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5森に住む聖人候補
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私の静かなスローライフ生活も、いろいろあってもう三回目の引っ越しだ。当然、設営は慣れたもの。家はすでに作ってあるものを移動させるだけなので、新たな木材もほとんどいらないし、取り立てて必要な大きな準備もない。
それに加えて、今回の移動先がすでによく知っている場所ということもあり、行動について迷いもなかった。
(山の中の小さな空き地をとりあえず探して……っと。そこを軽く魔法で地ならしして基礎ごと家を置いてしまえば、それでとりあえずわが家は完成だよね。たぶん半日もあれば引っ越し完了で、いつもの生活に戻れるかな)
「家の設置場所はこの辺りでよろしいですか、メイロードさま」
一本の大きな木が程よく日陰を作ってくれている場所をアタタガ・フライが指差す。
「ありがとうアタタガ、うん、いいと思うわ。さて、あとは柵を作って、畑を少し整えれば引っ越し完了ね」
今度の住処はバンダッタ港の奥に広がる大森林の中にある。これまでと違うところは近くにケモノ道すらないところを選んだことだ。この空き地は上空からアタタガと一緒に探した場所で、小さな泉のある小さな草地だが、人はまったく足を踏み入れた様子のない奥地にある。
(きっと結界が作れなかったら、こんなところ怖くて住めないって思っちゃうかもしれないなぁ……まぁ、私にはなんの問題もないけどね)
スキルを使って周囲の状況をみたところ、近くでは山の実りもいろいろと採れそうで、なかなか楽しめそうだし、静かでいい場所だと思える。
「よし! 必要なものは設置したし、今日のところはこんなものかしらね。アタタガ、セーヤ、ソーヤ、今日の大きな作業は終わりよ。おやつの時間にしましょう!」
私の言葉に、掃除をしてくれたり、畑を整えてくれていた三人が駆け寄ってくる。
「今日におやつは日本茶と豆大福。それにお漬物ね」
最近凝っている和菓子シリーズの大福は、この世界で見つけた素材だけで作れるようになっている。食感や味が似た豆を見つけるまではなかなか大変だったが、見つけてしまえば私の《緑の手》がいい仕事をしてくれるので、すぐに最高品質のものを手に入れることができるのだ。
どこに行っても《鑑定》を常時発動にして、とにかく調べまくったおかげでこの世界の素材にはだいぶ詳しくなれたように思う。そのおかげで素材探しは楽になったが、食べるとなるとやはりそれなりの試行錯誤は必要で、今日のおやつの豆大福も満足のいく出来になるまでは何度も失敗したものだ。
(それでもまだ、以前の世界でお気に入りだった老舗の味には全然届かないけどね)
「このよく伸びるモチの中に練り込まれたほのかな塩気のある豆と内側に仕込まれた餡の程よい甘さが絶妙でございます。モチに練り込まれた豆は存在感があり、中に包まれた豆はとてもやわらかくサラリと溶けるような食感。実に、実に均整の取れたお味でございます。ああお茶が、お漬物が美味しい!」
両手にガッツリ豆大福を握りながらソーヤが褒め称えてくれているので、きっといい出来なのだろう。セーヤとアタタガも美味しく食べてくれているなら、それでよし。
ひと仕事を終え、そんなまったりとしたお茶会タイムをしていると、玄関の扉をコツコツと叩く音がした。
「え? こんなところに誰がきたのかな? いくらなんでも山仕事の人たちが見つけるには早すぎるよね。それに《索敵》にも引っ掛からなかったし……」
「人がここに辿り着くのはかなり大変なはずです。道もございませんし……それはないでしょう」
「ともかく、用心しつつ扉を開けましょうか」
私が促すとセーヤがすぐに立ち上がりドアの前で声をかけた。
「失礼ですが、どちらさまでございましょうか」
警戒しつつも冷静な態度を崩さないセーヤの声に、落ち着いた不思議な響きのある声が答える。
「お忙しい中申し訳ございません。我らが救い主のご帰還を感じ取り、矢も盾もたまらず馳せ参じさせていただきました。どうぞお目通りをお願い申し上げます」
「わが主人を〝救い主〟とおっしゃるのであれば、あなたはバンダッタの街に関わる方でしょうか?」
「いえ、私はこの森に住む者です。長い間、再びこの地に救い主である女神さまが降臨なされる日を一日千秋の思いでお待ちしておりました。どうか、直接感謝の言葉をお伝えさせていただきたいのでございます!」
(どういうことだろう。森の妖精さんなのかな?)
森に関係する者だというのなら、確かに心当たりがないわけでもない。それに、ここはエントのように人と対話できる不思議な植物だっている世界だ。何が訪ねてきてもおかしくはないだろう。特に危険な様子がないならば、話は聞くべきだ。
「いいわセーヤ、お会いしましょう。通して差し上げて」
私の言葉で玄関の扉が開けられると、そこには全身が新芽のような鮮やかな明るい緑色をしており、長く細い葉のような髪をした、緑のグラデーションのヒラヒラした服をまとった背の高い綺麗な人型の何かが立っていた。
「ドライアド……ですか?」
アタタガ・フライがその姿を見てそう言った。
「はい、お初にお目にかかります。私はこの森に住む樹木の妖精〝ドライアド〟でございます。我らが救い主へのお目通りをお許しいただき、ありがとうございます」
よく見ればその服からは緑の枝のようなものがいくつも生えていて、人型をしながらも植物らしい姿形だ。
ドライアドは私の前まで来るとそれは嬉しそうな表情を浮かべ、膝をつき深く長いお辞儀をした。
「こうして御礼を申し上げることができることすらも、あなたさまのお力でございます」
その瞳は私を見つめて、ものすごく熱っぽいものだった。
(なんだろう、この圧は?)
