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5森に住む聖人候補
838 断罪
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838
「サルエル、貴様の狡猾なやり方については、すでにすべて把握している。申し開きなどできると思うな」
それまでの慇懃無礼な態度から豹変し、その男は怒りを滲ませた口調でサルエルに迫った。
男の冷たい光をはらんだ瞳はサルエルをたじろがせるに十分で、つい先ほどまで、そのやけに見目の良いスラリとした若造のことを、ただの調査係の伝書鳩だと思っていたサルエルも、この状況に至って男が只者ではないとやっと気がついた。
一瞬組み伏せることはできないかとも思ったが、サルエルに対峙するその男の身のこなしには隙がなく、武道の心得などほとんどないサルエルでも、これを制圧するためには人数が必要だと思えた。もちろん、この状況に至った瞬間からサルエルは机に仕込んだ呼び出し装置で衛兵に知らせを送り続けてはいた。だが、ドアの外は静まり返っていていて、誰かが近づいてくる気配もない。
(衛兵は一体何をしているんだ!! 奴らはこんなときのために飼っているのではないか!! ええい! 穀潰しどもがぁ!!)
顔や背中にだらだらと落ちる汗を拭うことも忘れて、それでもサルエルは冷静さを必死になって装いつつ、この状況の打開策を考える。だが男の追求は極めて冷静でありながら的確で、その言葉からサルエルの裏帳簿に記載された不正だけでなく、個人の蓄財のために税制を悪用して物品の価格を釣り上げた相場操作の経緯まですべてがつまびらかになっていた。
「貴様のような愚かな輩のために、領民を苦しめご領主様の心を煩わせるなど、あってはならないことだ。万死に値する!」
「ご領主……さま? まさか、このことはご領主様にまで伝わって……」
サルエルの躰はひどく震え始めており、言葉も消えいるようだ。自慢の頭脳も想定外すぎる緊急事態に直面して、もううまく働かない。
サルエルの質問に一瞬考えた若い男は話を続けた。
「伝わる? まぁ、そういうことだ。まず、あの炭焼き窯を作られたのはご領主様の知人だ。その者の訴えにより、今回の件についての調査依頼は、ご領主様直々に申し付けられたのだからな」
「ヒィ!!」
男の言葉にサルエルは自分には抗う術がないことを一瞬で突きつけられた。領主が相手となれば、これはたとえ自分に非がなくとも、その名誉を汚したと思われただけで処罰の対象となる。もし領主の前でこれだけの証拠がある中、一言でも口を開けばそれだけで首が飛んでもおかしくないのだ。
(私は終わった。もう、すべては終わった。私は死ぬのだ。死ぬ……死ぬ……)
すでにことが領主にまで及んでいる時点で詰んだと諦めたサルエルは、死もしくはそれ以上の拷問の恐怖に、取り憑かれたように震えながらフラフラとし始める。
「だが、お前が几帳面な悪党で助かったよ。書類から、お前の過去の悪行もすべて告発できそうだ」
そう言いながら男は厳重に封印してあったはずの過去の裏帳簿のひとつを手に取った。
「お前の帳簿改竄は実に見事で、お前と同様の仕事をしている者たちでも、この裏帳簿があって初めてその具体的な横領金額が掴めるほどだった。その能力を自らの蓄財のために使わなければ、極めて有能な官吏として良い将来もあっただろうに、情けないことだな」
男の言葉にピクリと肩を動かしたサルエルは、突然大声で喚き始めた。
「うるさい! うるさいぞ若造!!
お前に私の何がわかるというのだ。いくら優秀でも家督は継げず、家の財産も貰えず、無能な兄が贅沢三昧の生活をしているのに、あいつらの飲む高価な茶の一杯も買えない私の惨めさなど、お前たちにわかるわけがない!!」
「だから不正をしていいという理由はどこにもないが?」
「私は誰よりも努力した。子供のころから寝る間を惜しんで学び続け、家業をさらに発展させられるだけの知識を身につけようとしてきた。だが、私に押し付けられたのは何の決定権もない従業員以下の扱いだけ……だから私は家を出て官吏の道へ進んだ。だが、そこでも私はいち職員に過ぎず、微々たる昇進と昇給だけしか得られるものはなかった」
サルエルの不正は彼の自尊心を踏みにじったすべてに対する復讐だと、涙ながらに語る彼にさらに蔑みの目を向けた若い男はこう言い捨てた。
「その不正で得た蓄財は本来この領地の人々を助けるために使われるはずのものだ。お前の虚栄心を満たすために使える金などいちカルもありはしない。お前は目の前の金に屈服し、その奴隷となっただけだ。お前のように愚かで卑しい者は、常に領民の幸せをお考えになられているご領主様の官吏には、決していてはならないと知るがいい!」
「奴隷……卑しい……愚かで……卑しい? はは、はははは」
おそらく最も言われたくない言葉を年若い男に正面からぶつけられ、それを否定する言葉がないサルエルは、狂ったように笑い始めた。
(愚か者の最後だ。優れた人間のつもりでしくじった男の最後だ。そうか、私は卑しいか。私は愚かだから、失敗したのか……)
ひとしきり笑ったサルエルは床にしゃがみ込み、首をぐったりと下に向けたまま動かなくなった。
「では、ご領主様からの貴様に対する処分を伝えよう」
男は書面を取り出すと、とても澄んだ冷静な声で読み上げ始めた。
「ロームバルト王国内マリス伯爵領、北部管理局主計局長サルエルの不正に対する懲罰は以下のものとする」
「サルエル、貴様の狡猾なやり方については、すでにすべて把握している。申し開きなどできると思うな」
それまでの慇懃無礼な態度から豹変し、その男は怒りを滲ませた口調でサルエルに迫った。
男の冷たい光をはらんだ瞳はサルエルをたじろがせるに十分で、つい先ほどまで、そのやけに見目の良いスラリとした若造のことを、ただの調査係の伝書鳩だと思っていたサルエルも、この状況に至って男が只者ではないとやっと気がついた。
一瞬組み伏せることはできないかとも思ったが、サルエルに対峙するその男の身のこなしには隙がなく、武道の心得などほとんどないサルエルでも、これを制圧するためには人数が必要だと思えた。もちろん、この状況に至った瞬間からサルエルは机に仕込んだ呼び出し装置で衛兵に知らせを送り続けてはいた。だが、ドアの外は静まり返っていていて、誰かが近づいてくる気配もない。
(衛兵は一体何をしているんだ!! 奴らはこんなときのために飼っているのではないか!! ええい! 穀潰しどもがぁ!!)
