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6 謎の事件と聖人候補
859 帰還初日
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859
それからの数日はバタバタと忙しかった。
いざ帰るとなると、案外考えることは多くあるものだ。家の整理やお土産選び、セイカやタイチに領地へ帰ることを伝えた(どちらからも強力に引き止められて説得が大変だった)。庭で育てていた植物は打ち捨てるのももったいないので《緑の手》を使って収穫できるものは《無限回廊の扉》の中へ、自生させても問題のないものは森へ移植することにした。元気に育ってくれると思う。
「この森ともいよいよお別れね。うん、楽しかった!」
すべてのお見送りはお断りした。私の帰り方は扉から扉へ移動するだけなので、人に見せられるものでもないし、かといって別れを演出するために、わざわざ旅支度をしてから移動するのも面倒だったからだ。
(それに、《無限回廊の扉》はこの街にも隠して設置してあるのだから、会いたくなればいつでもここへ戻れるので、私には寂しいっていう気分はないんだよね)
それでも旅の最後だと思うと、その日は少しだけしんみりした気分にはなった。スローライフを楽しんだバッダッタの深い森を見渡してから、小さなお家も収納し、旅の最後にバンダッタの綺麗な海を眺めてから、私は沿海州を去った。
「またね、バンダッタ! すぐにまた、お魚を食べにくるね」
ーーーーーーーーーー
こうして私は領地へと帰還。まずはマリス領五区カングンにある領主館へと戻ったのだが、領主館に入った瞬間、私は呆気に取られた。
〝おかえりなさいませ! メイロードさま!〟
領主館の広いエントランスには、そう書かれた大きな垂れ幕そして至る所に飾られた華やかな装飾、そして大量の花々。私が一歩足を踏み入れた瞬間から大騒ぎで、空中を飛び回る妖精さんたちから花びらが降り注ぐ。
(あ、一応帰還するということは事前に伝えて、ちゃんと玄関から入るよう体裁は作ったんだよね。いきなり領主館の中に現れたりすると、驚く人がいるかもしれないから)
この熱烈歓迎に、一瞬で花まみれになった私は、戸惑いつつレッドカーペットが敷かれた廊下を進んだ。
「えっと、ただい……ま?」
正直なところ、このあまりにも大袈裟な歓迎ぶりに、かなり引き気味の私だったが、どうやらこれでもキッペイの必死の説得で最小限に抑えられたものだそうだ。
「放っておくと〝メイロード様ご帰還〟の速報が、すぐ領地中に回りそうな勢いだったのですよ。メイロードさまのおかえりを言いたくてうずうずしている妖精の皆さんを抑えるのは本当に大変でした。とにかく抑えておかないと領地をあげてのお祭り騒ぎに発展しそうだったので……ともかく守護妖精たちの代表であるレンにメイロードさまはそれを絶対に望まれないと何度も説得して、やっとこの程度で収めることができました」
キッペイの表情に疲れが見えるところからも、私の帰還について公にしないだけでもかなりの労力が必要だったようだ。
「領主館の中だけなら、お祝いをしてよろしいということで、なんとか納めましたが……ああ、ご挨拶が遅れました。おかえりなさいませ、メイロードさま。無事のご帰還に皆安堵しております」
「ありがとう。どうやら、妖精さんたちが世話をかけたみたいね、キッペイ」
「いえ、ご帰還を喜ぶ皆の気持ちは重々わかっております。ただ、ご事情も私はグッケンス博士からお伺いしておりますので……」
そこでキッペイが少し憂いを帯びた表情を浮かべる。
「そう……キッペイや妖精さんたちにはこれからしばらく警戒してもらうことになるとは思うけど、まぁ、そう深刻にならずに暮らしましょ」
私は笑顔でなるべく明るくそう言って、妖精さんたちに手を振りながら中へと進んでいった。みんなが私の帰りを喜んでくれるのは嬉しいことだ。
明日には領地での仕事を開始するつもりでキッペイにも伝えたのだが、せめて一週間は旅のお疲れを癒してくださいと却下されてしまった。
「別に疲れてはいないんだけどな……まぁ、お言葉に甘えましょうか」
とりあえず対外的な活動はしばらく自粛することにし、自宅での静養ということになったが、私は執務室で溜まっているだろう書類に目を通しているうちにきっと一週間は過ぎてしまうだろう考えていた。
「ウソ……本当にこれだけ?」
ところが私の予想は覆され、山積みになっているに違いないと思われた書類は、広い机に辞書一冊分ぐらいの量しか置かれていなかった。
「すべてはメイロードさまのご指示の通りに運営をさせていただいた結果でございます」
そこで私は、言い知れない感動と達成感を感じながら、机に置かれた書類に目を落とした。
「そう……ちゃんとあのやり方で機能して、領地はつつがなく運営されているのね」
「はい。領主がいなくとも決済が可能となったマリス領では、権限が分散され、それぞれの立場で判断ができる体制へと移行することができました」
これが私が領主になったときからずっと考え準備してきたことの成果だと思うと感慨ひとしおだ。
「話し合いによる問題解決もうまくいっているのね」
私の言葉にキッペイが微笑む。
「はい。メイロードさまがお選びになった方々は、どの方も真摯に職務をまっとうされていらっしゃいます。もちろん、対立は起こりますが、それも話し合いによる解決を粘り強くされておりますよ。まぁ、それに……」
