上 下
679 / 832
6 謎の事件と聖人候補

868 模擬戦当日

しおりを挟む
868

「グッケンス博士、それではよろしくお願いします」
「わかった、わかった。お前さんにも思わぬ苦労をかけたな、メイロード」
「いえ、私が魔法学校で試みたことが遠因となって起こっていることですから、一応の解決はしておきたいな、と思っただけです。それに魔法学校の母体ともいえる〝国家魔術師〟部隊が、こんなことで軍規を乱すようでは、魔法学校への印象もよくないでしょうから……」

私は今回の事件で、軍部から魔法学校への圧力が増し粛清が行われることを懸念していた。たとえシド帝国の望みが〝国家魔術師〟養成であったとしても、国立魔法学校はこの世界で系統立てた魔法を学べる最も重要な施設だ。学生の間だけでも、彼らにはできる限りいろいろな進路について考えてほしいし、自由に学んでほしい。学生への締めつけが起こるような事態だけは避けたかった。

「学生たちを守るためにも、きっちり始末はつけましょう!」

そう言うとグッケンス博士もうなづいた。

「勉学の場は勉学の場として責任を果たし、優秀な魔術師を軍部へ送り出したのじゃから、あとは軍部の連中の仕事だとは思うがの。それでも若い魔術師たちの危険を少しでも減らすよう考えることは大事なことじゃ。卒業したばかりの若造たちには、仕事として軍隊に属する〝魔術師〟となるということの意味が、まだまだわかっておらんのだろう。やはり〝国家魔術師〟にも、学ぶための仕組みが必要じゃな」
「ええ、そうだと思います。このままにはしておけないですね」

グッケンス博士は若い魔法使いの技術と処世術の向上のための徒弟制度を〝魔術師ギルド〟に導入するため奔走してくれた。その一方で、なるべく軍部と距離を置きたいとも考えていたため、いままで〝国家魔術師〟については口出しをしていなかったそうだ。

「軍部はわしを魔術師たちの頂点として軍部に招き入れようと昔からありとあらゆる手段で勧誘してきてな。煩わしくて仕方がなかった。何度か大激怒したために、いまは表立ってはなにも言ってはこんが、下手に口を挟めは、それをきっかけにまたいろいろ言ってきそうな気がしてのぉ……」

「それで〝国家魔術師〟として、卒業後すぐに登用されてしまった子たちは、そんな制度があることすら知らずにいるんですね」

「ああ〝国家魔術師〟は〝魔術師ギルド〟へは入らないからの。最も優秀な者たちが後回しという結果になったのは、わしの不徳の致すところじゃな」

〝国家魔術師〟に関する資料は極秘扱いとなり、その管理は軍部に帰属する。そのため、彼らはギルドとの接触を持てないのだ。

「そんな……博士のせいじゃないです。ギルドの徒弟制度だってまだ始まったばかりじゃないですか。すべてはこれからですよ」

「そうじゃな……若い魔術師たちを無駄死にさせないためにも、老体に鞭打ってもうひと仕事しようかの」

「ふふ、よろしくお願いします」
「ああ、では行こうか」

魔法使いとその弟子は、扉を開ける。今日はこれから軍部の合同演習だ。

ーーーー

「それではこれより〝魔術師部隊〟〝歩兵部隊〟〝魔法学校選抜者〟合同の特別模擬戦、戦闘訓練を開始する! 両軍配置に着くように」

軍部の高級将校が、今日の演習について説明している。彼らは今日の演習の見届け人であり、審判のような役割の人たちだ。

小さな山に森、池もあるシド帝国には多い地形を使っての今回の演習は、第一皇子も観戦するという注目度の高いものだった。だが、これはあくまで訓練の一環の模擬戦であり、優劣をつけることが目的ではない、という建前になっている。あくまでも、実践経験の少ない若者たちを鍛えるための実習なのだ。

「今回は〝国立魔法学校〟の生徒も参加している。実戦想定の模擬戦ではあるが、彼らをどう生かすか、十分考えた作戦を取るように」

この模擬戦は、実戦の比率よりも魔術師の数が多い特殊な布陣だ。作戦について各チームが集まって考える時間は今日の集合からいままでの二時間ほど、それまでの間に両チームのそれぞれの部隊が考えてきた作戦をうまく擦り合わせられるかも勝敗に大きく関わるだろう。

新入り魔術師のリーダー、マレク・エンヴィーは相変わらず自信満々の雰囲気で会場に現れ自らのチームに指示を与えているが、傍目から見てもその指示はしっかり通っていない。しかも、彼らが取った布陣は、魔術師が前面に出るという定石から逸脱したものだった。

「なんとも斬新な布陣だな。〝魔法騎士〟ならありえる布陣だが、魔術師のあれは……」
「そうだな……よほど攻撃魔法と防御魔法に自信があるということか」

観戦している軍関係者はざわついているが、本人たちはどこ吹く風だ。

両者の距離は二百メートルほど、新人軍は平地に、先輩軍は林の入り口に陣取る。彼らの陣形は前衛の騎士と歩兵、後衛の魔術師という最もよく使われる布陣だ。

そして開始の笛が鳴らされた瞬間から、試合は予想通りの方向へと崩れていった。

(ああ、やっぱり……)
しおりを挟む
感想 2,983

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな

しげむろ ゆうき
恋愛
 卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく  しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ  おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ

断罪されたので、私の過去を皆様に追体験していただきましょうか。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が真実を白日の下に晒す最高の機会を得たお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】何でも奪っていく妹が、どこまで奪っていくのか実験してみた

東堂大稀(旧:To-do)
恋愛
 「リシェンヌとの婚約は破棄だ!」  その言葉が響いた瞬間、公爵令嬢リシェンヌと第三王子ヴィクトルとの十年続いた婚約が終わりを告げた。    「新たな婚約者は貴様の妹のロレッタだ!良いな!」  リシェンヌがめまいを覚える中、第三王子はさらに宣言する。  宣言する彼の横には、リシェンヌの二歳下の妹であるロレッタの嬉しそうな姿があった。  「お姉さま。私、ヴィクトル様のことが好きになってしまったの。ごめんなさいね」  まったく悪びれもしないロレッタの声がリシェンヌには呪いのように聞こえた。実の姉の婚約者を奪ったにもかかわらず、歪んだ喜びの表情を隠そうとしない。  その醜い笑みを、リシェンヌは呆然と見つめていた。  まただ……。  リシェンヌは絶望の中で思う。  彼女は妹が生まれた瞬間から、妹に奪われ続けてきたのだった……。 ※全八話 一週間ほどで完結します。

最後に、お願いがあります

狂乱の傀儡師
恋愛
三年間、王妃になるためだけに尽くしてきた馬鹿王子から、即位の日の直前に婚約破棄されたエマ。 彼女の最後のお願いには、国を揺るがすほどの罠が仕掛けられていた。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。

四季
恋愛
お前は要らない、ですか。 そうですか、分かりました。 では私は去りますね。

正妃である私を追い出し、王子は平民の女性と結婚してしまいました。…ですが、後になって後悔してももう遅いですよ?

久遠りも
恋愛
正妃である私を追い出し、王子は平民の女性と結婚してしまいました。…ですが、後になって後悔してももう遅いですよ? ※一話完結です。 ゆるゆる設定です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。