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6 謎の事件と聖人候補

907 エピゾフォール

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907

「わしの推測じゃが、必要に迫られているにも関わらず、魔人たちの世界からその〝魔力〟を得ることが難しい状況にあるのではないか……そう思えてならんのよ。

先ほども話したが魔族は数が少ない。それに対しあれから人の世界は繁栄し数も爆発的に増えた。大都会が生まれ、密集して住んでいる地域も数多い。この魔道具に仕込んだ機構を使って〝魔法力〟を集めるには絶好の条件じゃ」

「あの……博士、とっても基本的な疑問なのですが、なぜ魔族は魔力を集めているんですか? 魔力って自分の中にあるものですよね?」

私の疑問に、博士は丁寧に回答してくれる。

「まずはスキルの話をしようかの。スキルの種類は多種多様で、どれだけの数があるのかわしにも把握できてはおらん。そんなスキルの中でも極めて珍しいものに《吸収ドレイン》というものがある。これは対象から体力や〝魔法力〟もしくは〝魔力〟を奪うスキルじゃ。わしも知識として知るだけでこのスキルを持つ人間は実際には知らぬがな。

ただ、遥か昔、人と魔族が敵対していたあの時代にな、魔族にはこの能力を持つ有名な奴がおったのよ」

グッケンス博士は頭をかきながら、腰に下げていたたばこ入れぐらいの大きさのマジックバッグから一冊のしっかりとした装丁がほどこされた立派な羊皮紙本を取り出した。

表紙に『魔族大戦記』と記されたとても古そうな本を机にドンと置いた博士は、それを開くと大きな絵と共に記述されている有名な魔族についての話を教えてくれた。

「コイツが人間との対立を決定的にした魔族の長、エピゾフォールだ」

その姿は私の想像していた筋骨隆々とした強そうな姿ではなく、背は高そうだがむしろ細身で、黒いマントに黒い服を着た、長い黒髪をした青白い顔の男だった。
その様子は人の姿にも見えるが、二本の細く長いツノと真紅の瞳そして真っ黒い色をした薄い唇が、彼が魔族であることを明らかに示していた。

「エピゾフォールの持っていたスキルは《吸収ドレイン》が強化されたもので《王への供物オファリング》という。この力により、エピゾフォールはあらゆるものから〝魔力〟を吸収するだけでなく、それを利用して自らを強化できる力を持っていた」

博士によると、当時《王への供物オファリング》の対象となっていたのは、数で劣る自分たちの戦力を補強するために作り出した大量の魔物たちだったそうだ。配下に置き戦わせたうえ、戦いに敗れ死んでいった魔物たちの魔力はすべてエピゾフォールに吸収された。

「人が魔物と戦えば戦うほど、エピゾフォールの力は増してしまうという悪循環に、きっと人は苦しみ悩んだことじゃろうよ。かといって戦わねば人には滅ぶか魔族の奴隷として生きる未来しかなかったのじゃからな」

私は本に目を落としながら博士に聞く。

「当時は人から〝魔法力〟が奪われることはなかったのですか?」

「ああ、それはなかった。元来人の持つ〝魔法力〟は神から与えられた力ゆえ、聖属性なのじゃ。魔族にそれを吸収することはできなかったはずよ」

「それを千年たったいま、可能にしたのがこの魔道具の基幹部品と〝吸魔玉〟ってことですか……これさえあれば、エピゾフォールは人からも魔力を得ることができる……え? でもエピゾフォールって千年以上昔の魔族ですよね」

「そうじゃ。だが、その子孫に同様の能力が引き継がれているやもしれん」

「なるほど……いまも《王への供物オファリング》が使える魔族がいて、何らかの理由でエイガン大陸で必要な魔力を得られない状態なら、再び人間界に食指を伸ばす理由ができますね」

確かに大量の〝魔力〟を欲しているとすれば、魔族は人を狙うという方法を考えるかもしれない。だとして、それに協力するタガローサは一体なにを考えているのか。

(わけがわからない!)

「この基幹部品は証拠になるとは思いますが、これだけでは推論の域は出ませんよね。現状確実な証拠と呼べそうなのは実際にこの事件に資金提供をしているタガローサからの証言しかありません。彼を尋問すべきだと思います」

「そうじゃな、陛下には早々にこのことを進言しタガローサの取り調べをさせることにしよう。それで明らかになることがあれば、皇軍も動くじゃろう」

グッケンス博士は、私の暗躍については触れずに皇帝陛下に話をしてくれるつもりのようだ。それでこの事件の真相が明るみに出て対策が取られれば、それが一番いい。

「できるだけ早くお願いしたいですね。一応、地底の様子はヒスイが監視してくれていて、まだ地表に影響が及ぶような切羽詰まった状況ではないとは聞いていますが、安心はできないですから……」

「わかった……ことは重大じゃ。すぐに話そう」
「助かります」

グッケンス博士は皇帝に直言できる数少ない人物だ。きっと、誰よりも早く話をしてくれる。

「期待してますよ、博士」

私はぬる燗のお酌をしながら、博士に笑顔を向けた。
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