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4 聖人候補の領地経営
811 メイロード式統治
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811
「私には休養が必要だと思うの」
シラン村のマイ温泉でゆっくりお湯を楽しんだあと、セーヤからの念入りなヘアケアを受けながら私は言った。
「それはごもっともでございます。むしろ遅すぎるご決断でございますね。メイロードさまには日頃からソーヤも私も、もっとお休みになってくださいといい続けてまいりましたよ」
「うん……そうね。でも、働くのは嫌いじゃないんだ。人のために役に立っていると思うと嬉しいし、領地の行く末は私の働き次第だったから、目処がつくまでは頑張ろうって思ったの」
「それはそうでございましょうけれど……」
そこでメイロードはため息をつく。
「でも、今回の婚約に至るまでの騒動には正直参っちゃったの。主に精神的にね」
皇族の皆さんとの付き合いが深まってきてしまったための弊害なのだろう。好感を持たれてしまったがために、要らぬ興味を持たせてしまった。こちらとしては大事な顧客である彼らとの良好な関係を崩したくはないが、彼らがそれ以外のことを望むのには困ってしまう。
さらに面倒なのは、相手がこの世界の絶対権力者一族である以上、こちらの意思がほとんど無視されて勝手に物事が進んでしまう可能性があることだ。今回は〝サイデムおじさまとの婚約〟という力技でなんとか回避に成功したが、いつどんな風にその強権が発動するかわかったものではない。もうしばらくは帝都にも近寄りたくないし、特に皇子様方にはできるだけすみやかに私のことを忘れて欲しい。
「というわけで、私は旅に出まーす! 無期限で何処かに行っちゃおうと思うの」
私の髪をうっとりとした顔で機嫌良くとかしているセーヤは、私の言葉に大きくうなずいた。
「はい、それはようございますね。この度はどちらの方へお向かいになられるのでございましょう?」
「そうねぇ……実は、旅に出るといいつつ、まずはちょっとした定住を別の土地でしてみたいなって思うの。
可愛いお家で田舎暮らしの自給自足生活……そんなのを見知らぬ土地でやってみたいのよね……まぁ、魔法ありだけど」
この世界に来た当初からそんな生活を夢見ていたのに、いまでは人の目が放っておいてくれなくなりつつある私…‥この辺りで初心に帰りスローライフをしてみたくなったのだ。
「私の趣味に合った小さな家で静かに野菜や草花を愛でつつ、まったりと保存食を作ったり、キルトを作ったり。近くの森へピクニックに行って、野の花がたくさん咲く開けたお気に入りの場所で風に吹かれながら本を読み、そのままうたた寝を……そんな時間に追われない生活素敵じゃない?」
私は夢見るように、質素ながらも満たされた生活に思いを馳せる。
「いいですね。それならば十分に髪のお手入れをする時間ができそうです」
ほくほく顔のセーヤ。この子の興味は常にそこにしかないようだ。
「では、問題はお仕事の調整でございますね。雑貨店については私とソーヤが定期的に対応しますが、ご領地についてはどなたかにお任せになるのですか? とはいえ、この領地にはメイロードさま以外に領主一族はおりませんからね……あ! それで、あのご褒美を」
セーヤが思い当たったらしく、感心した顔をする。
「そうなの。私の領地に関しては、血族以外の者でも私が任命した人材であれば代理に立ててもよろしいという許可を国からいただいてありますからね。これにちょっと細工をしていけば、私がいなくても領地は回るはずよ」
「では、こちらも来たる日に備えて準備を始めることにいたしましょう。よろしいですか?」
「ええ、お願いね。決行は一ヶ月後よ」
「承知いたしました」
充実した異世界ヘアケアグッズと入念なお手入れのおかげで、今日も光り輝くようなツヤツヤの緑の髪を満足げに見つめるセーヤ。
(まぁ……幸せそうでよかったわ)
その夜、新しい生活についてあれこれ楽しく想像しながら、私は幸せな眠りについたのだった。
ーーーーーー
「では、メイロードさまは無期限の休養に入られ、しかもこのご領地を離れられる……というわけでございますね」
