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5森に住む聖人候補
852 奥の院へ
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852
「お待ち致しておりました、メイロードさま」
奥の院の入り口で深々と頭を下げているのは〝青の巫女〟にもっとも近しい侍従筆頭のクモイさん。彼女は私とセイカの関係を知る数少ない巫女姫の側近だ。私はこの非常事態に、手紙のやり取りができる彼女にコンタクトを取り、こうして大神殿の奥の院まで通してもらうことができた。
セイリュウは私が結界の内側に入れば、私から発せられる力をトリガーにしてその場所へ移動できるそうなので、水の汚染問題が片付いたらこちらにきてくれる手筈になっている。とはいっても、どちらが早く問題を解決できるかは、現状では予測がつかない。
最悪、私は最後までひとりでセイカを助けなければならないかもしれないという覚悟でいる。
そんな事情もあり、相手に警戒されてしまうような、たとえばいきなり魔法を使って強引に忍び込むといった方法は使いたくなかった。
とはいえ、沿海州の人間ですらないただ人の私がとれる方法は多くない。おそらく正攻法では大神殿にコンタクトを取ることすらまず不可能だろう。それになるべく時間をかけたくない。
それで、ソーヤに密書の配達を頼むことにした。普段であれば一通の手紙だけでは決してこんなに素早い対応で奥の院に上がることなどできないはずだが、私のことを知る数少ない奥の院の中にいる人物であるクモイさんへの直訴と、状況の逼迫がそれを可能にしたのだろう。
クモイさんはその場で手紙を読み、私が奥の院へ入れるよう取り計らうと約束してくれ、ソーヤにセイカ直筆の〝神殿立入許可状〟を持たせてくれた。
「これはいつかメイロードさまが巫女姫様にお会いになりたいと言われたときのためにご用意されていたものでございます。それを、まさかのようなときにお使いいただくことになりますとは……」
そう言って涙をこぼしていたという。
それほどに警備が厳重で面倒な神殿への立ち入りだが、セイカが用意してくれた許可状のおかげで、奥の院まで正攻法で入ることができ、私はとても安堵した。
(《迷彩魔法》を駆使して侵入することはできるだろうけど、できれば周囲の協力は得たいところだから、こうして正攻法で、しかも迅速に対応してくれて助かったな)
「では、誠に申し訳ございませんがこちらの布を頭からかけていただけますか、メイロードさま」
渡されたのはみるからに高価な、薄絹に丁寧な刺繍が施された大判の布。私の訪問はごく限られた者にしか知らされていないそうだ。〝青の巫女〟のおともだちなどという存在は、なるべく人目をひかない方がどちらにとってもいいのだから、文句はない。
私はこの国のやんごとない身分の姫君風に偽装してセイカの元までいくために、これを身につけて躰のほとんどを隠し、静々と進んでいった。
「セイ……巫女姫さまのご容態はかなりお悪いのですか?」
「はい、どうかご覚悟ください。いまの巫女姫さまは、姫に憑依しようとする悪しきものと対峙されていらっしゃいます。悪しきものの力は強く、お苦しそうで……おいたわしいかぎりでございます」
クモイさんは、つとめて冷静に対応してくれているが、その憔悴ぶりはひと目見てわかるほどだ。周囲の方たちもきっと同様に疲弊されているに違いない。
「そう……大変でしたね。手紙にも書きましたが、私は〝呪〟に関しては、何度か大きなものの解呪に関わった経験があります。きっと彼女の助けになるはずです。絶対の自信はありませんが、高い魔法力と世界一の魔法使いに学んだ技術、そして青龍に師事して得た《聖魔法》もあります。できる限りの力は尽くすつもりでここへきました。他に手段がないのであれば、私に状況をお聞かせください」
「メイロードさま……」
やつれた顔のクモイの目にみるみる涙が溜まっていく。
大まかな状況については、大神殿内への立入許可の書面とともに、クモイさんが手紙で教えてくれていた。
〝青の巫女〟の務めとして、毎日行われている世界の安寧を祈願するための〝祈りの行〟と呼ばれる滝行のとき、その異変は起こった。水の中に一筋の黒いシミが現れると、それが巫女の躰にさながら大蛇の如く絡みつき、その禍々しいものは、そのままセイカの躰の中に吸い込まれてしまった。
セイカはその場で倒れ込み、そのとき得体の知れぬ何かが彼女に取り憑いたのだという。
「あの滝の水は最も清浄とされる霊山の源流から引き込まれた清い水のはずでございます。それにあのような禍々しいものが混じることなど、あり得ないことでございました」
クモイさんからの手紙を読んで、私は伝染病かと思われた奇病とセイカの呪いの間のつながりが見えてきた。
おそらくその霊山の源流に呪物が仕掛けられているのだ。
セイリュウと博士も同意見だったので、セイリュウたちのチームにはその線で動いてくれている。
(セイカを助けるんだ、絶対!)