私の静かなスローライフ生活も、いろいろあってもう三回目の引っ越しだ。当然、設営は慣れたもの。家はすでに作ってあるものを移動させるだけなので、新たな木材もほとんどいらないし、取り立てて必要な大きな準備もない。
それに加えて、今回の移動先がすでによく知っている場所ということもあり、行動について迷いもなかった。
(山の中の小さな空き地をとりあえず探して……っと。そこを軽く魔法で地ならしして基礎ごと家を置いてしまえば、それでとりあえずわが家は完成だよね。たぶん半日もあれば引っ越し完了で、いつもの生活に戻れるかな)
「家の設置場所はこの辺りでよろしいですか、メイロードさま」
一本の大きな木が程よく日陰を作ってくれている場所をアタタガ・フライが指差す。
「ありがとうアタタガ、うん、いいと思うわ。さて、あとは柵を作って、畑を少し整えれば引っ越し完了ね」
今度の住処はバンダッタ港の奥に広がる大森林の中にある。これまでと違うところは近くにケモノ道すらないところを選んだことだ。この空き地は上空からアタタガと一緒に探した場所で、小さな泉のある小さな草地だが、人はまったく足を踏み入れた様子のない奥地にある。
(きっと結界が作れなかったら、こんなところ怖くて住めないって思っちゃうかもしれないなぁ……まぁ、私にはなんの問題もないけどね)
スキルを使って周囲の状況をみたところ、近くでは山の実りもいろいろと採れそうで、なかなか楽しめそうだし、静かでいい場所だと思える。
「よし! 必要なものは設置したし、今日のところはこんなものかしらね。アタタガ、セーヤ、ソーヤ、今日の大きな作業は終わりよ。おやつの時間にしましょう!」
私の言葉に、掃除をしてくれたり、畑を整えてくれていた三人が駆け寄ってくる。
「今日におやつは日本茶と豆大福。それにお漬物ね」
最近凝っている和菓子シリーズの大福は、この世界で見つけた素材だけで作れるようになっている。食感や味が似た豆を見つけるまではなかなか大変だったが、見つけてしまえば私の《緑の手》がいい仕事をしてくれるので、すぐに最高品質のものを手に入れることができるのだ。
どこに行っても《鑑定》を常時発動にして、とにかく調べまくったおかげでこの世界の素材にはだいぶ詳しくなれたように思う。そのおかげで素材探しは楽になったが、食べるとなるとやはりそれなりの試行錯誤は必要で、今日のおやつの豆大福も満足のいく出来になるまでは何度も失敗したものだ。
(それでもまだ、以前の世界でお気に入りだった老舗の味には全然届かないけどね)
「このよく伸びるモチの中に練り込まれたほのかな塩気のある豆と内側に仕込まれた餡の程よい甘さが絶妙でございます。モチに練り込まれた豆は存在感があり、中に包まれた豆はとてもやわらかくサラリと溶けるような食感。実に、実に均整の取れたお味でございます。ああお茶が、お漬物が美味しい!」
両手にガッツリ豆大福を握りながらソーヤが褒め称えてくれているので、きっといい出来なのだろう。セーヤとアタタガも美味しく食べてくれているなら、それでよし。
ひと仕事を終え、そんなまったりとしたお茶会タイムをしていると、玄関の扉をコツコツと叩く音がした。
「え? こんなところに誰がきたのかな? いくらなんでも山仕事の人たちが見つけるには早すぎるよね。それに《索敵》にも引っ掛からなかったし……」
「人がここに辿り着くのはかなり大変なはずです。道もございませんし……それはないでしょう」
「ともかく、用心しつつ扉を開けましょうか」
私が促すとセーヤがすぐに立ち上がりドアの前で声をかけた。
「失礼ですが、どちらさまでございましょうか」
警戒しつつも冷静な態度を崩さないセーヤの声に、落ち着いた不思議な響きのある声が答える。
「お忙しい中申し訳ございません。我らが救い主のご帰還を感じ取り、矢も盾もたまらず馳せ参じさせていただきました。どうぞお目通りをお願い申し上げます」
「わが主人を〝救い主〟とおっしゃるのであれば、あなたはバンダッタの街に関わる方でしょうか?」
「いえ、私はこの森に住む者です。長い間、再びこの地に救い主である女神さまが降臨なされる日を一日千秋の思いでお待ちしておりました。どうか、直接感謝の言葉をお伝えさせていただきたいのでございます!」
(どういうことだろう。森の妖精さんなのかな?)
森に関係する者だというのなら、確かに心当たりがないわけでもない。それに、ここはエントのように人と対話できる不思議な植物だっている世界だ。何が訪ねてきてもおかしくはないだろう。特に危険な様子がないならば、話は聞くべきだ。
「いいわセーヤ、お会いしましょう。通して差し上げて」
私の言葉で玄関の扉が開けられると、そこには全身が新芽のような鮮やかな明るい緑色をしており、長く細い葉のような髪をした、緑のグラデーションのヒラヒラした服をまとった背の高い綺麗な人型の何かが立っていた。
「ドライアド……ですか?」
アタタガ・フライがその姿を見てそう言った。
「はい、お初にお目にかかります。私はこの森に住む樹木の妖精〝ドライアド〟でございます。我らが救い主へのお目通りをお許しいただき、ありがとうございます」
よく見ればその服からは緑の枝のようなものがいくつも生えていて、人型をしながらも植物らしい姿形だ。
ドライアドは私の前まで来るとそれは嬉しそうな表情を浮かべ、膝をつき深く長いお辞儀をした。
「こうして御礼を申し上げることができることすらも、あなたさまのお力でございます」
その瞳は私を見つめて、ものすごく熱っぽいものだった。
(なんだろう、この圧は?)
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