結構な爆弾発言にも関わらず、キッペイは極めて冷静に私の話を聞いてくれた。
「驚かない……のね?」
「いえ、驚いてはおりますが、それはメイロードさまにとって必要なことでございましょう。ここにいては決してメイロードさまのお仕事はなくなりませんし……休養と言えるほど落ち着いて休まれることは難しいでしょうからね」
さすがキッペイ、よく私の状況をわかっている。
「そこで、私が留守するたびに、少しづつ進めてきた改革を、ここで一気に大きく進めることにしょうと思うの」
「はい、例の〝孤児院事件〟折のようにメイロードさまが少し長く領地を離れられた際に指示された領地の運営の仕方でございますね。定期的に各区の代表者を集めて会議をし、問題がないか話し合い、その会議の結果に従って当面の問題の解決を図るようにとのことでございました。あの方法でございますね」
「そう、それをもう少し推し進めるわ。各区でも同じような会議が行えるよう区の代表者を数名から十数名選出して定期的に会議を開き、各区ごとに問題をそこで話し合い解決策を練ってもらいます。これを地方会議とし、そこだけでは解決が難しい事案や領内全体に関わる問題は、それぞれの区から選出された数名の代表を集めた領地会議で話し合い、そこでの決定が執行されます。
その執行には本会議の代表者たちで選出した三名があたり、ひとりを領地代表、ふたりをその補佐と定め、メイロード・マリスの権限においてその任命を〝領主会議〟の決定に委ねることになります。
どの役職も代表者も三年に一度は選挙により見直しを行いましょう。最初からすべての人に選挙に参加してもらうのは難しいでしょうけれど、なるべく早く誰でも立候補できるようにしたいし、領民すべてがその選択に参加できるようにしていきたいの。
ただし、監査で問題が発覚すれば、すぐに徹底した調査を入れるし、議会も私も罷免に関する権限は放棄しません。私の目はいつでも領地に向いているわよ」
「それは……それでは……」
キッペイは少し言い淀んだが、こう続けた。
「それではメイロードさまは、この領地に関するすべてについて領民が自ら考え、政策を決定し、予算を配分して執行する……そう体制を変更するとおっしゃるのですか。領主の権限のすべてをその会議に託すと……」
「うん、そう!」
私はニコニコと笑いながらそういった。
「もちろん領主に対して支払っていた税はすべて領地のお金として扱うのよ。ただし、この領主館の維持費等はそこから予算をつけてもらうし、キッペイには私への繋ぎ役と監査部門の代表としても動いてもらおうと思うの。ただし、キッペイが監査部門を仕切っていることは対外的には秘密でね。その方が動きやすいでしょう?」
私の言葉を聞きながら、なるほどという顔でメモを取り始めるキッペイ。
「さすがに私はまだ若造ですから、代表には威圧感のある大人の方に座っていただいた方がいいですね。対外的には〝臨時職員〟ぐらいに思ってもらい、裏ではメイロードさま直轄の〝特命職員〟として動く……といったところでしょうか」
そこで私はキッペイに真剣な表情で伝えた。
「監査はね、この制度の要なの。人のすることだから、必ず失敗はある。思いもよらぬことで不正に手を染める者も出てくるかもしれない。そのときに、火種を大きくせず、確実に適切な処遇を決められれば、私の領地のこの会議による決定機構はちゃんと機能するわ。だから、キッペイには私の全権をあげる。私が戻るまで、領主と同じ権限でこの領地を見ていて」
「全権を……」
それはある意味キッペイを領主に据えたのも同じだったが、すべてをひっくり返すような強権を発動しなければならない状況が発生した場合、それを任せられる人物に私はキッペイ以外を考えられなかったのだ。
キッペイには重責に違いなかったはずだが、すぐに普段の優しい笑顔になって頷いてくれた。
「承知いたしました。メイロードさまの大事なご領地。私の一命をとして守らせていただきます」
こうして辺境の北東部の地に、ひっそりと小さな議会制民主主義もどきの機能を持った領地が誕生した。皇政のこの国ではあり得ない統治法だが、辺境の小さな領地でのことだ。多目に見てもらおう。
(領主である私が認めている制度と人事なんだからいいでしょ)
これで私がいなくても、領地はつつがなく運営されていくだろう。完全には目を離したりはできないかもしれないけれど、これからは極力静観する。
