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5森に住む聖人候補
825 大食い解禁
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825
「え? お嬢ちゃんこれはなんだ?」
「それはいまはどうでもいいことです! とにかくすぐ傷口をきれいに洗って、これの布部分を傷に押し当てながら巻いてください。わからなかったら、傷口を洗ってすぐ戻ってきてください!」
「わ、わかったよ」
私の勢いに押されたのかお店の方は指をさっと水で流してから私たちの席の前まですぐに戻ってきた。差し出された指に私は〝キズバンド〟を巻いていく。
「ああ、傷は大きくないですが指先なので気になりますよね。はいこれで大丈夫。水仕事もできますよ」
忙しい時間帯だとわかっていたのでそこではそれ以上は言わず、笑顔で送り出す。不思議そうに指先を見つめながらも、お店の方は
「ありがとよ、お嬢ちゃん!」
とだけ言って厨房へと戻っていった。
お店が用意してくれたこのカウンター席は私にとっては特等席だった。なぜなら厨房の様子がよく見えて、調理手順も観察できる料理好きにはたまらないライブ感のある席だからだ。
(これはいい席だな、たのしい!)
ソーヤの予想通り、厨房にはいろいろな種類の山菜やキノコが積み上げられていて、三分の一は私も初めて見るものだった。たくさんの《鑑定》をしてきたつもりの私でも、やはりこうした狭い地域で食べられているような地物にはまだまだ未知のものがたくさんある。
「はいよ〝アオバナグサ〟の炒め物だ。こっちは地物のキノコをいくつか使った炒め物だよ」
ここは田舎だ。当然塩味だけでもありがたいという土地柄なので、素材の味を楽しむわけだが……
「メイロードさま、では私がお毒味をいたしましょう。うーん、このキノコの炒め物はなかなかですね。火入の加減もいいですし、少し滑りのあるキノコとシャキシャキ感のあるキノコがいいコントラストです。ネギのような食材のおかげで風味もよろしいです」
料理と一緒に持ってきてくれた地酒をガンガン飲みながらソーヤは上機嫌だ。
「こちらの〝アオバナグサ〟の炒めも大変よろしいです。火加減が絶妙で、適度な歯応えがあり脂との相性もいいですね」
「そう……美味しくてよかったわね」
実は私はこの〝アオバナグサ〟に少し問題を感じていた。この野草は非常にほうれん草と似ており、だとすればこの調理法ちょっと問題があるかもしれない。
(まぁ、ソーヤは毒耐性有りの妖精さんだから大丈夫だろうし、味も悪くないみたいだから気づかないんだろうけど……)
とりあえず私はキノコの方だけいただく。なかなか野趣に溢れた炒め物でたしかにとても美味しい。
そこからはソーヤのひとり大食い大会。店のメニューを片っ端から注文して食べ尽くす。とはいえお店の営業に差し障らないよう一品を食べ尽くすようなことではなく、とにかく種類を食べていくのだ。
「妖精族っていうのはこんなに食べるものなのかい?」
メインに大皿からはみ出るサイズの巨大な川魚の揚げ物を綺麗に食べ尽くしたところで、さすがに呆れたお店の方が声をかけてくる。
「ああ、これはこの子の特殊事情で、とにかく食いしん坊なんです。お支払いは大丈夫ですので、好きなだけ食べさせてあげてください」
「あいよ、こっちも商売だ。気持ちよく飲み食いしてくれるならいくらだって大歓迎さ」
席がちょっと死角になった端っこだったことが幸いし、このソーヤの行動が人の目を引かずに済んだのは幸いだった。
(せっかく魔法まで使って存在をぼんやりさせてるのに、ここで目立つのは避けたいもんね)
こうして一通りソーヤがお店のメニューを食べ尽くした頃には、店の混雑も少し落ち着いてきていた。
「いや、よく食べたな、妖精さんよ! 恐れ入ったよ!!」
