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6 謎の事件と聖人候補
885 イスのお土産
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885
ピークスさんは薄い笑いとともに、自省的な表情を浮かべている。
「昔の私は世界が滅びようと、きっと気にもとめなかったでしょう。あのころの厭世感のかたまりだった私なら、いまもタガローサの多くの人を不幸にするような悪巧みに何も思わず力を貸したかもしれない……」
そこからピークスさんの表情はとても穏やかになっていった。クレメンスの街で待っている彼の家族を思い出しているのだろうか、とてもやさしい顔だ。
「ですが、メイロードさまとお会いして、光に満ちた朝食を体験したあの日から、なにかが変わっていったのです。逃げ惑う日々の中でも、何度もあの朝を思い出し、幸福感というものを反芻していたのですよ。私の心の変化はあの日からずっと続いていました。そして、北の地で職を得て、人から頼りされ、また自分も人を信じ頼りにする、そんな生活を自分が送れることに驚きました。
そして……いまは明日も平穏な日常が続いてほしい、そう思うようになったのです。メイロードさまにお会いしたことで、ピークスとして、いまの幸せを得られたと思っています」
私はピークスさんの言葉がとても嬉しかった。これからは彼が人を助けていくことで、彼の罪は贖われていくのだろう。そして、彼の人々を助けたいという気持ちが、彼を私の元へ来させたのだ。
「とはいえ、情報を集めることまではできましたが、さらに深いところまで、彼らの目的を探り出すことまではできませんでした。タガローサに立ち向かうには、メイロードさまそしてサイデム様のお力が必要でしょう」
たしかに、これだけの資金を使い多くの人たちを巻き込んだ商売だ。ピークスさんの話に間違いがないとすれば、背後に大きな事件が動いている可能性が高い。
「〝基幹部品〟の製造場所とラケルタ・バージェの居所はわかっているのね」
「はい。こちらをご覧ください」
私の前に、ピークスさんは彼が調べた〝ストーム商会〟に関する報告書を差し出した。
「ありがとう。サイデムおじさまにもお話しして、この件についてはこちらでもしっかり調べることにします。蟄居を命ぜられているはずのタガローサが関わっているとなれば、それだけでも重大な勅命への違反ですから、軍部にも話さなければならないかもしれませんね」
「それがよろしいかと思います。私のできることはここまでです」
「ありがとう。とても助かりました。あとは任せてください」
「ふふ、頼もしくなられましたね。どんな悪事が潜んでいるかわからないのに、あなたは動いてくださる。メイロードさま、そうしてなんの迷いもなく人のために動くことができるあなただから、あのとき私も心を動かされたのでしょうね」
「さぁ、どうでしょうか。あのときも私は朝食をご馳走しただけです。それにあなたの心が動いたのならば、きっとそれが本当のあなたの望みだったのだと思いますよ」
私の言葉に微笑んだピークスさんは席を立つ。
「あとは商売をして帰るだけです。クレメンスに持ち帰る品物を選びに行かなくては」
「ご家族にお土産も忘れてはダメですよ」
「ああ、そうですね。なにを買っていこうか……」
「サイデム商会には、お土産向きの品物も多数ありますよ。私が企画した焼き菓子などおススメです」
「ああ、それはいいですね。レーヌも喜びます」
そんな会話を交わしながら、私はピークスさんを見送った。
タガローサが黒幕だと思われる〝ストーム商会〟の事業は、現状では人々に恩恵を与えている。この間私たちに起こった〝魔道ランプ〟の爆発騒ぎのような事例も、いまのところ稀な出来事でしかないし、商売としては実に健全だ。
だが、だからこそおかしい。ピークスさんはそう考えたし、それには私も同意見だ。
庶民に売り込むという手段を取るにしても、値段は安すぎるし、手数料を取るとはいえ商品そのものを無限に交換できるような現在の商売では利幅がなさすぎる。現時点でもおそらく持ち出しの方が多いはずだ。
これまでは、数を増やすことで利益を出していく長期的な商売を考えているのかと考えていたが、ピークスさんが提案した代理店契約という方法を歯牙にもかけなかった事実を考えると、どうもそういう長期的な展望は持っていないようだ。
(だとしたらそこまでして、都市部や人口の多い町や村への集中出店を続ける理由はなんなのかしら?)
