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6 謎の事件と聖人候補
904 鍋を囲む食卓にて
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904
ドライアドから得られた報告は私を驚かせた。
危なそうな なにかが、エストレートの地下深くで強大な力を放出しながらじっと身を潜めており、どうやら成長してるような動きも感じられた、というのだから状況は刻一刻と悪い方へ変化を続けていると考えて間違いないのだ。
すでに災害級の〝厭魅〟に匹敵する力が蓄えられている様子のなにか……もし、その力が突然解放されたとして、そのときエストレートの街はどうなるのか。
(〝厭魅〟には、過去に何度か遭遇しちゃったことがあったけど、それは人の住む場所からは遥か遠い場所やダンジョン内だったから、周辺に及ぼす影響をあまり深刻に考えなくてもよかった。でも、ここは大きな街だ。そこに巨大な瘴気の塊が出現したら……きっと街が壊滅しちゃう)
巨大な〝厭魅〟らしきものの地上への影響はまだ感じられないものの、すでに地下では広範囲へ瘴気のような波動を放出している。遠方から〝眼〟だけを使って探っていたドライアドですら、近寄れなかったほどの力になって周囲を脅かしているのだから、とても楽観視はできない。
(街の人が、アレと突然至近距離で対峙することになっちゃったら……きっと命に関わるよね。魔法が使えない人たちには、対抗手段がないんだもの)
さながら地下に得体の知れない巨大な原子炉を抱えているようないまの状態は、エストレートの街、そしてその真上にある〝退魔教〟の教会にとってあまりにも危険だが、現状では地上の人々は誰もそのことを知らないし、私が街の人たちに危険を知らせようにも、伝えられることが少なすぎて現状では信用してもらうのは難しいと思う。
(いまのところこの事実を知覚できるのはドライアドだけだし、そのドライアドにしても、その核心には触れられなかった。こんな状況では、街の人たちを他の場所へ逃すわけにもいかないし、そもそも話したところで誰も説得できないよね。
『よくわかんないけど、なんだか地下に危なそうなのがあるんで、とりあえず街を出てくださーい。いつまでかはわかりませーん!』
こんな説明で街に暮らす人たちが納得するわけがない)
私はこめかみ押さえて唇をかむ。
(説得を考えるより前に、地下の脅威がとり除ければ一番いいんだろうけど、実態もわからないいまの状態じゃ、策の講じようもないよ)
いまできることとして、ドライアドには安全圏から謎の塊を常時監視してくれるよう頼んだ。これで、もし地下の物体に異変が起こり地上に影響が出る可能性が出てきた場合、いち早く動くことができる。これだけでも、大きな安心材料だ。
ドライアドにも、とても重大な役目で、あなたにしかできないことだと伝えたので、どうやら新しいに任務に気分が良くなったらしく、落ち込む様子も消えてくれた。
話し合いを終えてからドライアドとバンダッタの森の様子を少しみて、ドライアドの健康状態にも異常がないことを確認し、私は少し寄り道してからイスのマリス邸へと戻った。
夕食の準備をしながらも、私はドライアドの報告のことを考え、ぐるぐると堂々巡りの結論の出ないことに思いを巡らせていた。こういうときにも、お料理はとてもいい。なんの成果もないことを考えていても、目の前には美味しそうな成果物が出来上がっていき、時間を無駄にした気がせずに済むのだ。
(よしよし、今日も美味しそうにできたね。せっかく港町バンダッタに行ってきたから、新鮮なお魚を仕入れてきちゃった。今日のメインは脂の多いお魚を薄切りにしてしゃぶしゃぶで食べるさっぱり鍋。食感は鰤しゃぶって感じだね。自家製のポン酢で食べると、爽やかなお味だ。お酒のアテにもいい感じ)
食事の時間に深刻な話はしたくないが、今日はそうもいっていられない。
「それで、今日はなかなか面倒なことがわかっちゃったんだよね」
私が言い淀んでいるのを察したセイリュウが、盃を空けつつ笑顔で私を見る。
(セイリュウは私の目を盗んで情報を見ているから、いろいろ筒抜けなんだよね)
「実はそうなの。〝ストーム商会〟を調べているうちに、エストレートという街に行き着いて、そこから〝退魔教〟という少し変わった教義の教会に辿り着いたのね。そこにはとってもやさしいサシャさんていう修道女さんがいて……ああ、これはいいか。
その教会の教区長として赴任しているのが、もう影響力を失っているはずのエスライ・タガローサの信奉者ラケルタ・バージェだったというのが、びっくりだったんだけど、そこからが不思議なことだらけで……」
私は〝ストーム商会〟から運ばれたなにかが投げ込まれる暖炉に偽装されたとてつもなく深い穴とその奥にある謎の物体について話した。
「ドライアドの話では、その塊はまるで〝厭魅〟のような、謎の禍々しい波動を周囲に撒き散らしているようなの。しかもその力は日々増してるみたいで……いつその嫌な波動が地上に噴き出すかもわからない。それが街中の教会にあるのよ」
「確かにその状況はあまりにも危険じゃの」
ぬる燗の日本酒を呑みながら、グッケンス博士の額にもシワがよる。
「ご飯を食べながらする話題ではないんですが、どうにも断片的な情報が繋がらなくて……博士〝ストーム商会〟の魔道具からなにか新しいことはわかりませんでしたか?」
「そうじゃの……まだ確信はないが、状況からしてそうかもしれんという可能性がひとつだけ出てきた」
「え? わかったことがあるなら、早く教えてくださいよ!」
