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6 謎の事件と聖人候補
892 アジト
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892
私が今回のアジトとして借りたのは〝ストーム商会〟の営業事務所や工房に近い住宅街の小さな一軒家だった。
「目立たない大きさでちょうどいいわね」
想像通りの佇まいに満足した私が、まず周囲を確認したあと、サイデム商会の方から渡された鍵を使って玄関を開けると、少し埃っぽい空気が舞った。
「それじゃ、まずは空気の入れ替えと簡単な掃除ね。ソーヤ、頼める?」
「もちろんです。おまかせを!」
すぐに窓を開け放ち掃除にかかるソーヤを置いて、セーヤと私は部屋割りを確認し、奥まった部屋に一番の目的である《無限回廊の扉》を設置するために向かった。その部屋には、クローゼットがあり、その扉が使えそうだったので、そこを回廊の出入り口と定め開け放つと、中には見慣れた空間が広がった。
「よし。これで、楽に行き来ができるようになったわ。調査にどのぐらいかかるかわからないけど、こうしてあれば私も助けに来やすいし、急に何かが起こってもすぐ対応できるでしょう。この部屋の入り口の扉にはふたりが出入りしやすいよう結界は張らずにおくわね」
「承知いたしました。それでは、私は一足先に動かせていただきます」
セーヤはすぐに調査に向かうつもりのようだ。
そこで私は掃除中のソーヤを呼んで、私が作った魔道具を渡す。とはいっても、ベースはすでにあったもので、それにさらに魔法を付与してみた。これは今回のミッション用のアイテムだ。
「ふたりにはこのピンバッジを身につけていてほしいの。これは以前作った位置情報が読み取れる魔道具の改良版。位置情報だけでなく、この家全体に張っておく予定の守りの結界魔法をこれを身につけていれば解除できるの」
「それは助かります。メイロードさまのえげつない……いえ、完璧な結界を張られては、私もソーヤもこの家に入れないですから」
魔法を使ったこのオートロックは、セーヤたちすら手こずらせる鉄壁の守りだ。私はどうやら攻撃よりも防御に長けているようで、いまでは防御結界の精度だけならグッケンス博士も超えるほどなのだ。
この家には、危険な任務をさせてしまうかもしれないセーヤとソーヤのため、ふたりのセーフティーハウスとなるよう、今回はガッチガチに魔法をかけてみた。ただ、そのことに気づかれてもあやしまれるだろうから、家全体に《視認妨害》の魔法もかけて、みつかりにくくしてある。
(魔法って便利よね、ホント)
私はふたりを前にして、それぞれのために私がちまちまと木を削り出して作ったスプーンと櫛がデザインされた小さなピンバッジを差し出した。セーヤもソーヤもそれは恭しくそれぞれのピンバッジを受け取り、嬉しそうに少し誇らしげな様子で服につける。
「とっても似合ってる! 大変なお仕事になるけど頼んだわよ、ふたりとも」
「はい! おまかせを」
「はい! おまかせを」
満面の笑顔でやる気十分のふたりの様子に、それはそれで私は不安になる。
私のためと思うとともかく突っ走りがちなふたりなので、しつこいぐらい無茶をしないよう言い含めてから、まずは〝ストーム商会〟の営業事務所周辺から調べを始めてもらうことにした。
「絶対、絶対! 無理はしないでね!」
「大丈夫ですよ、行ってまいります」
「そうご心配なさらず、では」
どうしても心配せずにはいられない私を残して、ふたりは遊びにでも行くような笑顔で手を振り、潜入調査へと向かっていった。
「あのおふたりなら、きっと大丈夫です。いい報告を持って帰られますよ」
私はアタタガ・フライにそう慰められるほど、心配そうな顔をしていたらしい。
「そうね……それじゃ、少しお掃除の続きをしてからイスに戻ってふたりのために美味しい夕食の準備をすることにしましょう。よかったらアタタガも食べていってね」
