700 / 837
6 謎の事件と聖人候補
889 夜食はいかが?
しおりを挟む
889
裏側で蠢くものたちの尻尾をつかむ、この情報戦を制するための作戦をおじさまと私でしばらく話し合った。そして大枠が決まったところでおじさまは深いため息とともにこうつぶやいた。
「ああ、ラーメンが食いたいなぁ……」
酒のグラスを手にして、チラリと机に置かれたつまみを見ながら発せられたその声色は、結構切実な感じだ。
「深夜の脂っこいラーメンはあまりおすすめできないと、いつも言ってますよね。聞いてくれないですけど!」
私がギロリとにらむと、おじさまはため息をつく。
「そうはいうが、お前がうるさいからこれでもちゃんとイスではラーメンを食べることを考えて、食事量や栄養を考えた生活をしているんだぞ。だがパレスの料理ってのは、まだまだイスには及ばないんだぜ。それを〝会食〟ってヤツで毎日毎日食わされている上に、全然ラーメンが食えない俺の身にもなってくれよ」
イスのように自由がきかないパレスでの生活のストレスなのか、ラーメンから離れすぎたせいなのか、おじさまの禁断症状は深刻らしい。
「仕方ないですね。さっぱりした麺でよければ、作りますよ。一応準備はしてきましたので」
私の言葉にサイデムおじさまは、プレゼントに欲しいものをもらえた少年のような目になっている。
(まったく、この人は……)
「それじゃ、しばらくお仕事をどうぞ。その間に仕上げてきますね」
私は立ち上がると一旦自分の部屋へと引き上げることにした。扉を開けると密談のため部屋の外に出されていたメイドさんたちが待機していて、用事を言いつけられるのを待ってくれていた。
「お待たせしました。相談は終わったので、もう中でお仕事をしていただいていいですよ。私はおじさまの夜食を作るために、一度自分の部屋へ戻りますね」
すると、メイドさんたちはあわてて私を制する。
「そんな、メイロードさまにお夜食の用意をさせるなんて! 私たちがお作り致しますので、ご指示を下さいませ」
あわててメイドさんたちが駆け寄ってきてそう言われたが、それは断った。
「えーと、いまから作ろうとしている料理はまだ試作段階のものなので、人に任せるわけにも、作らせるわけにもいかないの。ごめんなさいね。それに作るつもりでマジックバッグに用意はしてきているものだから、もう準備はほとんど終わっているの。あとは仕上げだけを私の部屋の台所でするから、ひとりで集中して作らせてね」
「そうでござますかぁ……」
メイドさんたちはものすごく不満そうだが、料理中は閉じこもらせてもらう。
(いろいろ秘密の多いご主人様でごめんね)
私は足早に部屋へ戻ると、結界を張り人の侵入を防いだあと《無限回廊の扉》を開ける。そこではスープの入った寸胴を持ったソーヤが満面の笑みで待っていた。
「お待ちしておりました、メイロードさま。試作をされていた新しい麺料理でございますね。すぐにスープと材料をご用意します。こちらのコンロでよろしいですか?」
阿吽の呼吸で手早くソーヤは材料を運び出す。
「うん。ありがとう。胃に負担が少ないさっぱり系の麺料理にしようと思うの。でも、和風のあっさり系に寄りすぎると、脂っ気が少なすぎてラーメンから離れてしまうのよね。それではおじさまが満足しないだろうから、その辺のさじ加減が難しいわね」
今回は鳥をメインにした塩系の麺料理を作る。スープも鶏ガラと野菜をメインにした透き通ったものだ。
「今回は麺から違うのですね」
ものすごく楽しそうにソーヤが言う。
「ええ、今回の麺料理は〝フォー〟っていうのよ。気温の高い地域の麺料理なの。さっぱりしているのはそのせいかしらね。それに麺が小麦じゃなくて、米粉からできたものだというのが一番の違いかな」
「それはだいぶ違ったお料理になりそうですね。実に面白いです」
