の人たちは血まみれとまではいかないが、それでもその魔法も途切れたのか、皆薄汚れた状況だ。
《索敵》で確認した通り、倒れていたのは若い女性の魔法使いで、肩と足に負傷があった。他の人たちも無傷の人は少なく、皆かなり消耗している。軽傷は十名と言っていたが、実際は大なり小なり誰もがなんらかの怪我を負っていた。
私は冒険者の皆さんのいる場所周辺に《物理結界》を展開してから、状況の確認を始めた。
「新ダンジョンの調査に参りましたメイロード・マリスと申します。冒険者ギルドの要請でダンジョンの調査に入られた方々とお見受けいたしますが、間違いございませんか?」
私は先ほど穴の奥から声を出してくれたヒゲの冒険者の方に声をかけた。
「手間をかけさせて申し訳ない。その通りだ。俺は冒険者ギルドから派遣されたキックスという。一応、この調査団のまとめ役だ」
キックスさんと調査団は、順調に一、二階の調査を終え、もうすぐ三階の調査も終わるかというところで、大きな地殻変動に巻き込まれ、壁の内側に閉じ込められたという。
「しかもここはいわゆる安全地帯でもなかったため、閉じ込められたこの部屋にはかなりの魔獣たちがいてな。奴らを退治するために体力を使い続けて疲弊してしまった。しかも……」
キックスさんがそう言ったところで、私の頑丈な五枚重ねの《物理結界》にドカンと何かが突進してきた。
「これは〝洞窟狼〟というやつです。メイロードさまの結界のおかげでいまは弾き返せていますが、うちの魔法使いの結界魔法ではここまでの防御力がなく、何度か体当たりされると侵入されてしまうぐらい、突進力のある魔獣です。ダンジョン内では一定の条件で魔物は復活してしまうため、ここに閉じ込められてからずっと戦ってきました。まったく休みが取れぬままだったので徐々に皆疲れが溜まり、途中で魔術師は大怪我を負い、そのあとはジリ貧でした。なんとか今日まで必死で応戦してきましたが……正直ここまでかと思いました」
キックスさんは手をぎゅっと握りしめ、自分を責めているようだったが、こんな状況は誰も容易に想定できないだろう。
「大変でしたね。さぁ、みなさん、まずは体力回復です。これを一本ずつ飲んでください」
「〝ポーション〟ですか! ああ、助かります! もう小手持ちが尽きてしまって、ありがたい、ありがたい!」
ソーヤが素早くみなさんに〝ポーション〟を配布していく。
「ええと、この〝ポーション〟なんですが、薬師でもある私の特殊レシピなので少し効き目が強めです。おそらく傷や怪我も少しは治ると思います」
「それは……すごいですね。そんなすごい〝ポーション〟があるとは! おお、本当に効く! 手の傷が治ってるぞ!」
「私の足も動くようになりました!」
「ああ、目の傷が良くなって見えるようになりました! 本当にすごいな!」
怪我がだいぶ治り、体力も回復したことで一気にみんなの士気が上がる。
(配ったのは、実際は〝ハイ・ポーション〟なんだけど、そうなると高価すぎてびっくりされちゃうからね。〝私特製ポーション〟ということにしておこう)
さすがに〝ハイ・ポーション〟の威力は絶大で、先ほどまで疲労が浮き出ていたみなさんの目に力が戻ってきている。これなら移動もできそうだ。
「すごいな、こんな即効性のある〝ポーション〟は見たことがないぞ!」
「ああ俺もだ。みろ! 本当に腕の傷が治ってきている」
「これなら立てそうだ。ああ、ありがたい!」
それなりに修羅場も経験している人たちだ。少し後押ししてあげれば、十分動き出せるだろう。とはいえ三十人以上の集団を安全にどうやって連れ出すかは考え所だ。
「おい、お前たち。最小限の戦いで一階へ向かうとして、難しそうなやつは何人だ?」
私がさてどうしようかと考えているとキックスさんが冒険者たちの状況を確認していくれた。
「いただいた〝ポーション〟のおかげでほとんどの連中は動けるようになりました。ただ、大きな怪我を負った数名をどうするか……」
「では、その方たちは私が上まで同行しましょう。結界に包んだまま移動して上までお連れします」
「この長距離を《物理結界》を常時発動状態で移動されるのですか!? そんなことが……」
私は笑顔で請け負う。
「大丈夫ですよ。私はグッケンス博士の弟子です。技術にも魔法力には問題ありません」
「え! そんな方がなぜこんなところに……」
「えーと、まぁいいじゃないですか。いまは脱出を急ぎましょう、キックスさん」
私の言葉に真剣な表情で頷いたキックスさん。
そして士気の高いうちに移動を開始すると決めたキックスさんに従い、調査団は通常組と負傷組の二手に分かれ、出口を目指して動き始めた。
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