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5森に住む聖人候補
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「……というわけで、見聞を広めるために旅へ出ているといいつつ、山奥で引きこもってたんだけど、どうも落ち着けなくてね。
それで、今度は私のことをわかっている人もいる場所がいいかなって、バンダッタに来たの。ということで、この領地のどこかに住もうと思っているんだけど、深い森の中で暮らすつもりだから気にしないでね。
せっかく魚の美味しい場所に住むのだし、街にもたまには顔を出すつもりよ!」
突然沿海州の港街バンダッタの領主館にやってきたメイロードは、そう言って楽しそうに笑った。
領主館の執務室に誰も他の者がいないごく短い時間を、狙い澄ましたように突然現れた、この街と彼自身の救い主に、現領主タイチ・ガウラムはペンを置き笑顔で答える。
「それは、もちろんどこでもお好きなところに住んでいただいてかまいませんが、必要ならいくらでもお屋敷はご用意いたしますよ」
「ああ、それは本当にいいの。私はひとり静かに休暇を過ごしたいから、山の中がいいのよ」
「ではすぐにエダイ親方につなぎを……」
「それもあとでいいわ。私は山の奥に適当に住むから、いるってことだけ知らせておいてくれるだけでいいの」
メイロードに大恩のあるタイチとしては、突然とはいえ久しぶりに現れたこの街の女神をできる限り歓待したいと思っていたが、どうやらそれは彼女の望みではないらしい。
「ああ、それから私は〝見習い薬師のメイロード〟としてやってきているのでよろしく。今日は普段のままだけど、これから街に来るときは髪型も変えるし魔法も使うから、タイチでもわからないかもしれないわね」
そう言うとメイロードは短い髪のかつらを被り《認知阻害》の魔法を自分にかけてみせた。
「な……るほど。実に不思議ですが、メイロード様を存じ上げている私でも、この状態では確証を持てませんね。実にお見事です」
「でしょう? 私の髪や容姿は隠れて暮らすには不向きだから、こうすることにしたの。
最初にも話したけど、実はこれまで他の場所でも隠遁生活をしてみたの。でも、どうもうまくいかなくてね。今度は誰も私を知らない場所じゃなく、私を知っている人もいる場所で隠遁してみようと思ったの」
「もしや、いろいろと事件やら何やらがあったということでございますか?」
「うん……まぁね」
タイチはそのとき、その事件の原因はメイロードにもあるのではと少し考えた。親切でお節介でそして不思議な知識の塊である彼女のことだ。おそらくそこでの事件もまた、この街を救ってくれたときにように彼女の好意から発したに違いないだろう。
そのちょっとした彼女の手助けは、きっとそれはその里の人たちに大いなる恩恵を与えた。
その結果として、必要以上に目立ってしまったり、正体がバレそうになってしまった……といった顛末もタイチには容易に想像がついた。
(変わりませんね、メイロードさま)
「わかりました。それでは、メイロードさまのご逗留については私と山守の親方の心にだけ留めておきましょう」
「そうしてくれると助かるわ。ときどき市場の新鮮な魚介を買いにくるわね、じゃ!」
そう言うとメイロードは軽やかな足取りで、そのまま部屋を去っていった。その姿は部屋を出た瞬間に消えていたが、きっと魔法で隠れたのだとタイチにはすぐわかった。
その消えてしまった姿の方向を見ながら
(メイロードさま、当地へのご逗留を心より歓迎申し上げます。何かございましたら、すぐ領主館へお知らせください。何をおいても最優先で対応させていただきます……なぜかそれは近いうちのような気がいたしますねぇ)
メイロードたちとこの領地を立て直した怒涛の日々を思い出しながら、タイチはクスッと笑い、再び机に向かい仕事を始めようとしてまたクスリと笑う。
(本当に変わりませんね。お気遣いありがとうございます)
