上 下
600 / 832
4 聖人候補の領地経営

789 筆頭秘書

しおりを挟む
789

「それでは皆様のお荷物はこちらでお預かりさせていただき、ご用意させていただきましたお宿へと運ばせていただきますね。今回は、あまり余裕のあるご日程ではないとお伺いしておりますので、お疲れでなければ、早速〝サイデム商会〟にご案内させていただきます」

パレスのお嬢様方は〝帝国の代理人〟としてのおじさましか知らない。おじさまの伴侶となられるのであれば、サイデム商会の拠点であるここイスでのおじさまの立場や仕事について、まずは理解していただく必要があるだろう。

「もちろん、お買い物のためのお時間もたっぷり取らせていただきますので、イスの最新流行のお品物もじっくりご覧くださいませ」

私は深々と頭を下げて、令嬢たちに挨拶した。

「嬉しいわ、メイロード。でも、あなたが頭を下げるのはどうなのかしら? あなたはマリス伯爵家の当主なのですよ。こちらのお嬢様方よりも立場があるのですからね」

「おっしゃる通りではございますが、今回はお許しくださいませ。私はあくまでもご案内係として依頼を受けてこちらに参っております。皆様もどうぞお気を使われず、サイデムおじさまの親戚の子ぐらいに思ってくださいませ。ここでのご滞在中は、私の伯爵としての立場はお忘れいただき、気さくに接していただきますよう、心よりお願いいたします」

私の言葉にお嬢様方も少しほっとしたような表情をされている。

最初にこのことを明確に伝えておかないと、面倒な貴族の序列によって話しかける順番だの、面倒な挨拶のやりとりだのを毎回行う必要が出てきてしまう。もともとそうしたやり取りに慣れていない私にはこうした儀式的なやりとりは煩雑極まりないし、面倒でしかないので最初にできる限り回避させてもらうことにした。

ルミナーレ様は私のおよそ貴族らしからぬくだけた対応に苦笑されているが、おじさまの婚活のために動き回りたいという私の意向を汲んで黙認してくださるご様子だ。

(まぁ、パレスだとなかなかそうはいかないんだろうけどね。ここは自由が尊ばれる商業都市イスだから)

「仕方ありませんわね。では、皆様、今回はメイロードに対しては伯爵として接することはやめましょう。〝案内役〟として仲良くいたしましょうね」

ルミナーレ様の言葉に、お嬢様方は微笑んで頷いてくれた。

「ありがとうございます。皆様のイスご滞在が実り多きものとなりますよう、微力ながらお手伝いさせていただきます」

そう言いながら子供らしい明るい笑顔を向けた私に、皆さん笑顔を返してくれる。

(ふふ、おじさまのためにも印象は良くしておかなくちゃね)

今回の旅行は三泊四日の滞在という、貴族の旅行としてはとても慌ただしいものだ。
お忙しいルミナーレ様は、いまの時期そう長くパレスを離れてはいられないらしく、なかなかの強行軍。
それほどに、サガン・サイデムに取り次いで欲しいという話が多かった、ということなのだろう。

「ともかくわが家にはいま、侍従たちも頭を抱えるほどの紹介依頼状が舞い込んできているの。サイデムは人気者ね」

そう言ってルミナーレ様はコロコロ笑う。

通常の方法でサガン・サイデムとのツナギを取ろうとしても丁寧な断り状が送られてくるだけの状況に、どうしても見合いの場を持ちたい方々は、貴族特有のネットワークを駆使して、最終的におじさまが決して粗略には扱えないドール侯爵家へと紹介をお願いしている、ということのようだ。ルミナーレ様としてはすべてを無視することもできず、かといっていちいち対応もできず、困っていたらしい。

「ですのでね、この辺りで、一度収拾をつけてしまった方がいいと思ったの。こうしてメイロードにも会えて、いい旅行だわ」

サイデム商会に向かう馬車の中で、ルミナーレ様はとても楽しそうに私とお話をされていた。逆にお嬢様方はまだ少し緊張した面持ちだ。
彼女たちにとってもルミナーレ侯爵夫人は貴族社会の高みにある方で、憧れの対象だ。一緒の馬車で移動をすることになっても、気軽に話しかけられるような方ではない。

それが、迎えにきた小さな女伯爵メイロード・マリスとまるで家族のように気軽に楽しげの話し続けている。

(いったいこの子は誰?)