「じゃ、私は楽しい休暇に入るとしましょうかね!」
「私には休養が必要だと思うの」
シラン村のマイ温泉でゆっくりお湯を楽しんだあと、セーヤからの念入りなヘアケアを受けながら私は言った。
「それはごもっともでございます。むしろ遅すぎるご決断でございますね。メイロードさまには日頃からソーヤも私も、もっとお休みになってくださいといい続けてまいりましたよ」
「うん……そうね。でも、働くのは嫌いじゃないんだ。人のために役に立っていると思うと嬉しいし、領地の行く末は私の働き次第だったから、目処がつくまでは頑張ろうって思ったの」
「それはそうでございましょうけれど……」
そこでメイロードはため息をつく。
「でも、今回の婚約に至るまでの騒動には正直参っちゃったの。主に精神的にね」
皇族の皆さんとの付き合いが深まってきてしまったための弊害なのだろう。好感を持たれてしまったがために、要らぬ興味を持たせてしまった。こちらとしては大事な顧客である彼らとの良好な関係を崩したくはないが、彼らがそれ以外のことを望むのには困ってしまう。
さらに面倒なのは、相手がこの世界の絶対権力者一族である以上、こちらの意思がほとんど無視されて勝手に物事が進んでしまう可能性があることだ。今回は〝サイデムおじさまとの婚約〟という力技でなんとか回避に成功したが、いつどんな風にその強権が発動するかわかったものではない。もうしばらくは帝都にも近寄りたくないし、特に皇子様方にはできるだけすみやかに私のことを忘れて欲しい。
「というわけで、私は旅に出まーす! 無期限で何処かに行っちゃおうと思うの」
私の髪をうっとりとした顔で機嫌良くとかしているセーヤは、私の言葉に大きくうなずいた。
「はい、それはようございますね。この度はどちらの方へお向かいになられるのでございましょう?」
「そうねぇ……実は、旅に出るといいつつ、まずはちょっとした定住を別の土地でしてみたいなって思うの。
可愛いお家で田舎暮らしの自給自足生活……そんなのを見知らぬ土地でやってみたいのよね……まぁ、魔法ありだけど」
この世界に来た当初からそんな生活を夢見ていたのに、いまでは人の目が放っておいてくれなくなりつつある私…‥この辺りで初心に帰りスローライフをしてみたくなったのだ。
「私の趣味に合った小さな家で静かに野菜や草花を愛でつつ、まったりと保存食を作ったり、キルトを作ったり。近くの森へピクニックに行って、野の花がたくさん咲く開けたお気に入りの場所で風に吹かれながら本を読み、そのままうたた寝を……そんな時間に追われない生活素敵じゃない?」
私は夢見るように、質素ながらも満たされた生活に思いを馳せる。
「いいですね。それならば十分に髪のお手入れをする時間ができそうです」
ほくほく顔のセーヤ。この子の興味は常にそこにしかないようだ。
「では、問題はお仕事の調整でございますね。雑貨店については私とソーヤが定期的に対応しますが、ご領地についてはどなたかにお任せになるのですか? とはいえ、この領地にはメイロードさま以外に領主一族はおりませんからね……あ! それで、あのご褒美を」
セーヤが思い当たったらしく、感心した顔をする。
「そうなの。私の領地に関しては、血族以外の者でも私が任命した人材であれば代理に立ててもよろしいという許可を国からいただいてありますからね。これにちょっと細工をしていけば、私がいなくても領地は回るはずよ」
「では、こちらも来たる日に備えて準備を始めることにいたしましょう。よろしいですか?」
「ええ、お願いね。決行は一ヶ月後よ」
「承知いたしました」
充実した異世界ヘアケアグッズと入念なお手入れのおかげで、今日も光り輝くようなツヤツヤの緑の髪を満足げに見つめるセーヤ。
(まぁ……幸せそうでよかったわ)
その夜、新しい生活についてあれこれ楽しく想像しながら、私は幸せな眠りについたのだった。
ーーーーーー
「では、メイロードさまは無期限の休養に入られ、しかもこのご領地を離れられる……というわけでございますね」
結構な爆弾発言にも関わらず、キッペイは極めて冷静に私の話を聞いてくれた。
「驚かない……のね?」
