616 / 832
4 聖人候補の領地経営
805 アフターヌーンティー
しおりを挟む
805
「ときにメイロード、マリス伯爵家は親戚筋であるシルベスター公爵家とは交流はしていないのか?」
褒賞について決定したことで、ホッとした空気が流れているところで、私は手土産である少し和テイストを取り入れたアフターヌーンティーセットをマジックバッグから取り出した。
ルミナーレ様にもご相談したところ、きっと私の料理が一番喜ばれるとアドバイスをいただいたので、お茶会風の気軽な会食をイメージして用意した手土産代わりのものだ。事前に侍従の方にこのような軽食とデザートをお持ちしますとお伝えしてあったので、テーブルセッティングも淀みなく綺麗にできている。
三段重ねの食器セットは、白に金のラインだけ入ったお皿を使い、それを支えるフレームには部分的に強度のある見栄えの良い黒い木材を用い、金属部分は金物加工の工房に発注して作ってもらった。派手にならない程度に金細工もされているので、お値段もそれなりにお高いが、その価値はある出来栄えだ。
一口サイズに整えた薄いパンを使ったサンドウイッチ、スコーンにはクロテッドクリームと二種のジャムを添えている。餡子とホイップしたバターを挟んだ小さなどら焼き、マリネした白身魚を使ったサラダ、彩りにフルーツ。つまみやすい色とりどりの軽食を載せたセットを五つ用意してきた。
お菓子やお料理も好評だったが、どうやらこちらの世界では、この高さを出したテーブルセッティングは珍しいようで、この食器をとても気に入っていただき、是非とも皇宮仕様のものを作って欲しいというお話までいただいた。
(これは大口発注の予感、おじさまに丸投げしよっと)
そんな和やかな雰囲気のお茶会を楽しんでいると、先のような話をダイン皇子が突然私に振ってきたのだ。ほとんど忘れていた家名だったので一瞬私は誰のことかと思ったが、さすがにすぐ思い出せた。
(あ、シルベスター 生徒会長のご実家で、メイロードの父であるアーサー・マリスの生まれた家ね)
私には皇子の質問の意図がわからなかったが、もともと私が貴族として独立した家を興すまでの経緯にシルベスター公爵家は大いに関わっている。というよりシルベスター公爵家からの干渉を受けないために、私はマリス伯爵家を興したのだ。あちらも家を構えてしまい使い勝手の悪くなった娘には興味を失ったようで、なにも言っては来なかった。こちらとしても当然関わりなど持たないよう、ひっそりと田舎の領地に引っ込み、絶対出会わないように気をつけている。
「そうでございますね。袂を分かち新しい家を起こしたという事情もございますし、もともと私は庶民でもございますから、公爵家の皆様は畏れ多く、とても親戚などという気軽な気持ちでは近寄れません。きっと私のような者が公爵家に関わり合うのはご迷惑でございましょう。
それに、私も田舎で忙しくしておりますので……」
「そうか……確かに領地をメイロードひとりで引き受けているのだから、そうした親戚付き合いをするゆとりもないか……」
ダイン皇子は、なるほどという顔をしているが、なぜ突然シルベスター公爵家の名前が出てきたのか、私はわからずキョトンとしてしまう。
そこで正妃様は少し眉をひそめてから、苦笑しつつこう言われた。
「ダイン皇子、そなたの悪いくせに私のかわいいメイロードを巻き込むな」
それに対して、ダイン皇子はただ静かにほほえみ、少し頭を下げながらこう返す。
「これが、これは……申し訳ございません。なかなかの逸材を発見しつい先走ってしまいました」
「あ、あ、兄上!?」
そして、なぜかおふたりのやりとりにユリシル皇子があわてている。
私は頭に〝?〟というマークが浮かんだが、話はすぐに別の方向へ向かい、和やかにお茶会も終了し、私は退席することになった。
ルミナーレ様は、御公務に関連した相談事があるとかで、もう少し残られるそうだ。
私が退出する寸前、ユリシル皇子に声をかけられる。
「そうだ、僕にもメイロードに内々に注文したいものがあるので、歩きながらで構わないから、エントランスまで話ができないだろうか」
「は、はい殿下。ではそのように……」
そこからは護衛を前後に二名ずつ少し離れた位置に配置する形で、私とユリシル皇子は話しながら皇宮の内門へと向かうことになった。大きな兵士に囲まれながらフカフカの敷物の上を歩いていくと、
「先程の正妃様と兄上の会話の意味、メイロードにはわからなかっただろう?」
と、ユリシル皇子は品物の発注とはまったく関係のない話をいきなり切り出した。
そして話はまた別の方向に飛ぶ。
「実はダイン兄上には正妃はいないのだが、側室が十八人いるんだ」