キッペイは少し悪い顔になって話を続けた。
それからの数日はバタバタと忙しかった。
いざ帰るとなると、案外考えることは多くあるものだ。家の整理やお土産選び、セイカやタイチに領地へ帰ることを伝えた(どちらからも強力に引き止められて説得が大変だった)。庭で育てていた植物は打ち捨てるのももったいないので《緑の手》を使って収穫できるものは《無限回廊の扉》の中へ、自生させても問題のないものは森へ移植することにした。元気に育ってくれると思う。
「この森ともいよいよお別れね。うん、楽しかった!」
すべてのお見送りはお断りした。私の帰り方は扉から扉へ移動するだけなので、人に見せられるものでもないし、かといって別れを演出するために、わざわざ旅支度をしてから移動するのも面倒だったからだ。
(それに、《無限回廊の扉》はこの街にも隠して設置してあるのだから、会いたくなればいつでもここへ戻れるので、私には寂しいっていう気分はないんだよね)
それでも旅の最後だと思うと、その日は少しだけしんみりした気分にはなった。スローライフを楽しんだバッダッタの深い森を見渡してから、小さなお家も収納し、旅の最後にバンダッタの綺麗な海を眺めてから、私は沿海州を去った。
「またね、バンダッタ! すぐにまた、お魚を食べにくるね」
ーーーーーーーーーー
こうして私は領地へと帰還。まずはマリス領五区カングンにある領主館へと戻ったのだが、領主館に入った瞬間、私は呆気に取られた。
〝おかえりなさいませ! メイロードさま!〟
領主館の広いエントランスには、そう書かれた大きな垂れ幕そして至る所に飾られた華やかな装飾、そして大量の花々。私が一歩足を踏み入れた瞬間から大騒ぎで、空中を飛び回る妖精さんたちから花びらが降り注ぐ。
(あ、一応帰還するということは事前に伝えて、ちゃんと玄関から入るよう体裁は作ったんだよね。いきなり領主館の中に現れたりすると、驚く人がいるかもしれないから)
この熱烈歓迎に、一瞬で花まみれになった私は、戸惑いつつレッドカーペットが敷かれた廊下を進んだ。
「えっと、ただい……ま?」
正直なところ、このあまりにも大袈裟な歓迎ぶりに、かなり引き気味の私だったが、どうやらこれでもキッペイの必死の説得で最小限に抑えられたものだそうだ。
「放っておくと〝メイロード様ご帰還〟の速報が、すぐ領地中に回りそうな勢いだったのですよ。メイロードさまのおかえりを言いたくてうずうずしている妖精の皆さんを抑えるのは本当に大変でした。とにかく抑えておかないと領地をあげてのお祭り騒ぎに発展しそうだったので……ともかく守護妖精たちの代表であるレンにメイロードさまはそれを絶対に望まれないと何度も説得して、やっとこの程度で収めることができました」
キッペイの表情に疲れが見えるところからも、私の帰還について公にしないだけでもかなりの労力が必要だったようだ。
「領主館の中だけなら、お祝いをしてよろしいということで、なんとか納めましたが……ああ、ご挨拶が遅れました。おかえりなさいませ、メイロードさま。無事のご帰還に皆安堵しております」
「ありがとう。どうやら、妖精さんたちが世話をかけたみたいね、キッペイ」
「いえ、ご帰還を喜ぶ皆の気持ちは重々わかっております。ただ、ご事情も私はグッケンス博士からお伺いしておりますので……」
そこでキッペイが少し憂いを帯びた表情を浮かべる。
「そう……キッペイや妖精さんたちにはこれからしばらく警戒してもらうことになるとは思うけど、まぁ、そう深刻にならずに暮らしましょ」
私は笑顔でなるべく明るくそう言って、妖精さんたちに手を振りながら中へと進んでいった。みんなが私の帰りを喜んでくれるのは嬉しいことだ。
明日には領地での仕事を開始するつもりでキッペイにも伝えたのだが、せめて一週間は旅のお疲れを癒してくださいと却下されてしまった。
「別に疲れてはいないんだけどな……まぁ、お言葉に甘えましょうか」
とりあえず対外的な活動はしばらく自粛することにし、自宅での静養ということになったが、私は執務室で溜まっているだろう書類に目を通しているうちにきっと一週間は過ぎてしまうだろう考えていた。
「ウソ……本当にこれだけ?」
ところが私の予想は覆され、山積みになっているに違いないと思われた書類は、広い机に辞書一冊分ぐらいの量しか置かれていなかった。
「すべてはメイロードさまのご指示の通りに運営をさせていただいた結果でございます」
そこで私は、言い知れない感動と達成感を感じながら、机に置かれた書類に目を落とした。
「そう……ちゃんとあのやり方で機能して、領地はつつがなく運営されているのね」
「はい。領主がいなくとも決済が可能となったマリス領では、権限が分散され、それぞれの立場で判断ができる体制へと移行することができました」
これが私が領主になったときからずっと考え準備してきたことの成果だと思うと感慨ひとしおだ。
「話し合いによる問題解決もうまくいっているのね」
私の言葉にキッペイが微笑む。
「はい。メイロードさまがお選びになった方々は、どの方も真摯に職務をまっとうされていらっしゃいます。もちろん、対立は起こりますが、それも話し合いによる解決を粘り強くされておりますよ。まぁ、それに……」
キッペイは少し悪い顔になって話を続けた。
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