そんな疑問が浮かんでいるに違いない。おそらく彼女たちが持つ私の情報は、シルベスター 公爵家の血縁で若くして田舎の小さな領地を継ぐことになった者ということぐらいだろう。なにせ私はパレスの社交界にまったくと言っていいほど顔を出さないので、彼女たちもこうした〝紳士録〟に記載されている基礎情報以外は知りようもないし、知っているとしてもおじさまが私の後見人であるということぐらいだろう。

私も彼女たちの疑問を感じてはいるのだが、ルミナーレ様は私を離してくれる気配がなく、そのお相手をしているうちに、詳しく自己紹介をする隙がないまま馬車はサイデム商会へと到着してしまった。

「あちらに見えますのが、サイデム商会の誇る帝国でも最大規模を誇る広い売場面積を持つサイデム商会本店でございますが、貴族の皆様には落ち着いてお買い物を楽しんでいただけますよう、こちらの建物に個室をご用意しております。サロン風に整えましたお部屋で、ごゆっくりと厳選いたしました品物をご覧いただきながら、サイデム商会の者よりサガン・サイデムの仕事についてもご説明させていただきます」

新たに作られた貴族や富裕層専用の商談室を備えたこの建物は、いわゆる〝パレス様式〟の貴族趣味とは違う金ピカ要素を極力抑えた〝イス様式〟の高級建築だ。高級感は細工の見事さや置かれた調度品で演出し、金細工はポイントを絞って派手になりすぎないように取り入れられている。

今回皆さんをお通ししたのは中でも一番広い部屋で、この部屋の調度品は国宝級ばかりなのだそうだ。部屋の中はまるでティーサロンのようにしつらえられており、軽食やお菓子も数多く用意されていた。お嬢様方にご紹介したい商品は次の間に大量に用意されており、ここで優雅にお茶を楽しみながら、あれこれ気分よくショッピングを楽しんでいただこうというわけだ。お嬢様向けの商品が多いせいか、女性用品部門の顔見知りの子も応援に来ていた。

「まずは美味しいお茶を召し上がって、一息ついてくださいませ。これも、サイデム商会が新たに販路を開拓いたしました質の良い紅茶に香り高い花弁を合わせた、人気の商品でございます」

ここで私はお茶を楽しむ一堂に、サイデム商会の筆頭秘書キリさんを紹介した。彼女は長くサイデム商会に務め、サイデムおじさまの無茶苦茶な仕事量に翻弄されながらなんとか秘書たちを束ねているとても優秀な方だ。

(まぁ、この間全泣きで私にお礼の《伝令》を寄越したのもこのキリさんなんだけどね)
しおりを挟む
感想 2,983

あなたにおすすめの小説

卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな

しげむろ ゆうき
恋愛
 卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく  しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ  おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ

断罪されたので、私の過去を皆様に追体験していただきましょうか。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が真実を白日の下に晒す最高の機会を得たお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~

白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」 マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。 そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。 だが、この世には例外というものがある。 ストロング家の次女であるアールマティだ。 実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。 そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】 戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。 「仰せのままに」 父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。 「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」 脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。 アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃 ストロング領は大飢饉となっていた。 農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。 主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。 短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。

最後に、お願いがあります

狂乱の傀儡師
恋愛
三年間、王妃になるためだけに尽くしてきた馬鹿王子から、即位の日の直前に婚約破棄されたエマ。 彼女の最後のお願いには、国を揺るがすほどの罠が仕掛けられていた。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。