ソーヤの健啖ぶりにやや呆れたような笑顔をして私たちの席にやってきたのは、先程〝キズバンド〟をあげた店員さんだった。
「大変美味しかったです。特に川魚の揚げ物が大変美味でした。あの豪快さが身のほくほく感と甘みを増し、旨味を増やしていますね」
「ありがとうよ、妖精さん。あれは油をたくさん使うんで、なかなか値が張る料理なんだよ。祝いの席ぐらいしか普段は作らないんだが、それをまさかひとりで食っちまうとはね、わはは!」
このお店の方の技術はたしかなようで、私も一口いただいたこのお魚料理はとてもしっとりふっくらしていて、塩味だけでも十分ご馳走といえる美味しさだった。
「あのさ……それでお嬢ちゃんのくれたこれなんだが、まだあるのかな。いや、ないならいいし、もしあるなら買わせてもらいたいと思ってさ」
「ああ、使い心地はいかがでしたか? 剥がれたりしませんでしたか?」
私の言葉にお店の方は饒舌に返してくれた。
「それがさ。中に布の入っているのに、これをしていると水仕事を続けていても全然傷に染み入る感じがないんだよ。もちろん痛みもないし、傷があることすら忘れるほど、普通に仕事ができるんだ。こんなものがあるんだな。俺たちみたいな仕事には、ものすごく助かるよ」
「それには油気のある素材などを使った特殊な撥水加工がしてあるんです。小さな傷を気にしながらの水仕事は辛いですもんね」
「そうそう、本当にこればっかりはな。それで、これは買えるのかい?」
そこから私は自分が山奥に住む薬師見習いで、この〝キズバンド〟はソロスさんのお店にこれから置かれることになるという話をした。
「そりゃ助かるねぇ。そうかい、ソロスさんのところで買えるのかい」
「ええ、五枚一組六十カルで販売される予定です」
「それなら買えないこともないな。それにこの便利さを知ってしまうと、もう使わずにはいられないぜ。ははは、お嬢ちゃんはいい商売人だな」
「いえ、そんなつもりでは……」
小さな親切はしておくものだ。どうやらはからずもこの集落に〝キズバンド〟の愛用者をひとり獲得してしまった。私はふと思い出して、販促用にならないかと自作して〝生産〟しておいた一枚だけ入った〝キズバンド〟を数枚取り出した。
「他の従業員の方にも良かったら試してもらってください。これのお代はいりません」
「え? いいのかい。そりゃ嬉しいが、悪いなぁ……」
そう言いながらもお店の方はものすごく嬉しそうに販促用の〝キズバンド〟を受け取ってくれた。
お店の方の名はタルロさんというそうだ。ここはタルロさん一家の家族経営だそうで、タルロさんのご両親とタルロさんの兄弟三人が働いている古くからあるお店だそうだ。
「あの、ちょっとお聞きしたことがあるのですけど、よろしいでしょうか」
私は村の事情についてあることを確かめたくなって、上機嫌のタルロさんに話しかけた。
「え? お嬢ちゃんこれはなんだ?」
「それはいまはどうでもいいことです! とにかくすぐ傷口をきれいに洗って、これの布部分を傷に押し当てながら巻いてください。わからなかったら、傷口を洗ってすぐ戻ってきてください!」
「わ、わかったよ」
私の勢いに押されたのかお店の方は指をさっと水で流してから私たちの席の前まですぐに戻ってきた。差し出された指に私は〝キズバンド〟を巻いていく。
「ああ、傷は大きくないですが指先なので気になりますよね。はいこれで大丈夫。水仕事もできますよ」
忙しい時間帯だとわかっていたのでそこではそれ以上は言わず、笑顔で送り出す。不思議そうに指先を見つめながらも、お店の方は
「ありがとよ、お嬢ちゃん!」
とだけ言って厨房へと戻っていった。
お店が用意してくれたこのカウンター席は私にとっては特等席だった。なぜなら厨房の様子がよく見えて、調理手順も観察できる料理好きにはたまらないライブ感のある席だからだ。
(これはいい席だな、たのしい!)
