646 / 837
5森に住む聖人候補
835 炭火焼き最高!
しおりを挟む
835
鳥肉に食らいついたその口からはポタポタと肉汁がこぼれ落ちた。それからしばし目を瞑りタルロさんは肉を噛み締め、またカッと目を見開くと今度は猛烈な勢いで食べ始め、かなり大きなもも肉をあっという間に食べ尽くした。
「これは……とても同じ鳥とは思えないぞ。ともかく普段の鳥よりもふっくらとしながらも心地いい噛み応えで、とにかく圧倒的に肉汁が多い。そうか、表面を素早く固めてしかも焼き時間が短いから肉汁が飛ばないんだな……それにしても、炭火を使うとこうも違うとは……正直驚いたよ。あんな短時間で焼き上げたのに火の入り方はむしろいつも以上で、焼きムラもなくしっかり中まで温かい。それにこのパリッとした食感はどうだ! 皮が信じられないほど香ばしくて噛むたびにいい歯応えが最初にくる。これは、病みつきになるぜ!」
私の横ではソーヤが〝我が意を得たり〟という表情で自慢げに頷いているが、さすがは職人さん。タルロさんの食レポもなかなかだ。
そんな料理長の言葉を聞きながら、周りにいた方々が生唾をゴクリと飲む音が聞こえた。
「タルロ! あーあ、こんなにしゃぶるように食べきっちまって……少しはアタシたちに残そうっていう気遣いはないのかい、お前は!!」
お姉さんらしき人がタルロさんの頭を引っ叩く。
「痛って! ごめん、悪かったよ。だけどよ、これ、ただ塩を振っただけのはずなのに、我を忘れるほどうめえんだよ。いまから焼いてみるから、みんなも食ってみな!
間違ってないか、やり方を見ててくれるかい、メイロードさん?」
「ええ、もちろん」
タルロさんはすっかり炭火焼きの美味しさに魅せられたらしく、叩かれた頭をさすりながら、焼き加減を覚えるために、手慣れた様子で鳥やらオーク肉やら川魚やらを炭火で焼き始めた。
「分かりやすい焼き上がりの目安は肉汁の色です。透き通っていれば、中までしっかり火が入ってますよ。
生の状態なのは良くないですが、火の入り過ぎは肉を固くします。その辺りが料理人の腕の見せ所ですよ」
「おう、まかせてくんな! なるほど、こいつは火の色が見えていないところも十分熱が回ってる。それに、この炭の香りがどうにも食欲を掻き立てるな。こいつは上手く作れたらいい名物になりそうだ」
さすがはベテランの料理人。タルロさんはすぐにコツを掴み、焼き加減の微妙な調整をしながら仕上げていく。焼き上がった肉や魚には、厨房にいたみなさんの手がどんどん伸び、どの方もその美味しさに驚きつつ食べ尽くす勢いだ。
「次はオーブン風の料理をしてみましょうか」
こうした庶民の厨房でオーブン料理を作るにはとても時間と手間がかかるため、ここでは採用されていない。庶民の間ではオーブンは薪を大量に食う贅沢品。もちろん魔石オーブンなどあるわけもない。
「まず細かく挽いた白い豆を絞って汁を作りましょう」
都会ではだいぶ流通してきた乳製品だが、まだまだこうした地方では簡単に手には入らない。
(マリス領は別だけどね)
そこでホワイトソースの材料として私が考えたのは豆乳もどきの豆を使ったクリームで作るグラタンだ。
乾燥した豆はたとえここで栽培していなくとも、行商人から手に入れやすい素材だし、この土地で作ることも可能な作物だ。もし気に入れば自分たちで栽培していくだろう。
「こうして野菜や肉を加えて味を整えた後にとろみをつけてください。これを深めの金属製の皿に入れ、その上にこれを置きます」
それは熱した炭を入れたフライパン。これで上から加熱して焦げ目を入れていくのだ。
数分でいい香りがたち始め、見つめる皆さんは満面に〝早く食べたい!〟という表情を浮かべている。満座の期待の中で上に乗せたフライパンを外すと、ジリジリとした音をたてた、しっかり焦げ目のついたグラタン風の料理が現れた。
「こいつはまたうまそうだな。これからの寒い季節にもぴったりだし、何よりこれは食材を選ばないよな。肉でも野菜でも魚でも、そのとき手に入る食材で作れる。こういう調理法はありがたいよ」
「そうなんです。この豆ソースはどの食材とも相性がいいですからね」
私たちが話している先から、四方八方からスプーンを握った手が伸びてきて、たっぷりあった野菜グラタンもあっという間に食べられていく。
「うっめーな、これ。パンにもよく合うし、最高だな」
「これは子供も好きな味だね。ちょっと手間だがウチでも作りたいよ」
「きっと魚でもうまいだろうな……やってみよう」
どうやらこの料理も好評のようで何よりだ。
「この小さな集落にも、新しい名物が増えそうだ。メイロードさん、ありがとな」
「いえ、私も楽しかったです。串焼きもきっとお店で使いやすいですよ。ぜひいろいろ作ってみてください」
「ああ、もちろんだ。腕がなるよ」
こうして私の炭焼き窯に関するミッションは完了した。
ところが、話はこれで終わらず、しばらくすると私はこのことで新たな面倒に巻き込まれてしまう。
(えー、どーしてそうなるのよぉ~!)
