利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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5森に住む聖人候補

834 炭火焼き指南

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834

心配していた魔獣も現れることなく、火入れの日から十日ほどで炭作りのすべての工程がつつがなく終了した。みなさんの真面目な仕事ぶりおかげで、初めての炭焼きとしてはほぼパーフェクトな仕上がり。私も満面の笑みで彼らを称えた。

「上々の仕上がりです。皆さん、よく頑張ってくれましたね」

私の言葉に、みなさん嬉しそうだ。

「これを我々の集落で作れるようになったのですね」

指揮官を務めたソロスさんも出来上がった炭を手に取り感慨無量という表情をしていた。

「ええ、とてもいい出来だと思いますよ。つぎからみなさんだけでぜひ作ってみてください。この冬は全部とはいかないでしょうが、それでも半分ぐらいは炭で賄えるといいですね」

「ええ、そのつもりで次の薪の用意もしております。本当にありがとうございました」

私の仕事はここまで。

ここからは、炭焼き窯の管理もこの薪を売るお仕事もソロスさんにお任せだ。

そこで私は最後に炭の普及のための一助として、その使い方について一番興味を持ってくれそうな人のところへ伝えにいくことにした。それは村の居酒屋兼宿屋〝谷間の憩い〟亭のタルロさんだ。タルロさんに伝えれば、自然と情報が集落中に拡散することは〝キズバンド〟の件で確認済みなので、今回もインフルエンサーとして広告塔になってもらおうと思う。

「メイロードさん、聞いたよ、聞いたよ! なんかいい燃料ができたっていうじゃないか! どれどれ、こいつかい?」

私が〝谷間の憩い〟亭の厨房へ勝手知ったる感じで入っていくと、みなさん笑顔で挨拶を返してくれた。いまはちょうど昼の営業が落ち着いて、夜の仕込みをしつつ休憩といった時間だ。何やら仕込み作業をしていたタルロさんも、すぐに仕事の手を休めて近づいてくると、楽しげにソーヤが運んできた袋いっぱいの炭を早速面白そうに眺めている。

「はい、これは炭と申しまして、このようにとても軽量で小さいですが、火力も燃焼時間も生木の薪以上です」

「そいつはいいな。うちは鍋釜を一日中使うから、年がら年中薪を大量に使う。冬ともなれば、それに寒さを凌ぐための分まで置いておかなくちゃならないから、外に積み上げきれない大量の薪のためにふた部屋も潰してる。あれがひと部屋空けば、宿の部屋をいくつか増やせるよ」

空き部屋が増えることは、この小さな宿には大きな変化になる。そうなったら、確実に売り上げも向上するはずだ。

「それはいいですね。この炭はもちろん部屋を温める効果は素晴らしく、煙も最小限なので部屋の中央にも置くことができ、排気口が作れない場所でも使える優れものです。もちろん、ある程度の換気は必要ですからね。これだけは注意してください。密閉された部屋で使い続ければ、最悪死にますよ。できれば一時間に一度ぐらいは空気の入れ替えをしていただくほうがいいと思います」

(まぁ、とはいえ換気に関しては、この世界の建物は結構隙間が多いから、あんまり心配してないけど、それでもしっかりその危険性だけは伝えておかないとね)

「おお、怖い! わかった。気をつけるようみんなにも伝えないとな」

タルロさんはしっかり伝えてくれる気満々で頼もしい限りだ。

そこから私は割烹着と三角巾を取り出して、お料理おばちゃんに変身し、持ち込んだ食材や道具を広げ始めた。

「実はこちらへ伺ったのは、タルロさんが素晴らしい料理人だからです。炭火を使った料理はとても美味しいので、ぜひ最初にその作り方をタルロさんにお伝えしたいと思いまして……」

「ほぉ、嬉しいね! そうかい、そうかい。ぜひ教えてくれよ、メイロードさん! それにしても面白い服だね。そんな真っ白な服を着て料理をするのかい?」

「ええ、これは私専用の料理服で〝カッポーギ〟と言います。とても機能的なんですよ。それに、白い服を着ていると清潔感があるでしょう? 洗濯は大変かもしれませんが、これでなくとも、しっかり洗われた綺麗な前掛けは、きっとお店の印象を良くすると思います」

「確かになぁ……その通りだ」

私の言葉にタルロさんは乗り出し、背後の人たちも作業を続けながら聞き耳を立てている。

ソーヤと手際よく料理の下準備をしながら私は話し続ける。

「炭火を料理に使うとなぜいいか、その理由はひとつだけではありません。まずは一番効果を感じやすい方法で、こちらの鳥を焼いてみますね」

私は自作の七輪もどきを取り出すと、そこで炭火を起こして網を乗せ、この辺りでよく獲れる鳥を焼き始めた。すると、すぐにあたりには香ばしい香りが漂い始める。

「はい、これで焼けました」

私は両面を三分ほど焼いて、肉汁が透明になったことを確認すると軽く塩を振って鳥を網から下ろした。

「え!? もう焼けたのかい? これだけ肉厚だったら、も少し焼かなきゃ火が通らないと思うぞ、メイロードさん」

タルロさんは、自分の経験からそう忠告してくれたが、いやいや、いまが食べごろの焼き加減なのだ。

「ささ、騙されたと思って召し上がってください。軽く塩を振ってありますから、できれば今回だけは切らずにかぶりついていただいた方が、わかりやすいかと思います」

私がそう言うと、タルロさんは意を決したようにひとつため息をつき、皿の上の鳥にかぶりついた。

「う!」

周囲の人たちの視線もタルロさんに注がれている。

「うまい!! なんだこれは!?」


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