利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
上 下
672 / 840
6 謎の事件と聖人候補

861 激安魔道具家電を見に行った

しおりを挟む
861

タタール広場は領主館や官公庁がある領都カングンの中心にある、大きな公園だ。
手入れされた植物が植えられ、噴水やベンチなども整備された人々の憩いの場だが、こうした大きな公園にはもうひとつ重要な役割がある。

識字率や連絡手段にまだ難があった時代から続いている慣習として、領主から発表される重要な連絡事項は必ず口頭で領民に読み上げて知らせることが決まっている。そのために、こうした人々を集められる広場が必ずどの町にもあるのだ。マリス領は識字率の向上に熱心に取り組んではいるが、それでも成人した人たちの識字率の向上はまだまだなので、やはりいまでもそうした〝おふれ〟の読み上げは続いている。

そういう事情で、とてもいい場所にある広い敷地なので、こうした公園や広場でイベントが行われることは多い。
特に現在のマリス領のように領地の人々の生活に余裕が出てくると、そうした新しい行事の提案も増えてくるらしく、公共施設の使用申請窓口はなかなか忙しいそうだ。
今日のイベントもそんなうちのひとつだという。

混みそうなお昼頃を避けてかなり早めに私が到着したときにも、もう広場はたくさんの人々で溢れていた。

(無料で美味しそうなものが食べられて、しかも面白そうな家電系の魔道具も見られるとなったら、購買意欲も高くなってきているマリス領の人たちは食いつくよね)

そう、これがキッペイから見せてもらったチラシにあった、いま急速に拡大しつつあるという家電系魔道具を見せてくれるというイベントなのだ。

色とりどりの飾りがつけられたいくつかの大きなテントの周りでは、制服のように同じ濃紺のドレスを着た人当たりの良い女性たちがチラシを配ったり設営準備を進めている。その様子はとても統率がとれていて、こういった催しを何度も手がけてきている雰囲気があり、とても手慣れた感じがあった。

ちなみにこんな人の多い場所にいきなり〝ご領主さま〟が登場したら大変な騒ぎになるに違いないので、私は《迷彩魔法》で姿を隠しての視察だ。でも一応、状況次第では姿を見せられるように大きな帽子で髪と顔を隠し、普通のお嬢様っぽい衣装も着てきた。

「さあさあ、こちらではご家庭で使いやすい魔道具をたくさんご紹介しております。どうぞご覧くださいませ!」
「こちらの魔道具をお使いいただければ〝魔石オーブン〟と同じことができますよ。魔法の起動にはごく少量の魔法力だけで大丈夫です。どなたでもお使いいただけますよ! さあさあ〝魔道オーブン〟で焼き上げました、こちらの美味しい肉料理をご賞味ください!」
「こちらでは明るい〝魔道ランタン〟をご紹介しております。この明るさは、従来のランタンでは難しく、しかも油を使うよりもお安く使うことができるという画期的なお品でございます。いかがですか、是非ご覧ください!」
「こちらにも魔道具で作った料理をたくさんご用意しております、どうぞ、試しくださーい!」

テーブルのあちこちに並んだ華やかな料理に人々は群がっていく。その並んだ料理のほとんどが私考案のレシピだったのには、ちょっと笑ってしまったが、どれも美味しそうにできており〝魔道オーブン〟の性能に問題はなさそうだ。

ところが私がこっそり見ていると、なぜが突然あちこちでその魔道具家電に不具合が起こり始めた。
だが、案内の女性たちは笑顔を崩すことなく慣れた様子で説明する。

「ああ、申し訳ございません。どうやら魔道具の力が衰えたものがあったようです。このように、魔道具は二カ月ほどで力を失いますが、それぞれの町にある回収センターにお持ちいただければ、すぐに力を復活したものとお取り替えできる永久保証がついておりますので、ご心配には及びませんよ」

その交換料金も一ポルにも満たない少額で、確かにそれならば油や薪を買うより安いかもしれない。

そんなことを考えながら公園を歩いていると、テントの裏の方から声が聞こえてきた。

「早く新しい魔道具を用意して交換しなくちゃ。急いで、急いで!」
「でも、おかしいわねぇ。ちゃんと新しいものを用意したはずなんだけど……」
「そんなことを言っても、動かないものを置いておくわけにはいかないんだから、ほらさっさと運ぶ!」

どうやら、魔道家電が動かなくなったのは不測の事態だったようで裏ではバタバタと事態の収拾をするため人たちが忙しく立ち働いていた。

(あらら、大変そう)

価格はどれも確かにリーズナブルで、千ポル以上する〝魔石オーブン〟に比べ〝魔道オーブン〟は九十五ポルという庶民でも頑張れば買えなくはないお値段設定。

(百万円以上するものが十万円を切るお値段か……なかなかの価格破壊だね)

何か購入しようかとも思ったが、賑わいすぎているので、今日のところは隠密視察だけにとどめておくことにした。気になったら後で購入して何か使ってみよう。

こんな風に庶民にやさしい新しい商売が始まっているのも、高くて使えなかった道具をみんなが使えるようになることも、とてもいいことだ。

(〝ストーム商会〟ね。覚えておこうっと)
しおりを挟む
感想 2,995

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。