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5森に住む聖人候補
836 理不尽な通告
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今日も静かに雪が降り積もる。こうして雪に閉ざされた山間部にいると、音もなくとても静かだ。
森の奥の何もかもが雪に覆われた白い世界は、不自由さはあるものの覚悟の上ならば、なかなかの風情だとも思える。大変そうな雪かきだってソーヤが怪力であっという間にしてくれるし、実際はどこのだっていけてしまう私は閉じ込められてすらいない。ただ、私はこの生活を楽しむことに決めているので、基本的には冬籠生活をしている。この季節は畑仕事はできないので、一日の大半は部屋の中で手仕事だ。
(キルティングで新しいベッドカバーを作ろうかな。それから、セイリュウに頼まれている着物も仕上げて……)
日本の伝統家屋風に改装した部屋に作った囲炉裏で煮物をしながら、私は座椅子で編み物やら縫い物に勤しむ。その間、頭ではいろいろな冬ならではのレシピを考えたり、今後のマリス領についての考えを巡らしたりもする。ハーブティーを飲みながらの、こうしたゆったりとした時間こそ、私の中での〝これぞ冬の楽しみ〟というヤツだった。
そんな風に冬の雪山生活を満喫していた私のところにある日《伝令》が届いた。
この山奥の家に《伝令》を届ける人はいまのところただひとり、タスマ谷集落の雑貨店主ソロスさんだけだ。炭焼き窯に何か不具合があった場合のためにと思い、ソロスさんにだけはこの家の場所と位置を明かしている。
とはいえ、いくら山の民でも真冬にここまで知らせに来るのはあまりに大変だ。
街ならばギルドなどを通じて《伝令》を頼むところなのだろうが、さすがにこの小さな集落には《伝令》を使える人もいない。ということで、何か問題があったときのために緊急用の《伝令玉》を作ってソロスさんに託しておいたのだ。
これには位置情報だけが入っており、この球を破ると位置情報の場所に《伝令玉》が破られたという情報が瞬時に届く。これは玉の中に《伝令》の魔法を起動した状態で封印し時間を止めた私のオリジナル魔道具だ。
通常の《伝令》と違い音声のやりとりはできないし、何があったのかも知ることはできないが、ともかく連絡だけはつくよう作ったのだ。
「これが来た以上、様子は見に行った方がいいわね」
ソロスさんには、私がいつまでこの土地にいるかは未定なので、連絡が取れるかどうかはあまり期待しないでほしいとは伝えてあるが、気になることは気になるので、早速タスマ谷集落へと向かうことにする。
しっかりと防寒してもこもこになった姿で《無限回廊の扉》を抜けると、《迷彩魔法》を使い姿を隠した。
(連絡が届いて瞬時に私がやってきたら、さすがに驚かれちゃうからね。いまは気配を消して様子だけ見てこよう)
まずは炭焼き窯へと向かってみると、この雪深い時期にもかかわらず、まだ炭焼きは続けられていた。すっかり慣れた様子で数人が炭焼き窯の様子を交代しながら見張り、炭焼き窯の周囲には雪除けの屋根も作られている。
(うん、運用はうまくいっているみたいだね。でもこう雪が深くなっては薪はもう取りに行けないだろうから、そろそろ今期の炭焼きは終わりかなぁ)
みたところすべてが順調に稼働しており、炭焼き窯周辺に問題があるようには見えない。そこで私は集落の中へと向かった。するとそこにはおよそのどかなこの集落には似つかわしくない光景が広がっていた。そこにはしっかりと鎧を着込んだ兵士の姿が十名以上あり、ゾロゾロと〝谷間の憩い〟亭へと向かっているのだ。
(おそらく緊急用の《伝令玉》の理由はあれね……)
突然現れた武装集団に、集落の人たちは困惑の表情だが、みれば彼らの先頭には案内をしているらしいソロスさんの姿があった。
(この小さな集落には武装した兵士の集団と面談できそうな場所は、ここぐらいしかないもんね)
私は彼らの先回りをして姿を消したまま〝谷間の憩い〟亭に入り、店の奥から彼らの様子を見守る。
兵士たちはなかなか横柄な態度で、雪もちゃんと落とさずにどかどかと我が物顔で店へと入ってくると入口にふたりの歩哨を立て、残りは威圧するように中央の指揮官らしき男の周囲に立った。
お店の人たちは慌てて掃除道具を持って、彼らが落とした大量の雪と泥を掃除しながら、何事かと成り行きを見守っている。
「お役人様が、このような季節にこの山間の小さな集落にどのような御用でございましょうか。私ソロスが村の代表としておうかがい申し上げます」
ソロスさんの言葉に、兵士たちの中でも偉いらしい男がもったいつけながら書面を取り出し読み上げた。
「当地で作っている〝炭〟は、当領地の燃料税の対象となる。利益の五割は毎年地区管理者へと速やかに納税せよ。領地管理事務所代表サルエル」
「はぁ?!」
(はぁ?!)
