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4 聖人候補の領地経営

800 理想の伴侶

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800

三段重のお弁当スタイルにした昼食は、皆さんに大変ご好評をいただいた。

このいろいろな具材をちょっとずつ食べられるスタイルが女子好みの鉄板なのは、元いた世界でも異世界でも同じだ。美しく並べられた色とりどりのお料理をひとつづつ食べては感想を言い合い、笑顔になっているお嬢様方とルミナーレ様。その和気藹々とした、はしゃいだ様子に私はしてやったらという気持ちでほくそ笑みつつ、素知らぬ顔で食事を進めていった。

(うん、オイシ! やっぱりこの重箱スタイルは宝箱を開けるような楽しさがあっていいわね。ブラッシュアップして是非お店のメニューにも取り入れたいわ)

そしてこれはお見合い、もちろんお食事の間はお嬢様方の自己アピールと質問が飛び交う。

貴族のお嬢様なので、きっとある程度はお相手について調べてからここへきているのだろうが、あまり調べすぎていることを知られるのは礼儀としてよくない。そこで彼女たちの質問はまず当たり障りのないところから始まった。

「私はわが家の家紋にございますカメリアの花の白を好んでいるのですが、サイデム様はどんなお色がお好みですの?」
「私は刺繍を嗜みますの。是非サイデム様のお持ち物にも刺繍を入れて差し上げたいですわ。サイデム様のお好みはどのような意匠ででございますの?」
「わが家は五人兄弟で、私は三女ですの。サイデム様のご家族はどうしていらっしゃいますの?」

おじさまはその質問に、きちんと答えていく。

軽口を叩きつつ質問に答えるサイデムおじさまに、お嬢様方も緊張が解れたのか、そのうちこんな質問も始まった。

「サイデム様が奥様に求めることはどんなことですの?」
「それは是非お伺いしたいですわ。どんな教養をお望みなのでございましょう」

おじさまはその質問に少し考える様子を見せた。そして真顔でこう答えた。

「そうでございますね。できるなら美味しい料理をわかっていらしゃる方が望ましいと思います。料理への深い知識があればさらに嬉しいですな。それに実践が伴えば最高ですが……」

その答えはお嬢様方にはかなり意外なものだったのか、三人の表情がくもる。

基本的に普通の貴族の屋敷には使用人が常駐している。貴族は生活感のある仕事は行わないし、下位の貴族でも奥方やお嬢様が台所に立つことはまずない。食にこだわりがある方でも、調理する者に指示を出すぐらいのものだ。

私も領主の館を持ったときに厨房に人を雇った。家の中にはたくさんの人たちが働いているので、彼らのための食事を作ってもらうためだ。できるときには私も手伝うのだけれど、最初はみんなにものすごく驚かれた。貴族が厨房に立つなど、この世界ではまずあり得ないことらしい。

当然、お嬢様方は自ら泥のついた野菜を持ったこともないだろうから、実践経験は皆無のはずだ。このサイデムおじさまの要求は満たせないだろう。

「サイデム、それは難しいですわね。私ももちろん家族のために健康に気遣ってはいますけれど、さすがに厨房には立ちませんよ」

ルミナーレ様が、少し困った顔でおじさまにそう返す。

「もちろん、重々承知しております。実は私自身、数年前までは食事には無頓着でございました。使用人の作ったものを黙って食べる、食事は単なる栄養補給の手段だったのです……しかし、食事が与えてくれるのはそれだけではありませんでした」

おじさまは重箱の中の料理を見ながら微笑む。

「相手の健康を気遣った料理のありがたさ、友と好物を食す楽しさ、酒を酌み交わしながらゆっくりとうまい料理を食べるときの開放感……それらがなければ、私はここまで働けてはいないでしょう。別に料理が得意でなくともいいのです。ただ、私の伴侶となる方には、是非ともこの気持ちをわかっていただきたい。そういう食事を心がけて欲しいのです」

「おじさま……」

私はおじさまの言葉に少し感動してしまった。おじさまはちゃんと気づいている。私の作る食事がおじさまの健康を考えた栄養バランスを整えたものであることにも、おそらくそれ以上の何かがあることにも。普段は何も言わないけれど、それをと思ってくれていることは、やはりとてもうれしいことだ。

「そうですね……ここまで多忙なサイデムの健康を管理することは、その伴侶となる者には必要な資質なのかもしれませんわね」

ルミナーレ様もサイデムおじさまの望みに少し共感してくれた様子だが、それとは逆にお嬢様方の表情は硬い。

「ほかに、ほかにはございませんの? サイデム様が配偶者に求めることは、ほかにもございますでしょう?」

そんな空気を壊したいのか、ひとりのお嬢様が、質問をしてきた。

それに返したおじさまの言葉は、彼女たちの気持ちを折るに足るもので、そこからは質問がされることもなくなってしまった。

食事会は終わり、おじさまは笑顔で御一行を見送られ、お嬢様方も礼儀正しく笑顔で会場をあとにされたが、やはりそのお顔色は冴えないご様子だ。

「おじさま、最後のアレはダメでしょう! 相手は貴族の御令嬢なんですよ! 社交に生きているような人たちに〝働け!〟ってなんですか?」

私は皆様が去った会場で椅子にどかっと座り、襟元を緩めてほうじ茶を飲んでいるおじさまに詰め寄った。

「〝働け〟とは直接言ってないぞ。だが望むことはなんだと問われたら、ほかに思いつかなかったんだからしょうがないだろう! 俺は俺と同じものを見られないやつとは一緒にはいられないと思ったんだ。俺と同じものを見るためには自ら動いて何かを成そうとする気持ちがなくては無理だ。別に商売でなくたっていい、だが自ら動いて何かをしようとする強さがないやつに俺の伴侶が務まるとは思えないんだよ!」

「うっ……たしかに、そう……かも……」

おじさまは莫大な富を持つ資産家だ。お嬢様のひとりやふたりにただ贅沢三昧の生活をさせるぐらい何でもないだろう。だが、そんなトロフィーワイフみたいな女性はおじさまの望む伴侶ではない。仕事漬けの夫を理解し、独立した意思を持って自らの才覚で動けるだけの胆力がなければ、サガン・サイデムの妻は無理……そういうことだ。

……おそらくお嬢様方はこの縁談をお断りになるだろう。

おじさまの望む伴侶像はあまりにも貴族の御令嬢からはかけ離れている。彼女たちがおじさまの理想に歩み寄ることはおそらくない。

「さて、仕事だ。まぁ、今回は……いろいろと世話をかけたなメイロード。助かった」

立ち上がったおじさまは少し困ったような顔をして、そう言いながら出口へと向かった。

「おじさまもお忙しい中お疲れ様でした。あとは任せてください。きっちりお見送りしてきます」

私の言葉におじさまは手を振り、足早に次の仕事へと向かっていく。秘書さんによると、これから深夜までギチギチに予定が詰まっているそうだ。

(やっぱり、おじさまには結婚しているはなさそうねぇ……)
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