「十八人……で、ございますか。それはまた……」
基本的に皇族の側室に人数制限というものは存在しない。とはいえ、その数はあまりにも多すぎる。
ユリシル皇子はそこから、この十八人の側室の謎を私に話してくれた。
「兄はとても有能で、特に内政を取り仕切る才能に恵まれている。法律の見直しや政策の立案、兄が内務省を取り仕切り始めてから、すべての仕事の効率が上がっているんだ」
「それは素晴らしことでございますね」
私は素直に感心した。国の中枢に有能な人がいることは喜ばしい。だが、それが私となんの関係があるのだろう」
「もちろん内務省の仕事量は膨大だ。兄ひとりでできるわけもなく、三十人の側近たちがそれを支えているんだが……そのうちの十八人は兄の側室である女性たちなんだ」
「え! 側室が働いているんですか?」
私は驚いて声を上げる。
(皇子の妃が働くなんて、そんなことあるの!?)
「ときにメイロード、マリス伯爵家は親戚筋であるシルベスター公爵家とは交流はしていないのか?」
褒賞について決定したことで、ホッとした空気が流れているところで、私は手土産である少し和テイストを取り入れたアフターヌーンティーセットをマジックバッグから取り出した。
ルミナーレ様にもご相談したところ、きっと私の料理が一番喜ばれるとアドバイスをいただいたので、お茶会風の気軽な会食をイメージして用意した手土産代わりのものだ。事前に侍従の方にこのような軽食とデザートをお持ちしますとお伝えしてあったので、テーブルセッティングも淀みなく綺麗にできている。
三段重ねの食器セットは、白に金のラインだけ入ったお皿を使い、それを支えるフレームには部分的に強度のある見栄えの良い黒い木材を用い、金属部分は金物加工の工房に発注して作ってもらった。派手にならない程度に金細工もされているので、お値段もそれなりにお高いが、その価値はある出来栄えだ。
一口サイズに整えた薄いパンを使ったサンドウイッチ、スコーンにはクロテッドクリームと二種のジャムを添えている。餡子とホイップしたバターを挟んだ小さなどら焼き、マリネした白身魚を使ったサラダ、彩りにフルーツ。つまみやすい色とりどりの軽食を載せたセットを五つ用意してきた。
お菓子やお料理も好評だったが、どうやらこちらの世界では、この高さを出したテーブルセッティングは珍しいようで、この食器をとても気に入っていただき、是非とも皇宮仕様のものを作って欲しいというお話までいただいた。
(これは大口発注の予感、おじさまに丸投げしよっと)
そんな和やかな雰囲気のお茶会を楽しんでいると、先のような話をダイン皇子が突然私に振ってきたのだ。ほとんど忘れていた家名だったので一瞬私は誰のことかと思ったが、さすがにすぐ思い出せた。
(あ、シルベスター 生徒会長のご実家で、メイロードの父であるアーサー・マリスの生まれた家ね)
私には皇子の質問の意図がわからなかったが、もともと私が貴族として独立した家を興すまでの経緯にシルベスター公爵家は大いに関わっている。というよりシルベスター公爵家からの干渉を受けないために、私はマリス伯爵家を興したのだ。あちらも家を構えてしまい使い勝手の悪くなった娘には興味を失ったようで、なにも言っては来なかった。こちらとしても当然関わりなど持たないよう、ひっそりと田舎の領地に引っ込み、絶対出会わないように気をつけている。
「そうでございますね。袂を分かち新しい家を起こしたという事情もございますし、もともと私は庶民でもございますから、公爵家の皆様は畏れ多く、とても親戚などという気軽な気持ちでは近寄れません。きっと私のような者が公爵家に関わり合うのはご迷惑でございましょう。
それに、私も田舎で忙しくしておりますので……」
「そうか……確かに領地をメイロードひとりで引き受けているのだから、そうした親戚付き合いをするゆとりもないか……」
ダイン皇子は、なるほどという顔をしているが、なぜ突然シルベスター公爵家の名前が出てきたのか、私はわからずキョトンとしてしまう。
そこで正妃様は少し眉をひそめてから、苦笑しつつこう言われた。
「ダイン皇子、そなたの悪いくせに私のかわいいメイロードを巻き込むな」
それに対して、ダイン皇子はただ静かにほほえみ、少し頭を下げながらこう返す。
「これが、これは……申し訳ございません。なかなかの逸材を発見しつい先走ってしまいました」
「あ、あ、兄上!?」
そして、なぜかおふたりのやりとりにユリシル皇子があわてている。
私は頭に〝?〟というマークが浮かんだが、話はすぐに別の方向へ向かい、和やかにお茶会も終了し、私は退席することになった。
ルミナーレ様は、御公務に関連した相談事があるとかで、もう少し残られるそうだ。
