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6 謎の事件と聖人候補
887 サイデム邸での歓迎
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887
豪華絢爛なあの屋敷の中にも、以前滞在したときから《無限回廊の扉》はすでに設置済みなのだが、おじさまにすら秘密にしているそのことを、もちろん屋敷の人たちが知るはずもない。となれば、ポンと屋敷内にいきなり出没するというテはなしだろう。
いささか面倒ではあるが、私は馬車を頼み、ちゃんと先触れも出してから向かうことにした。
「まぁまぁ! メイロードさま、よくいらしてくださいました!」
テレザは高揚した笑顔で私の訪問をとても喜んでくれた。他の召使いの方々も、ずらりと全員揃っての最上位待遇のお出迎えに、私はたじろいだが、何とか顔に出さずに笑顔でやり過ごす。
(ああ、そうだった。ここでは私は未来のサイデム夫人扱いをされるんだった。完全に忘れてたわ。だって、婚約者とはいっても私が面倒に巻き込まれないための措置ってだけだからね。どちらにとっても都合が良かったってだけで、もちろんこの婚約はおじさまに思い人ができればすぐに破棄するつもりだし……あんまり期待されてもねぇ)
ここはパレスのサイデム邸、メイド頭のテレザとその後ろでやはりおだやかな笑顔を浮かべている家令のサルムは、おじさまが信頼するサイデム家の大切な使用人たちだ。
特に長く使えてきたテレザは私とおじさまが婚約(偽装だけど)したことで、私を完全に未来の奥方扱いしていて、現状でも〝サイデム家のお姫さま〟と認識しているらしく、いつも大歓迎の上、おもてなしのかぎりを尽くしてくれようとする。
びっくりしたのは、婚約が公になったその日にサイデム邸の改装が開始され、私のための離れが増築されたことだ。
テレザとサルムにはサイデム邸を最高の状態に保つためならば、サイデムおじさまの許可を得なくとも改装ができる権限があるそうで〝サガン・サイデム男爵、メイロード・マリス女伯爵と婚約!〟の一報が伝えられた瞬間から、ものすごい熱量で動き出したらしい。
専用の豪華なお風呂に美しいパウダールーム、そしてあきれるほど大量の高価なドレスが並んだクローゼット。そしてみるからに高そうな調度品の数々と私なら十人は寝られそうな天蓋つきの巨大ベッドのある寝室とティールーム。お茶を淹れるためのミニキッチン、そしてサンルームと繋がった広いバルコニーと専用庭まで作られていた。
なんでもその庭では、私が部屋から愛でるための植栽と私の部屋を飾るための花や植物を育てるそうで、腕の良い専用の庭師も雇ったそうだ。
(えー、私、ほとんどこの部屋にはいないんだよ。そこまでしなくても……)
嬉しそうに説明するテレザに初めてその豪華すぎる部屋へ案内されたときには、びっくりしたし正直引いたが、なんだかとても幸せそうな使用人の方々の、あまりのテンションの高さになにも言えず、ただ微笑むしかなかった。
おじさまにも〝帝国の代理人〟との婚約を人に怪しまれないためには、これは必要な投資だと言われ、納得はしたが、正直姫成分が高すぎて、とても自分が落ち着ける部屋とは思えない。
(まぁ、婚約のあとはすぐ隠遁生活のため山籠りしちゃったし、あのとき以来なんだよね)
そういう経緯もあり、私の久々の登場に使用人の皆さんは異様なほど活気づいている。
「さあさ、メイロードさま。イスよりの長旅でお疲れでございましょう。まずはお風呂とお召替えを致しましょうね」
「えっと、別に疲れてもいないし、服もこれでいいんだけど……」
「まぁそうおっしゃらず、さあさあ」
(ああ、これは抵抗しても無駄だな……)
