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6 謎の事件と聖人候補

912 シラン村の朝市

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912
木のツルを使って編み込んだお手製のバスケットを手に、私こと村娘メロウちゃんは朝市が開かれている村の広場へと向かった。

「ええと……村の朝市ってこんなに盛大にやってたかな?」

実際その規模は、私がいたころの三倍ぐらいに拡張しており、訪れている人の人数も千人規模。しかも観光らしき人たちも多くいて、持ちきれないほどたくさんの品物を買っている人も見かける。どうやら、シラン村の朝市は他の場所から見に来るほど魅力的になっているようだ。

(村の人口が増えたのは知ってたけど、朝市は村の外の人にも人気になってたんだね)

いまとなっては懐かしさすら感じるその広場は、私が初めて〝メイロード・ソース〟を売り出した場所だ。

(ふふ、あのときはいろいろ慣れてなくて大変だったなぁ。手作業でマヨネーズを作るのも骨が折れたし。でも、ハルリリさんの完璧なメイド服姿のおかげですぐお客さんを呼び込めて、初日から完売できたんだよね。まぁ、そのあとは大変だったけど……)

私は広場を見ながら、慣れない世界で四苦八苦していたこの村での日々を思い出していた。

「最初は大怪我で動けなかったなぁ。しばらくは村の裏山に行くだけで疲れ果ててたっけ……」

私はクスリと笑う。

(この広場でもいろいろあったな。

収穫祭で屋台も出したよね。ああ、あの夜はグッケンス博士やセイリュウに助けてもらって盗賊も捕まえたっけ。なんだかすごく昔のことみたい……)

市場の入り口で、賑わう様子をみながらしみじみした気分になっていると、いい匂いが漂ってきて、私の心は感傷から食欲に一気に傾いた。

「これなんだろ? ああ、もしかして醤油、醤油のこげる匂いだよね。うー、たまらない!」

小走りに匂いのする方へ近づくとそこにあったのは、焼きとうもろこしを売る屋台だった。品種は私のいた世界とはちょっと違うみたいで、粒は大きく白や黄色、赤や緑などいろいろな色が混じっているものだ。私も料理に使ったことがあるが、味はしっかり甘味があるし村の畑でもたくさん収穫できる使いやすい野菜だ。

「確か〝コルイス〟っていうんだよね。ああ、看板にも〝絶品! シラン名物コルイス焼き〟って書いてある。あれ? でもそんな名物あったっけ?」

私が屋台の前で首を傾げていると、コルイスを焼いていた妙齢のお姉様が笑顔で声をかけてきた。

「お嬢ちゃん、コルイス焼きは初めてかい? これはねメイロードさまの雑貨店で買える〝ショーユ〟っていう調味料で焼いたものでね。アタシも初めて給食用に作れといわれたときには、こんな真っ黒いものを塗りたくって大丈夫かと思ったもんだよ。だけどね、これが香ばしくてすごく美味しいんだよ」

「ああ! 給食で!」

私はここで思い出した。このご婦人は村の学校の給食づくりをお願いしていたおかみさんのひとりだった。

(そういえば子供たちが喜びそうだなと思って、確かに〝焼きもろこし〟もとい〝焼きコルイス〟を作った。あれは、めっちゃウケたよね。壮絶なおかわり争奪戦が起きたって先生たち笑ってたなぁ)

実は味噌もそうだが、特に醤油はまだまだ高級調味料で、全然生産が間に合わず、現在の生産量のほぼすべてが都会のラーメン店によって高値で買い上げられてしまっている。

(しかもおじさまが優先的にラーメン店に流すもんだから、ほとんどラーメン専用調味料状態なんだよね。職権濫用だと思うけど、流通量が増えるまでは仕方ないかな)

なので一般への販売量は少ないのだが、私のわがままで〝メイロードの雑貨店〟には常時商品として卸している。しかもほぼ原価で。

実は、他にも私の雑貨店には、この世界ではまだまだ普及していない調味料がたくさん置いてあったりする。

(まぁ、いまとなってはあの店はアンテナショップというか実験店みたいなものだから、とりあえずいろいろ置いてるんだよね。それに、給食で食べたものをお家でも食べたいってなったとき食材がなくて作れないなんて悲しいじゃん)

私は焼きたてのコルイスを頬張りながら、市場の屋台を見て回る。

そこでは私が給食用にレシピを提供したお料理をアレンジしたメニューやメイロード・ソースを使ったお惣菜がたくさん売られていて、どこも賑わっている。

「ビッグバードの照り焼きはいかがですかー!」
「きのこたっぷりの牛乳スープ、あったまりますよ」
「学校名物〝メイロード・ソース〟の〝ラザニア〟! チーズのボリューム増し増しで作ってまーす!」

小さな村の給食から広まった私のレシピは、シラン村の家庭に広がっていき、いまではこうして商品にもなっている。きっとこれから、他の街や村へとゆっくり広がっていくのだろう。

「なんだか、こういうのってうれしいなぁ」

ほのぼのとした気分で、私はあちこち見て回った。メイロード・ソースの影響で瓶が多く出回っているせいか、瓶詰の食品を売っている店も多くあり、私もたくさん買ってしまう。

威勢のいい呼び込みに、たわいもない世間話、やっぱり市場は楽しい。

「美味しいものがいっぱいで、いい村になってきたね」

私はオマケでもらった小さなコロッケを食べながら、朝市が終わるまで、あちこち冷やかして回ったのだった。


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