私が退出する寸前、ユリシル皇子に声をかけられる。
「そうだ、僕にもメイロードに内々に注文したいものがあるので、歩きながらで構わないから、エントランスまで話ができないだろうか」
「は、はい殿下。ではそのように……」
そこからは護衛を前後に二名ずつ少し離れた位置に配置する形で、私とユリシル皇子は話しながら皇宮の内門へと向かうことになった。大きな兵士に囲まれながらフカフカの敷物の上を歩いていくと、
「先程の正妃様と兄上の会話の意味、メイロードにはわからなかっただろう?」
と、ユリシル皇子は品物の発注とはまったく関係のない話をいきなり切り出した。
そして話はまた別の方向に飛ぶ。
「実はダイン兄上には正妃はいないのだが、側室が十八人いるんだ」
「十八人……で、ございますか。それはまた……」
基本的に皇族の側室に人数制限というものは存在しない。とはいえ、その数はあまりにも多すぎる。
ユリシル皇子はそこから、この十八人の側室の謎を私に話してくれた。
「兄はとても有能で、特に内政を取り仕切る才能に恵まれている。法律の見直しや政策の立案、兄が内務省を取り仕切り始めてから、すべての仕事の効率が上がっているんだ」
「それは素晴らしことでございますね」
私は素直に感心した。国の中枢に有能な人がいることは喜ばしい。だが、それが私となんの関係があるのだろう」
「もちろん内務省の仕事量は膨大だ。兄ひとりでできるわけもなく、三十人の側近たちがそれを支えているんだが……そのうちの十八人は兄の側室である女性たちなんだ」
「え! 側室が働いているんですか?」
私は驚いて声を上げる。
(皇子の妃が働くなんて、そんなことあるの!?)
197
お気に入りに追加
13,090
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。
四季
恋愛
お前は要らない、ですか。
そうですか、分かりました。
では私は去りますね。
卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな
しげむろ ゆうき
恋愛
卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく
しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ
おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ
最後に、お願いがあります
狂乱の傀儡師
恋愛
三年間、王妃になるためだけに尽くしてきた馬鹿王子から、即位の日の直前に婚約破棄されたエマ。
彼女の最後のお願いには、国を揺るがすほどの罠が仕掛けられていた。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】何でも奪っていく妹が、どこまで奪っていくのか実験してみた
東堂大稀(旧:To-do)
恋愛
「リシェンヌとの婚約は破棄だ!」
その言葉が響いた瞬間、公爵令嬢リシェンヌと第三王子ヴィクトルとの十年続いた婚約が終わりを告げた。
「新たな婚約者は貴様の妹のロレッタだ!良いな!」
リシェンヌがめまいを覚える中、第三王子はさらに宣言する。
宣言する彼の横には、リシェンヌの二歳下の妹であるロレッタの嬉しそうな姿があった。
「お姉さま。私、ヴィクトル様のことが好きになってしまったの。ごめんなさいね」
まったく悪びれもしないロレッタの声がリシェンヌには呪いのように聞こえた。実の姉の婚約者を奪ったにもかかわらず、歪んだ喜びの表情を隠そうとしない。
その醜い笑みを、リシェンヌは呆然と見つめていた。
まただ……。
リシェンヌは絶望の中で思う。
彼女は妹が生まれた瞬間から、妹に奪われ続けてきたのだった……。
※全八話 一週間ほどで完結します。
【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。
誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。
でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。
「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」
アリシアは夫の愛を疑う。
小説家になろう様にも投稿しています。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。