私は心の中で、ソロスさんは口に出して驚いた。ソロスさんは、一旦落ち着いてから話を続ける。
「本日はこの領地の炭焼き窯の視察とお伺いしていたのですが、まさか徴税の宣告でございましたか。それにしても、そんな高額な燃料税の話など初めて聞きました。いったいいつからそんなことになったのでございましょう」
男は仰々しく蝋印が押された書面をソロスさんに突き出しながらこう言った。
「ご領主様は燃料に使われる木々は領地のものであり、それを大量に使う炭作りに危機感を持っておられる。従来から薪にも徴税されておろう」
「たしかに薪にも税金をお支払いしていますが、あれはひと束一カルという軽いものです。
それをいきなり利益の五割とは……そんな馬鹿げた話がございますか! それでは集落の者は大量に買うことができなくなってしまいます」
「それはお前たちのやり方次第だろう。我々は御領主様のご意向をお伝えしているだけだ」
頭を抱えるソロスさんの姿に胸が痛くなったが、いまはそれに構うわけにはいかない。いまは彼らの彼らの主張についての違和感を解消するのが先だ。
(このメチャクチャな要求、何がどうなっているのか突き止めなくちゃ)
今日も静かに雪が降り積もる。こうして雪に閉ざされた山間部にいると、音もなくとても静かだ。
森の奥の何もかもが雪に覆われた白い世界は、不自由さはあるものの覚悟の上ならば、なかなかの風情だとも思える。大変そうな雪かきだってソーヤが怪力であっという間にしてくれるし、実際はどこのだっていけてしまう私は閉じ込められてすらいない。ただ、私はこの生活を楽しむことに決めているので、基本的には冬籠生活をしている。この季節は畑仕事はできないので、一日の大半は部屋の中で手仕事だ。
(キルティングで新しいベッドカバーを作ろうかな。それから、セイリュウに頼まれている着物も仕上げて……)
日本の伝統家屋風に改装した部屋に作った囲炉裏で煮物をしながら、私は座椅子で編み物やら縫い物に勤しむ。その間、頭ではいろいろな冬ならではのレシピを考えたり、今後のマリス領についての考えを巡らしたりもする。ハーブティーを飲みながらの、こうしたゆったりとした時間こそ、私の中での〝これぞ冬の楽しみ〟というヤツだった。
そんな風に冬の雪山生活を満喫していた私のところにある日《伝令》が届いた。
この山奥の家に《伝令》を届ける人はいまのところただひとり、タスマ谷集落の雑貨店主ソロスさんだけだ。炭焼き窯に何か不具合があった場合のためにと思い、ソロスさんにだけはこの家の場所と位置を明かしている。
とはいえ、いくら山の民でも真冬にここまで知らせに来るのはあまりに大変だ。
街ならばギルドなどを通じて《伝令》を頼むところなのだろうが、さすがにこの小さな集落には《伝令》を使える人もいない。ということで、何か問題があったときのために緊急用の《伝令玉》を作ってソロスさんに託しておいたのだ。
これには位置情報だけが入っており、この球を破ると位置情報の場所に《伝令玉》が破られたという情報が瞬時に届く。これは玉の中に《伝令》の魔法を起動した状態で封印し時間を止めた私のオリジナル魔道具だ。
通常の《伝令》と違い音声のやりとりはできないし、何があったのかも知ることはできないが、ともかく連絡だけはつくよう作ったのだ。
「これが来た以上、様子は見に行った方がいいわね」
ソロスさんには、私がいつまでこの土地にいるかは未定なので、連絡が取れるかどうかはあまり期待しないでほしいとは伝えてあるが、気になることは気になるので、早速タスマ谷集落へと向かうことにする。