ソーヤの予想通り、厨房にはいろいろな種類の山菜やキノコが積み上げられていて、三分の一は私も初めて見るものだった。たくさんの《鑑定》をしてきたつもりの私でも、やはりこうした狭い地域で食べられているような地物にはまだまだ未知のものがたくさんある。
「はいよ〝アオバナグサ〟の炒め物だ。こっちは地物のキノコをいくつか使った炒め物だよ」
ここは田舎だ。当然塩味だけでもありがたいという土地柄なので、素材の味を楽しむわけだが……
「メイロードさま、では私がお毒味をいたしましょう。うーん、このキノコの炒め物はなかなかですね。火入の加減もいいですし、少し滑りのあるキノコとシャキシャキ感のあるキノコがいいコントラストです。ネギのような食材のおかげで風味もよろしいです」
料理と一緒に持ってきてくれた地酒をガンガン飲みながらソーヤは上機嫌だ。
「こちらの〝アオバナグサ〟の炒めも大変よろしいです。火加減が絶妙で、適度な歯応えがあり脂との相性もいいですね」
「そう……美味しくてよかったわね」
実は私はこの〝アオバナグサ〟に少し問題を感じていた。この野草は非常にほうれん草と似ており、だとすればこの調理法ちょっと問題があるかもしれない。
(まぁ、ソーヤは毒耐性有りの妖精さんだから大丈夫だろうし、味も悪くないみたいだから気づかないんだろうけど……)
とりあえず私はキノコの方だけいただく。なかなか野趣に溢れた炒め物でたしかにとても美味しい。
そこからはソーヤのひとり大食い大会。店のメニューを片っ端から注文して食べ尽くす。とはいえお店の営業に差し障らないよう一品を食べ尽くすようなことではなく、とにかく種類を食べていくのだ。
「妖精族っていうのはこんなに食べるものなのかい?」
メインに大皿からはみ出るサイズの巨大な川魚の揚げ物を綺麗に食べ尽くしたところで、さすがに呆れたお店の方が声をかけてくる。
「ああ、これはこの子の特殊事情で、とにかく食いしん坊なんです。お支払いは大丈夫ですので、好きなだけ食べさせてあげてください」
「あいよ、こっちも商売だ。気持ちよく飲み食いしてくれるならいくらだって大歓迎さ」
席がちょっと死角になった端っこだったことが幸いし、このソーヤの行動が人の目を引かずに済んだのは幸いだった。
(せっかく魔法まで使って存在をぼんやりさせてるのに、ここで目立つのは避けたいもんね)
こうして一通りソーヤがお店のメニューを食べ尽くした頃には、店の混雑も少し落ち着いてきていた。
「いや、よく食べたな、妖精さんよ! 恐れ入ったよ!!」
ソーヤの健啖ぶりにやや呆れたような笑顔をして私たちの席にやってきたのは、先程〝キズバンド〟をあげた店員さんだった。
「大変美味しかったです。特に川魚の揚げ物が大変美味でした。あの豪快さが身のほくほく感と甘みを増し、旨味を増やしていますね」
「ありがとうよ、妖精さん。あれは油をたくさん使うんで、なかなか値が張る料理なんだよ。祝いの席ぐらいしか普段は作らないんだが、それをまさかひとりで食っちまうとはね、わはは!」
このお店の方の技術はたしかなようで、私も一口いただいたこのお魚料理はとてもしっとりふっくらしていて、塩味だけでも十分ご馳走といえる美味しさだった。
「あのさ……それでお嬢ちゃんのくれたこれなんだが、まだあるのかな。いや、ないならいいし、もしあるなら買わせてもらいたいと思ってさ」
「ああ、使い心地はいかがでしたか? 剥がれたりしませんでしたか?」
私の言葉にお店の方は饒舌に返してくれた。
「それがさ。中に布の入っているのに、これをしていると水仕事を続けていても全然傷に染み入る感じがないんだよ。もちろん痛みもないし、傷があることすら忘れるほど、普通に仕事ができるんだ。こんなものがあるんだな。俺たちみたいな仕事には、ものすごく助かるよ」
「それには油気のある素材などを使った特殊な撥水加工がしてあるんです。小さな傷を気にしながらの水仕事は辛いですもんね」
「そうそう、本当にこればっかりはな。それで、これは買えるのかい?」
そこから私は自分が山奥に住む薬師見習いで、この〝キズバンド〟はソロスさんのお店にこれから置かれることになるという話をした。
「そりゃ助かるねぇ。そうかい、ソロスさんのところで買えるのかい」
「ええ、五枚一組六十カルで販売される予定です」
「それなら買えないこともないな。それにこの便利さを知ってしまうと、もう使わずにはいられないぜ。ははは、お嬢ちゃんはいい商売人だな」
「いえ、そんなつもりでは……」
小さな親切はしておくものだ。どうやらはからずもこの集落に〝キズバンド〟の愛用者をひとり獲得してしまった。私はふと思い出して、販促用にならないかと自作して〝生産〟しておいた一枚だけ入った〝キズバンド〟を数枚取り出した。
「他の従業員の方にも良かったら試してもらってください。これのお代はいりません」
「え? いいのかい。そりゃ嬉しいが、悪いなぁ……」
そう言いながらもお店の方はものすごく嬉しそうに販促用の〝キズバンド〟を受け取ってくれた。
お店の方の名はタルロさんというそうだ。ここはタルロさん一家の家族経営だそうで、タルロさんのご両親とタルロさんの兄弟三人が働いている古くからあるお店だそうだ。
「あの、ちょっとお聞きしたことがあるのですけど、よろしいでしょうか」
私は村の事情についてあることを確かめたくなって、上機嫌のタルロさんに話しかけた。
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