「ありがとうございます。それは楽しみですね」
そしてしっかりと結界を家中に張り巡らせたあと、私とアタタガは《無限回廊の扉》を抜け、一瞬でエストレートの街をあとにした。
ーーー
調査初日の夜、セイリュウ、グッケンス博士、アタタガと食事をとりながら、戻ってきたセーヤとソーヤが最初の調査報告をしてくれた。
「セーヤは営業事務所、私は工房を中心に見て回りました。営業所につきましては、営業実態を観察いたしましたが、ごく普通の店舗の様子でした。まだ書類関係には目を通せていませんが、見たところ〝魔道ランプ〟や〝魔道オーブン〟など魔道具の販売と交換を行う販売店以上でも以下でもない店でしたね」
「工房の方も、規模はそれなりに大きいですが、工房の作業員は入れ替わりも多いようで、熟練を要するような複雑な作業は少ないようでした。作業員たちは通いで、労働条件も問題なしで、賃金も毎日しっかり支払われていました」
日本酒の盃を傾けながら、セイリュウが言う。
「つまり、ごくごく普通ってことだね」
「いまのところは、そうですございますね」
「とはいっても、それはそれで不気味ではあるよね。あのタガローサが、背後にいて、しかも現在の地位も名誉も失った追い詰められた状況で、こんな利幅も薄いらしい〝まっとうそうな〟商売を手広く派手にやっている……どうにも気持ちが悪いなぁ」
「そうじゃのぉ、その疑問もこれからの調査で明らかにしていくしかないの。頼むぞ、セーヤ・ソーヤ」
優しい笑顔で微笑むグッケンス博士に、ふたりはうなづく。
「明日からも頑張ります!」
「おまかせを!」
「気をつけてね。やりすぎ厳禁だからね!」
私は菜箸を持ちながら、ふたりにまた注意をする。
(私の仕事って心配することばっかりだなぁ……)
ともかく、いまはみんなのためにたっぷりのタルタルソースを作り、大きなエビフライを揚げよう。これはセーヤ・ソーヤの大好物。
(美味しいご飯で明日もがんばってね!)
私が今回のアジトとして借りたのは〝ストーム商会〟の営業事務所や工房に近い住宅街の小さな一軒家だった。
「目立たない大きさでちょうどいいわね」
想像通りの佇まいに満足した私が、まず周囲を確認したあと、サイデム商会の方から渡された鍵を使って玄関を開けると、少し埃っぽい空気が舞った。
「それじゃ、まずは空気の入れ替えと簡単な掃除ね。ソーヤ、頼める?」
「もちろんです。おまかせを!」
すぐに窓を開け放ち掃除にかかるソーヤを置いて、セーヤと私は部屋割りを確認し、奥まった部屋に一番の目的である《無限回廊の扉》を設置するために向かった。その部屋には、クローゼットがあり、その扉が使えそうだったので、そこを回廊の出入り口と定め開け放つと、中には見慣れた空間が広がった。
「よし。これで、楽に行き来ができるようになったわ。調査にどのぐらいかかるかわからないけど、こうしてあれば私も助けに来やすいし、急に何かが起こってもすぐ対応できるでしょう。この部屋の入り口の扉にはふたりが出入りしやすいよう結界は張らずにおくわね」
「承知いたしました。それでは、私は一足先に動かせていただきます」
セーヤはすぐに調査に向かうつもりのようだ。
そこで私は掃除中のソーヤを呼んで、私が作った魔道具を渡す。とはいっても、ベースはすでにあったもので、それにさらに魔法を付与してみた。これは今回のミッション用のアイテムだ。
「ふたりにはこのピンバッジを身につけていてほしいの。これは以前作った位置情報が読み取れる魔道具の改良版。位置情報だけでなく、この家全体に張っておく予定の守りの結界魔法をこれを身につけていれば解除できるの」
「それは助かります。メイロードさまのえげつない……いえ、完璧な結界を張られては、私もソーヤもこの家に入れないですから」
