利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

802 女伯爵は大変なのです

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802

久々のパレス、というのは実は嘘で、宝飾品店〝パレス・フロレンシア〟に《無限回廊の扉》を設置してある私は、ちょくちょくこの大きな街へとやってきていた。

私の店を拠点に、シラン村を歩くのと同じ気やすさでマルニールさんの工房に行って宝石談義を交わしたり、〝カカオの誘惑〟へ新作スイーツのための技術指導に行ったり、パレスの大きな市場を巡ってたくさんの品物を見たりその相場をチェックしたりすることは、私の大きな楽しみなのだ。

でもそれはあくまでも〝お忍び〟であり、メイロード・マリス女伯爵は諸事多忙のためパレスには長く来てはいない……ことになっている。

(だって貴族の生活ってものすごく面倒が多いんだもん。中でも帝都での生活には決まりごとが多くて、パレスに貴族として降り立ち生活するためにはたくさんのドレスを新調したり、立派な馬車と御者、警備や貴族の生活に必要な分業になっている仕事をお願いするメイドさんなどの人員を用意して、貴族らしい立ち居振る舞いをしなくてはいけないのだから、面倒なことこの上ない! そこに時間を割いていたらもっと大事なことが何にもできなくなっちゃうし、別に用事でもないただのご挨拶のために、そんなことしてられないもん)

そういうわけでパレスへは行かないマリス女伯爵ではあるが、その代わりお世話になっている方々への贈り物は欠かさずお届けしている。新作のお菓子も必ず献上し、挨拶状も四季折々にお送りしているのだ。こういうことをそつなくこなし忘れないのは前世で鍛えた主婦的社交辞令スキルのおかげである。

それでも、あまり顔を出さないでいると、やはり心配されてしまうみたいだ。それだけ気にかけていただいていることはありがたいので、今回はしっかりご挨拶をすることにしよう。

……とはいえ、貴族としての訪問となるとパレスのルールやら流行やらがあるし、どうにも面倒に感じてしま嬉しい気分にはなれない。やはり私には気ままな田舎生活の方が向いているのだろう。

パレスで〝女伯爵〟として行動するためには使用人に囲まれて過ごして当たり前、ひとりでは他家への訪問ひとつできないことは理解はしているが、どうにも神経が休まらない。

唯一の救いは、パレスでの活動に関しては、こうした人材や機材をすべてサイデムおじさまが準備してくれていることだ。私はパレスに自宅は持っていないので、これからもしばらくはおじさまから貸していただくことになるだろう。

(今回はおじさまのお見合い騒動が発端でもあるため、サイデム商会もおじさまもとても協力的なんだよね。こちらから頼む前に、必要な新しいドレスや貴族的な行動に必要らしい備品がすべておじさまもちで完璧に用意されていたのは、確かに助かったかな。パレスの上流階級の女性は細かな段差もお付きの人が置いた綺麗に装飾された小さな台の上でしか移動しないんだって。そんなのがいろいろ……面倒な)

貴族になった私は、もう大量の申請や複雑な手続きを踏まずともパレスに家を持つことができる。だから、自分の家を借りるなり建てるなりすればいいのかもしれないが、ほとんどいないパレスの家に労力もお金も使いたくないし、なにより知られたくない秘密がてんこ盛りの私は気軽に人を雇えない。

(領主館はキッペイがいてくれるからなんとかなっているけど、そんな人材は簡単に見つからないもんね)

今回は〝パレス・フロレンシア〟に迎えにきてもらった馬車に乗り込み、宮殿へと向かう。そこでルミナーレ様と落ち合って、そのままやんごとなき方へのご挨拶に向かう予定だ。

私もあのお茶会以来、正式に〝女伯爵〟として皇宮に入り正妃様にご挨拶するのは初めてなので、ルミナーレ様とご一緒していただけることは心強い。

待ち合わせの場所でお会いしたルミナーレ様は今日も超ゴージャスでお美しく〝パレスの貴婦人〟の風格が身についていらっしゃった。

(うーん、さすがだわ)

どうやら今回は皇族方のお住まいである私邸に招かれているとのことで、リアーナ様がいらっしゃる正妃宮に向かうとルミナーレ様は仰った。

「正妃様はあなたと気軽にお話をされたいのですよ。先日のレジェーナ姫のこともありましたでしょう。皇宮の方々はとてもメイロードに感謝しているのに、それを伝える機会さえないと嘆かれていたので、私もなんとかあなたをここへ連れてきたかったの」

「ああ、そうだったのですね」

第一皇子の姫、皇帝の初孫であるレジェーナ姫を救ったのは公には帝国の誇る最高の魔法使いハンス・グッケンス博士だ。私もそれでいいと思っていたし、それで決着していると思っていたのだが、だからといって付き添っていた助手には何も褒賞を与えないでは済まないものらしい。

特に正妃様は私のことを評価してくださっているので、今回も助手として私も貢献しているはずだという確信があるようだ。

この訪問も、なるべく堅苦しい社交の枠を外して下さろうとしているようでとても助かる。

「お茶をいただくために来たつもりで、気軽にね」

そう言ってルミナーレ様は笑顔で正妃宮の重厚な扉の前に立たれる。

私はやや緊張気味にその後ろの立ち、ゆっくりと開かれる扉の先を見つめていた。
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