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4 聖人候補の領地経営
803 正妃宮
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803
正妃宮はその時々の主人が自由に改装して自分色に染め上げる、本当に正妃様の趣味のみを反映した私邸だ。
現在の正妃リアーナ様は他国から嫁がれた方なので、当然そのお好みはシドの貴族たちとは大きく異なる。そのことを最初に感じたのは、正妃宮には宮殿の他の場所では多用されていた金の装飾がほとんど見られなかったことだった。全体に高級な木材が使われていることは確かだが、その装飾にも金などの細工はほとんど使われておらず、掘り込まれている意匠は基本的に自然の草花や動物がモチーフになっている。
(正妃様はナチュラル嗜好なのね……お国柄なのかな)
お香が焚かれているのと、さまざまな草花があちこちに飾られていることが相まってか、正妃宮に入ってからはなんだかエキゾチックなリゾートにいるような気分だ。この落ち着いた趣味のいい癒し系な内装を私はすっかり気に入ってしまった。
私たちが通された正妃宮の一室は、美しい中庭に面していて、それを望む壁面は大きく開口部がとられているため、部屋と庭が繋がっているような空間になっている。気持ちの良い風が吹き抜けるとても広い部屋で、どうやら正妃様がこうした開放的で自然が感じられる空間がお好きであることを感じさせた。
「おお、ルミナーレ、ご苦労をかけたな。やっとメイロードを連れて参ったか」
私邸の中だからなのだろう、躰を締めつけることのないふわりとした部屋着と思われる服に身を包んだ正妃様は、そう言ってまずはルミナーレ様を労った。あまりシドでは見ないお洋服なので、これもお国のデザインなのかもしれない。
「忙しいメイロードをパレスまで連れてくるのは骨が折れましたわ。ほほほ」
そんな話を交わしているおふたりだったが、それよりも私には周囲の人々が気になる。
今回私が呼ばれた理由がレジェーナ姫の件についてであれば、第一皇子の妃であるグラナート様はいらっしゃるかもしれないと思っていたのだが、なぜか第二皇子に、第四、第五皇子までがいらっしゃったのだ。
(え? なに、どういうこと? なんでこんなに皇子様がいるわけ?)
戸惑いながらも私は頭を下げてご挨拶をし、なるべくルミナーレ様に隠れるようにしていたのだが、そんな努力も虚しく、すぐに正妃様に近くに来るようにと呼ばれてしまった。
正妃様のお隣にはグラナート様とすっかり元気なご様子のレジェーナ姫、私にもその隣に座れとおっしゃる。
「とんでもございません、私は末席で……」
一応小さな抵抗は試みてはみたが、まったく無視され、すぐに側仕えの方々に席まで案内(連行?)されてしまい、ご機嫌で笑顔を振りまくレジェーナ姫のお隣に座らされてしまった。
(こうしてみると可愛いお姫様だなぁ)
私もすっかり回復した幼い姫君の笑顔に、微笑み返さずにはいられず、緊張するはずの皇族の皆さんに囲まれた状況にも関わらず、なんとも和んだ雰囲気になってしまった。
すると皇太子夫人グラナート様が、私に話しかけられた。
「すっかり元気でしょう? あなたとグッケンス様には本当になんとお礼を言ったらいいのかわかりません。ありがとう、メイロード」
「いえ、私は何も……すべてはグッケンス博士のお力でございます」
「ふふ、あなたはきっとそう言うだろうと正妃様もおっしゃっていましたよ。それでも、あなたがあのときグッケンス様とともに駆けつけてくれ、この子の回復のために尽力してくれたことは紛れもない事実ですよ。ありがとう……」
グラナート様は、レジェーナ姫の美しい金色の髪をいとおしそうに撫でながら、私に微笑まれる。
子供を失いかけていたあのときの絶望を考えれば、グラナート様のこの感謝はきっと当然なのだろう。私はここであまりへりくだったり、否定的な態度を取ることは逆に失礼に当たると考え、ただ微笑みつつ軽く会釈をして凌ぐことにした。
「本来であれば皇太子も来るべきところだが、あれもなかなか忙しい男だ。許してやっておくれ」
正妃様がそうおっしゃるので、私はとんでもないとこちらは全力で否定しておく。
「こうして姫様のご健康になられたお姿を拝見させていただけただけで、十分でございます。皇太子殿下を煩わせるようなことは必要ございません」
すると今度は第二皇子ダイン・シド殿下が声を上げる。
「我々からも感謝を述べさせて頂きたい、マリス伯爵」
「ええ、あなたの働きもまた、レジェーナ姫を救ったのだから!」
「あなたへの感謝を是非とも伝えておきたかったのです」
三人の皇子様は、それぞれ優しげな笑顔で私に感謝の弁を述べてきて、私は戸惑うばかりだったが、これもともかく笑顔で受け流した。
私たちの会話の間に、机の上にはさまざまな軽食や菓子が並べられ、私の前にも香り高い紅茶が置かれた。いつもならば、ここで私のお菓子も披露するところだが、今回は私は接待される側ということで、何も持たずに来るようにと言われている。
お茶を飲みながら、しばらく談笑していると、リアーナ様がこう言った。