スープはあっさりはしているが複数の野菜で旨味を出し、鳥の油でコクを加えている。このスープに合う米粉を使った麺はツルツルした食感で胃にも重くないし、消化も良い。
「これに鶏ハムをチャーシュー代わりにトッピングして、緑の野菜を添えて……」
盛りつけが終わったらすぐ、出来上がった丼をトレイでソーヤに急いで運んでもらった。
「はい、おじさま。新作の麺料理です!」
すでに箸を持って待ち構えていたおじさま。満面の笑みだ。
「ほお、白い麺か…‥始めて見るな。スープも脂は少し浮いているが、透き通っているところをみると塩系か」
おじさまは一口スープを飲んでうなずいたあと、麺を豪快にすすり始めた。
「ほぉ? これはまた変わってるな。普通の麺とは違う舌触りと弾力だ。あっさりはしているが、十分満足できる味をしている。たしかに軽いが悪くない、悪くないぞ、メイロード!」
一気にあらかた食べ切ったあと、おじさまは満足そうに丼を置いてそう言った。
「気に入っていただけて嬉しいですけど、胡椒とかお酢での味の変化も楽しめるとお伝えしようと思っていたのに、もう残ってないじゃないですか!」
私が呆れてそう言うと、おじさまは、ケロッと
「じゃ、もういっぱいだな」
と言う。
「おかわりはありません!」
さっぱりした〝夜食〟にと考えたのに、それを何杯も食べられたのでは、胃に負担がないようにと苦心した私が馬鹿みたいだ。私の怒りに恐れをなしたのか、おじさまは渋々折れたが、明日の朝ならいいだろうと、朝食に〝フォー〟を食べさせてくれとねだられた。
「まぁ、〝フォー〟は朝食にも悪くないメニューですけど……わかりました。じゃ、朝食まで待ってくださいね」
「そうか、明日の朝食が楽しみだな!」
あとでソーヤから聞いた話では、このやりとりを見ていたサイデム家の方々は、結婚後は絶対サイデムさまが尻に敷かれる、と噂していた……らしい。
(たはは)
裏側で蠢くものたちの尻尾をつかむ、この情報戦を制するための作戦をおじさまと私でしばらく話し合った。そして大枠が決まったところでおじさまは深いため息とともにこうつぶやいた。
「ああ、ラーメンが食いたいなぁ……」
酒のグラスを手にして、チラリと机に置かれたつまみを見ながら発せられたその声色は、結構切実な感じだ。
「深夜の脂っこいラーメンはあまりおすすめできないと、いつも言ってますよね。聞いてくれないですけど!」
私がギロリとにらむと、おじさまはため息をつく。
「そうはいうが、お前がうるさいからこれでもちゃんとイスではラーメンを食べることを考えて、食事量や栄養を考えた生活をしているんだぞ。だがパレスの料理ってのは、まだまだイスには及ばないんだぜ。それを〝会食〟ってヤツで毎日毎日食わされている上に、全然ラーメンが食えない俺の身にもなってくれよ」
イスのように自由がきかないパレスでの生活のストレスなのか、ラーメンから離れすぎたせいなのか、おじさまの禁断症状は深刻らしい。
「仕方ないですね。さっぱりした麺でよければ、作りますよ。一応準備はしてきましたので」
私の言葉にサイデムおじさまは、プレゼントに欲しいものをもらえた少年のような目になっている。
(まったく、この人は……)
「それじゃ、しばらくお仕事をどうぞ。その間に仕上げてきますね」
私は立ち上がると一旦自分の部屋へと引き上げることにした。扉を開けると密談のため部屋の外に出されていたメイドさんたちが待機していて、用事を言いつけられるのを待ってくれていた。
「お待たせしました。相談は終わったので、もう中でお仕事をしていただいていいですよ。私はおじさまの夜食を作るために、一度自分の部屋へ戻りますね」
すると、メイドさんたちはあわてて私を制する。
「そんな、メイロードさまにお夜食の用意をさせるなんて! 私たちがお作り致しますので、ご指示を下さいませ」
