利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

795 眠りの森迎賓館

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795

この世界では双方が乗り気であれば、直接会わなくても婚約は成立する。結婚式で初めて対面するといったケースも特に驚かれたりはしないそうだ。庶民の間では自由恋愛も多いというが、それもある程度の富裕層になると、もう結婚は個人だけの問題ではなくなるようだ。まして家同士の結びつきが重要視される貴族の結婚となると、この傾向は顕著となる。

とはいえ、完全に本人の意思を無視しての結婚となると、さすがに難しいわけで、おじさまに無理やり結婚を押し付けることはできない。そこでなんとか人を介しておじさまと繋がりを持とうとするわけだが、それはかなり難しかったそうだ。それがなぜかといえば、サイデムおじさまが結婚に興味がないからだ。

多忙なおじさまが私事にかまけているゆとりがないのはわかるが、なんの防波堤も作らずにこの問題を放置し続けたのは悪手だったと思う。

結婚話を本当に避けたいのであれば、打つ手はあった。たとえばダミーの婚約者を作るという手段だって使えなくはない。おじさまに婚約者が決まっているらしいという情報が流れるだけでも、きっとここまでお見合いが渋滞することはなかったのだ。

だが、おじさまはとおじさまと令嬢たちを添わせようとする人々の行動を放置し続けた。関わる時間が惜しいというおじさまの気持ちはわからないでもないが、対策を取らずにいると、結局今回のように大袈裟なことになるのだ。少しは反省してもらいたい。

そんな結婚に消極的なおじさまではあるが、もし今回のお嬢様方の中に、おじさまの伴侶たり得る方がいてくれれば、みんなハッピーなので、私としては頑張っておじさまのいいところをアピールしていきたいとは思っている。

思ってはいるが……結婚するとなれば良いところだけを伝えるというのでは誠実とはいえない。あとから妙な形で破談になればお嬢様方には大きな汚点となってしまうかもしれず、おじさまについてよく知らずに結婚して、あとで〝こんなはずじゃなかった〟と泣いてほしくもない。

先程の集団お見合いお食事会でおじさまのいいところはたくさん伝わっているはずだ。

大貴族にも劣らぬ権勢と富、人当たりがよく明るい人柄、見た目だって悪くない。仕事ができて人にも優しく、話題も豊富で大貴族や皇族の方々とも親しい。

ここまでならば、サガン・サイデム男爵はどこからみても素晴らしすぎる人物だ。だが彼も人だ。当然それだけではないわけで、それはこの宿に泊まることで伝わるのではないかと思っている。

それを聞いてお嬢様方はおじさまの実像を知るだろう……このお見合いツアーの御一行さまはそれをどう思うのだろうか。

馬車はイスの高級住宅街へ向かう道を進んでいく。だが、そこまでは行きつかず、立派な塀に囲まれた場所で一旦止まった。

その塀の前に立っていた門番は御者と言葉を交わすと、丁寧な動作で大きな門を開き馬車を通した。門を抜けると、まるで森のような広い敷地に、みるからに出来の良い彫刻や美しい噴水、素敵な東屋などが点在し、その豪華な様子はエントランスまで続いていた。

この素敵で広大な前庭を抜け、私はお嬢様方と同じ大型馬車でエントランスまでやってきたが、そこでは先に着いていたおじさま、そして従業員たちがずらりと並んで出迎えてくれていた。

軽く頷いて挨拶を促したルミナーレ様に、

「遠きパレスより、ようこそおいでくださいました。こちらはイスの誇る最高級の宿〝イスの城〟別名〝眠りの森迎賓館〟でございます。ルミナーレ様を始めお嬢様方には、最高のお部屋をご用意させていただきました。どうぞ滞在中はこちらでごゆっくりとお過ごしください」

サイデムおじさまは恭しくルミナーレ様に会釈をする。

「このように美しい宿は私も初めてですわ。楽しみだこと」

この宿を気に入られた様子で微笑まれるルミナーレ様に、サイデムおじさまはこの宿の支配人を紹介し、それぞれのお嬢様方専属の世話係について話した。そしてそれぞれの世話係に促され、ルミナーレ様とお嬢様方は用意された部屋へと案内されていく。

「ああ、カラリナ・ラーゼン嬢、ご当地のワインについてご相談致したいことがございますので、後ほどティールームで少しお話しをしてよろしいですかな?」

おじさまがそう声をかけると、カラリナ嬢は嬉しそうにうなずき、他の令嬢は少し眉間に皺を寄せた。だが、ワインのことと言われてしまえば、それは仕事の話。他の領地の者が立ち入るべきことではない、というぐらいの分別はある令嬢たちは、動揺を見せぬためか、足早にそれぞれの部屋へと向かったのだった。

私はお見合い一日目の終了に一息ついたが、彼女ら付きの世話係からのいろいろな話を聞いたあと彼女たちがどう思うのか、それを考えるとまたひとつため息が出た。

(まぁ、なるようにしかならないよね)

ーーーーーー

エラ・クヴィレイド伯爵令嬢は案内された部屋を見て息を呑んだ。

(なんて素敵……ここが私の家だったらどんなに素敵かしら……)

その部屋は若い女性客向けに内装が整えられており、部屋中に貴重な薔薇の花が飾られ、芳しい香りで満たされていた。どれもこれも、欲しくてもおいそれとは手に入らない美しい調度品ばかりだ。

「この花瓶……〝パレス・フロレンシア〟の幻と言われる特注品ですわ! なんてこと、パレスでも手に入らない逸品をこうもふんだんに……こんな素敵は宿はパレスにだってないわ。ねぇ、ケイト!」

側仕えのケイトは頷きながら話す。

「ええ、確かにこれは素晴らしいものでございます。この部屋付きの者に聞きましたところ、部屋はお泊まりになる方に合わせてすべての調度品を入れ替え整えるそうでございますから、このお部屋もきっと若くてお美しいお嬢様に合わせて整えてくださったのでございましょう」

「素晴らしいわね。もしサイデム様と結婚したら、こんな素晴らしい調度品に囲まれて優雅な生活ができるのね。お優しそうで、仕事もおできになるのよ、素晴らしいわね。ねぇ、ケイト、そう思うでしょう?!」

「……」

お嬢様の上機嫌にケイトは複雑な表情を浮かべている。

「ケイト、どうしたの?」

今回一緒に来たケイトは幼い頃からエラを支えてきた古参の召使いで、誰よりもエラのことを大事に思っている人物だった。子供のころから悪さをすれば叱られ、いいことをすれば手放しで褒めてくれる、姉のようなケイトにエラも全幅も信頼を寄せている。そのケイトの表情がどうにも冴えない。

ケイトはその場ではそれに答えず、まずエラの身支度を解き、くつろげる部屋着を整えてから、彼女お気に入りのお茶を入れると座り心地も最高のソファーにエラを座らせると、少し悲しげな表情を見せたあと、厳しい口調でこう切り出した。

「お嬢様……私は、このご縁組、ご辞退されることをお勧めいたします」

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