「いえ、驚いてはおりますが、それはメイロードさまにとって必要なことでございましょう。ここにいては決してメイロードさまのお仕事はなくなりませんし……休養と言えるほど落ち着いて休まれることは難しいでしょうからね」
さすがキッペイ、よく私の状況をわかっている。
「そこで、私が留守するたびに、少しづつ進めてきた改革を、ここで一気に大きく進めることにしょうと思うの」
「はい、例の〝孤児院事件〟折のようにメイロードさまが少し長く領地を離れられた際に指示された領地の運営の仕方でございますね。定期的に各区の代表者を集めて会議をし、問題がないか話し合い、その会議の結果に従って当面の問題の解決を図るようにとのことでございました。あの方法でございますね」
「そう、それをもう少し推し進めるわ。各区でも同じような会議が行えるよう区の代表者を数名から十数名選出して定期的に会議を開き、各区ごとに問題をそこで話し合い解決策を練ってもらいます。これを地方会議とし、そこだけでは解決が難しい事案や領内全体に関わる問題は、それぞれの区から選出された数名の代表を集めた領地会議で話し合い、そこでの決定が執行されます。
その執行には本会議の代表者たちで選出した三名があたり、ひとりを領地代表、ふたりをその補佐と定め、メイロード・マリスの権限においてその任命を〝領主会議〟の決定に委ねることになります。
どの役職も代表者も三年に一度は選挙により見直しを行いましょう。最初からすべての人に選挙に参加してもらうのは難しいでしょうけれど、なるべく早く誰でも立候補できるようにしたいし、領民すべてがその選択に参加できるようにしていきたいの。
ただし、監査で問題が発覚すれば、すぐに徹底した調査を入れるし、議会も私も罷免に関する権限は放棄しません。私の目はいつでも領地に向いているわよ」
「それは……それでは……」
キッペイは少し言い淀んだが、こう続けた。
「それではメイロードさまは、この領地に関するすべてについて領民が自ら考え、政策を決定し、予算を配分して執行する……そう体制を変更するとおっしゃるのですか。領主の権限のすべてをその会議に託すと……」
「うん、そう!」
私はニコニコと笑いながらそういった。
「もちろん領主に対して支払っていた税はすべて領地のお金として扱うのよ。ただし、この領主館の維持費等はそこから予算をつけてもらうし、キッペイには私への繋ぎ役と監査部門の代表としても動いてもらおうと思うの。ただし、キッペイが監査部門を仕切っていることは対外的には秘密でね。その方が動きやすいでしょう?」
私の言葉を聞きながら、なるほどという顔でメモを取り始めるキッペイ。
「さすがに私はまだ若造ですから、代表には威圧感のある大人の方に座っていただいた方がいいですね。対外的には〝臨時職員〟ぐらいに思ってもらい、裏ではメイロードさま直轄の〝特命職員〟として動く……といったところでしょうか」
そこで私はキッペイに真剣な表情で伝えた。
「監査はね、この制度の要なの。人のすることだから、必ず失敗はある。思いもよらぬことで不正に手を染める者も出てくるかもしれない。そのときに、火種を大きくせず、確実に適切な処遇を決められれば、私の領地のこの会議による決定機構はちゃんと機能するわ。だから、キッペイには私の全権をあげる。私が戻るまで、領主と同じ権限でこの領地を見ていて」
「全権を……」
それはある意味キッペイを領主に据えたのも同じだったが、すべてをひっくり返すような強権を発動しなければならない状況が発生した場合、それを任せられる人物に私はキッペイ以外を考えられなかったのだ。
キッペイには重責に違いなかったはずだが、すぐに普段の優しい笑顔になって頷いてくれた。
「承知いたしました。メイロードさまの大事なご領地。私の一命をとして守らせていただきます」
こうして辺境の北東部の地に、ひっそりと小さな議会制民主主義もどきの機能を持った領地が誕生した。皇政のこの国ではあり得ない統治法だが、辺境の小さな領地でのことだ。多目に見てもらおう。
(領主である私が認めている制度と人事なんだからいいでしょ)
これで私がいなくても、領地はつつがなく運営されていくだろう。完全には目を離したりはできないかもしれないけれど、これからは極力静観する。
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