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5森に住む聖人候補
851 新たな〝呪〟
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851
過去に私と一緒に〝爆砂〟のダンジョンを封印した〝青の巫女〟セイカ・ミカミは大切な友人だ。
とはいっても、彼女はこの国で最も尊い存在なので、もちろん簡単に会えたりはしないとお互いよくわかっている。それでも四季折々の手紙を出し合い、ときには贈り物もやりとりしてきた。そんなセイカが病に倒れているというのだ。
それからもうひとつ、祝賀会で仕入れた噂話には私にある予感を抱かせるものがあった。
仮にこの流行病の原因が伝染性のものではなく、なんらかの〝呪〟の類であるとしたなら、それを解くことができるのは《聖魔法》とそれを駆使できる魔法力を持つ私かもしれない。
〔セイリュウ……これ……私はセイカのところへ向かうべきなのかしら?〕
いまもきっと私を見守ってくれているセイリュウに、私は《念話》で話しかけた。
すると、セイリュウはすぐに《無限回廊の扉》を抜けて現れた。私の縫った青のグラデーションの着流しを粋に着こなしたセイリュウはくつろいでいたところのようだが、その整いすぎている美しい顔は優しい目で微笑んでいて、何だかざわついていた気持ちが落ち着く。
「もうすぐソーヤの調査も終わるよね。その報告を聞いてから行動したほうがいいかな。とかく神殿の中のことは噂になりやすく、どの情報が正しいかは外部からは判かりづらいものだ。〝青の巫女〟の住む奥の院は複雑な結界のうちにあるし、僕も簡単に覗き見ることはできないけど、きっとソーヤならある程度確証のある情報を得てくるはずだからね」
「はい、私もそう思います。でも、もしセイカが〝呪〟を受けてしまったとするならば、これもシドの幼い皇女様に起こったあの事件となんらかのつながりがあるのかもしれません……」
「……」
セイリュウは少し考え込む。
「もしセイカのところへ行かなければならなくなったら一緒に行ってくれますか、セイリュウ?」
「もちろん行こう。巫女は人と神とをつなぐ者。僕の領分だよ」
セイリュウが優しく微笑んでそう言ってくれたことで、私は少し安堵する。
そこへソーヤが戻ってきた。
「お待たせいたしました、メイロードさま!」
「お疲れさま、ソーヤ。どう、情報は何かあった?」
そこからのソーヤの報告は、私とセイリュウの危惧の裏付けとなるようなものばかりだった。
「隣国で広まっていた病気の原因として特定されつつあったのは、水でございました」
隣国ハーラーの名水として名高い川の水系沿いに、今回の突然倒れて動けなくなるという奇病は集中しているそうだ。すでにかなりの死者が出ているというこの奇病は、突然お高熱に倒れてから食べることも飲むこともできない状態になってしまうため、あっという間に衰弱してしまうのだという。
いまの所の唯一の回復法は〝ポーション〟で、これだけは吐き出さずに飲めるらしく、これで体力をうまく温存できれば回復に向かうらしい。
「ですがそのせいで〝ポーション〟の値段が高騰してしまい、それどころかお金を積んでも手に入らないという状況になってしまっています。それでなくても沿海州では魔法薬は作れる人が少ないですから貴重品なのです。もちろん大陸よりもずっと高値ですから、もしこの病にかかれば命はないと知った庶民の恐怖と苛立ちは相当なものです」
「魔法薬を求めて下手をすれば暴動か……」
「この状況がこれ以上広まれば、それもなくはないでしょうね」
「そうか……厳しいな……」
「現在はその水源の水を使わないように命令が出ているようですが、その水源を使うしかない地域もあるらしく苦渋の選択を迫られたり、土地を離れることを考えている者も多く出てきています。これが広がればハーラーは荒れるでしょうし、他の近隣諸国も余波を受けることになるでしょう」
病人と難民とが一気に他国へと流れることになれば、各国間の往来の制限が必ず起こる。流通が滞ればますます人々の生活は困難になるだろう。
「収束させるにはとにかく元を断つしかないわよね」
「それは私が行くよ、メイロード」
そう言ったのはセイリュウ。
「恐らくその川の源流の何処かになんらかの呪具が仕掛けられているはずだ。それを破壊すれば、病人がそれ以上増えることはないだろうからね」
「じゃ、私も……」
「いや、メイロードは先にミカミの巫女のところへ向かった方がいい。これだけの大規模な呪詛に関われるような禍々しいものに囚われているとすれば、巫女の命は長くない。助けたいのだろう……〝青の巫女〟を」
そう言って微笑むセイリュウに私はうなづく。
「こちらはグッケンス博士の力も借りることにするよ。あの博士は呪物が大好きだから、きっとすぐきてくれるさ」
セイリュウは悪戯っぽく微笑むとすぐに部屋を出ていった。きっと龍の姿で空を駆けて行くのだ。
(頼みます、セイリュウ!)
私は気持ちを切り替えて、セイカの状況についてソーヤの報告を聞く。
「噂については本当でした。しかも状況はかなり深刻で、奥の院では側仕え数名が倒れて命の危うい状況です。巫女には近づくことも難しく隔離状態で誰も手が出せないままに置かれているようでした。巫女に何が起こっているのかについて正確にわかっている者はおらず、ただ禍々しい何かが〝憑いている〟ということだけしか情報はつかめませんでした」
大神殿では、連日連夜の祈祷が捧げられているそうだが、巫女から発せられる〝悪しきもの〟を外部で漏らさないようにするだけで精一杯のようで、回復への希望はないという絶望的な状況に側近たちは泣き崩れるしかない状態だという。
(これは……すぐ行かなくちゃ! 待っててね、セイカ!)