魔法を使ったこのオートロックは、セーヤたちすら手こずらせる鉄壁の守りだ。私はどうやら攻撃よりも防御に長けているようで、いまでは防御結界の精度だけならグッケンス博士も超えるほどなのだ。
この家には、危険な任務をさせてしまうかもしれないセーヤとソーヤのため、ふたりのセーフティーハウスとなるよう、今回はガッチガチに魔法をかけてみた。ただ、そのことに気づかれてもあやしまれるだろうから、家全体に《視認妨害》の魔法もかけて、みつかりにくくしてある。
(魔法って便利よね、ホント)
私はふたりを前にして、それぞれのために私がちまちまと木を削り出して作ったスプーンと櫛がデザインされた小さなピンバッジを差し出した。セーヤもソーヤもそれは恭しくそれぞれのピンバッジを受け取り、嬉しそうに少し誇らしげな様子で服につける。
「とっても似合ってる! 大変なお仕事になるけど頼んだわよ、ふたりとも」
「はい! おまかせを」
「はい! おまかせを」
満面の笑顔でやる気十分のふたりの様子に、それはそれで私は不安になる。
私のためと思うとともかく突っ走りがちなふたりなので、しつこいぐらい無茶をしないよう言い含めてから、まずは〝ストーム商会〟の営業事務所周辺から調べを始めてもらうことにした。
「絶対、絶対! 無理はしないでね!」
「大丈夫ですよ、行ってまいります」
「そうご心配なさらず、では」
どうしても心配せずにはいられない私を残して、ふたりは遊びにでも行くような笑顔で手を振り、潜入調査へと向かっていった。
「あのおふたりなら、きっと大丈夫です。いい報告を持って帰られますよ」
私はアタタガ・フライにそう慰められるほど、心配そうな顔をしていたらしい。
「そうね……それじゃ、少しお掃除の続きをしてからイスに戻ってふたりのために美味しい夕食の準備をすることにしましょう。よかったらアタタガも食べていってね」
「ありがとうございます。それは楽しみですね」
そしてしっかりと結界を家中に張り巡らせたあと、私とアタタガは《無限回廊の扉》を抜け、一瞬でエストレートの街をあとにした。
ーーー
調査初日の夜、セイリュウ、グッケンス博士、アタタガと食事をとりながら、戻ってきたセーヤとソーヤが最初の調査報告をしてくれた。
「セーヤは営業事務所、私は工房を中心に見て回りました。営業所につきましては、営業実態を観察いたしましたが、ごく普通の店舗の様子でした。まだ書類関係には目を通せていませんが、見たところ〝魔道ランプ〟や〝魔道オーブン〟など魔道具の販売と交換を行う販売店以上でも以下でもない店でしたね」
「工房の方も、規模はそれなりに大きいですが、工房の作業員は入れ替わりも多いようで、熟練を要するような複雑な作業は少ないようでした。作業員たちは通いで、労働条件も問題なしで、賃金も毎日しっかり支払われていました」
日本酒の盃を傾けながら、セイリュウが言う。
「つまり、ごくごく普通ってことだね」
「いまのところは、そうですございますね」
「とはいっても、それはそれで不気味ではあるよね。あのタガローサが、背後にいて、しかも現在の地位も名誉も失った追い詰められた状況で、こんな利幅も薄いらしい〝まっとうそうな〟商売を手広く派手にやっている……どうにも気持ちが悪いなぁ」
「そうじゃのぉ、その疑問もこれからの調査で明らかにしていくしかないの。頼むぞ、セーヤ・ソーヤ」
優しい笑顔で微笑むグッケンス博士に、ふたりはうなづく。
「明日からも頑張ります!」
「おまかせを!」
「気をつけてね。やりすぎ厳禁だからね!」
私は菜箸を持ちながら、ふたりにまた注意をする。
(私の仕事って心配することばっかりだなぁ……)
ともかく、いまはみんなのためにたっぷりのタルタルソースを作り、大きなエビフライを揚げよう。これはセーヤ・ソーヤの大好物。
(美味しいご飯で明日もがんばってね!)
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