利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

806 ロックオン

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806

「そうだ、この十八人の女性は兄や兄の側近たちが見つけてきた有能で仕事ができる女性たちなんだ」

つまりこういうことらしい。

いくら有能で才能があっても、女性が国政に関わるような仕事でキャリアを積むことは難しい。貴族の女性は結婚するまでは各省庁で働くこともできるが、多くは嫁ぐときのために社交界での人脈作りに時間を割かねばならないし、嫁げば〝女主人〟という仕事以外はすることはできない。貴族、特に上級貴族は家業を手伝わせることさえ、外聞が悪いと考える者が多いのだ。また、いくら有能であっても、女性が省庁の中枢に入り国政に関わるような重要な仕事にずっと携わることは、ほぼ不可能なのが現状だそうだ。

貴族の既婚女性の〝女主人〟以外の仕事についての唯一の例外は〝魔術師〟となることだが、結婚すれば国家魔術師の資格は残るが、従軍はできなくなる。そのあとは〝待機魔術師〟という扱いになり、有事が起こったときにだけ招集されることが一般的で、仕事というよりも貴族の義務として参加するという立場となっている。

もう大きな戦争もなくなっているシド帝国では〝待機魔術師〟が招集される機会などないそうだが、それでも一部には特に珍しいスキルを持つ貴族女性もいるため、招集ができるという形だけは残しているということのようだ。

独身の女性もまた魔術師または魔法関連であれば上級職につくことができるが、これもまた狭き門であり、厳しい道なのだ。

この国で貴族女性が家業に関わること以外の仕事を持ったり、庶民の女性が官僚のような上級職のつくことは、どちらも基本的にありえない。

だがその抜け道を考えついた人がいた。皇子の側室という身分があれば、貴族の既婚女性でも国を動かすような仕事に携われるのだ。

ダイン皇子は、夫の仕事の補助をさせるという形で、内務省に側室たちを配置し、その高い専門性や頭脳を有効活用させ仕事を成している。勤労意欲の高い彼女たちが恐ろしく有能であることは、内務省では大いに認められているそうだ。

ちなみに、彼女たちは内務省から給与を得ておらず、側室としてダイン皇子から個々に活動費を支給されている、いわば個人秘書のような扱いだ。

「なるほど考えましたね、ダイン皇子。女性の能力を活用するための手段としての〝側室〟ですか。面白い方ですね」

〝側室〟という立場は正妃と違い、公務への出席もほぼ必要ない立場だ。さらに、あくまでも主人を存在であるためその出自に関してもかなりゆるく、市井の女性が召し上げられることも珍しくはない。

(まぁ、皇子の妻となるとさすがにいきなりは町娘を側室とはできないから、まず任意の貴族の養女にして、そのあと側室としてお輿入れするらしいけどね)

ともあれ一旦皇子の側室となれば、その立場は強固なものだ。〝準皇族〟といった位置づけのため、多くの貴族たちが働く中央省庁の中でも最も位が高い立場を手に入れられる。そうなれば女性だから、身分が低いから、といった理由で侮った態度を取られることもなく、人事に意に染まぬ仕事先へ飛ばされることもない。この環境ならば、女性でも重要な仕事に携わることができ、成果も正当に評価してもらえるだろう。

「兄はね〝才能蒐集家〟なんだよ……優秀な人間を見つけると、とにかく自分の周りで仕事をさせたくなってしまうんだ」

ユリシル皇子は大きくため息をついている。

そこでは私は、先程の会話を思い出す。

「では、シルベスター公爵家のことをダイン皇子が私に聞かれたのは……」

「兄はメイロードとの婚約を打診しようとしたんだ……おそらくね。だが、シルベスター公爵家は、メイロードとの繋がりがないことがわかって、どうすればいいか考えているところなんだろう」

こういった貴族の婚儀の場合、最も影響力の強い本家筋から打診をしていくというのが常套手段なのだそうだ。ところが、マリス家は新しい家門で、シルベスター公爵家現当主の叔父に当たるアーサー・マリスは、主家であるそのシルベスター公爵家から非道な扱いを受けて出奔し、市井に隠れたという過去もある。
当然、この遺恨のある状況では交流などあるはずもなく、シルベスター公爵家からはマリス伯爵に対し何の援助もなされていない。

現状、マリス伯爵家はシルベスター公爵家に過去の恨みこそあれ借りはないという状況である。つまり、シルベスター公爵家のマリス伯爵家に対する影響力はゼロ以下なのだ。

ではメイロード・マリス女伯爵との婚儀の話をどこへ持っていくかとなると、これが難しい。

いや、グッケンス博士は私の師匠なので私への影響力はあるが、偏屈博士が愛弟子をそう簡単に手放すとも思えなかっただろうし、何より絶対に面倒だと断られる。

では後見人であるサガン・サイデム男爵はどうか。
実はこれも得策ではない。なぜならいまでは、立場上伯爵であるメイロード・マリスの方が貴族としての立場が上となっているからだ。婚約を申し入れる使者として、相手より爵位が低い貴族というわけにはいかないのが王侯貴族というものだ。

「では、ダイン皇子はあのとき、私との仲を取り持つようシルベスター公爵家に申し入れたのにいい返事がなく、ならば誰にいえば良いのだ? というご下問をくだされたということでございましょうか」

「まぁ、そういうことだね」

(わかりにくな、もう! それにしても私を〝側室〟にしようっていうの、いやいや冗談じゃない!)

面倒なことになったと真顔になっている私に、ユリシル皇子は、一呼吸おいてこう言った。

「僕も実は兄上と同じ質問を君にしたい。いいであろうか?」

「は!?」

私は大きな声を出してしまい、思わず口を押さえた。

(なんなの? ダイン皇子だけじゃなくユリシル皇子まで……これは真剣に対策を講じないと押し切られる可能性も出てきたわね)

耳まで赤くなっているユリシル皇子は、私には可愛らしい少年にしか見えず、かといって才能コレクターのダイン皇子の元で仕事をしたいとも思わない。

「私は貴族としてはあまりに未熟でございますので、この場ではどのようにお答えして良いかわかりません。お送りいただきありがとうございました。それについてはまた次の機会にさせてくださいませ」

近づいてきた出口もほっとした私は、なにが言いたげなユリシル皇子を残し、丁寧にお辞儀をしてそそくさと逃げ出した。

(いやいやいやいや、これは本気でヤバいわ。完全に皇子たちにロックオンされてるじゃん!)

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