過去に私と一緒に〝爆砂〟のダンジョンを封印した〝青の巫女〟セイカ・ミカミは大切な友人だ。
とはいっても、彼女はこの国で最も尊い存在なので、もちろん簡単に会えたりはしないとお互いよくわかっている。それでも四季折々の手紙を出し合い、ときには贈り物もやりとりしてきた。そんなセイカが病に倒れているというのだ。
それからもうひとつ、祝賀会で仕入れた噂話には私にある予感を抱かせるものがあった。
仮にこの流行病の原因が伝染性のものではなく、なんらかの〝呪〟の類であるとしたなら、それを解くことができるのは《聖魔法》とそれを駆使できる魔法力を持つ私かもしれない。
〔セイリュウ……これ……私はセイカのところへ向かうべきなのかしら?〕
いまもきっと私を見守ってくれているセイリュウに、私は《念話》で話しかけた。
すると、セイリュウはすぐに《無限回廊の扉》を抜けて現れた。私の縫った青のグラデーションの着流しを粋に着こなしたセイリュウはくつろいでいたところのようだが、その整いすぎている美しい顔は優しい目で微笑んでいて、何だかざわついていた気持ちが落ち着く。
「もうすぐソーヤの調査も終わるよね。その報告を聞いてから行動したほうがいいかな。とかく神殿の中のことは噂になりやすく、どの情報が正しいかは外部からは判かりづらいものだ。〝青の巫女〟の住む奥の院は複雑な結界のうちにあるし、僕も簡単に覗き見ることはできないけど、きっとソーヤならある程度確証のある情報を得てくるはずだからね」
「はい、私もそう思います。でも、もしセイカが〝呪〟を受けてしまったとするならば、これもシドの幼い皇女様に起こったあの事件となんらかのつながりがあるのかもしれません……」
「……」
セイリュウは少し考え込む。
「もしセイカのところへ行かなければならなくなったら一緒に行ってくれますか、セイリュウ?」
「もちろん行こう。巫女は人と神とをつなぐ者。僕の領分だよ」
セイリュウが優しく微笑んでそう言ってくれたことで、私は少し安堵する。
そこへソーヤが戻ってきた。
「お待たせいたしました、メイロードさま!」
「お疲れさま、ソーヤ。どう、情報は何かあった?」
そこからのソーヤの報告は、私とセイリュウの危惧の裏付けとなるようなものばかりだった。
「隣国で広まっていた病気の原因として特定されつつあったのは、水でございました」
隣国ハーラーの名水として名高い川の水系沿いに、今回の突然倒れて動けなくなるという奇病は集中しているそうだ。すでにかなりの死者が出ているというこの奇病は、突然お高熱に倒れてから食べることも飲むこともできない状態になってしまうため、あっという間に衰弱してしまうのだという。
いまの所の唯一の回復法は〝ポーション〟で、これだけは吐き出さずに飲めるらしく、これで体力をうまく温存できれば回復に向かうらしい。
「ですがそのせいで〝ポーション〟の値段が高騰してしまい、それどころかお金を積んでも手に入らないという状況になってしまっています。それでなくても沿海州では魔法薬は作れる人が少ないですから貴重品なのです。もちろん大陸よりもずっと高値ですから、もしこの病にかかれば命はないと知った庶民の恐怖と苛立ちは相当なものです」
「魔法薬を求めて下手をすれば暴動か……」
「この状況がこれ以上広まれば、それもなくはないでしょうね」
「そうか……厳しいな……」
「現在はその水源の水を使わないように命令が出ているようですが、その水源を使うしかない地域もあるらしく苦渋の選択を迫られたり、土地を離れることを考えている者も多く出てきています。これが広がればハーラーは荒れるでしょうし、他の近隣諸国も余波を受けることになるでしょう」
病人と難民とが一気に他国へと流れることになれば、各国間の往来の制限が必ず起こる。流通が滞ればますます人々の生活は困難になるだろう。
「収束させるにはとにかく元を断つしかないわよね」
「それは私が行くよ、メイロード」
そう言ったのはセイリュウ。
「恐らくその川の源流の何処かになんらかの呪具が仕掛けられているはずだ。それを破壊すれば、病人がそれ以上増えることはないだろうからね」
「じゃ、私も……」
「いや、メイロードは先にミカミの巫女のところへ向かった方がいい。これだけの大規模な呪詛に関われるような禍々しいものに囚われているとすれば、巫女の命は長くない。助けたいのだろう……〝青の巫女〟を」
そう言って微笑むセイリュウに私はうなづく。
「こちらはグッケンス博士の力も借りることにするよ。あの博士は呪物が大好きだから、きっとすぐきてくれるさ」
セイリュウは悪戯っぽく微笑むとすぐに部屋を出ていった。きっと龍の姿で空を駆けて行くのだ。
(頼みます、セイリュウ!)
私は気持ちを切り替えて、セイカの状況についてソーヤの報告を聞く。
「噂については本当でした。しかも状況はかなり深刻で、奥の院では側仕え数名が倒れて命の危うい状況です。巫女には近づくことも難しく隔離状態で誰も手が出せないままに置かれているようでした。巫女に何が起こっているのかについて正確にわかっている者はおらず、ただ禍々しい何かが〝憑いている〟ということだけしか情報はつかめませんでした」
大神殿では、連日連夜の祈祷が捧げられているそうだが、巫女から発せられる〝悪しきもの〟を外部で漏らさないようにするだけで精一杯のようで、回復への希望はないという絶望的な状況に側近たちは泣き崩れるしかない状態だという。
(これは……すぐ行かなくちゃ! 待っててね、セイカ!)
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