あわててメイドさんたちが駆け寄ってきてそう言われたが、それは断った。
「えーと、いまから作ろうとしている料理はまだ試作段階のものなので、人に任せるわけにも、作らせるわけにもいかないの。ごめんなさいね。それに作るつもりでマジックバッグに用意はしてきているものだから、もう準備はほとんど終わっているの。あとは仕上げだけを私の部屋の台所でするから、ひとりで集中して作らせてね」
「そうでござますかぁ……」
メイドさんたちはものすごく不満そうだが、料理中は閉じこもらせてもらう。
(いろいろ秘密の多いご主人様でごめんね)
私は足早に部屋へ戻ると、結界を張り人の侵入を防いだあと《無限回廊の扉》を開ける。そこではスープの入った寸胴を持ったソーヤが満面の笑みで待っていた。
「お待ちしておりました、メイロードさま。試作をされていた新しい麺料理でございますね。すぐにスープと材料をご用意します。こちらのコンロでよろしいですか?」
阿吽の呼吸で手早くソーヤは材料を運び出す。
「うん。ありがとう。胃に負担が少ないさっぱり系の麺料理にしようと思うの。でも、和風のあっさり系に寄りすぎると、脂っ気が少なすぎてラーメンから離れてしまうのよね。それではおじさまが満足しないだろうから、その辺のさじ加減が難しいわね」
今回は鳥をメインにした塩系の麺料理を作る。スープも鶏ガラと野菜をメインにした透き通ったものだ。
「今回は麺から違うのですね」
ものすごく楽しそうにソーヤが言う。
「ええ、今回の麺料理は〝フォー〟っていうのよ。気温の高い地域の麺料理なの。さっぱりしているのはそのせいかしらね。それに麺が小麦じゃなくて、米粉からできたものだというのが一番の違いかな」
「それはだいぶ違ったお料理になりそうですね。実に面白いです」
スープはあっさりはしているが複数の野菜で旨味を出し、鳥の油でコクを加えている。このスープに合う米粉を使った麺はツルツルした食感で胃にも重くないし、消化も良い。
「これに鶏ハムをチャーシュー代わりにトッピングして、緑の野菜を添えて……」
盛りつけが終わったらすぐ、出来上がった丼をトレイでソーヤに急いで運んでもらった。
「はい、おじさま。新作の麺料理です!」
すでに箸を持って待ち構えていたおじさま。満面の笑みだ。
「ほお、白い麺か…‥始めて見るな。スープも脂は少し浮いているが、透き通っているところをみると塩系か」
おじさまは一口スープを飲んでうなずいたあと、麺を豪快にすすり始めた。
「ほぉ? これはまた変わってるな。普通の麺とは違う舌触りと弾力だ。あっさりはしているが、十分満足できる味をしている。たしかに軽いが悪くない、悪くないぞ、メイロード!」
一気にあらかた食べ切ったあと、おじさまは満足そうに丼を置いてそう言った。
「気に入っていただけて嬉しいですけど、胡椒とかお酢での味の変化も楽しめるとお伝えしようと思っていたのに、もう残ってないじゃないですか!」
私が呆れてそう言うと、おじさまは、ケロッと
「じゃ、もういっぱいだな」
と言う。
「おかわりはありません!」
さっぱりした〝夜食〟にと考えたのに、それを何杯も食べられたのでは、胃に負担がないようにと苦心した私が馬鹿みたいだ。私の怒りに恐れをなしたのか、おじさまは渋々折れたが、明日の朝ならいいだろうと、朝食に〝フォー〟を食べさせてくれとねだられた。
「まぁ、〝フォー〟は朝食にも悪くないメニューですけど……わかりました。じゃ、朝食まで待ってくださいね」
「そうか、明日の朝食が楽しみだな!」
あとでソーヤから聞いた話では、このやりとりを見ていたサイデム家の方々は、結婚後は絶対サイデムさまが尻に敷かれる、と噂していた……らしい。
(たはは)
207
お気に入りに追加
13,119
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。