「さて、メイロード。そなたはなにがほしい?」
正妃宮はその時々の主人が自由に改装して自分色に染め上げる、本当に正妃様の趣味のみを反映した私邸だ。
現在の正妃リアーナ様は他国から嫁がれた方なので、当然そのお好みはシドの貴族たちとは大きく異なる。そのことを最初に感じたのは、正妃宮には宮殿の他の場所では多用されていた金の装飾がほとんど見られなかったことだった。全体に高級な木材が使われていることは確かだが、その装飾にも金などの細工はほとんど使われておらず、掘り込まれている意匠は基本的に自然の草花や動物がモチーフになっている。
(正妃様はナチュラル嗜好なのね……お国柄なのかな)
お香が焚かれているのと、さまざまな草花があちこちに飾られていることが相まってか、正妃宮に入ってからはなんだかエキゾチックなリゾートにいるような気分だ。この落ち着いた趣味のいい癒し系な内装を私はすっかり気に入ってしまった。
私たちが通された正妃宮の一室は、美しい中庭に面していて、それを望む壁面は大きく開口部がとられているため、部屋と庭が繋がっているような空間になっている。気持ちの良い風が吹き抜けるとても広い部屋で、どうやら正妃様がこうした開放的で自然が感じられる空間がお好きであることを感じさせた。
「おお、ルミナーレ、ご苦労をかけたな。やっとメイロードを連れて参ったか」
私邸の中だからなのだろう、躰を締めつけることのないふわりとした部屋着と思われる服に身を包んだ正妃様は、そう言ってまずはルミナーレ様を労った。あまりシドでは見ないお洋服なので、これもお国のデザインなのかもしれない。
「忙しいメイロードをパレスまで連れてくるのは骨が折れましたわ。ほほほ」
そんな話を交わしているおふたりだったが、それよりも私には周囲の人々が気になる。
今回私が呼ばれた理由がレジェーナ姫の件についてであれば、第一皇子の妃であるグラナート様はいらっしゃるかもしれないと思っていたのだが、なぜか第二皇子に、第四、第五皇子までがいらっしゃったのだ。
(え? なに、どういうこと? なんでこんなに皇子様がいるわけ?)
戸惑いながらも私は頭を下げてご挨拶をし、なるべくルミナーレ様に隠れるようにしていたのだが、そんな努力も虚しく、すぐに正妃様に近くに来るようにと呼ばれてしまった。
正妃様のお隣にはグラナート様とすっかり元気なご様子のレジェーナ姫、私にもその隣に座れとおっしゃる。
「とんでもございません、私は末席で……」
一応小さな抵抗は試みてはみたが、まったく無視され、すぐに側仕えの方々に席まで案内(連行?)されてしまい、ご機嫌で笑顔を振りまくレジェーナ姫のお隣に座らされてしまった。
(こうしてみると可愛いお姫様だなぁ)
私もすっかり回復した幼い姫君の笑顔に、微笑み返さずにはいられず、緊張するはずの皇族の皆さんに囲まれた状況にも関わらず、なんとも和んだ雰囲気になってしまった。
すると皇太子夫人グラナート様が、私に話しかけられた。
「すっかり元気でしょう? あなたとグッケンス様には本当になんとお礼を言ったらいいのかわかりません。ありがとう、メイロード」
「いえ、私は何も……すべてはグッケンス博士のお力でございます」
「ふふ、あなたはきっとそう言うだろうと正妃様もおっしゃっていましたよ。それでも、あなたがあのときグッケンス様とともに駆けつけてくれ、この子の回復のために尽力してくれたことは紛れもない事実ですよ。ありがとう……」
グラナート様は、レジェーナ姫の美しい金色の髪をいとおしそうに撫でながら、私に微笑まれる。
子供を失いかけていたあのときの絶望を考えれば、グラナート様のこの感謝はきっと当然なのだろう。私はここであまりへりくだったり、否定的な態度を取ることは逆に失礼に当たると考え、ただ微笑みつつ軽く会釈をして凌ぐことにした。
「本来であれば皇太子も来るべきところだが、あれもなかなか忙しい男だ。許してやっておくれ」
正妃様がそうおっしゃるので、私はとんでもないとこちらは全力で否定しておく。
「こうして姫様のご健康になられたお姿を拝見させていただけただけで、十分でございます。皇太子殿下を煩わせるようなことは必要ございません」
すると今度は第二皇子ダイン・シド殿下が声を上げる。
「我々からも感謝を述べさせて頂きたい、マリス伯爵」
「ええ、あなたの働きもまた、レジェーナ姫を救ったのだから!」
「あなたへの感謝を是非とも伝えておきたかったのです」
三人の皇子様は、それぞれ優しげな笑顔で私に感謝の弁を述べてきて、私は戸惑うばかりだったが、これもともかく笑顔で受け流した。
私たちの会話の間に、机の上にはさまざまな軽食や菓子が並べられ、私の前にも香り高い紅茶が置かれた。いつもならば、ここで私のお菓子も披露するところだが、今回は私は接待される側ということで、何も持たずに来るようにと言われている。
お茶を飲みながら、しばらく談笑していると、リアーナ様がこう言った。
「さて、メイロード。そなたはなにがほしい?」
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