机の上にはメイロードのお土産のたくさんのお茶菓子と一輪の野の花が置かれていた。
「……というわけで、見聞を広めるために旅へ出ているといいつつ、山奥で引きこもってたんだけど、どうも落ち着けなくてね。
それで、今度は私のことをわかっている人もいる場所がいいかなって、バンダッタに来たの。ということで、この領地のどこかに住もうと思っているんだけど、深い森の中で暮らすつもりだから気にしないでね。
せっかく魚の美味しい場所に住むのだし、街にもたまには顔を出すつもりよ!」
突然沿海州の港街バンダッタの領主館にやってきたメイロードは、そう言って楽しそうに笑った。
領主館の執務室に誰も他の者がいないごく短い時間を、狙い澄ましたように突然現れた、この街と彼自身の救い主に、現領主タイチ・ガウラムはペンを置き笑顔で答える。
「それは、もちろんどこでもお好きなところに住んでいただいてかまいませんが、必要ならいくらでもお屋敷はご用意いたしますよ」
「ああ、それは本当にいいの。私はひとり静かに休暇を過ごしたいから、山の中がいいのよ」
「ではすぐにエダイ親方につなぎを……」
「それもあとでいいわ。私は山の奥に適当に住むから、いるってことだけ知らせておいてくれるだけでいいの」
メイロードに大恩のあるタイチとしては、突然とはいえ久しぶりに現れたこの街の女神をできる限り歓待したいと思っていたが、どうやらそれは彼女の望みではないらしい。
「ああ、それから私は〝見習い薬師のメイロード〟としてやってきているのでよろしく。今日は普段のままだけど、これから街に来るときは髪型も変えるし魔法も使うから、タイチでもわからないかもしれないわね」
そう言うとメイロードは短い髪のかつらを被り《認知阻害》の魔法を自分にかけてみせた。
「な……るほど。実に不思議ですが、メイロード様を存じ上げている私でも、この状態では確証を持てませんね。実にお見事です」
「でしょう? 私の髪や容姿は隠れて暮らすには不向きだから、こうすることにしたの。
最初にも話したけど、実はこれまで他の場所でも隠遁生活をしてみたの。でも、どうもうまくいかなくてね。今度は誰も私を知らない場所じゃなく、私を知っている人もいる場所で隠遁してみようと思ったの」
「もしや、いろいろと事件やら何やらがあったということでございますか?」
「うん……まぁね」
タイチはそのとき、その事件の原因はメイロードにもあるのではと少し考えた。親切でお節介でそして不思議な知識の塊である彼女のことだ。おそらくそこでの事件もまた、この街を救ってくれたときにように彼女の好意から発したに違いないだろう。
そのちょっとした彼女の手助けは、きっとそれはその里の人たちに大いなる恩恵を与えた。
その結果として、必要以上に目立ってしまったり、正体がバレそうになってしまった……といった顛末もタイチには容易に想像がついた。
(変わりませんね、メイロードさま)
「わかりました。それでは、メイロードさまのご逗留については私と山守の親方の心にだけ留めておきましょう」
「そうしてくれると助かるわ。ときどき市場の新鮮な魚介を買いにくるわね、じゃ!」
そう言うとメイロードは軽やかな足取りで、そのまま部屋を去っていった。その姿は部屋を出た瞬間に消えていたが、きっと魔法で隠れたのだとタイチにはすぐわかった。
その消えてしまった姿の方向を見ながら
(メイロードさま、当地へのご逗留を心より歓迎申し上げます。何かございましたら、すぐ領主館へお知らせください。何をおいても最優先で対応させていただきます……なぜかそれは近いうちのような気がいたしますねぇ)
メイロードたちとこの領地を立て直した怒涛の日々を思い出しながら、タイチはクスッと笑い、再び机に向かい仕事を始めようとしてまたクスリと笑う。
(本当に変わりませんね。お気遣いありがとうございます)
机の上にはメイロードのお土産のたくさんのお茶菓子と一輪の野の花が置かれていた。
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