使用人のみなさんの圧力にすべてを悟った私は、そこからはされるがままに風呂へ入れられ、エステのようなことをされ、着せ替え人形と化した。そこに突然現れた私専属ヘア・スタイリストのセーヤと召使いの女性たちによる真剣な話し合いが始まり……それはもうエンドレスに続いた。私の今日の衣装とヘアスタイルについて、どちらも一切の妥協を認めない姿勢。ありがたいことなのだろうけど、私は衣装を取っ替え引っ替えする間にお茶などいただきつつ静観するしかない。
「ですからメイロードさまの瞳のお色を考えますと、こちらの深い緑が差し色に入りましたドレスがよろしいのではないかと」
「いえ、それではメイロードさまのお髪の美しさが目立ちません! こちらの明るい赤やマルマッジ色が対比効果があり、より美しく映えると思います!」
「では、こちらの真紅のドレスはいかがでしょうか」
「うーん、それは少々やりすぎでは?」
こうした長ーいやりとりを眺めつつ鷹揚に微笑んでいるのが貴族のお姫様の在り方なんだとは思うが、これはどう考えても私向きではない。やはり今日だけにしてもらいたいと思う。
着せ替え人形がそんなことを決意しているとも知らず、髪型や髪飾りに合ったドレスをあれこれ選んだあと……私はやっと解放された。
(こんなことを一日に二回も三回もやっている上級貴族の女性って大変ね。あ、セーヤが私の妖精さんであることは皆さんご存知なので、神出鬼没で現れてもあまり驚かれないんだよね。妖精ってそういうものらしい)
休みたいからとやっと皆さんの退出してもらったときには、正直もうぐったりだった。
しかもおじさまは、夜遅くまで帰宅しないらしい。タガローサの失脚後、いまでは軍部の受注のほとんどを担うことになったサイデム商会は、パレスでも莫大な金額の動く商売を大量に受注しているため、おじさまも大忙しなのだ。
気を利かせたサルムが、おじさまに私の来訪を《伝令》で伝えてくれたというし、とりあえずおじさまが帰ってくるまですることもない。
(なんだか疲れちゃったな……)
ふかふかのベッドに入ることもなく、私は立派なドレスのまま、部屋のソファーでうたた寝をして、夜を迎えてしまったのだった。
豪華絢爛なあの屋敷の中にも、以前滞在したときから《無限回廊の扉》はすでに設置済みなのだが、おじさまにすら秘密にしているそのことを、もちろん屋敷の人たちが知るはずもない。となれば、ポンと屋敷内にいきなり出没するというテはなしだろう。
いささか面倒ではあるが、私は馬車を頼み、ちゃんと先触れも出してから向かうことにした。
「まぁまぁ! メイロードさま、よくいらしてくださいました!」
テレザは高揚した笑顔で私の訪問をとても喜んでくれた。他の召使いの方々も、ずらりと全員揃っての最上位待遇のお出迎えに、私はたじろいだが、何とか顔に出さずに笑顔でやり過ごす。
(ああ、そうだった。ここでは私は未来のサイデム夫人扱いをされるんだった。完全に忘れてたわ。だって、婚約者とはいっても私が面倒に巻き込まれないための措置ってだけだからね。どちらにとっても都合が良かったってだけで、もちろんこの婚約はおじさまに思い人ができればすぐに破棄するつもりだし……あんまり期待されてもねぇ)
ここはパレスのサイデム邸、メイド頭のテレザとその後ろでやはりおだやかな笑顔を浮かべている家令のサルムは、おじさまが信頼するサイデム家の大切な使用人たちだ。
特に長く使えてきたテレザは私とおじさまが婚約(偽装だけど)したことで、私を完全に未来の奥方扱いしていて、現状でも〝サイデム家のお姫さま〟と認識しているらしく、いつも大歓迎の上、おもてなしのかぎりを尽くしてくれようとする。
びっくりしたのは、婚約が公になったその日にサイデム邸の改装が開始され、私のための離れが増築されたことだ。
テレザとサルムにはサイデム邸を最高の状態に保つためならば、サイデムおじさまの許可を得なくとも改装ができる権限があるそうで〝サガン・サイデム男爵、メイロード・マリス女伯爵と婚約!〟の一報が伝えられた瞬間から、ものすごい熱量で動き出したらしい。