鳥肉に食らいついたその口からはポタポタと肉汁がこぼれ落ちた。それからしばし目を瞑りタルロさんは肉を噛み締め、またカッと目を見開くと今度は猛烈な勢いで食べ始め、かなり大きなもも肉をあっという間に食べ尽くした。
「これは……とても同じ鳥とは思えないぞ。ともかく普段の鳥よりもふっくらとしながらも心地いい噛み応えで、とにかく圧倒的に肉汁が多い。そうか、表面を素早く固めてしかも焼き時間が短いから肉汁が飛ばないんだな……それにしても、炭火を使うとこうも違うとは……正直驚いたよ。あんな短時間で焼き上げたのに火の入り方はむしろいつも以上で、焼きムラもなくしっかり中まで温かい。それにこのパリッとした食感はどうだ! 皮が信じられないほど香ばしくて噛むたびにいい歯応えが最初にくる。これは、病みつきになるぜ!」
私の横ではソーヤが〝我が意を得たり〟という表情で自慢げに頷いているが、さすがは職人さん。タルロさんの食レポもなかなかだ。
そんな料理長の言葉を聞きながら、周りにいた方々が生唾をゴクリと飲む音が聞こえた。
「タルロ! あーあ、こんなにしゃぶるように食べきっちまって……少しはアタシたちに残そうっていう気遣いはないのかい、お前は!!」
お姉さんらしき人がタルロさんの頭を引っ叩く。
「痛って! ごめん、悪かったよ。だけどよ、これ、ただ塩を振っただけのはずなのに、我を忘れるほどうめえんだよ。いまから焼いてみるから、みんなも食ってみな!
間違ってないか、やり方を見ててくれるかい、メイロードさん?」
「ええ、もちろん」
タルロさんはすっかり炭火焼きの美味しさに魅せられたらしく、叩かれた頭をさすりながら、焼き加減を覚えるために、手慣れた様子で鳥やらオーク肉やら川魚やらを炭火で焼き始めた。
「分かりやすい焼き上がりの目安は肉汁の色です。透き通っていれば、中までしっかり火が入ってますよ。
生の状態なのは良くないですが、火の入り過ぎは肉を固くします。その辺りが料理人の腕の見せ所ですよ」
「おう、まかせてくんな! なるほど、こいつは火の色が見えていないところも十分熱が回ってる。それに、この炭の香りがどうにも食欲を掻き立てるな。こいつは上手く作れたらいい名物になりそうだ」
さすがはベテランの料理人。タルロさんはすぐにコツを掴み、焼き加減の微妙な調整をしながら仕上げていく。焼き上がった肉や魚には、厨房にいたみなさんの手がどんどん伸び、どの方もその美味しさに驚きつつ食べ尽くす勢いだ。
「次はオーブン風の料理をしてみましょうか」
こうした庶民の厨房でオーブン料理を作るにはとても時間と手間がかかるため、ここでは採用されていない。庶民の間ではオーブンは薪を大量に食う贅沢品。もちろん魔石オーブンなどあるわけもない。
「まず細かく挽いた白い豆を絞って汁を作りましょう」
都会ではだいぶ流通してきた乳製品だが、まだまだこうした地方では簡単に手には入らない。
(マリス領は別だけどね)
そこでホワイトソースの材料として私が考えたのは豆乳もどきの豆を使ったクリームで作るグラタンだ。
乾燥した豆はたとえここで栽培していなくとも、行商人から手に入れやすい素材だし、この土地で作ることも可能な作物だ。もし気に入れば自分たちで栽培していくだろう。
「こうして野菜や肉を加えて味を整えた後にとろみをつけてください。これを深めの金属製の皿に入れ、その上にこれを置きます」
それは熱した炭を入れたフライパン。これで上から加熱して焦げ目を入れていくのだ。
数分でいい香りがたち始め、見つめる皆さんは満面に〝早く食べたい!〟という表情を浮かべている。満座の期待の中で上に乗せたフライパンを外すと、ジリジリとした音をたてた、しっかり焦げ目のついたグラタン風の料理が現れた。
「こいつはまたうまそうだな。これからの寒い季節にもぴったりだし、何よりこれは食材を選ばないよな。肉でも野菜でも魚でも、そのとき手に入る食材で作れる。こういう調理法はありがたいよ」
「そうなんです。この豆ソースはどの食材とも相性がいいですからね」
私たちが話している先から、四方八方からスプーンを握った手が伸びてきて、たっぷりあった野菜グラタンもあっという間に食べられていく。
「うっめーな、これ。パンにもよく合うし、最高だな」
「これは子供も好きな味だね。ちょっと手間だがウチでも作りたいよ」
「きっと魚でもうまいだろうな……やってみよう」
どうやらこの料理も好評のようで何よりだ。
「この小さな集落にも、新しい名物が増えそうだ。メイロードさん、ありがとな」
「いえ、私も楽しかったです。串焼きもきっとお店で使いやすいですよ。ぜひいろいろ作ってみてください」
「ああ、もちろんだ。腕がなるよ」
こうして私の炭焼き窯に関するミッションは完了した。
ところが、話はこれで終わらず、しばらくすると私はこのことで新たな面倒に巻き込まれてしまう。
(えー、どーしてそうなるのよぉ~!)
168
お気に入りに追加
13,119
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。