顔や背中にだらだらと落ちる汗を拭うことも忘れて、それでもサルエルは冷静さを必死になって装いつつ、この状況の打開策を考える。だが男の追求は極めて冷静でありながら的確で、その言葉からサルエルの裏帳簿に記載された不正だけでなく、個人の蓄財のために税制を悪用して物品の価格を釣り上げた相場操作の経緯まですべてがつまびらかになっていた。
「貴様のような愚かな輩のために、領民を苦しめご領主様の心を煩わせるなど、あってはならないことだ。万死に値する!」
「ご領主……さま? まさか、このことはご領主様にまで伝わって……」
サルエルの躰はひどく震え始めており、言葉も消えいるようだ。自慢の頭脳も想定外すぎる緊急事態に直面して、もううまく働かない。
サルエルの質問に一瞬考えた若い男は話を続けた。
「伝わる? まぁ、そういうことだ。まず、あの炭焼き窯を作られたのはご領主様の知人だ。その者の訴えにより、今回の件についての調査依頼は、ご領主様直々に申し付けられたのだからな」
「ヒィ!!」
男の言葉にサルエルは自分には抗う術がないことを一瞬で突きつけられた。領主が相手となれば、これはたとえ自分に非がなくとも、その名誉を汚したと思われただけで処罰の対象となる。もし領主の前でこれだけの証拠がある中、一言でも口を開けばそれだけで首が飛んでもおかしくないのだ。
(私は終わった。もう、すべては終わった。私は死ぬのだ。死ぬ……死ぬ……)
すでにことが領主にまで及んでいる時点で詰んだと諦めたサルエルは、死もしくはそれ以上の拷問の恐怖に、取り憑かれたように震えながらフラフラとし始める。
「だが、お前が几帳面な悪党で助かったよ。書類から、お前の過去の悪行もすべて告発できそうだ」
そう言いながら男は厳重に封印してあったはずの過去の裏帳簿のひとつを手に取った。
「お前の帳簿改竄は実に見事で、お前と同様の仕事をしている者たちでも、この裏帳簿があって初めてその具体的な横領金額が掴めるほどだった。その能力を自らの蓄財のために使わなければ、極めて有能な官吏として良い将来もあっただろうに、情けないことだな」
男の言葉にピクリと肩を動かしたサルエルは、突然大声で喚き始めた。
「うるさい! うるさいぞ若造!!
お前に私の何がわかるというのだ。いくら優秀でも家督は継げず、家の財産も貰えず、無能な兄が贅沢三昧の生活をしているのに、あいつらの飲む高価な茶の一杯も買えない私の惨めさなど、お前たちにわかるわけがない!!」
「だから不正をしていいという理由はどこにもないが?」
「私は誰よりも努力した。子供のころから寝る間を惜しんで学び続け、家業をさらに発展させられるだけの知識を身につけようとしてきた。だが、私に押し付けられたのは何の決定権もない従業員以下の扱いだけ……だから私は家を出て官吏の道へ進んだ。だが、そこでも私はいち職員に過ぎず、微々たる昇進と昇給だけしか得られるものはなかった」
サルエルの不正は彼の自尊心を踏みにじったすべてに対する復讐だと、涙ながらに語る彼にさらに蔑みの目を向けた若い男はこう言い捨てた。
「その不正で得た蓄財は本来この領地の人々を助けるために使われるはずのものだ。お前の虚栄心を満たすために使える金などいちカルもありはしない。お前は目の前の金に屈服し、その奴隷となっただけだ。お前のように愚かで卑しい者は、常に領民の幸せをお考えになられているご領主様の官吏には、決していてはならないと知るがいい!」
「奴隷……卑しい……愚かで……卑しい? はは、はははは」
おそらく最も言われたくない言葉を年若い男に正面からぶつけられ、それを否定する言葉がないサルエルは、狂ったように笑い始めた。
(愚か者の最後だ。優れた人間のつもりでしくじった男の最後だ。そうか、私は卑しいか。私は愚かだから、失敗したのか……)
ひとしきり笑ったサルエルは床にしゃがみ込み、首をぐったりと下に向けたまま動かなくなった。
「では、ご領主様からの貴様に対する処分を伝えよう」
男は書面を取り出すと、とても澄んだ冷静な声で読み上げ始めた。
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