「ともかく、まずはこの報告書をおじさまにみていただきましょう。ラケルタ・バージェにも探りを入れなくちゃ。ソーヤたちに頼んだ方が良さそうね」
私はにわかに立ち上がってきた不穏な気配に少し心をざわつかせつつも、ピークスさんの帰りの旅の無事を祈りながら、少し曇ってきた空を見ていた。
ピークスさんは薄い笑いとともに、自省的な表情を浮かべている。
「昔の私は世界が滅びようと、きっと気にもとめなかったでしょう。あのころの厭世感のかたまりだった私なら、いまもタガローサの多くの人を不幸にするような悪巧みに何も思わず力を貸したかもしれない……」
そこからピークスさんの表情はとても穏やかになっていった。クレメンスの街で待っている彼の家族を思い出しているのだろうか、とてもやさしい顔だ。
「ですが、メイロードさまとお会いして、光に満ちた朝食を体験したあの日から、なにかが変わっていったのです。逃げ惑う日々の中でも、何度もあの朝を思い出し、幸福感というものを反芻していたのですよ。私の心の変化はあの日からずっと続いていました。そして、北の地で職を得て、人から頼りされ、また自分も人を信じ頼りにする、そんな生活を自分が送れることに驚きました。
そして……いまは明日も平穏な日常が続いてほしい、そう思うようになったのです。メイロードさまにお会いしたことで、ピークスとして、いまの幸せを得られたと思っています」
私はピークスさんの言葉がとても嬉しかった。これからは彼が人を助けていくことで、彼の罪は贖われていくのだろう。そして、彼の人々を助けたいという気持ちが、彼を私の元へ来させたのだ。
「とはいえ、情報を集めることまではできましたが、さらに深いところまで、彼らの目的を探り出すことまではできませんでした。タガローサに立ち向かうには、メイロードさまそしてサイデム様のお力が必要でしょう」
たしかに、これだけの資金を使い多くの人たちを巻き込んだ商売だ。ピークスさんの話に間違いがないとすれば、背後に大きな事件が動いている可能性が高い。
「〝基幹部品〟の製造場所とラケルタ・バージェの居所はわかっているのね」
「はい。こちらをご覧ください」
私の前に、ピークスさんは彼が調べた〝ストーム商会〟に関する報告書を差し出した。
「ありがとう。サイデムおじさまにもお話しして、この件についてはこちらでもしっかり調べることにします。蟄居を命ぜられているはずのタガローサが関わっているとなれば、それだけでも重大な勅命への違反ですから、軍部にも話さなければならないかもしれませんね」
「それがよろしいかと思います。私のできることはここまでです」
「ありがとう。とても助かりました。あとは任せてください」
「ふふ、頼もしくなられましたね。どんな悪事が潜んでいるかわからないのに、あなたは動いてくださる。メイロードさま、そうしてなんの迷いもなく人のために動くことができるあなただから、あのとき私も心を動かされたのでしょうね」
「さぁ、どうでしょうか。あのときも私は朝食をご馳走しただけです。それにあなたの心が動いたのならば、きっとそれが本当のあなたの望みだったのだと思いますよ」
私の言葉に微笑んだピークスさんは席を立つ。
「あとは商売をして帰るだけです。クレメンスに持ち帰る品物を選びに行かなくては」
「ご家族にお土産も忘れてはダメですよ」
「ああ、そうですね。なにを買っていこうか……」
「サイデム商会には、お土産向きの品物も多数ありますよ。私が企画した焼き菓子などおススメです」
「ああ、それはいいですね。レーヌも喜びます」
そんな会話を交わしながら、私はピークスさんを見送った。
タガローサが黒幕だと思われる〝ストーム商会〟の事業は、現状では人々に恩恵を与えている。この間私たちに起こった〝魔道ランプ〟の爆発騒ぎのような事例も、いまのところ稀な出来事でしかないし、商売としては実に健全だ。
だが、だからこそおかしい。ピークスさんはそう考えたし、それには私も同意見だ。
庶民に売り込むという手段を取るにしても、値段は安すぎるし、手数料を取るとはいえ商品そのものを無限に交換できるような現在の商売では利幅がなさすぎる。現時点でもおそらく持ち出しの方が多いはずだ。
これまでは、数を増やすことで利益を出していく長期的な商売を考えているのかと考えていたが、ピークスさんが提案した代理店契約という方法を歯牙にもかけなかった事実を考えると、どうもそういう長期的な展望は持っていないようだ。
(だとしたらそこまでして、都市部や人口の多い町や村への集中出店を続ける理由はなんなのかしら?)
「ともかく、まずはこの報告書をおじさまにみていただきましょう。ラケルタ・バージェにも探りを入れなくちゃ。ソーヤたちに頼んだ方が良さそうね」
私はにわかに立ち上がってきた不穏な気配に少し心をざわつかせつつも、ピークスさんの帰りの旅の無事を祈りながら、少し曇ってきた空を見ていた。
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