しっかりと防寒してもこもこになった姿で《無限回廊の扉》を抜けると、《迷彩魔法》を使い姿を隠した。
(連絡が届いて瞬時に私がやってきたら、さすがに驚かれちゃうからね。いまは気配を消して様子だけ見てこよう)
まずは炭焼き窯へと向かってみると、この雪深い時期にもかかわらず、まだ炭焼きは続けられていた。すっかり慣れた様子で数人が炭焼き窯の様子を交代しながら見張り、炭焼き窯の周囲には雪除けの屋根も作られている。
(うん、運用はうまくいっているみたいだね。でもこう雪が深くなっては薪はもう取りに行けないだろうから、そろそろ今期の炭焼きは終わりかなぁ)
みたところすべてが順調に稼働しており、炭焼き窯周辺に問題があるようには見えない。そこで私は集落の中へと向かった。するとそこにはおよそのどかなこの集落には似つかわしくない光景が広がっていた。そこにはしっかりと鎧を着込んだ兵士の姿が十名以上あり、ゾロゾロと〝谷間の憩い〟亭へと向かっているのだ。
(おそらく緊急用の《伝令玉》の理由はあれね……)
突然現れた武装集団に、集落の人たちは困惑の表情だが、みれば彼らの先頭には案内をしているらしいソロスさんの姿があった。
(この小さな集落には武装した兵士の集団と面談できそうな場所は、ここぐらいしかないもんね)
私は彼らの先回りをして姿を消したまま〝谷間の憩い〟亭に入り、店の奥から彼らの様子を見守る。
兵士たちはなかなか横柄な態度で、雪もちゃんと落とさずにどかどかと我が物顔で店へと入ってくると入口にふたりの歩哨を立て、残りは威圧するように中央の指揮官らしき男の周囲に立った。
お店の人たちは慌てて掃除道具を持って、彼らが落とした大量の雪と泥を掃除しながら、何事かと成り行きを見守っている。
「お役人様が、このような季節にこの山間の小さな集落にどのような御用でございましょうか。私ソロスが村の代表としておうかがい申し上げます」
ソロスさんの言葉に、兵士たちの中でも偉いらしい男がもったいつけながら書面を取り出し読み上げた。
「当地で作っている〝炭〟は、当領地の燃料税の対象となる。利益の五割は毎年地区管理者へと速やかに納税せよ。領地管理事務所代表サルエル」
「はぁ?!」
(はぁ?!)
私は心の中で、ソロスさんは口に出して驚いた。ソロスさんは、一旦落ち着いてから話を続ける。
「本日はこの領地の炭焼き窯の視察とお伺いしていたのですが、まさか徴税の宣告でございましたか。それにしても、そんな高額な燃料税の話など初めて聞きました。いったいいつからそんなことになったのでございましょう」
男は仰々しく蝋印が押された書面をソロスさんに突き出しながらこう言った。
「ご領主様は燃料に使われる木々は領地のものであり、それを大量に使う炭作りに危機感を持っておられる。従来から薪にも徴税されておろう」
「たしかに薪にも税金をお支払いしていますが、あれはひと束一カルという軽いものです。
それをいきなり利益の五割とは……そんな馬鹿げた話がございますか! それでは集落の者は大量に買うことができなくなってしまいます」
「それはお前たちのやり方次第だろう。我々は御領主様のご意向をお伝えしているだけだ」
頭を抱えるソロスさんの姿に胸が痛くなったが、いまはそれに構うわけにはいかない。いまは彼らの彼らの主張についての違和感を解消するのが先だ。
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