そこから博士は、しばらく黙ってしまい、気まずい時間が流れていく。鍋のぐつぐつという音と湯気だけが動くひとときのあと、大きくため息をついた博士は、話を始めた。
ドライアドから得られた報告は私を驚かせた。
危なそうな なにかが、エストレートの地下深くで強大な力を放出しながらじっと身を潜めており、どうやら成長してるような動きも感じられた、というのだから状況は刻一刻と悪い方へ変化を続けていると考えて間違いないのだ。
すでに災害級の〝厭魅〟に匹敵する力が蓄えられている様子のなにか……もし、その力が突然解放されたとして、そのときエストレートの街はどうなるのか。
(〝厭魅〟には、過去に何度か遭遇しちゃったことがあったけど、それは人の住む場所からは遥か遠い場所やダンジョン内だったから、周辺に及ぼす影響をあまり深刻に考えなくてもよかった。でも、ここは大きな街だ。そこに巨大な瘴気の塊が出現したら……きっと街が壊滅しちゃう)
巨大な〝厭魅〟らしきものの地上への影響はまだ感じられないものの、すでに地下では広範囲へ瘴気のような波動を放出している。遠方から〝眼〟だけを使って探っていたドライアドですら、近寄れなかったほどの力になって周囲を脅かしているのだから、とても楽観視はできない。
(街の人が、アレと突然至近距離で対峙することになっちゃったら……きっと命に関わるよね。魔法が使えない人たちには、対抗手段がないんだもの)
さながら地下に得体の知れない巨大な原子炉を抱えているようないまの状態は、エストレートの街、そしてその真上にある〝退魔教〟の教会にとってあまりにも危険だが、現状では地上の人々は誰もそのことを知らないし、私が街の人たちに危険を知らせようにも、伝えられることが少なすぎて現状では信用してもらうのは難しいと思う。
(いまのところこの事実を知覚できるのはドライアドだけだし、そのドライアドにしても、その核心には触れられなかった。こんな状況では、街の人たちを他の場所へ逃すわけにもいかないし、そもそも話したところで誰も説得できないよね。
『よくわかんないけど、なんだか地下に危なそうなのがあるんで、とりあえず街を出てくださーい。いつまでかはわかりませーん!』
こんな説明で街に暮らす人たちが納得するわけがない)
私はこめかみ押さえて唇をかむ。
(説得を考えるより前に、地下の脅威がとり除ければ一番いいんだろうけど、実態もわからないいまの状態じゃ、策の講じようもないよ)
いまできることとして、ドライアドには安全圏から謎の塊を常時監視してくれるよう頼んだ。これで、もし地下の物体に異変が起こり地上に影響が出る可能性が出てきた場合、いち早く動くことができる。これだけでも、大きな安心材料だ。
ドライアドにも、とても重大な役目で、あなたにしかできないことだと伝えたので、どうやら新しいに任務に気分が良くなったらしく、落ち込む様子も消えてくれた。
話し合いを終えてからドライアドとバンダッタの森の様子を少しみて、ドライアドの健康状態にも異常がないことを確認し、私は少し寄り道してからイスのマリス邸へと戻った。
夕食の準備をしながらも、私はドライアドの報告のことを考え、ぐるぐると堂々巡りの結論の出ないことに思いを巡らせていた。こういうときにも、お料理はとてもいい。なんの成果もないことを考えていても、目の前には美味しそうな成果物が出来上がっていき、時間を無駄にした気がせずに済むのだ。
(よしよし、今日も美味しそうにできたね。せっかく港町バンダッタに行ってきたから、新鮮なお魚を仕入れてきちゃった。今日のメインは脂の多いお魚を薄切りにしてしゃぶしゃぶで食べるさっぱり鍋。食感は鰤しゃぶって感じだね。自家製のポン酢で食べると、爽やかなお味だ。お酒のアテにもいい感じ)
食事の時間に深刻な話はしたくないが、今日はそうもいっていられない。
「それで、今日はなかなか面倒なことがわかっちゃったんだよね」
私が言い淀んでいるのを察したセイリュウが、盃を空けつつ笑顔で私を見る。
(セイリュウは私の目を盗んで情報を見ているから、いろいろ筒抜けなんだよね)
「実はそうなの。〝ストーム商会〟を調べているうちに、エストレートという街に行き着いて、そこから〝退魔教〟という少し変わった教義の教会に辿り着いたのね。そこにはとってもやさしいサシャさんていう修道女さんがいて……ああ、これはいいか。
その教会の教区長として赴任しているのが、もう影響力を失っているはずのエスライ・タガローサの信奉者ラケルタ・バージェだったというのが、びっくりだったんだけど、そこからが不思議なことだらけで……」
私は〝ストーム商会〟から運ばれたなにかが投げ込まれる暖炉に偽装されたとてつもなく深い穴とその奥にある謎の物体について話した。
「ドライアドの話では、その塊はまるで〝厭魅〟のような、謎の禍々しい波動を周囲に撒き散らしているようなの。しかもその力は日々増してるみたいで……いつその嫌な波動が地上に噴き出すかもわからない。それが街中の教会にあるのよ」
「確かにその状況はあまりにも危険じゃの」
ぬる燗の日本酒を呑みながら、グッケンス博士の額にもシワがよる。
「ご飯を食べながらする話題ではないんですが、どうにも断片的な情報が繋がらなくて……博士〝ストーム商会〟の魔道具からなにか新しいことはわかりませんでしたか?」
「そうじゃの……まだ確信はないが、状況からしてそうかもしれんという可能性がひとつだけ出てきた」
「え? わかったことがあるなら、早く教えてくださいよ!」
そこから博士は、しばらく黙ってしまい、気まずい時間が流れていく。鍋のぐつぐつという音と湯気だけが動くひとときのあと、大きくため息をついた博士は、話を始めた。
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