「お待ち致しておりました、メイロードさま」
奥の院の入り口で深々と頭を下げているのは〝青の巫女〟にもっとも近しい侍従筆頭のクモイさん。彼女は私とセイカの関係を知る数少ない巫女姫の側近だ。私はこの非常事態に、手紙のやり取りができる彼女にコンタクトを取り、こうして大神殿の奥の院まで通してもらうことができた。
セイリュウは私が結界の内側に入れば、私から発せられる力をトリガーにしてその場所へ移動できるそうなので、水の汚染問題が片付いたらこちらにきてくれる手筈になっている。とはいっても、どちらが早く問題を解決できるかは、現状では予測がつかない。
最悪、私は最後までひとりでセイカを助けなければならないかもしれないという覚悟でいる。
そんな事情もあり、相手に警戒されてしまうような、たとえばいきなり魔法を使って強引に忍び込むといった方法は使いたくなかった。
とはいえ、沿海州の人間ですらないただ人の私がとれる方法は多くない。おそらく正攻法では大神殿にコンタクトを取ることすらまず不可能だろう。それになるべく時間をかけたくない。
それで、ソーヤに密書の配達を頼むことにした。普段であれば一通の手紙だけでは決してこんなに素早い対応で奥の院に上がることなどできないはずだが、私のことを知る数少ない奥の院の中にいる人物であるクモイさんへの直訴と、状況の逼迫がそれを可能にしたのだろう。
クモイさんはその場で手紙を読み、私が奥の院へ入れるよう取り計らうと約束してくれ、ソーヤにセイカ直筆の〝神殿立入許可状〟を持たせてくれた。
「これはいつかメイロードさまが巫女姫様にお会いになりたいと言われたときのためにご用意されていたものでございます。それを、まさかのようなときにお使いいただくことになりますとは……」
そう言って涙をこぼしていたという。
それほどに警備が厳重で面倒な神殿への立ち入りだが、セイカが用意してくれた許可状のおかげで、奥の院まで正攻法で入ることができ、私はとても安堵した。
(《迷彩魔法》を駆使して侵入することはできるだろうけど、できれば周囲の協力は得たいところだから、こうして正攻法で、しかも迅速に対応してくれて助かったな)
「では、誠に申し訳ございませんがこちらの布を頭からかけていただけますか、メイロードさま」
渡されたのはみるからに高価な、薄絹に丁寧な刺繍が施された大判の布。私の訪問はごく限られた者にしか知らされていないそうだ。〝青の巫女〟のおともだちなどという存在は、なるべく人目をひかない方がどちらにとってもいいのだから、文句はない。
私はこの国のやんごとない身分の姫君風に偽装してセイカの元までいくために、これを身につけて躰のほとんどを隠し、静々と進んでいった。
「セイ……巫女姫さまのご容態はかなりお悪いのですか?」
「はい、どうかご覚悟ください。いまの巫女姫さまは、姫に憑依しようとする悪しきものと対峙されていらっしゃいます。悪しきものの力は強く、お苦しそうで……おいたわしいかぎりでございます」
クモイさんは、つとめて冷静に対応してくれているが、その憔悴ぶりはひと目見てわかるほどだ。周囲の方たちもきっと同様に疲弊されているに違いない。
「そう……大変でしたね。手紙にも書きましたが、私は〝呪〟に関しては、何度か大きなものの解呪に関わった経験があります。きっと彼女の助けになるはずです。絶対の自信はありませんが、高い魔法力と世界一の魔法使いに学んだ技術、そして青龍に師事して得た《聖魔法》もあります。できる限りの力は尽くすつもりでここへきました。他に手段がないのであれば、私に状況をお聞かせください」
「メイロードさま……」
やつれた顔のクモイの目にみるみる涙が溜まっていく。
大まかな状況については、大神殿内への立入許可の書面とともに、クモイさんが手紙で教えてくれていた。
〝青の巫女〟の務めとして、毎日行われている世界の安寧を祈願するための〝祈りの行〟と呼ばれる滝行のとき、その異変は起こった。水の中に一筋の黒いシミが現れると、それが巫女の躰にさながら大蛇の如く絡みつき、その禍々しいものは、そのままセイカの躰の中に吸い込まれてしまった。
セイカはその場で倒れ込み、そのとき得体の知れぬ何かが彼女に取り憑いたのだという。
「あの滝の水は最も清浄とされる霊山の源流から引き込まれた清い水のはずでございます。それにあのような禍々しいものが混じることなど、あり得ないことでございました」
クモイさんからの手紙を読んで、私は伝染病かと思われた奇病とセイカの呪いの間のつながりが見えてきた。
おそらくその霊山の源流に呪物が仕掛けられているのだ。
セイリュウと博士も同意見だったので、セイリュウたちのチームにはその線で動いてくれている。
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