専用の豪華なお風呂に美しいパウダールーム、そしてあきれるほど大量の高価なドレスが並んだクローゼット。そしてみるからに高そうな調度品の数々と私なら十人は寝られそうな天蓋つきの巨大ベッドのある寝室とティールーム。お茶を淹れるためのミニキッチン、そしてサンルームと繋がった広いバルコニーと専用庭まで作られていた。
なんでもその庭では、私が部屋から愛でるための植栽と私の部屋を飾るための花や植物を育てるそうで、腕の良い専用の庭師も雇ったそうだ。
(えー、私、ほとんどこの部屋にはいないんだよ。そこまでしなくても……)
嬉しそうに説明するテレザに初めてその豪華すぎる部屋へ案内されたときには、びっくりしたし正直引いたが、なんだかとても幸せそうな使用人の方々の、あまりのテンションの高さになにも言えず、ただ微笑むしかなかった。
おじさまにも〝帝国の代理人〟との婚約を人に怪しまれないためには、これは必要な投資だと言われ、納得はしたが、正直姫成分が高すぎて、とても自分が落ち着ける部屋とは思えない。
(まぁ、婚約のあとはすぐ隠遁生活のため山籠りしちゃったし、あのとき以来なんだよね)
そういう経緯もあり、私の久々の登場に使用人の皆さんは異様なほど活気づいている。
「さあさ、メイロードさま。イスよりの長旅でお疲れでございましょう。まずはお風呂とお召替えを致しましょうね」
「えっと、別に疲れてもいないし、服もこれでいいんだけど……」
「まぁそうおっしゃらず、さあさあ」
(ああ、これは抵抗しても無駄だな……)
使用人のみなさんの圧力にすべてを悟った私は、そこからはされるがままに風呂へ入れられ、エステのようなことをされ、着せ替え人形と化した。そこに突然現れた私専属ヘア・スタイリストのセーヤと召使いの女性たちによる真剣な話し合いが始まり……それはもうエンドレスに続いた。私の今日の衣装とヘアスタイルについて、どちらも一切の妥協を認めない姿勢。ありがたいことなのだろうけど、私は衣装を取っ替え引っ替えする間にお茶などいただきつつ静観するしかない。
「ですからメイロードさまの瞳のお色を考えますと、こちらの深い緑が差し色に入りましたドレスがよろしいのではないかと」
「いえ、それではメイロードさまのお髪の美しさが目立ちません! こちらの明るい赤やマルマッジ色が対比効果があり、より美しく映えると思います!」
「では、こちらの真紅のドレスはいかがでしょうか」
「うーん、それは少々やりすぎでは?」
こうした長ーいやりとりを眺めつつ鷹揚に微笑んでいるのが貴族のお姫様の在り方なんだとは思うが、これはどう考えても私向きではない。やはり今日だけにしてもらいたいと思う。
着せ替え人形がそんなことを決意しているとも知らず、髪型や髪飾りに合ったドレスをあれこれ選んだあと……私はやっと解放された。
(こんなことを一日に二回も三回もやっている上級貴族の女性って大変ね。あ、セーヤが私の妖精さんであることは皆さんご存知なので、神出鬼没で現れてもあまり驚かれないんだよね。妖精ってそういうものらしい)
休みたいからとやっと皆さんの退出してもらったときには、正直もうぐったりだった。
しかもおじさまは、夜遅くまで帰宅しないらしい。タガローサの失脚後、いまでは軍部の受注のほとんどを担うことになったサイデム商会は、パレスでも莫大な金額の動く商売を大量に受注しているため、おじさまも大忙しなのだ。
気を利かせたサルムが、おじさまに私の来訪を《伝令》で伝えてくれたというし、とりあえずおじさまが帰ってくるまですることもない。
(なんだか疲れちゃったな……)
ふかふかのベッドに入ることもなく、私は立派なドレスのまま、部屋のソファーでうたた寝をして、夜を迎えてしまったのだった。
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